表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/29

第六話 「私の恋は」

「悪いな、荷物を持たせてしまって」

「いえいえ、これも鍛錬のうちっスよ」



 夕日差す帰り道。


 買い物が詰まったエコバックを持ってもらいながら、通い慣れた道を並んで歩いている。さりげなく車道側を歩いてくれるあたり、男らしくなってきたなぁとしみじみ思う。



「最近頑張っているみたいだな、剣道」

「はい、最近ビシビシやってもらってます」



 私の問いかけにハキハキと答える勇。その活躍は私の耳にも入ってきている。最近行われた実力試験のような、学年関係なしの剣道部内トーナメントで見事2位になったそうだ。残念ながら1位は逃したものの、それをバネに次への意気込みを語る勇の姿勢は彼の直向さを表しており、聞いていて清々しい。きっと勇の努力は剣道に留まらず、多方面の礎になるに違いない。それはさなちゃんの安全にも繋がるし、良いことづくめである。


「そうか。剣道部の主将も言っていたぞ、今年は見込みのあるのが入ったと」

「マジですか!……って浮かれてたんじゃダメですね。いつも通りで臨みますよ」


 ほら、こう言う謙虚さも忘れない。ほんと最近の勇には感心させられる事多々で、よきかなーと思わず誉めてナデナデしてやりたくなる。でもそこは年頃の男の子。過去恥ずかしいから止めてよ、と言われてナデナデは封印中である。さなちゃんとも違った髪触りで、密かに好きだったんだけどなぁ。だってほら、女子と違って男子って髪質固いじゃん?ザリザリって、タワシみたいで気持ちよかったのに。また坊主頭にしないかな、勇。


「そうだな。周りからの期待もあるかもしれないが、勇は勇なりに精一杯やればいい。気合十分なのはわかるが、あまり無理はするなよ?」

「もちろんッス!!」


 そうして子供時代から変わらない屈託のない笑みを浮かべる。まったく、そう言う笑顔はさなちゃんに向けなさい、このイケメンめが。


 さて、現在は楽しい昼食イベントのあった当日の放課後。スーパーで食材を買って帰る途中である。買い物のパターンとして私一人の時もあれば、さなちゃんや由梨絵と一緒の場合もある。だが、本日は勇のおば様から「遅くなるのでお願いね」とご連絡があったので、本来の目的は別にあるが、お昼終わり間際に呼び止めて買い物を付き合ってくれるようにお願いした。


 こんなやり取りは昔からで、おば様から「家の冷蔵庫の中は好きに使っていいわよ~。どうせ勇に任せたらインスタントしか食べないんだから」なんてお言葉を頂いてはいるが、そんな勝手知ったるかのようにお隣の冷蔵庫をガッサゴッソやる訳にもいかない。といっても付き合い長いの所為で、もはやお隣同士の冷蔵庫というよりも、冷蔵庫が二つある感覚だけどね。まぁ一応見せていただいて、期限的に使用しないといけないものがあれば拝借してしまおう。


 そんなことを考えつつ、スーパーで買い物をして来た訳だ。ちなみに勇に「何かリクエストはあるか?」と聞いては見たが「千鶴子さんの作るのは何でも美味しいからお任せします!」と元気良い放任発言をいただいたので、スーパーで特売品やお値段などを見ながら食材を買って帰ってきた。


 でもな、勇よ。一つ言っておくが『何でも』って言うのは、実はハードル上げてるんだぞ?あれは本当になんで良い訳ではなく、『美味しいもの食べさせてね、いつもと違うので』と言っているに等しいのだ。感想の語彙が少な目な勇に、さなちゃんが将来苦労させられそうで少し心配だ。まぁ、お陰で料理のレパートリーは増えたから良いんだけどね。だがいつも『美味い』しか言わないのは、今のうちに矯正しておかねばならんな。


