第一話 はじまり
────炎に包まれる街。瓦礫によって潰された人。切り刻まれた魔物の死体。そこに立ち尽くす影。少女はペタリと座り込んでしまう。その少女の隣にいる男は口を開けたまま閉じることが出来なかった。その者達の目の前にいる人を見て驚いているようだった。その人は返り血なのか自分の血なのかわからないが紅く染まり、彼は右手に剣を持っていた。炎に包まれた剣を。
少女と男は剣を持った彼に言った。
「アシル……?」
俺達の美しい国は無くなってしまった。首都は破壊され、緑の丘は岩で覆い尽くされ、森は火で燃え上がったり枯れたりなどしていた。ある所では空は灰色に染まり、太陽が出ることなど無い。誰もここが繁栄していた国だとは思わないだろう。
何故こんなことになったのか。それはあるきっかけが原因だった。この国の王が全ての魔物を封印したと言われている本「パンドラ」を開けてしまったのだ。それにより全ての魔物が解き放たれてしまい、王がいた首都は最も酷い被害を受けた。
だが俺達の住んでいる街は首都から離れていたため被害は少ないものだった。俺達の街──ドンレミは未だなお綺麗なところで、農業なども盛んに行われており不自由なく暮らせていた。魔物の襲撃は多々あったがそこまでの被害にはならずに済んだ。この国で最も人口が多い街になっている。今では魔物の襲撃を抑えるために壁を建てている。
この街を歩いているとまるで魔物なんて居なかったかのように思えてくる。美味しそうなパンの匂い、昼からでも盛り上がっている酒場、風によって動いている風車。ドンレミに住んでいる人はあまり魔物のことを危険視していなかった。
「おーい! アシル!」
その声を聞き振り返るとそこには金髪で碧眼の青年が手を振っていた。
「ん? なんだ、お前かよ」
すると彼は笑って
「俺じゃ悪かったか!」
彼の名前はローラン=ベルナルド。俺の親友であり、ちょっとした好敵手でもある。
「で、ローラン。なんか用事か?」
するとローランはため息をついて言った。
「約束したじゃねぇか、忘れたのか?」
頭をフル回転させても思い出せない。
「うーん、ごめん忘れたわ」
ローランは呆れた顔をして
「はぁ、まったくだからお前は……。まぁいい、今日はジャンヌの誕生日だろうが。今日はその祝いに行くって言ってたろ?」
それを言われて思い出す。
「あっ!」
さらにため息をつくローラン。
「お前はホントっ……」
俺は頭を掻きながら笑う。
「あはは、よし! じゃあ行こうか!」
ローランは苦笑して
「はは、お前といるとあきねぇや」
俺は茶色い自分の髪を少し整える。
「ジャンヌは家にいるのかい?」
ローランはうなづく。
「ああ、お前が来るのを楽しみにしてるぜ」
さっさと歩くローランの後を追って歩く。
自己紹介させて頂く。俺の名前はアシル=クロード。鍛冶屋の家に生まれて何不自由なく暮らしていた。親友のローランとジャンヌと遊んだり、剣の稽古をしたりと楽しく暮らせていたと思う。
俺達は石床の道を歩く。小さい子供たちが遊んでいるのを見て笑うローラン。道を往く人々は様々だ。小さい子供やバケットにパンを入れて歩く婦人。口笛を吹きながら歩く青年や妻であろう女性と歩く老人。道端には店の宣伝や固まって話している男女達。
────突然頭が割るような頭痛がする。
「痛!」
頭を抑えて膝をおる。
「大丈夫か!? おい、アシル!?」
収まるどころかさらに強くなっていく痛み。
「く、くぁぁ……!」
ズン……ズン……と重い一撃を何度も、何度も頭に喰らっている様だった。
音も何も聞こえない。痛すぎるのだ。痛みだけが俺を支配する。
その時だった。ある声が聞こえた。女の声だった。
『……貴方をマスターと認証、名を問う。名を何と言うか』
俺は激しい頭痛を抑えようとすることで精一杯だった。
『マスター。名前は何というのだ? 』
