表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海界の地  作者: 山澤幸花
2/4

第一話

あれから10年。心の中には住人が増えた。黒髪を逆立てた乱暴者の敦。栗色の長髪を一つ結びにしたパンツスーツで性別不明の遥。甚平を着た穏やかな魁おじいちゃん。


みんないつの間にか増えててネームプレートには名前が記されていた。どのタイミングで増えたかはわからないが現れた時に美幸のように語りかけてくれた。そして心の扉で初顔合わせ。どんな人物だろうと子供ながらにワクワクしていた。


俺は簡単に作った朝食を片付けて高校へ行く準備をする。出かける前に鞄をチェックした。美幸から言われたのだ。忘れ物が多いから最後にもう一度確認しろと。本当に母であり姉のような女性だ。


「行ってきまーす」


『フフ、行ってらっしゃい』


『気ぃつけろよ』


『ほほ、ワシらもついとるでの。安心じゃろう』


『毎日毎日あなた達は飽きないんですか?このやり取り』


遥まで含めて毎日繰り返されるやり取り。みんな俺を心配してのこと。有り難くもありちょっとむず痒い。


エレベーターを降りて外に出たとたん何かが突進してきた。


「よーしくーん!!!!!!!」


「うわ、出たっ!!」


満面の笑みで俺に飛びつく背の高い眼鏡男。乙女趣味の持ち主で可愛いものとフリルやキャラクターグッズが好きな中谷誠悟。通称なかちゃん。23歳の会社員。


俺とは社会見学でなかちゃんの勤める会社に行ったとき知り合った。その会社の食堂で食べてた俺の弁当が可愛くて話しかけたらしい。ちなみにウサギさんウィンナーと卵やそぼろでヒヨコを描いたご飯だ。当然美幸作。


俺自身、身長も低いから彼には可愛くてたまらないらしい。ゆるキャラか何かと思われてる。


さらに学校への道となかちゃんの会社は同じ方向だから朝は一緒に行く。というよりなかちゃんが待ち伏せしてるのだ。敦が殴りかかろうとしたこともある。まぁおじいちゃんが止めたけど。


「よしくん朝何食べた?」


「普通に目玉焼きとサラダにスープ。それだけ」


「よしくん育ち盛りなんだからもっと食べなきゃダメだよ?ちょっと細いんじゃない?」


ワシッと脇腹を掴まれ条件反射で敦が表に出てなかちゃんの太ももに蹴りを入れた。


「朝からセクハラしてんじゃねぇよ……」


「してないよ……いたたっ、あ、桜ちゃんだ!」


ピュッと俺から離れるとOLの元へ走る。スカートから覗く太ももが色っぽい。


『ま、お前も男だしな。野郎に抱きつかれるより女がいいだろ?』


「あのね……」


敦はニヤニヤと笑う。小さなため息とともに聞こえてきた美幸の寂しそうな声。


『ふふ、小さい頃から見てきた私は複雑だわ…そうよね、男の子はいつか男になるのよね……彼女でもできた日には私、私……』


『泣かないでくださいよ。第一良樹に彼女なんて出来ませんから』


「なんでそういう事言うかな……?」


『ほほ、仕方ないことじゃって。良樹は美幸を見て育っとるからの』


おじいちゃんに言われた途端体が熱くなった。別に美幸がどうとかこうとか関係ないし、確かに美人で料理も出来て優しくて……。


「……美幸には心の部屋でしか会えないじゃん……」


ポツリと出た言葉に後悔して慌てて謝る。敦が何か言おうとして口を閉ざした。


「とにかく学校行かなきゃ!!」


なかちゃんに手を振って学校へ向かう。なかちゃんも手を振りかえしてくれた。


学校へ向かう途中にある巨大スクリーンにスーツ姿の男性アナウンサーが映る。


【政府の意向により能力者を南日本へ集めることを決定しました。移送する能力者の人数はおよそ100人ほどで船や飛行機で能力者を南日本へ移送すると発表されました。このことについて政府は能力者による危険な犯罪を減らすためとしていますが、反対の声も多く南日本では反対運動が今も続いています。なお能力者と判断された児童や服役中の能力者も移送するとのことです…次に…】