 そうして頭の中で献立を決めて店内を周り、会計の終わった買い物が詰まった重めのエコバックを勇が持ってくれている。荷物持ちさせる為に呼んだ訳ではないのだが、これも男の見栄というものだろう。そういう所は尊重してやらないと。


 ほんと、中学を私が卒業してから会う時間が減ってはいたが、「男子三日会わざれば刮目して見よ」を体現するかのように、元男の私が羨ましく思う程に男らしくなっている。


 そうして軽く勇の状況を聞いていたら、ちょっと言葉に詰まる事を聞かれた。


「主将が言っていたって、千鶴子さん、面識あるんですか?」

「いや、同じクラスではないが、先日6月の大会用書類提出の時に少し話題に出たのだ」

「なるほど。主将も最近特に気合が入ってますよ。最終学年ってこともあるんでしょうけど、先日の試合、最終戦で相手して頂いたときは面一本取られましたもん」

「ほぅ。勇一郎から一本とは中々だな」


 表面上は落ち着いているが、主将という言葉が出てきたことで前のイベントがフラッシュバックして内心動揺しまくりである。


 脳裏に蘇るのはやたら爽やかな主将君。もう名前覚える気ゼロだから主将君でいいけど、後でマジマジと思い出すと、意外と彫りの深い精悍な青年だった…だと思う。


 で、だからどうと言う訳ではないんだけど、アレについては、現状保留のままだ。


 わざわざ断りに行くのもなんか……な気がして、なんというか私としては、そのまま保留状態のまま忘れてもらいたいのだ。が、どうにも話を聞いていると、本当に6月の大会で上位成績を残す気満々のようである。先ほど勇が2位と言った試合、3本勝負の結果、主将君は負けてしまったらしい。だが、勇曰くどちらが勝ってもおかしくない勝負だったとの事。しかし冬桜って剣道試合成績はそこまで出ていないから強いのか弱いのかは知らなかったのだが、どうも勇という起爆剤のおかげで盛り上がっているようだ。あ、ちなみに1位は副主将だったらしい。


 まぁ、なんであれ頑張るのはいいことだよ、頑張るのは。その理由も人それぞれだから、それもいいんだよ。いいんだけどね……もし上位成績とって学校で表彰とかなったらどうなるんだろうか……賞状片手に再度押しかけられたらどうしたら良いんだか…。


 一応あのイベントのおかげで、変な言い方をすると誤解しかねないと学習した。だから次から来る人に対してはきっぱりと「私は特定の男性の方とお付き合いする気は、今もこれからもありません」とお断りの返事をしている。おかげで何とか尾を引くことにはなっておらず、現在は沈静化している。だけど、ああいうイベントは実は多少トラウマだから不要なんだけどなぁ……。


「千鶴子さん?」


 ふと掛けられた声で我に帰る。まぁこれについては、次で改めてお断りしよう。うん、先送りじゃないはず、先送りじゃ……。


「すまない、ちょっと考え事をしていた。私も同じ最終学年だから負けられないな、とね」

「そうですね…時間はあっという間です」

「そうだな…」


 そうだ。時間はあっという間に過ぎる。


 2度目の人生でも思うことだが、10代なんてあっと言う間だった。だから今出来る事は今やらなければならない。だから、とりあえず家に着く前に本題に入っておこう。その為に態々勇と帰りの時間を合わせたのだ。


 足を止めて、勇一郎へ向き直る。



「ところで、勇。クラスの方は“どう”なんだ?」

「……千鶴子さん、今のクラスは大丈夫だと思うよ」



 私の声のトーンで何を言いたいのか分かったのだろう。勇の声のトーンもさっきとは打って変わって静かなものになる。


「問題の芽はどこに潜んでいるかわからないからな。まだ油断はできん」

「いや、美和ちゃんと佳奈美ちゃんみたいな子がいれば大丈夫ですよ」


 それは確かにある。私に対して姉とも何とも言っていないのに「いつもお世話に~」なんて挨拶の仕方をしてくるということは、二人の関係を把握していなければ出てこない言葉だろう。だが、彼女らから私についての言及はなかったらしい。そんな風に気遣いできる子ばかりであるなら私も安心なのだが、現実はそうではない。そうでなければ、過去あのような問題は発生しない。


