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クラルテ=ファンタジア  作者: 夜波
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第2話 大切な人

森の匂いがするログハウスの中、アシルはレーテと話し合う。ベッドの上に座りながらアシルは剣を見て、レーテはアシルを見て話していた。


「俺が気絶した後どうなった」


レーテは真顔でアシルを見つめる。


『マスターが気絶した後はジャンヌ様とローラン様とで街を脱出。その後生存者がいる森へと向かい、ここに着いた。生存者はマスター達を含めて128名。負傷者82名。マスターの傷はレーヴァテインが治した。聖剣所持者は剣からの治癒を受けることが出来る』


「なるほどな、ありがとよ」


『マスター。誠に残念だが……マスターの父は……』


レーテは俯いて喋る。マスターであるアシルの役に立てなかったことを悔いているのだろう。


「わかってる。ジャンヌとローランは」


『隣の部屋で話している。恐らく聖剣についてだろう』


アシルはジャンヌとローランが聖剣を持っていることを知らなかった。


「まてよ? あいつらは何で聖剣のことを知ってるんだ?」


レーテは立ち上がり、言った。


『彼等も聖剣所持者になった。ローラン様はデュランダル。ジャンヌ様はジョワユーズ。ねぇマスター。マスターは信じる?聖剣が人格を持って、尚且つ聖剣自身が戦えることを』


アシルはレーヴァテインを置いてからレーテを見つめる。


「それはお前のことか?」


すると真っ赤な目をこちらに向けてニヤリと笑う。


『私だけじゃない。聖剣や神剣は世界に沢山ある。それは帝国にもあるということ。マスターはレーテを信じて、敵の剣を折ることが出来る?』


答えは決まっていた。敵を倒し、そして復讐を果たす。それが今の目的なのだから。


「もちろんだ。レーテ、一緒に来てくれるか?」


レーテは優しい微笑みを返す。


『もちろんさ、マスター。その代わりにある契約をしてもらうよ』


「契約? なんだそれ」


するとレーテは突然、アシルを押し倒す。


「な、何するんだ!」


『だから契約だよ、マスター』


レーテとの顔が近い。息が互いにかかる。赤い瞳は潤みを帯びてアシルの顔を映す。レーテは剣の具現化なのに鼓動まで聞こえる。


『実はね、私達聖剣の具現化ははっきり言ってほぼ人間なんだ。ただ、剣が壊れるまで死なないし、魔法も使える。でも、鼓動、聞こえるよね?』


レーテの唇がどんどん近くなる。


『契約のキス』


レーテの柔らかい唇がアシルの唇を奪う。レーテは長くて濃厚なキスを行う。それに抗うことが出来ないアシル。すると周りに魔法陣が浮かび上がり、光を放つ。その光はアシルの右眼に集まる。ただ、動こうにもレーテによるキスのせいで動けない。