応えられるはずもなく俺は頭を抑える。
「くっそ……頭が……!」
俺の事など関係ないかのように続ける。
『マスター、名前は?』
激しい頭痛に耐えながら答えた。
「っ……あ、アシル=クロードだ……」
脳に直接喋りかけられているようだ。視界が歪む。そこにはさっきまでいたローランや街の皆はいない。
『マスター「アシル=クロード」。認証完了。マスターアシル、私の名はレーテ。忠告する、この街に魔物の群勢が押し寄せる。マスターはそれを撃破する。それが役目』
レーテと名乗る声は聞こえなくなり、さっきまでいた街に戻っていた。
「おい! 大丈夫かアシル!」
何が起こったのか理解出来なかった。激しい頭痛は無くなり、さっきの声も聞こえなくなった。
「ちょっと疲れてんのかな……。でも大丈夫だ」
あまりローランを心配させてはならない。多分物凄く心配してくれるだろうから。
「そ、そうか……ならいいんだけど」
ローランは本当に優しい。どんな時でも他人を優先してしまう。だけどそれは何時か自分自身を苦しめてしまうだろう。だから俺はいつも彼に『自分が一番大切なんだから、自分を最優先にしろよ』と言っている。
でも先程の声は何だったのだろう。魔物の群勢? そんなの有り得ない。ドンレミは魔物に襲われたことが滅多にない街なんだ。それにレーテ。彼女は俺のことをマスターと呼んでいた。一体、レーテは何者なんだろう?
そんな事を1人で悶々と考えながら、ローランと一緒にジャンヌの家へと向かった。
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ジャンヌの家に着く。そして家の扉をノックする。
「おーい、ジャンヌ? いるか?」
その時だった。向かって俺らの後ろ、街を囲う壁を轟音と共に破壊して入ってくる魔物達。その魔物達は街の大通りを突撃し、人々を殺す。
「なっ!? 魔物だと!?」
ローランが驚いて、家の扉をさらに強く叩く。
「ジャンヌ! ジャンヌ!! 魔物が来やがった! 早く出てこい!」
魔物達はゴブリンとウィッチで構成されており、ウィッチは炎や爆発呪文を街に放つ。爆発音と共に崩れ落ちる時計塔。紅く燃え上がる家。瓦礫が降ってきて、人々はそれに巻き込まれる。街は一瞬で地獄と化した。
「そんなっ……嘘だろ……」
ゴブリン達が俺らに気づいたようで、俺達に突進してくる。
「剣なんて持ってきてないぞ! くそ!」
ローランは焦りを隠せずにいた。当たり前だ。さっきまで平和だった街が急変してしまったのだから。
俺は力を込めて扉にぶつかる。
「無理矢理でいい! 開けて入るんだ!」
ローランは無言で頷いて、二人で扉に向かって突進する。流石に男二人の力は強い。バキッといって扉は壊れる。
家に入るとすぐさまジャンヌを探す。
「ジャンヌ! どこだ!」
耳を澄ます。すると
「ん、んんんーー!!」
ジャンヌの声だろうか、まるで口が塞がれているような音だった。そして男の声も聞こえた。
「おい、もう魔物が来たぞ。さっさと済ませようぜ」
それを聞いたローランは声のする方へ走る。俺もローランの後を追って走る。ロックの掛かった部屋だった。そのドアを二人で蹴破る。
「ジャンヌ!!」
するとそこには男二人に囲まれて、猿轡をされているジャンヌだった。
「ちっ! 邪魔が入りやがった!」
男は棍棒を持って、俺達めがけて攻撃する。
だが、それ如きで俺達は倒せない。奴らはジャンヌを穢そうとした。それだけで殺すには十分な理由だった。
「アシル、どっちがいい」
ローランは誰がどう見ても激怒していた。それは俺も同じだった。
「どっちでも良いから殺す」
男達が繰り出す棍棒の一撃を避けて、俺は一人の男の鳩尾を蹴り、そしてその男にローランは強烈なかかと落としをする。
「がっ!?」
その男は倒れてしまい、それ以降立たなくなってしまった。そしてローランは俺にナイフを渡す。