「例えあの二人が良くても、その他の者は絶対とは言えん。前例があるからな」

「あれは、あの時が特殊すぎるだけだと思うんですが……」


 二人して少し沈痛な表情となる。胸に思い浮かべている内容は同じだろう。



 それは、さなちゃんが中学2年生時に起きた出来事だ。私の言う多少トラウマというのもこれに起因している。






 物事自体は難しいものではない。



 事の起こりは、さなちゃんが同級生から告白されるというイベントだ。


 普通に考えればよくある思春期特有の一般的な出来事なのだろうけれど、これに限っては勇の言う通り少々特殊、一般的ではなかったのだ。


 確かにさなちゃんは家族の贔屓目を除いても可愛い。可愛すぎる。私が男だった時なら、間違いなく告白して玉砕していた自信がある。で、私が傍にいた時はそう何度もあったわけではないのだが、付き合いたいなどと言う輩に対しては、さなちゃんの居ないところで懇切丁寧に言い聞かせて邪魔……じゃない説得して諦めさせていた。だが、その時の事件は私が卒業後、つまり不在の時に起きてしまった。


 その問題を起こした人をAとしておこう。このA、最初は対応がまともな人だったらしい。正々堂々と1対1で対面し、告白して断られた。本来ならそこで話が終わるはずなのだが、Aは諦め切れなかったのか何度もアタックし、最後には変則的なアプローチに変更してきたのだ。



 それは、自分と付き合っているという噂を流す、待ち伏せする、何度も電話をかけてくる、追跡する等の、いわゆるストーカー的行動だ。



 噂などは最初の内は誰も信じてはいなかったのだろうが、事あるごとにAが吹聴して回り、校内各所や学外でもさなちゃんがAと一緒にいる場面(ただ言い寄られていただけだが)が目撃され、さなちゃんもそれに取り合わなかったのが増徴させることになった。素っ気ないのは勇が居るんだから当たり前だ。


 そして1ヵ月後。その噂はかなりの範囲に浸透し、かつ内容が付き合っているということから、既に……的な関係を持ったという話にまで進展していた。


 クラスとかでは表立ってはそんな雰囲気は無かった様なのだが、裏では結構噂されていた状態だったらしいと、最後までその噂を否定してくれていたさなちゃんの友達から聞いた。その友人も噂を知った後、直ぐに話していればよかったのだが「さなちゃんはそんなことをする筈がない」と信じていた事が裏目になった。勇の耳に噂が入っていれば私まで伝わって来たかもしれないのだが、その時は勇の耳に入ったのも、ほとんど後の祭り状態になってからだった。


 結果そのレベルまで話が大きくなった時点で、先生方の耳にも入り、学校へお互いの保護者が呼ばれる事態に発展した。本来はさち枝お祖母ちゃんだけなのだけど、無理を言って同席させていただいたのだが、正直あの時のウザったさは思い出したくもない。


「うちの子が好きになったのだから、喜んで付き合うべき」等と言うA母親と、横で「俺が折角好きになってやったのに、素気無いとはどういうことだ」とそれに同調していたAには、正直思い出すだけで今でもブチ切れそうになる。


 で、結局その場の話し合いで片付く訳はなく、話し合いに全く応じない、というより話が通じないA母子は勝手に腹を立てて帰ってしまうし、学校側も「証拠がないのでは…っていうか本当に付き合ってないというのは嘘じゃないんだよね?」などと、こちらを疑いやがった。さち枝お祖母ちゃんもかなりショックだったようだけど、学校側に事の調査を強く要望したが暖簾に腕押し。また、近くの警察署に行ってみても「被害証拠とかがなければ、注意するくらいしかできない。そもそも思春期の子供にありがちの云々…」と言うので、もはや誰も当てにならんと弁護士事務所に相談し、さち枝お祖母ちゃんに了解を得た上で、勇と私と、さなちゃんのお友達に協力してもらって行動を開始した。