その魔法陣が消え去るのと同時にレーテは唇を離す。


『契約……完了……だね、マスター。私の最初のマスター(ファーストキス)だよ?』


赤く火照ったレーテの顔はまさに女の子のそれだった。


『マスターの体と私の体は今、同期した。これでマスターは本当の力が使えるようになったよ』


アシルはしばらく契約のことを忘れていた。ただ、レーテを剣としてではなく、一人の女の子として見ていた。


「レーテ、お前……」


レーテは紅く染まった頬を気にせずに笑った。


『さあ、マスター。ローラン様に会いに行こう』


アシルは契約(キス)の感覚をまだ感じながら、隣の部屋へと向かった。


レーテが隣の部屋の扉をノックする。


『ローラン様、レーテです。開けてくださいますか』


ガチャリとドアがあく。そこには赤紫色の髪の少女が立っていた。


『レーテ。それにアシル様。理解した、入って』


無表情なその少女を見てアシルが気付く。


「彼女がローランの? 少し素っ気ないな」


レーテはそれに答えて。


『そうだよ、マスター。ローラン様の剣、デュランダルのデュラン。必要最低限のこと以外は余り話さないのが性格だね』


それを聞いて、分からないようにニヤけるアシル。


「なあ、デュラン」


デュランは足を止めるが振り向かずに反応する。


『何』


「ローランとは契約したのか?」


それを聞いてレーテは頬を赤らめる。


『思い出しちゃうからやめてよマスター』


小声でアシルに喋る。だが、デュランは肩を震わせて言った。


『い、一応は……完了した……。あ、アシル。私に、は、恥をかかせないで……は、恥ずかしい』


レーテとアシルは顔を見合わせた。そしてデュランを見た結論。


「乙女か」


『乙女だね』


デュランは顔を真っ赤にして言った。


『思い出させないで……!』


素っ気ないと思っていたが意外に女の子なデュランも見れたことだし、ローランの部屋らしきところに入ろうとする。


『あ、そこは……!』


デュランが止めるがレーテが問答無用で開ける。


「あっ……」


『あっ……』


『はぁ、馬鹿レーテ』


そこには契約途中のジャンヌとジョワだった。カーテンから漏れる光を浴びながら二人はキスをしていた。


それに気付いたジャンヌ。顔から火が出そうなほど真っ赤になる。


「あっ、え? な、なんでアシル……が?」


レーテはその扉をそっと閉じる。


『百合か』


「百合だな」


デュランは冷静に突っ込む。


『バカレーテ。普通、ノックする。レーテ、何故しなかった』


急に扉がバン! と音を上げて開く。


それにぶつかって吹き飛ぶレーテとデュラン。


『『ぶぇーっ!!』』


壁にぶつかり、バタンキューする二人。それにお構い無しのジャンヌ。


「あ、ああああアシル!! わ、忘れて! い、今のはわ、わわわ忘れてぇ!!」


アシルの肩を掴み、ぐわんぐわんと揺らす。


「わわわ分かったってば! 止めろ止めろ!」


火照った顔を隠すジャンヌ。


「よりによってアシルに見られるなんて……」


アシルはボソッと呟く。


「百合……」


「アーシールー!!!」


アシルとジャンヌはローランの部屋にノックも無しに入った。


「うわっ! 勝手に入ってくんじゃねぇ!」


バッタンバッタンと床が鳴り、ギャアギャアと騒ぐ中、レーテとデュランは呟いた。


『ちょっとくらい心配したらどうなんだ、マスター』


『痛い。バカレーテ』


『ちょっと! 私のせいにするな!』


この騒ぎが落ち着くのは一時間後のことだった。




────契約について。


契約とはマスターと使いの契りであり、絶対遵守の約束でもある。正式契約は主に血を貰う。だが、血を貰う場合、沢山の血液を必要とし、かなり困難であるため、殆どの場合、接吻である。契約の印としては右眼が使いと同じ目の色になる。そして剣を持つ手の甲に剣の印が刻み込まれる。




『……とのことだ。これ言っていて凄い恥ずかしいのだが』


レーテは目を逸らしながら喋る。


この場にいる者全員が俯く。そして全員がこう思った。


(全員のファーストキスが今日盗られたのかよ!)