「……この話本当だったんだ……」


前々から問題として取り上げられ、テレビやネットでもさんざん議論され続けていた。


『心配すんな、俺がぶん殴ってやっからよ』


「そういう問題じゃないでしょう」


『そうですよ、なんでも暴力に訴えないでください』


『一番えげつねぇのお前だろうが……』


『何の話ですか?』


とぼける遥に敦も俺も苦笑いだった。俺は学校で能力者だと話していない。別に多重人格なだけで敦が暴力振るおうとしても遥やおじいちゃんが止めるから大丈夫だが能力者に対する偏見は多い。


学校が近くなると生徒の姿も増え始める。


「おはよ、良樹君」


「あ、おはよう、陽奈」


校門の近くで女子に話しかけられた。ロングヘアをシュシュでアップスタイルに簡単に纏めた髪型の鮎川陽奈。いわゆる幼なじみだ。美幸のおかげで小学校にも通えた俺は陽奈と知り合った。それ以来の付き合い。


「朝のニュース見た?」


「ニュースってどれ?」


「能力者のやつ」


「ああ、こっちに集まるって言ってたね」


下駄箱で靴をはきかえてクラスに行く。クラスも同じなのだ。机に鞄を置いたら彼女は再び俺のとこへ来た。


「……あのさ、良樹君は能力者どう思う?やっぱり怖い?」


「いや、怖くないけど…なんで?」


クラスの中で存在感のないショートカットの女子を指差す。俺はみんなの視線を浴びて心臓がバクバクと速くなるのを感じた。


「んー?違うのかい?あっれー俺間違えるはずないんだけどなー」


「……ごめん、なんでもない」


笑いながら自分の机に戻った。もしかして陽奈もそうなのか?しかし聞いたことない。俺は教科書を机に入れた。


『陽奈ちゃんどうしたのかしら?』


『様子がおかしいですね』


始業のチャイムが鳴ると生徒はバタバタと机についた。しばらくして先生が入ってくる。


「転入生を紹介する。入れ」


「どうもー泉直蔵です。俺、能力者だけど皆さん大丈夫な人?」


明るい声で言った男子にクラスのみんなはポカンとする。銀の髪にピアス。能力者だとサラリと言ってのけた。


「はいはい、能力者いるんなら喋った方がいいよー隠したままだと学校生活辛いでしょ?大丈夫大丈夫、それに俺バイセクシャルだから」


ガタンと机ごと反応したのは男子で。


「あー、泉、そのくらいにしなさい」


「あの子能力者でしょー?」


先生を無視して泉の指先が真っ直ぐ俺を指してる。


「それからあっちも」


陽奈が俺を見ている。驚いたように。


『良樹、バラせ。大丈夫だからバラせ』


グッと拳を握り締めて俺は言った。


「そうだよ。俺は能力者だ。なんでわかった?」


「ふふん、俺の能力は不老長寿なんだ。泉直蔵276歳!それで能力者が解るようになったのよーていうか虫が見えるみたいな?」


「……不老長寿?ちょっと待て。能力者って見つかってからまだ100年ちょっとだろ?」


「俺が第一号なんだよ」


先生がバシッと教卓を叩いた。


「続きは後にしなさい。泉は一番後ろに座りなさい。ではホームルーム始めるぞ」

能力者とバラしてからクラスメートの見る目が変わった。若干ではあるが距離を置かれるようになった気がする。


昼休みに中庭で芝生に座り弁当を広げる。タコさんウィンナーにネギ入りの炒り卵。ウズラにはゴマで目や口がつけられてご飯は切り海苔や紅生姜、炒り卵で花が飾られている。相変わらず美幸のご飯は可愛い。