 といってもやったのは状況証拠集め。さなちゃんにも本当に大変申し訳ないが少しの間だけ辛抱してもらって、とにかく証拠を集めまくった。待ち伏せ時の時のやり取りの録音、電話をかけて来たときの応対の録音、流布している噂の詳細内容の調査。さなちゃんにも情緒不安定になったと言う事で、病院にカウンセリングでお世話になってもらった。実際さなちゃんは平静を装ってたけど、こっちが胃に穴開きそうなほど暗い表情だったし。


 そうして状況証拠を細かにまとめて1ヶ月後。再度弁護士事務所に相談して、現在進行中で相手が未成年でも、これなら告訴できますよというレベルだというお墨付きをもらって、県警へ刑事告訴する旨を学校側に通告したら、学校も慌てて腰を上げて対応してくれた。一つ幸運だったのはA親のうち、父親が母親より現実を見ることができる人だったと言う事だろうか。事実内容と、実行者が未成年でも刑事告訴となれば監督責任問題にも発展し、自身の社会的地位に問題が及ぶことを理解できたのだろう。


 結果としてA父親から「告訴はしないでほしい。その代り慰謝料も払うし、近付かないと念書も書き、引越もする」と土下座頂きました。まぁ慰謝料とか要らんけど必要経費負担、念書と引越してもらえれば告訴しないということで、双方合意。証拠についてはどうか消去してほしいと言われたが、再発する可能性は0ではないので、この件に関して以外は絶対に使用しないと互いに誓約して残したままとした。


 そうしてA家族は他県へ引っ越していき問題は解決したが、解決までに数ヶ月を要した頭の痛い出来事があったのだ……。




 ここで問題と私が感じたことは、家族とその周りを守ることばかりに注力してしまって、取り巻く環境に対しての注意を私が怠っていた事も原因の一つではないか、と言うことだ。根本原因では無いにしても、結果それが事件に繋がってしまったと私は思っている。だから生徒会役員となり、色々な問題の対応改善を行ったのだ。


「今のところクラスの雰囲気は良いし、大丈夫だよ、千鶴子さん」

「甘い。打てる手はすべて打つべきだ」


 勇はあれが特殊過ぎたと言うが、特殊特殊と言っても、世を見てみれば同様の事件は数多く発生している。その認知件数は年々増え、今では年間1万5千件以上。決して可能性が低い問題ではないのだ。


「でもさ、それに早苗だってもう高1だしさ、あまり世話焼き過ぎるのも……自分で何とかできるんじゃ…」


 勇は基本優しい男で、それでいて自分に厳しい。だから、さなちゃんで解決できる問題は、さなちゃんに解決させるべきだと考えている。それはそれで尤もなのだが、“もう”とは言っても、“まだ”高校1年生なのだ。それに男であるならまだしも、さなちゃんは女の子なんだ。私みたいに二重に年月を重ねて、かつ性別まで重ねている訳ではない。重ねたからと言って大人で対応力が高いかと言われると、ちょっと自信ないけど……。


 ともかく、何か起きる前に不安要素には中りをつけておく必要がある。だが、それをするにあたってさなちゃんや勇に迷惑をかけてしまっているという自覚はある。それでも身内へ一切の迷惑をかけないで行動するなんて超人じみたことは私にはできない以上、一時的な迷惑をかけてしまってでも行動しないと駄目だと、過去の経験から私は学んだ。