「台所で拾った。これでジャンヌの猿轡を解け。そのあとは好きに使えばいい」
俺はそのナイフでジャンヌを拘束していた縄を切った。
「はぁはぁ…ありがとう、アシル」
綺麗な長い銀髪をしたジャンヌはまだ苦しそうだった。長い間拘束されていたんだろう。
ローランはもう一人の男の顔面を素手で殴り飛ばし、そして胸倉を掴んで顔面を殴る。それの繰り返しをしていた。
俺は残った縄で倒れた男をぐるぐる巻にして外に放り出す。道を占拠しているゴブリン達にボコボコにされて殺されるだろう。そしてローランにナイフを返す。
ローランはナイフを男に突きつけて言う。
「さっきお前は魔物が来ることを予想していた様に言っていたが、どういう事だ。吐け!」
見る影もない顔面になった男は怯えながら答える。
「て、帝国から教えられたんだ! その手伝いをしろって言われただけだ!」
『帝国』。その言葉で俺達は凍りついた。
「帝国、だとっ!?」
『帝国』とは我が国の隣に存在する巨大国家のことであり、軍事力は世界トップクラスを誇る。
「ちょっと待てよ、おいおいまさか!」
俺の頭を過ぎった予想。それは……。
「まさか、『パンドラ』のことも帝国の仕業だったのか?」
ジャンヌとローランの顔はまさに顔面蒼白というものだった。
「ま、待て、まだそうと決まった訳じゃない。その前に早くここから出よう。このままじゃ俺達もゴブリンの餌だ」
少し取り乱しているローランは街から出る提案をした。でも俺はそれに従えなかった。
「俺には無理だ。先に行ってくれ」
ジャンヌは俺の手を繋ぐ。
「駄目だよ! このままじゃアシルも死んじゃうかも知れないんだよ? 街の様子を見たけど恐らくこの後にドラゴンが来ると思うんだ、だから早くここから出よう?」
俺は繋いだ手をぎゅっと強く握る。
「ごめん、まだ父さんが家に残ってるんだ」
俺の父さんは今、脚を骨折してしまい一人では歩けない状態にあった。
「だったら俺も行く!」
ローランは俺の肩をつかむ。だがそれを振り払い、前を向く。目の前にあるのは壊れた街。それを見ると拳に力が入る。
「これは俺の仕事なんだ。お前達には関係ない」
冷たく答えるがこれは本心ではない。ただローランとジャンヌを巻き込みたくなかった。それにレーテの言葉。あれが本当ならば俺は魔物を倒さなければならない。
「……無事を祈る」
俺は窓から飛び降りて、ゴブリン達を引き連れて自分の家に戻る。レーテの話は俺の妄想なのかもしれない。でも、それでも俺がゴブリン達を引き連れながら家に向かうのは、少しでもローラン達の脱出に役立つだろう。瓦礫の隙間を滑りながら入る。ゴブリン達は知能が低いため、瓦礫を壊しながら来る。時間稼ぎになる筈だ。
さっきまで走っていた子供や婦人が血塗れで倒れている。血の匂いで少し咽せる。
「……レーテ、聞こえるか」
周りから見たら俺は変人だろう。死体に話しかけているのか、もしくは独り言か。どちらにしても気が狂っているように見えるだろう。だが俺は大真面目だ。俺は少しの希望とやらにかけようとしているのだろう。唯一、俺が魔物達に勝てるかもしれない方法。それはレーテに頼る事だった。
『聞こえてるよ、マスター』
幻聴かもしれない。でも俺はそれを信じた。自分で自分を嘲笑する。
「俺は少しでもローランやジャンヌ達を助けることが出来るか?」
突然、眩い光に包まれる。眩しすぎるために目を閉じる。
視界が戻り始める。目を擦ってから周りを確認する。そこには金髪のセミロングに白い肌。少しゴシック調の赤い服。ゆっくりと目を開けるその少女。ルビーのような赤い眼をしていた。
『それは愚問だね。何故なら私のマスターになったんだから』
レーテは右手を前に出して、炎を放つ。その炎は剣の形となり、俺の手に渡る。
「これは……?」