レーテ達にとっての初めての契約だったらしく、全員初めてだったという。


勿論のこと、アシル達も初めてだった。


「私に至っては相手が女の子だよ!?」


『百合ですね、マスター』


ニッコリと笑うジョワユーズを睨むジャンヌ。


「ジョワ……!」


レーテがそれに畳み掛ける。


『でもジャンヌ様、満更でもない様子だったよね』


ジャンヌが泣き目になり始める。


「私には敵しか居ないの~?」


ローランは笑いながらアシルに問う。


「お前達はどうだったんだよ?」


レーテとアシルは目を逸らして同時に言う。


『「……良かったです」』


「新婚夫婦か」


ローランの突っ込みを受けつつも反撃を食らわす。


「じゃあ、ローランはどうなんだよ!」


「別に、普通だけど」


「「は?」」


何食わぬ顔でローランは用意されていた紅茶を飲む。


「だから普通だって」


こっそりとデュランに聞く。


「本当のところは?」


『凄く動揺。少し可愛い』


それを聞いたアシルは微笑しながら。


「両方とも照れ隠しかよ」


だがこんな笑ってばっかでは居られない。アシル達には倒すべきものがある。


「なあ、聞いてくれ」


アシルは真剣な顔で皆に言った。


「俺は今から国の都市、クラルアリアに行く。そこで魔物の本。つまりは『パンドラ』を破壊しに行く。反対する奴はいるか」


ジャンヌとローランが反対する。


「駄目だ。あそこは流石に危険すぎる。龍はもちろん、危険度の高い魔物が集中しているからアシルだけでは死ぬかもしれない」


「わかっていて言ってるんだ。覚悟はしている」


ローランはアシルの胸ぐらを掴む。


「本当に理解してんのか!!」


「なんだよ! ローラン!」


壁に投げ飛ばす。ぶつかった音とともに部屋が揺れる。


「お前が死んだらレーテはどうなる! 俺たちはどうなる! そこまで考えてものを言え!」


「くっ……!」


「それに……アリシアのことだ!」


アリシア。それはアシルにとってとても胸を締め付ける言葉だった。アリシアはアシルにとって誰よりも大切な人だ。


「アリ……シア?」


急にアシルの目から光が消える。頭を抑え、下を向きながらアシルはうわ言のように言った。


「アリシア……あ、あああ」


アシルの様子がおかしいのは誰がどう見てもわかった。


『ローラン様、アリシアって誰のこと?』


レーテはアシルの様子を見て不安に思い、ローランに訊ねる。


「簡単に言えばアリシアはアシルの許婚だ。どちらとも愛し合っていてしかも仲良しで良かったんだけど昨日から探しても見つからないんだ。アシルは父親の死を見て他の人の事などどうでもよくなっていたけど実際はアリシアが一番大切な人だろうね」


レーテはアシルの異変に気付く。右眼がルビーのように赤くなり、右手の甲に印が浮かび上がり、光り出す。


『マスター! 落ち着いて! マスター!!』


右眼にのみ光が宿り、左眼には全くといっていいほど生気が感じられなかった。


『ローラン様、ジャンヌ様! マスターの想いが暴走してる! 止めないとこのままじゃ本当に死んじゃう!』


「アリシア……」


アシルはふらふらと立ち上がり、そして剣を持って外へ出る。


「待てアシル! お前のしたい事を思い出せ! お前は何の為に聖剣と契約した!?」


その時だった。まるでこの世の闇を背負ったかのような顔をするアシル。


「ジャマするなぁぁ!」


ジャンヌは分かってしまった。アシルにアリシアの事を聞いてはならない。笑っていたがアシルは父親を亡くしたのだ。精神状態が悪化しているところに生存不明の許婚のことを話してしまった。


レーヴァテインの鎖はアリシアへの想いによって解かれる。それは美しい思いなどではなく、汚く淀んだものだった。


「バカ野郎! デュランダル!」


デュランダルの鎖も解けて、二人は構え合う。


『マスター! 駄目……!』


デュランがローランを止めた。


「ちっ! 止めんじゃねぇ!」


すると強制的に鎖がかけられる。雷も収まってしまった。


『止めるよりも監視した方がいい。どちらにしてもアリシアが気になるし、このままじゃアシルの精神が壊れたままだ』


「ちっ! 仕方ねぇ。行くのは構わねぇが俺達もついていく。それでもいいか?」


「……」


アシルは光の消えた目のまま歩き出す。


「良いってことか。ジャンヌはここで待っててくれるか? ここで何かあったら頼むぞ」


「わかった!」



────ドンレミ郊外


アシルとローラン達はドンレミ中心街へと向かった。


焼け焦げた臭いに赤黒い血の塊。崩壊した家々に潰された魔物と人。喉を抉るようにその臭いは嗚咽を誘う。


「うっ……! おえっ!」


ローランは我慢出来ずに嘔吐してしまう。その血の臭いにむせ返るも目に光が宿り始めたアシルは、アリシアを探す。


「アリシア! アリシアー!!」


叫ぶも返事はなく、静寂だけがその場を支配した。耳が痛くなるような静けさは恐怖や不安を掻き立てる。


『マスター、アリシアって人の家に行ってみたらどうだい?』


レーテの提案にアシルはうなづく。だが、ここに長居は出来ないだろう。この血と焼け焦げた臭いが混ざった空間にいるのは精神的に苦痛だった。死体はごろごろと転がり、無惨にも殺された子供達を見ると怒りが込み上げてくる。