 だから今回さなちゃんがお弁当を忘れているのを利用する形にはなったけど、ワザと教室まで出向いて様子を伺ったのだ。


「私とてさなちゃんを信頼している。だが、降りかかる火の粉は払わねばならん。時には他からの声がなければ気が付かないこともある。だが悲しいかな私は3年。さなちゃんは1年。どうしても限界があるのだ」


 そうして一歩間合いを詰め、真剣な表情をして勇の顔を見つめる。


「そこでだ、勇」

「な、なんでしょう…?」


 少し身構えるようにして私と向き合う。

 私は勇の目をしっかりと見つめたまま、今日一番聞きたかったことを聞いた。


「勇はG・W、どうするのだ?」


 なんかちょっとぽかんとした表情を浮かべる勇。いや、なんで呆ける。変なこと聞いたか?と思っていたら、直ぐに返事を返してきた。だが、その返事は私の希望通りの内容ではなかった。


「墓参り行く以外は部活と勉強が中心ですよ。男連中でちょっと遊びに行こうって話はあるんですけど、まだ決まってません。あははは」


 笑いながらそう返事をする勇に、思わず表情が固まってしまった。



 男連中と遊びにって…あははって……いや、笑い事じゃないよ!!



 おま、最近ようやく!あの、恥ずかしがり屋のさなちゃんが勇気だして!早起きして一緒に登校し始めたというのに!なんでそんな鈍いことやってんだぁぁぁぁ!?あぁん!?


 さなちゃんに振る掛かる火の粉から守る騎士になると宣言してるから、てっきりG・Wも着いて行くもんだとばかり思っていた。今日の呼び止めはこれの確認だったのに、何ともダメダメな状況が判明してしまった。


 さっき心の中で誉めたのは取り下げだ。ぼっしゅーとだ、勇。


 しかし、前から言おう言おうと思っていたのだが、なんでそう二人とも消極的かな。普通互いに想い想う者同士なら、高校1年の初G・Wなんて嬉し恥ずかしの楽しい行楽イベント満載じゃないのか?っていうか男として誘わないとダメだろ、勇!!あ、いや前の自分はやったことないんですけどね……自分にできなかったことを強要するのはちょっとアレだけど、今は女の子だもん!?エスコートしてほしいじゃない?……うん、ごめん嘘。私はして欲しくない。


 と、ともかくさなちゃんが恥ずかしがり屋だというのは勇も知っていることだ。だから勇から手を引くくらいのことはやって欲しい。ってか最初に見せたあの行動力はどうしたよ!?どこに置いてきた?


 内心の慟哭を隠しつつ、努めて平静に再度声をかける。


「……勇は水族館には行かないのか?」

「千鶴子さん、行ったとしても男1人、もしくは男友達だけってのはちょっとハードル高いっスよ…」


 ええい、ヘタレがっ!なぜそこでさなちゃん達と一緒と言わない!?


 私はそもそも受験生であるという事もあって、G・W終わった後の中間試験にキッチリ臨む必要がある。まぁ普段からしてはいるんだが、6月にある体育祭についての生徒会対応で意外とやる事が多いという問題もある。なので遊んでばかりという訳にもいかない。現に由梨絵なんかは、今年は勉強しているなんて言っているくらいだ。


 ッチ、仕方がない。


 そうして、ちょっと怒りを込めつつ、勇の目をまっすぐ見つめ、私はこう切り出した。






「なら、私と一緒に、水族館へ行かないか?」











「…姉さん、今なんて?」

「ん?すまない、聞こえづらかったか。G・Wの水族館行だけど、私も着いて行っていいかと聞いたのだ」



 今、私の家の居間で勇一郎と姉さんと3人でテーブルを囲んで晩御飯の真っ最中です。


 ふと、さり気無く発せられた姉さんの言葉を私は再度問い返し、内容に間違いがないことに動揺を覚えた。



(一体何故…に?)



