DRAGON HERO
傍から見れば何処ぞのカッコイイ少年にしか見えない少女・騎龍勇は森の中にいた。
どうやら異世界から来た者は森の中から始まると相場は決まっている様だ。
さわさわと心地良い微風が木々の間を縫いながら擽る。
「うーん、此処に来た時点でテラからある程度戦える体にされている筈…だと思うんだけどなぁ」
天を仰ぎながら頭を掻く。
「…うだうだ考えててもしゃーないか」
彼女は先程テラより返却されたブレス型のデヴァイスを左腕に装着すると確認のためにマップ機能を起動させる。
(調整は済ませてあると言った。なら――――)
思った通り、俺の世界のマップデータの他、この世界のマップデータが追加・保存されており、位置情報も作動が確認できた。
「えーっと『悠緑の森』…凄いな、此処は龍脈の流れる土地なのか」
僅かに感じるエネルギーを肌で感じながらマップ範囲を広げていく。
ある程度広げた所で僅かに数個のマーカーと巨大な熱源反応が。
(此処から約二十Kmて所か。ギリギリ間に合うか? いや、間に合わせる!!)
勇、改めイサムは深呼吸と同時に肩の力を抜いて自らの肉体を落ち着かせる。
そして試しに龍脈から溢れてくる未知のエネルギーを体で探りを入れてみるとヒットしてみたので元々所有している力と併せ、練り鍛え上げた。
鍛錬が出来た所でその力を抑えると目的地に向かって猛スピードで、中空を滑る様に走り抜けた。
無論、移動の際に発生する衝撃波を吸収・緩和させる障壁を張るのを忘れない。
そうでもしないととんでもない人物としてブラリされてしまうのである。
『ショック・アブソーバー』と呼ばれるバリアを展開させるのは所謂、一種の戦人にとってのマナーとなっているのだ。
兎に角目の前に迫る木々を最小限の動きで回避しながらスイスイと移動する様はまるで街中を爆走する走り屋だ。
一見すると高速で走り抜けていると言った感じだが、これがなかなか難しく油断して障害物に僅かでも触れてしてしまえば命を落としかねない状況に陥ってしまう。
意外と高い集中力を求められる技術なのである。
○ ○ ○
そうこうしている内にあっという間に目的地の近くへと到着してしまった。
目にしたのは巨大な赤いドラゴンに何処かの国の姫様なのだろうか、イサムと殆ど歳の離れていないだろう何処かの国のお姫様風の容姿の少女と数人の白い鎧を着た騎士、そして白銀の甲冑を身に纏った少年――――多分召喚された勇者らしき人物が神聖そうな両刃の両手剣を振っていた…のだがその様を見るなり彼女は更にスピードを上げると、ドロップキックをドラゴンの脇腹目掛け見舞う。
巨体故か、それとも突然の出来事だったのか、ドラゴンは対応できずに食らってしまう。
矢も楯も堪らずにぐおおおおっ、と苦悶に満ちた声を上げながら数メートル吹き飛んでしまうのだった。
どどど、と倒れた拍子に数十本の木々が倒れ、地響きが鳴り響く。
すとん、と腕組をしながら着地する。
「ふーい」
『…ぐ、うう……お、の、れぇ…』
息も絶え絶えに立ち上がるドラゴン。
しかし、よく見ると攻撃された部分の鱗にさえ罅が全く入っていない。
(ありゃ、変身してないとは言えあの一撃で罅すら入って無いってどんだけ頑丈なんだよ、チキショーめ)
横槍は成功したものの、有効打には程遠く、思わず心の中で悪態を吐いてしまう。
「あ、あの…」
今まで後方に下がっていた少女がイサムに声を掛けた。
「あー、ちょっと待ってな。思案中だから」
「…………」
このまま追撃を加えた所で大したダメージは与えられないと悟ると直ぐに、腕に着けたデヴァイスのダイヤルを合わせ始めた。
「そこの君、危険だから下がってて! ドラゴンは僕が絶対倒すから!!」
「はぁ…お前、邪魔。どっか行ってろ」
普通の人物なら確実に下らざるを得ないであろうがそこはどっこい彼女、ただの人間では無い。
「け、けど…」
「“殺すな”ってか? はっ、アホ抜かせ。こーゆー場合話し合いはな……力ずくで捻じ伏せてからに決まってんだろ?」
冷たく、ドスの利いた声が勇者らしき人物を含め周りに居た騎士を震え上がらせた。
何て事は無い、ただ単に言葉に殺気と“力”を込めたからだ。
言葉の重みと言うものだろうか、これはこれで便利である。
『貴様は…誰だ』
口に血が付着している事から外傷は無くとも内部は相当量追っている様である。
「なぁに…俺ァ通りすがりの、ただのヒーローさ」
気だるい口調で何とも臭い台詞をよくもまぁ吐くもんだ、と今更ながら考えながら手負いのドラゴンを見据えた。
不思議と恐怖は感じない。
それ以前に自分より実力のある敵と相まみえた記憶もあるため、振えは無く逆に冷静さをも保てない等と言った失態はまず起きないだろう。
「でも…駄目だ、君は丸腰な…」
「雑魚が、俺の前にしゃしゃり出てんじゃねえよ」
殺気では無理だと判断した彼女は、ドスの利いた声で威嚇しながら“覇気”と称される物を体から放出、すぐ様腕に纏わせ勇者(笑)の肩を軽く叩く。
勇者(笑い)はびくん、と体を振わせた後、そのまま立ったまま動かなくなる。
イサムは彼の気絶を確認し、すぐに後ろに控えている人達目掛け放り投げた。
余程鬱陶しかったのか、勇者(笑)はズドンと有り得無い音を立てて地面に顔面から直撃でする。