ヒビが入った石道を歩く。瓦礫の下を潜り、死体を動かしながらアリシアの家の付近まで移動した。アシルが足を止める。


「嘘だろ……」


────そこは絶望だった。ぐしゃぐしゃにまで潰された家に魔物の死体。そして、栗毛色の髪をしたアリシア。


「アリシア!」


瓦礫に足が挟まり、頭からは血を流している。まだ息の根はあるようだった。だが、それも辛うじて続いているだけであった。


「ア……シル……? 良かった、また……あなたに逢えた……」


薄らと開けたその目からは涙が零れていた。


「アリシア! 今助ける! ローラン!瓦礫を退かすのを手伝ってくれ!」


ローランとアシルで瓦礫を退かす。そこにはありえない方向へ曲がったアリシアの足があった。


「アシル、ごめん……。もう、無理、みたい」


アリシアは弱々しくアシルの顔に触れる。


「ひとつ……謝らなきゃいけない……ことがあるんだ。だから……後で……これを読んで」


アリシアから渡されたのは封のされた手紙だった。


「あと……これを……」


アリシアは両手を握り、力を込める。その両手からは光が漏れ出していた。手を開くとそこには蒼いペンダントがあった。


「魔力のペンダント……。これは私の全ての魔力を込めたものだから……これは私と同じ。アシルを絶対に護ってくれるよ」


アシルはアリシアの体を抱き抱えて涙を流す。その涙はアリシアの頬へと伝わった。


「アリシア、アリシア……」


「泣か、ないで……。最後は笑って欲しい……な」


弱々しいその願いを叶えるために笑顔を作る。だが目から流れるその涙を止めることは出来なかった。


「アシル……今まで……ありがとう」


アリシアの手を強く握り、アシルは言った。


「……っ!! 駄目だ! アリシア!!」


泣きながらアリシアを抱きしめる。とんでもなく痛い筈なのに彼女は笑って言った。


「アシルなら……世界を、護れるよ……。天国で……応援してるね……」


アリシアの体がズン、と重くなる。彼女の顔は安らぎに満ちていた。好きな人の腕の中で死ねたのが嬉しかったのだろうか。


「うう、ああ、うわあああああぁぁぁぁ!!!」


アシルは彼女を抱きながら叫んだ。彼女を失った悲しみを、彼女の命が奪われてしまったその怒りを込めて。


「あああああぁぁぁぁ」


アシルの頬を伝う涙はアリシアの頬へと落ちる。


────アリシアは愛した人の腕の中で死んだ。誰にでも優しい笑顔を振りまいて誰からも好かれていたアリシア。世界で誰よりも優しい笑顔をもつ女の子だった。


「…………」


アシルは軽く唇にキスをする。ローランにはそれがお別れのキスに見えた。


「……戻ろうローラン。俺はアリシアを連れていくが構わないか?」


ローランはアシルの顔を見らずに返事をする。


「……そうした方がアリシアも望むだろう」


もちろんローランとも仲が良く、ジャンヌも含めて一緒によく遊んでいた。それを思い出すと涙が零れそうになる。それをアシルには見せたくなかった。


アシルはアリシアを姫のように抱えてログハウスへと戻る。戻るまでのアシルの目には覚悟があった。


戻ると真っ先にジャンヌが駆けつける。


「……!! アリシア……そんな」


ジャンヌは口を抑えて泣き出す。アシルはアリシアをベッドに寝かせて手紙を読んだ。封筒には魔法が張られていてアシルにしか開けられないようになっていた。


『ごめんね、アシル。こんな状況で手紙を使うのはどうかしてるのは自分でもわかってる。でも謝らなきゃいけないことがあるんだ。実はね、私は人間じゃないの。妖精と人間のハーフなの。嘘をついていてごめんなさい。後々話すつもりだったんだけど話せなくなっちゃったからね。貴方に渡したそのペンダントは力を貸してくれる。人間のアシルでも魔法が使えるようになる。私の大好きなアシルが怪我をしないように護ってくれる。だからいつもそのペンダントを着けておいてね。ねぇアシル。この世界には悪い魔物しかいない訳じゃないのを分かってほしい。妖精やエルフは人間の味方をしてくれるよ。特にそのペンダントが友好の証として働いてくれる筈。だから魔物を恨まないで。彼等は操られているだけだから。彼等も被害者なの。そして忘れないで。私、アリシアはアシルのことを天国でも見守っていることを。そしてこれが永遠の別れじゃないってこと。また、いつか。死んだ後でも逢えるんだから。そう願っているから。だから最後にこういうね。また、いつか逢いましょう。私の大好きなアシル』