 食べる手を止め箸をおき、私をじっと見つめてくる姉さん。



「…ど、どうして?」



 何とか言葉を紡ぎだす。別に嫌だとかそういう訳ではないし、姉さんが来たとしても美和、佳奈美なら問題はないと思う。


 だけど、なぜ?なのかという疑問が湧く。小学、中学生時代は私と二人で遊びに出たりすることは多々あった。けれども、私が友達と遊んでいるときには、こちらが誘えば別だけど姉さんから混ざってくることはなかったからだ。


 やっぱり最近の姉さんはなんか変だ。


「姉さんだって、予定があるんじゃないの?」

「いや、私のほうは元々の予定としては無いに等しい。由梨絵と何処かに行けていればよかったのだが、今回はゴールデンウィーク集中ゼミというのを受けるらしく、遊んでいる余裕はないそうなんだ」


 そんな事をせずとも由梨絵ならば大丈夫なのにな、と姉さんが少し笑いながら言う。いや、それは姉さんみたいに余裕がある人じゃないと言えないセリフだよ……普通は自分のことでいっぱいいっぱいの筈でしょうに。っていうか予定は無かったのに行く?急に予定を変えた…?


「それに一応受験生でもあるから、私も勉強を主で進めるつもりではいる。だが、本格的受験が始まる前に一度位は羽を伸ばしておかないと後が続かないからな」


 思わず納得しそうになる理由が出たが、追い打ちをかけるかの如く、更にもう一つ特大の爆弾が投下された。






「なので勇と一緒に連れて行ってもらえないだろうか?」

「…はい?」






 さっきから口にされる姉さんの言葉が、一切理解できない。


 え、なんで?姉さんだけじゃない?勇一郎と一緒に?なぜに?ほわい?


 ちらりと勇一郎を見ると顔を赤くしながら、視線を明後日の方向に向けて筑前煮が盛られた皿で顔を隠すように掻き込んでいる。


「あ、こら、勇。犬食いみたいなことはするんじゃない。行儀が悪いぞ」

「す、すんません」

「ほら、そんな食べ方をするから頬っぺたに着いてしまっているじゃないか」

「…あ、いや自分で」

「まったく…ほら、取れた」


 私の混乱と動揺を余所に、目の前で姉さんが勇一郎の頬っぺたに着いた人参のかけらを取って無造作に口に入れてる。


 あ、勇一郎が固まった。



 って、うぁぁ……何やってるんですか、姉さんっ!



 いきなり目の前で繰り広げられるキャッキャウフフ時空。昨日はそんな素振りまったくなかったのに、なんで今日になっていきなり……うらやまけしからぁぁん!!



 あ……。



 もしかして今日、勇一郎がお昼に残されたのって………デートのお誘い?デートのお誘いですか?デートなんですね?



 そうなんだな?チクショウ!!どうりでソワソワしている訳よ!!



 二人で行くのが恥ずかしいだけの、ただの初々しい馬鹿イチャカップル。それで私たちに混ぜてほしいとか、どこの中学生日記よそれぇ!!てか何、何なの?新手のドッキリ?




 心の中で吠え、荒い息をつきつつもその考えに至った瞬間、カチリと頭の中で色々なピースが音を立てて嵌ったような気がした。




 ファッションに気を遣いだしたのも。


 メイクし始めたのも。


 下着とかも刷新されたのも。


 学校で始終ニコニコしていたのも。




 そうか、この二人。ちゃんと正式に付き合い始めたのだ。多分、きっとそうに違いない。姉さんがきっと勇一郎が高校に入るのを条件か何かにして、勇一郎が見事に合格したので、さて付き合おうかとしたら姉さんが告白されだしたから『既に付き合ってますアピールする』ってことなんだ。


 相談に来たときは「剣道で全国一位になってから」とか言ってた癖に、姉さんに噂が出始めたので慌てたのだろう。ってことは、姉さんの今日の行動も元々は勇一郎目当てで来てただけ。私のお弁当は、あくまでついでなのだ。