「さて…これでお邪魔虫は居なくなったな」
勇者(笑)というストレス増幅装置から解放した事で、イサムはコキコキと関節に溜まった凝りをほぐし、改めてドラゴンを見据える。
『ふん、先程は油断したが今度は二度と同じ手は喰らわぬ!!』
ドラゴンから強烈なプレッシャーが放たれる。
常人なら気絶ものだ。
「あまり人間様を舐めるなよ?」
腕に装着されたデヴァイスの画面を指先でダブルタッチすると、イサムの足下に正六角形の陣が展開される。
『チェェェェェンジ!!ドラゴン・フォォォォォォォォォォォォォス・イィィィィッィィクス!!』
「トレェェェェイス・オン!」
変身効果の音声が流れると同時に、陣が回転しながらイサムを包み込むと、まず黒地に幾何学的に沿った赤いラインが入ったアンダースーツが彼女の体に纏われ、次に脚部・腕部・腹部・胸部の順にプロテクターが装着され、最後に頭部も装着されると、光の龍翼が肩部から展開される。
その姿は、まるで神々しさを身に纏った龍神の様だった。
『ば、馬鹿な…在り得ん、竜の力だと!?』
まさか、たかが人間等と高を括っていただけに、驚きを隠せず、故にドラゴンは面食らってしまうのであった。
「聖なる龍神の力をその身に纏いし正義の戦士、DH・勇神…見、上!!」
それはあまりにも唐突な出来事だった。
○ ○ ○
ついぞ苦戦していたドラゴンを謎の人物が急に現れ、目立ったダメージこそ与えられなかったものの、たかが蹴りで吹き飛ばしたのだ。
信じられなかった。
それだけでは無かった。
異世界から呼び寄せたであろう勇者らしき少年の意識をこうもあっさりと刈り取ってしまったからだ。
だからこそ、少女は“畏れ”た。
恐い、だけどもほんのりと暖かみのある――――。
そして腕に装着された何かで姿を変えた。
いや、姿を変えたというよりは全身に鎧が装着されたと言った感じだ。
まるで龍の様な威厳に満ち溢れた頭部、格闘家を彷彿とさせながらもすらりと引き締まって洗練された胸部・腹部、細身だが力強く逞しい腕部・脚部、スティール独特の光沢で再現された鱗と、関節部から僅かに覗く革のコントラストが際立って美しい。
期待、とでも言うか。
この人物ならもしかして、と少女は直感する。
「DH…」
気が付けば、そんな言葉を呟いていた。
『何だ、それは!? 何故、人間如きが俺様と同じ力を持ってやがんだっ!?』
ドラゴンはイサムの持つ力に焦燥感を憶えていた。
鎧の様な物で身を包んだ彼女から発する危険なシグナルを強制的に受信され、パニック症状に陥ってしまっている事に、気付けないでいる。
だが、それは同時にチャンスでもあった。
イマイチ自らが使用可能な力の詳細が不明なのはさておき、今彼女に出来る事は目の前のドラゴンを倒す事。
深呼吸で体勢を立て直すと、瞬時にドラゴンの懐に潜る。
『――――っ!?』
急に眼前に現れたイサムに気を取られ思考が停止、その隙を突きドラゴンの顎へ“炎を纏わせた拳”でアッパーカットを決める。
痛みを覚え我に返ったが、いかんせん攻撃された後である、力の流れは上、当然頭は天を仰ぐ形となり、更に付け入る隙を与えてしまった。
(しまっ――――!?)
そこからはラッシュに次ぐ猛ラッシュの嵐がドラゴンを襲う形となった。
先程までの有利な状況故の余裕はイサムの登場で完全に崩壊し、否定されてしまった。
形勢逆転とは、良く言った物だ。
頭部ダメージを皮切りに胸部と腹部に複数回の激痛が走る。
圧倒的な強さで地に伏すドラゴンの首の地け根を踏みながら、首筋に水と風を宿した切れ味の良い手刀を翳した。
「今一度問う。本来お前の居るべき場所は他にある、何故此処に居る?」
言われて気付くが、この赤いドラゴンはレッドドラゴン種であり、司る属性は火。
本来は火山等の溶岩地帯に生息している種族である。
マップを広げて解った事だが、この森の近くに火山は全く無い。
因みに森には森に生息しているドラゴンがちゃんと居る。
『……はっ…この俺様が…言う、とでも?』
「俺は勝者、お前は敗者。敗者は黙って勝者の言葉に従え」
属性付与が成された首筋と手刀の距離を頸動脈辺りに向かってゆっくり、ゆっくりと縮め始める。
『……いっ…。俺様より、強い雄を、探すために…戦う事の、何が、悪い!!』
どうやらこのドラゴンは雌で、繁殖のために形振り構わず、所構わず暴れていたというのだ。
「場所を考えろ」
法則に従い突き降ろされた手刀。
『ひっ…!?』
が、しかしそれは雌ドラゴンの首を断つ事無く、首筋ギリギリを掠めて、ざくりと地面へと勢い良く一直線に突き刺さった。
「此処でやんなら、せめて擬人化でもしてろ」
だがその言葉は雌ドラゴンには届く事は適わなかった。
何故なら、今のイサムのアクションで雌ドラドンの恐怖がてっぺんを突き抜けてしまい、情けない叫びを上げながら気絶してしまったからである。
右手を眺めながら、ドラゴンへ攻撃した感触を脳内でフラッシュバックさせる。
(今はこんなもんか)
変身を解き、放心状態の彼等の方へゆっくりと体を向き頭を掻きながらこう言い放った。
「――――スマン、問題増えちまった」
(いや、貴方が一番の問題だ!!)
そんなイサムに対し一同、突っ込まざるを得なかった。