目頭が熱くなる。ルビーのような瞳から一筋の涙が落ちる。ぽたり、ぽたり、と。くしゃりと手紙を強く握る。その手紙にシミができる。


「……ぅ」


すすり声をローラン達に気付かれないように出す。そして安らかに眠るアリシアを見て言う。


「アリシア、ありがとう……。またいつか、それまでしばらくの間、俺を見ていてくれ」


それを見たレーテは姿を消した。そして、遥か彼方に存在すると云われるヴァルハラで姿を現す。


『我がマスターに栄光あれ。失われた魂に冥福を。これから始まる帝国軍との血なまぐさき戦いに神は何と申すだろうか』


そこにデュランとジョワが現われる。


『神は我らを見捨てる事などありませんよ、レーテ。我らは神の剣。その役目を果たすまでです』


デュランは首を降る。


『我は違う。マスターローランとの旅は興味が湧く。神の剣としてではなく、契約者として』


三人は笑う。ヴァルハラと呼ばれた赤と白の城で。そしてはるか下に見やる地を見て言った。


『我ら、傍観者であり、当事者である。終わりなき契約の下、主とともに闇を照らすことを望まんとする』


レーテ達はヴァルハラ城を見てニヤリと笑う。


製作番号(プロジェクト)87。レーヴァテイン』


製作番号(プロジェクト)89。ジョワユーズ』


製作番号(プロジェクト)90。デュランダル』


『神の名の元に我ら、愚なる者共に裁きを下さん』


レーテは剣を振り上げ、勢いよく地面へと刺す。


『行こう、デュラン。ジョワ。マスター達が待ってる』


三人はその場から姿を消した。ただそこには静寂と美しい景色のみが残った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