「おーファンシーな弁当だなぁ」


「……何しにきた?」


「飯を食べに。つかパンだけどねん」


泉はパンを開けた。ストロベリーふんわりメロンカスタードと書かれている。クッキー生地がピンク色だった。そっちもファンシーだしイチゴかメロンどっちなんだ。


「能力者がこっちに来るのわかってんだろ?能力者が集まる以上、能力者は嫌でも事件に巻き込まれる」


「だからってバラして怖がらせてどうする?」


「何?危険な能力なの?」


「…いや、危険じゃない…」


「ならさ、見せてよ。どんな能力か」


『今まで能力者なんて身近にいなかったものね。いいんじゃない?教えても』


不思議と美幸に言われるとそんな気になる。俺は美幸を呼んだ。表に美幸が現れ真っ直ぐに泉を見る。


「はじめまして。美幸と言います。良樹の姉みたいなものよ」


「……なるほど。多重人格か」



「そういうことね。まだ何人かいるけど」


「多重人格なら二段能力で最強じゃん!!」


「………それ私達にやれってこと?」


美幸が冷たい目を泉に向けた。泉はニッと笑うとパンを頬張り飲み込んだ。どこか悲しそうな笑顔を浮かべる泉。


「ダメ?」


「良樹次第だけどね……」


美幸は心の扉を開けて帰っていく。代わりに敦が出てきて泉の胸倉を掴む。


「てめぇ、良樹を巻き込むつもりなら容赦しねぇぞ」


「それも人格の1つ?じゃあ何でバラしたの?白を切り通せばいい話でしょ?」


「……俺がバラせって言ったんだよ。お前の言うとおり能力者が集まれば事件は起こる。良樹1人じゃ……」


「仲間がいればって思ったんだ?」


「お前が良樹を傷つけるなら容赦しない。そんときはぶっ殺す」


「無理無理〜俺、心臓えぐられても再生するから」


泉は敦の手を振り払うと立ち上がった。ズボンを軽く叩いて草を落とす。


「寿命が来るまでミンチにされても再生するんだよねー。実験済みだよ。ま、多少は再生まで時間かかるけどさ。ミンチになれば1ヶ月、心臓えぐられたら数週間ってとこかな」


「切断されたら?」


「その場でくっつくよ。ほいじゃ、あの女の子にも話聞きに行くからまったねーん」


泉はスタスタと歩き出す。俺はどうすればいいか考えた。能力者が集まれば事件は起こる。それはわかる。でも何が起こるかはわからない。ましてや能力なんて様々だ。


【簡単な話よ。戦えばいいじゃない】


ふと、胸の中に新しい声が聞こえてきた。無邪気で明るい子供の声。


【あたしは希望、さぁ、いらっしゃい】


目を閉じて開くと心の扉の前に4人が集まっていた。眉間に皺を寄せる敦。美幸は自分を抱くようにしていた。遥も腕を組んで考えている。そして、おじいちゃんが最後の扉の前に行く。


「ここじゃな、のぞみと書いてあるのぅ」


「入りますか?」


何でだろう?4人とは何かが違う。みんなに会うときはワクワクしてた。でも、怖い。こんなこと初めてだ。


「良樹、俺がついてる。殴るのは得意だからな」


「大丈夫よ、私もいるから」


俺の肩を美幸の手が掴む。みんなも感じてるんだ。この異質な人格を。


俺はノックした。ガチャリと鍵の開く音がして何かが飛び込んでくる。


「良樹ー!!会いたかったわー!!あたしずぅっと会いたかったのに呼んでくれないんだもん!!あの4人で満足しちゃってさー」


桜色の髪を内側にくるんと巻いた肩までの長さの髪にフリルの沢山ついたドレス。無邪気にも小さな女の子は俺にしがみつく。


「君は……」


「あたしは希望、のぞみよ。よらしくね、王子様」


ピシッとみんな固まる。王子様?