鞘に入った剣だが、何故かそれは鎖でぐるぐる巻にされていて、剣が抜けないようになっていた。金色の握りに美しい装飾がされていた。同様に鍔は宝石とようなもので綺麗に装飾されていた。
『鍛冶屋の息子なら一度は聞いたことがあるんじゃないかな?』
だが、鞘と鍔を見ただけではわからなかった。そもそもこんな宝刀のようなものは見たことがない。
「それよりも、これはどうやって使うんだ? これじゃ剣を抜こうにも抜けないぞ」
レーテは少し笑いながらジャンプした。
『それはマスターの意思によって抜くことが出来る。本当の気持ちがあればそれはマスターの力となるよ』
レーテの姿は無くなり、声だけが聞こえるようになった。
『マスターは覚悟があるからここまで来たんでしょ?しかも私がマスターとして認証したんだ。何か素質があるということだよ』
レーテの声は俺に力を与えてくれた。孤独ではないことを感じさせてくれた。例えそれが独り善がりな空想だったとしても。
『マスターはまだ、私を信じ切っちゃいないよね。だからドラゴンと戦って証明して? 今回の襲撃はドラゴンを主とした物だから、ドラゴンさえ倒せば敵の陣は崩れ落ちる。今はウィッチ達がドラゴン召喚の儀式をしている筈だから』
剣を腰に刺す。見た目は余り長すぎない剣だったため、腰に付けてもさほど邪魔にはならないだろう。
「場所は?」
『ここから行って南東の方向だね。行くよ、マスター』
南東の方向には俺の家があった。
「俺の家がどうなっているかわかるか?」
レーテは具現化して空高く飛ぶ。
『魔物達に囲まれてるね。しかもウィッチが沢山集まってる。あそこにドラゴンを召喚するつもりだろーね。マスター、急いだ方がいいと思うよ』
鞘を触る。そこには色んな想いがあった。父さんが無事で居てほしい。ローラン達を助けたい。魔物を殺し尽くす。沢山の想いをこめて俺は走り出した。
「はあ、はあ」
息が切れて、肺が燃えるように熱い。喉は何でもいいから液体を欲していた。燃え盛る街の中を走っているのだ。喉も乾くし、息も苦しくなる。足は縺れ始める。何度も倒れそうになるが、そんな暇はない。
ゴオオオオオォォォォ!!!
鼓膜が破れそうになるほどの轟音。耳を塞ぎながら辺りを見回すとそこにはドラゴンが雄叫びをあげながら召喚されているのがわかった。
ゴブリン達がこっちに気づく。
「レーテ、剣を抜くぞ」
『なら思いを込めて、マスター』
目を瞑る。怒り、悲しみ、勇気、葛藤、全てを右手に込めて剣を抜く。
「うおおおぉぉぉぉぉ!!!」
剣を巻いていた鎖は砕け散り、その剣の姿があらわになる。
────瞬間、辺り一面が炎によって燃やし尽くされていた。ゴブリン達は叫びながら倒れている。
「熱っ!? ……くない? これは?」
右手に持ったその剣は真っ赤な焔を纏っていた。
『マスター、私の名前はレーテじゃないんだ。謂わば略称っていうものだね。本当の名前は────』
『裁きの剣、レーヴァテイン』
火の粉を舞い散らすその剣の名は伝説の剣、『レーヴァテイン』だった。
「!? それって神の剣じゃないか!? 嘘だろ!?」
レーテは具現化してにやりと笑う。
『嘘じゃないよ。その剣から出てる火焰が証拠さ。さぁ、マスター。マスター自身の未来をそれで切り開いて!』
レーヴァテインを右手に持って、剣の構えをする。ウィッチ達がこちらを見て詠唱を始める。それを見て、俺は地面を蹴る。
「はぁぁぁ!!」
ウィッチ一体を斬ったつもりが、炎によって周りの奴等も倒すことが出来た。
「これが、神の剣……」
『レーヴァテインを家の方向に向けて。マスターの道を作ってくれる筈だよ』
俺はレーテの言う通りにする。俺の家に向けられたその剣は一直線に炎を放つ。直線上にいたゴブリンやウィッチは消し炭になっている。
「父さん!」
俺はまた、地面を蹴り出した。
あと100m!
周りから来るゴブリンを切り裂きながら走る。
あと70m!
