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煌びやかな緑色の光を発し、夜空で舞う蛍。
誰もがその美しさに魅せられ、はじめは言葉も口にせずただその場を動かずにいた。
そして、十分に感動した後、とにかくその感動を口で伝えようとする。
だが、そんな蛍の美しい光を、写真に収めようとする男がいた。
その男は、自分の鞄からカメラを取り出すと、夜のためフラッシュに設定し、そっとカメラを構える。
右手人差し指を、シャッターボタンに載せ、シャッターを押そうとしたそのとき、男の右腕は、別の男の手によって掴まれた。
それにより、男はシャッターを押せず、その前に掴んだ男のほうを見た。
「な、なんだっ!」
その問いに、掴んだ男は静かに答えた。
「フラッシュ撮影はやめていただきたいです。蛍は強い光を嫌います。
蛍の嫌うことを、わざわざやる必要はないでしょう?あと、大声も同じ理由で、やめていただきたいです」
掴んだ男は、それだけ言い終えると、では、とだけ言い、その場を去っていく。
掴まれた男は、ポカンとしながらも、カメラを鞄に戻し、また蛍を見始めた。
掴んだ男――それは、大沢徳馬、大学1年生である。
この夏の休みを利用し、埼玉自然公園蛍ラリーに参加したのだ。
「お詳しいんですね、蛍のこと」
そんな徳馬の前に、1人の女性が現れる。歳は高校生ぐらいに見え、中々可愛い女性であった。
「まぁ、蛍が好きなだけですよ」
徳馬がそう答えると、女性はふふっ、と笑って、徳馬へ言った。
「わたしも、蛍大好きなんです。蛍って、綺麗だし、それに強いし……。あ、すいません。私は小峰沙紀です」
徳馬は、”強いし”の部分に、若干疑問を持ったが、その疑問を問う前に、彼女が自己紹介をしたため、それは遮られた。
「俺は、大沢徳馬。吾野大学の1年生です」
彼女が自己紹介したため、徳馬も自己紹介をする。
その自己紹介を聞くと、小峰は驚いた表情を浮かべながら言った。
「本当ですか?私も吾野大学です!奇遇ですね!」
「そうなんですか?いやー、気づきませんでした。これから、宜しくお願いしますね」
どうやら、2人は同じ大学のようだ。今まで知らなかったというのも、人数の多い大学では仕方のないことだろう。
そうやって、蛍のことなどを話しているうちに、15分が過ぎた。2人は同じ大学の同級生ということもあってか、余計会話が弾んでいた。
「あ、すいません。もう帰る時間に」
そのとき、小峰が、思い出したように言った。徳馬も、それを聞き時計を見ると、すでに門限を過ぎているのに気がついた。
「やべぇ、俺も帰らないと」
徳馬は、急いで帰り支度をする。小峰は、その途中に、帰り道を歩みだした。
「では、さようなら。またお会いできるといいですね」
小峰がそう言ったところで、徳馬は手を止め、小峰を「あ、あの……」と呼び止めた。
その声に、小峰は振り返る。
「何ですか?」
「あの、その、同級生なんだし、普通にしゃべらない?」
徳馬のその言葉に、小峰は優しい笑顔で言った。
「うん!」
そういうと、小峰は再び帰り道を歩む。徳馬も、小峰の回答に満足し、口元に小さく笑みを浮かべながら、帰路に着いた。
『あの人、同級生なのか……。また会えたら、いいな』
帰りながら、徳馬はこんなことを考えていた。
2人でしゃべっていた時間は、とても楽しかったなと、徳馬は思い出す。
時を忘れたように、会話を交わしていた2人。話した内容さえも、詳しくは覚えていない。それは、楽しくて、口からどんどん言葉が生まれていったからであろう。
明日会えるかな、そう考えながら、徳馬は玄関の扉を開いた。
一方の小峰も、徳馬のことを思い出していた。
『楽しい人だったな。何より、蛍のことを2人でおしゃべりもできたし』
蛍が大好きな小峰にとっては、とても裕福な時であった。
瞬きのように過ぎていったが、小峰はこの時が、とても印象に残っている。それも、やはり、楽しかったから、であろう。
お互いがお互いを考え、家へと着いた2人。その2人の気持ちは、同じであった。
また会いたいな、と――。