────水と魔法の街、アクア=エリア。


ドンレミから数キロ離れており、比較的近い街である。海岸沿いにある訳では無いが、川からの水と魔法の水が合わさって街の水を構成していることからその名がついた。


美しい水の首都の中心に天を貫くような塔が立っていた。ロフトから街を見ながらハープを弾く少女がいる。


「綺麗な景色でしょうか、ウンディーネ。私には音しか聞こえないからよくわからないですけど」


『綺麗ですよ、貴女とハープと街の風景は絶景です』


空は青と赤が混じり、幻想的な色になっている。誰もがそこをこの世だとは思わないだろう。


『そういえば、昨日のことですがドンレミが魔物によって陥落したとのことです』


少女はハープを弾く手を止める。


「……あの子は無事でしょうか。もう、あの笑顔を見れないのは悲しい事ですが」


『あなた様がお望みであれば連れて行って差し上げますが』


その少女はうなづいて言った。


「お願いします。でも外は危険でいっぱいです。ウンディーネ、戦えますか?」


『貴女の力次第ですよ、レイラ様』


レイラと呼ばれた少女はウンディーネから手渡される剣を持って立つ。その剣は細く長い剣であった。レイピアである。


ウンディーネはレイラの手を取って歩く。


『魔術はあまり使わないでくださいね、貴女は魔力が多いほうではないんですから』


「わかりました。しかし、戦いになれば教えて下さい。魔力で一時的に視力を戻しますから」


彼女は視力を失っていた。だが魔力を使用することによって視力を一時的に戻すことが出来るらしい。しかし、それには莫大な魔力を必要とするので多用することは出来ない。


『ないことを願いますが』


その二人は塔の中に入った。階段を降りる音が聞こえる。ゆっくりだが、着実に階段を踏む音が。


彼女達を見ると恐らく姫と従者か、と判断するだろう。だが違う。彼女らは……。



アクア=エリア最高貴族兼全権代理人。レイラ=アクアマリン。そしてその聖剣、ウンディーネ。


そして……。レイラを引き止める一人の老婆。杖をつきながら階段を降りてきた。


「どこへ行こうというのかい?アクアマリン様」


アクア=エリア全権副代理人、マヤ。小さい頃から面倒を見てもらい、レイラにとっておばあちゃんのような存在である。


「マヤおばあ様。少し遊びに行ってきますね」


ニッコリと笑うその顔の裏には少しの狂気が混じっていた。


「……フフッ、アハハハハハッ、わかったわかった。それまでは私に任せとき。あんたはまだ若いんだ。無理さえしなければあたしゃ止めないよ」


「ありがとう、おばあちゃん」


マヤはレイラを見送ると独り言を話し出した。


「ドンレミが陥落、帝国も気が狂ったかい。あたしりゃアクア=エリアの者達と人魚達、森の妖精やエルフを敵に回した。全員を相手して残れるほど帝国は強いのかね」


塔の最上階まで魔法で飛ぶ。最上階には水で作られた地球があった。神秘的で見るもの全てを魅了するような美しさ。


「まさかまた神が遊び始めたのか。聖剣や神剣、神器なんて簡単に手に入るわけが無い。大波乱が起きそうだねぇ……」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


────帝国拠点地。


大きな机の上に地図やコップ、ペンなどをのせて会議を行っていた。だがその場にいるのは男二人のみだった。


「なんだって!!」


ドンレミ襲撃時にアシルと交戦した男が机を叩くと同時に怒号を飛ばす。置いてあったコップやペンが落ちた音が響く。その怒号にも怖気づかず鼻を鳴らす男がいた。


「なんだもこうしたもねぇよ、シャルレイト。ドンレミの生き残りに神の声が聞こえる奴がいる」


コーヒーを飲みながらシャルレイトと呼ばれる男に書類を渡す。


「これは……!」


渡された書類に目を通すとそこには神の啓示について記されていた。ドンレミの生き残りの中に啓示を受ける可能性がある者がいると。馬鹿馬鹿しいが、聖剣が存在するのだ。有り得なくはない。寧ろ神という存在があるとしか説明がつかないのだが。


「今回の任務はその者の殺害、もしくは誘拐。力を消すか奪うかは貴様に託されている」


成程、責任は全てお前に任せるというわけか。啓示を受けるものが危険でなければ誘拐をしろと。非であれば殺す、と。恐らく、誘拐のほか道は無いだろう。神との交信なんて誰もが夢に見る。そんなことが出来る者を所持していたら帝国は更なる繁栄と栄華を手に入れられることだろう。


だがドンレミの生き残りにはシャルレイトから片腕を奪った奴がいる。警戒する必要があり、面倒でしかない。負傷しているシャルレイトを出撃させる帝国の非道さは誰もが承知だ。


「……了解しました。このシャルレイト、全身全霊を込めて任務に務めましょう」


一択しかない任務を押し付ける上官がこんなにも腹立たしいなんて思いもよらなかった。


だがその者さえ手に入れれば神を味方につけたも同然だろう。シャルレイトはお辞儀をしてからその場を離れた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


────アクア=エリアの近くにある街。


そこは誰も訪れたことのない街。住人以外の者は誰ひとりとしていない。何故ならそこにはある力が働いているためだった。


そのこともあって人はこの街をこう呼んだ。


時計街、クロック・エリアと。


空には時計のマークが沢山あり、あらゆる場所の時間がそこに記されている。そしてその街の中心にある時計塔。その中にいる者が力を持っていた。


ショートの金髪の少女、アリス=プレザンス


その隣にいるシルクハットを被った青年、クロノス


時計に囲まれた玉座に座りながら、本を読むアリス。


「クロノス、何処か行きましょ?」


クロノスはシルクハットをとって手に持ち、跪く。


『どうぞ何なりと。アリス様の望む所なら何処へでも』


アリスは笑って言った。


「アクア=エリアに観光しに行きたい! いい?」


クロノスは立ち上がり、ハットをかぶる。


『了解しました。では準備が出来たらお呼びください』


クロノスが目をつぶって、その目を開いた瞬間、アリスの姿は比較的動きやすい服になっていた。


「行きましょ、クロノス」


『はい、アリス様』





そしてこれが、これから始まる戦争の幕開けになるとは誰も予想していなかった。地獄よりもさらに近い地獄を彼等は見ることになる。裏切りと嘘で塗り固められた戦争の幕開けだった。



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