炎を全方向に放ち、周りの魔物を全て焼き殺す。
あと50m!
ドラゴンが雄叫びをあげながら飛び立つ。こいつらはドラゴン自体を制御出来ていないようだった。
あと10m!
ドアを蹴り破る。するとそこには……。
首を掴まれて、空中に浮いている父さんと、真っ黒な剣を持った人間がいた。
「誰だ、貴様」
俺に気付いたその男は父さんを放り投げて、俺に近づく。
よく見ると父さんは血だらけになっていた。服もボロボロで誰が見てももう助からない。
「おい……お前が父さんをやったのか」
その男はふん、と鼻を鳴らした。
「ああ、この男が闇の剣を持っていたからな。……待て、貴様が持っている剣は……」
理由なんかどうでもいい。父さんを殺したんだ、何があってもこいつを殺してやる。
『マスター、気を付けて。あの剣……』
「ああ、わかってる。でも絶対に引けない」
知恵は力なり。勇気は原動力なり。一方のみ持つは愚者なり。知恵、勇気持つは……。
俺はこの街で少しだけ有名だった。何故なら剣の腕は人並みだが、何故か必ず勝利する。理由は誰よりも戦略を立てるのがうまいらしい。
『知恵、勇気持つ我が主は闇を切り裂かんとす神の光。絶望を切り裂き、幻想をもたらす赤き光』
レーヴァテインは目が眩むほどの光を放ち、周り全てを焼き尽くす。家は無くなり、周りを囲んでいた魔物は一掃された。そこに立つものは闇の剣を持つ男と、神の剣を持つ男。そして空を飛ぶ赤き竜。
「ウオオアアアアアアアア!!!」
地面を蹴り、回転しながら男に斬り掛かる。
「ぬぅ!」
男も闇の剣を抜き、激しい鍔迫り合いを起こす。
考えろ。少しでもいい! 最初の一手を取るんだ!
俺は男の脚を思いっきり蹴る。バランスを崩したその男に剣を振るう。剣は頬を掠める。少しの傷を与えることが出来たが、それだけでは意味がない。
「喰らえッ!!」
斬りかかったときの力を回転力として、その回転力を更に剣の力へと変える。遠心力を利用した攻撃。
風を取り込みながら回るため、レーヴァテインの炎は更に巨大化する。その姿はさながら……。
『フェニックス……。 貴方をマスターにして良かった』
その男の左腕を切り落とす。
「うおぉぉッ!? お前は一体誰だ!」
回転を止めて、剣を向ける。
「俺はお前が殺した男の息子、アシルだ!これで終わると思うなよ……! お前は絶対に殺す!」
男は腕を抑えながら叫ぶ。
「火焔龍!!」
するとその声に応えるように耳を劈く雄叫びが響く。
天空を飛んでいた真っ赤なドラゴンの声だった。地面までも振動する。
「すまないが、ここで御暇するよ。アシル、覚えたぞ」
その男は剣をしまい、魔法による転移をした。
「おい! 待ちやがれ!」
それをレーテが止める。
『待って! それよりもマスター! 龍を殺さないと街が!!』
舌打ちをする。自分自身が分からなくなってきた。
「邪魔するなぁァァァ!!!」
レーヴァテインの一撃は見たこともないような光を放った。その光は龍の体を切り裂いて、赤い雨を降らす。
『ッ!? い、一撃!? そんなこと……』
残りのウィッチやゴブリン達が一斉にこちらへ来る。
「邪魔…するなァ!」
かなりの数を捌いたが、流石に体力の限界だった。想いを生み出すことが出来なくなり、レーヴァテインはまた鎖で巻かれてしまった。だが、炎はまだ纏っている。
「くそ……」
諦めたその時だった。二人の叫び声とともに散る魔物達。バタバタと魔物が倒れていき、遂には全滅してしまった。
そこにはレーヴァテインのようにとても綺麗な装飾がされている剣を持った二人の男女。
────炎に包まれる街。瓦礫によって潰された人。切り刻まれた魔物の死体。そこに立ち尽くす影。少女はペタリと座り込んでしまう。その少女の隣にいる男は口を開けたまま閉じることが出来なかった。その者達の目の前にいる人を見て驚いているようだった。その人は返り血なのか自分の血なのかわからないが紅く染まり、彼は右手に剣を持っていた。炎に包まれた剣を。