「ちょっと待てこのガキ、お前」


「あなたは王子様に相応しくないわ。乱暴でがさつな人きらーい」


「さっき良樹に戦えとかぬかしただろーがよ!?ああ?」


今にも殴りかかりそうな敦を美幸が宥める。その時気づいてしまった。心の部屋は、俺がいなくても人格達の交流はあるんだと。


「戦えって言ったのは良樹のためよ。だってあたし達は良樹を守るためにいるのよね?戦わずにいたら良樹、死んじゃうもの」


キュッと唇を噛み締める希望。異質、ではあるが悪い子じゃないのかもしれない。


その時、何もなかった空間から3つ扉が現れた。


「あはは、良樹ありがとう。良樹があたしを認めてくれたから扉が増えたのね。安心して、これ以上は増えないから」


俺の腕にしがみついたまま希望は言う。どこか楽しそうだ。


「あのね、よーく考えてみて。多重人格なんて能力者じゃなくてもなるものなのよ。なのに良樹は能力者。じゃあ良樹の本当の能力はなぁに?」


上目使いで俺を見る希望。美幸がハッと息をのんだ。


「……私達は能力じゃない……?」


「ピンポーン。良樹の能力はまだ目覚めていないのよ。でも能力者が集まれば、あたしたちが目覚めさせなきゃいけない」


「ほっほ、授業が始まりそうじゃからの。これくらいにしてはどうかの?」


おじいちゃんの言葉でみんなバラバラになり各自部屋に戻った。ただ、美幸だけが移動せず考え込んでいた。


「美幸?どうかした?」


「あ、うん。大丈夫。ほら、良樹、行ってらっしゃい。残り二時間ちょっとでしょう。ファイト!!」


「美幸!!」


俺は美幸に手を伸ばそうとするも心の世界から引き戻された。


「……じぃぃぃ…」


「うわっ!?」


現実世界に戻ってきた俺を泉と目立たない女子、国分寺由美子が見ていた。いつから見ていたのだろうか、国分寺の顔が近い。思わず後ずさりする。


「おーい、大丈夫か?」


「ビックリした……」


「能力者の仲間、初めて…」


国分寺は無表情のままポツリと呟いた。消えそうな声は儚くてどこか冷たい。誰かがいないと本当に消えてしまいそうだ。


「あ。泉、俺はまだ能力が目覚めてないらしい」


「え?どゆこと?」


「多重人格は誰にでも起こることで多分俺は親に捨てられたから親代わりに生まれた人格が美幸達。そこに能力は関係ない。ってことなんだけど」


自分の中で結論づけたことを泉に言うと難しそうな顔をしていた。


「親に……捨てられたの?」


国分寺が大きな目を見開く。よく見るとまつげが長く可愛らしい顔をしていた。


「えっと、俺の名字、浅海なんだけど…」


「知ってる………あ、浅海グループ?」


「そう、浅海グループ…」


悟ったらしい国分寺は黙り込んだ。その様子に泉は俺の頭をガシガシとつかむ。


「だーもう!辛気臭い話は無し!!親に捨てられたから美幸さんに会えたんだろ?捨てられたからここでいろんな人に会えたんだろ?」


「確かに…」


泉は不老長寿だからいろんな人間を見てきたはずだ。俺みたいなのもたくさんいたはず。俺は頭をつかんだままの泉の手から逃れ立ち上がった。国分寺もそれにあわせて立ち上がる。


「能力者の襲来に備えて作戦立てようぜ。よし、放課後に由美子ちゃんちに集合!!」


「え!?いきなり女子の部屋!?」


「じゃあ、よっしーんちにする?」


「よっしーて何だよ…!」


「男の子の部屋はじめて…」


国分寺の周りに花が飛んでるのが見えた気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