 少し前に感じた予感は、やはりそうだったのだ。





 思いっきり全身の力が抜けた。





(あは…ははは…なんだ……)




 改めて突き付けられる現実を直視して心がギシリと軋む。だけれど、歓迎するべき事だ。歓迎してあげなくちゃ。もう私が勇一郎に想いの丈をぶつけるという事はできなくなってしまうが、それでも歓迎するべきだ。


 だって、私は二人が大好きなのだから。





「分かった」




 少し間をおいて、驚くほど冷静に、いつもと変わらない声で肯定の返事をする。ここまで冷静になれるなんて自分でも驚きだが、わざわざ言葉に棘を持たせる必要はない。




「良いということか?」

「私は、ね。だけど美和と佳奈美にもちゃんと聞いてみないとダメ」

「もちろんだ」




 姉さんはうんうんと頷いてご飯を再開する。なんだか勇一郎が物言いたげな表情でこちらを見ていたが、わざわざ問い返すほどの気力までは湧かなかった。



 そこからの記憶は正直あやふやだ。



 勇一郎が帰りに「すまん」とか「ごめん」とか言ってたような気がするけど、なんて言い返したか覚えていない。


 お風呂もちゃんと入ったとは思う。ぼーっとしてたら姉さんが髪の手入れを手伝ってくれたような気もする。


 いつもの時間通りに自分の部屋に戻って勉強には手を付けず、私は布団の中に潜り込んだ。






(いくらなんでも、開始1ヶ月以内でなんて、ちょっと早すぎるよ……ね…)






 そうして夜半に降り始めた雨に紛れるように、一人布団の中で声を殺して泣いた。

区切りが良いのでここで投下。

落としたら上げるが鉄則!!

次はハイパーさなえちゃんタイムが始まるですよー!


多分。


――――――――――

2013/3/21 取り急ぎ重複した言い回しを修正

2013/3/22 全体的に見直して再投稿


閑話

「早苗の姉さんって近くで見ると、すごい迫力だよねー」

「そうですね~。なんというか早苗さんと雰囲気が全然違いますよね」

「うん。確か薙刀経験者って言ってた。アスリート選手みたいに雰囲気が鋭いよ」

「寄らば斬るみたいな感じでしたね。早苗さんは凄くふんわりされてるのに」

「そだよねー。姉妹なんだからさ、似るところって普通結構ある筈っしょ?」

「普通はそう言われますけど、早苗さんとお姉さんに限って言うと全然違いますね」

「あたしは別に違うことが悪いって言ってるわけではないんだけど、あそこまで違うとちょっとビックリだよ」

「でも、お互いのことはすごく大切にされている…そんな雰囲気は感じられました」

「うんうん。すごくニコニコしてた」

「早苗さんを見て優しそうに微笑んでおられましたし…いいですね。姉妹って」

「そういえば、あの笑顔は凶器だねー。生方なんか顔真っ赤にしてたよ!」

「9年続く間柄でも、やっぱり照れちゃうんですねぇ」

「あの入学式のあいさつの時が一番っしょ」

「最近告白を受けていらっしゃるようですよ?受理された事はないようですが」

「マジで?」

「今のところ最有力候補は剣道部主将らしいです。いの一番に告白されたそうで」

「うっわ、生方の先輩かぁ。大丈夫かなぁ……生方」

「東条先輩と幼馴染ですからねぇ……一波乱はありそうです」

「しかし美和って意外とそういう系の情報早いんだなぁ」

「自分で集めようとしている訳ではないんですよ」

「んじゃまたなんで?」

「お菓子は万国共通で金品に勝る絶対勝利のカギ、と言ったところでしょうか」

「なるほど、ここだけの話ってやつだね」

「一応言っておきますけど……」

「大丈夫だよ、美和がそんな事するわけないじゃん」

「ありがとうございます」

「しかし、お主も悪よのぅ~西ヶ谷の」

「いえいえ、五所川原様ほどでは」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