少女と男は剣を持った彼に言った。
「アシル……?」
アシルは剣を落として倒れた。崩れ落ちるように。
「アシル! アシル!」
ジャンヌはアシルの元へ駆け寄り、アシルの体を揺する。するとアシルの隣にある剣が光り出す。
『私の名前はレーテ。我がマスター、アシルは想像以上の疲労により、身体機能の一時停止を行い、修復を試みている。それよりもあなた達の剣。それは神剣?』
ジャンヌとローランの剣は具現化し始める。
『私の名前はジョワ。マスター、ジャンヌの剣です。本名はジョワユーズ。以後お見知りおきを』
丁寧な口調をしたジャンヌの剣、ジョワユーズ。肩まである薄い緑の髪にとても綺麗な青い瞳をしている。
『本名、デュランダル。略称、デュラン。マスターであるローランの剣』
必要最低限のことのみ話すローランの剣、デュランダル。後ろで結った長い赤紫色の髪に輝いている金色の瞳。
どちらも名高い聖剣だ。
『理解した。でもまさかこの場に神剣が3つも揃うとは。ジョワ、貴女の能力は?』
ジョワはジャンヌに向けて聞く。
『この方達は信用に値しますか?』
ジャンヌは頷いていった。
「この人達が信用出来なかったら誰も信用出来ないよ」
ジョワはふむ、と納得する。
『私の能力は風です。風を生み出したり、流れを変えたりなど出来ます。マスター次第ですが』
ジョワユーズは風を纏う剣なのか。なるほど。
『デュラン。貴女は?』
デュランはレーテの方をじっくりと見てから無表情で答えた。
『信頼に値する。能力、雷。痺れ、心肺停止、心肺蘇生。利用法により、攻防どちらとも出来る。マスター、之を活用できると思う』
もうひとつ知りたいことがあった。それは今の状況だ。アシルとともにレーテは動いていたが、それ以外の事を気にする暇がなかった。
『街は?』
するとローランが悔しそうに答えた。
「避難した者もいるが大半は多分駄目だ。魔物は今ので最後だからこれ以上の被害は出ないけど、心のダメージが大きいのは本当だな。避難した人たちは混乱していると思う。ここに長居する理由が無いし、さっさと避難しよう。アシルもこの状態じゃ、したい事も出来ないだろうしな」
ローランはアシルを背負って、ジャンヌはジョワユーズを片手に持って周りを警戒している。レーテとデュランは具現化して、自分自身を持って歩く。
事実上、我々は勝利した。だが、甚大過ぎる被害から我々はこれを勝利したと思えなかった。これは敗北だ。そして帝国からの宣戦布告だと受け取った。
────『マスター、さようなら』
突然頭の中に響く言葉。
何で、どうして? レーテ!
『貴方は【 】の【 】を知っ しま たから。マ ター、さよ な 』
レーテ、レーテ! レーテ!!
「レーテ!!」
ガバッと起き上がる。頭がズキズキと痛む。そこは木のベッドの上だった。ログハウスのようなところで、木のいい香りが辺りを漂っていた。
『目覚めたか、マスター』
白の薄い服を着たレーテが現れる。そのレーテをアシルは無心で抱きしめてしまう。
『マスター、何か夢でも見たのか?』
体が小刻みに震える。小さな子供でもないのに。みっともないと自分でもわかっているつもりだったが、何故かその震えを止めることは出来なかった。
「……お前が居なくなる夢を見た。おかしいな、お前とは会ったばかりなのにお前が居なくなることを恐れてる。ははっ」
自分を嘲笑しながらレーテから離れた。レーテは笑顔でこう言った。
「貴方は私のマスターだ。どんな事があっても離れないよ」
その言葉は今のアシルにとって優しく、そして何故か悲しく思えた。始まったばかりなのにアシルには終わりが見えているかの様にも思えた。
アシルとレーテ、ジャンヌとジョワ、ローランとデュラン。聖剣を手に入れ、巨大なモノと戦い始める青年達の物語の始まりである。