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第五話 「私が目指すべきは」

 午前1時。本来ならば寝ていなければいけない時間なのだが、どうにも寝付けずに布団の中で寝返りを繰り返していた。


 理由は、今後のアプローチについてだ。


 決意も新たにさなちゃんの手本となるべく行動を開始したその手始めは、本日の化粧だ。私自身で化粧を施した訳ではないが、今後も続けていくつもりで居る。だが、コレだけで良いのか?という気がしてならないのだ。多少勢いで化粧品を買っちゃった感は確かにあるが、間違っては居ないと思う。だが、確かに「どうしてこうなった」という一抹の不安はあるのだ。


 まぁ、スルーされたことで頭に血が昇っていたのが下がったというべきか、少しばかり冷静になったのだ。表面ばかりに拘りすぎではないだろうか、と。私は『女』になると宣言した。で、女性とは内面から磨くと更に魅力的になると、買い物帰りにちらりと立ち読んだ女性誌に書かれていた。


 さて、そういった意味でいうと、私の内面とは何だろう?


 中身というか精神?心?が元男である私は、内面的には女性ではないかもしれない。となると私はさなちゃんの手本となれないということになるが、それでは私が存在する意味がなくなってしまう。私が私でいられる理由は『家族』なのだ。



 だったら、どうするべきか?



 そりゃ身も心も女性になるしかあるまい。



 でも身も心も女性になるってなんだろう?



 言葉遣いだろうか?確かに今でも言葉遣いは男のようなままだ。だが殆ど固定化してしまっていて、今更変えても逆に不自然すぎるだろう。

 服装か?確かに化粧を続けるなら、その延長線上として服装も気をつけなければならないと考えていた。でも、さなちゃんに似合うのは淡いパステルカラー。だが、私にはパステルカラーは似合わん。必然的に方向性が違う。そもそも体格が違うので、私の服をさなちゃんに貸すというのも厳しい。

 料理か?でもコレは今でも普通に出来るし、さなちゃんも作れる。晩御飯は今では2人で作っているから、女性らしいと言う点で言えば違うと思う。



 なんなんだろうなぁ。



 コレばかりは他の人に聞いてもどうにもならないだろう。っていうか今の身で「私、元男なんですけど、どうしたら女性になれますか?」などと聞こうものなら、病院行けと言われるに決まってる。そんな質問できるわけが無い。



 …………



 ……



 …



 ああもう、考えるの止めた!


 こんな事をしても非生産的なだけだ。っていうか前の自分とまるで替わってない。こうして考えも悪い方向にしか考えず、躊躇してしまうから前の自分は孤立したんじゃないか!今更引いてどうなるというのだ。間違っているかもしれないけど、今は立ち止まるべきではない筈。さなちゃんの為に考えるな、感じろ!やるなら徹底的だ!由梨絵も言っていたが、確かにそうだ。恥ずかしがっていては始まらないんだ。



 逃げちゃ駄目だ!逃げちゃ駄目だ!逃げちゃ駄目だ!



 今の私に必要な言葉は只一つ。



『迷わず行けよ。行けば分かるさ by 一休』



 私は無理やり頭の中で強引にそう結論付けて、意識を睡眠へと傾けた。改めて方向性が決まった所為か、睡魔は直ぐに訪れた。



 その夜の夢の中で「お前それ、違う。違う。そうじゃない」とサングラスをかけた赤いジャケットの男がヤレヤレと頭を振っていたが、私の決意に水を差すみたいでムカついたんで蹴飛ばしておいた。









 はたしてあのサングラス男は神で、蹴飛ばした罰でも当たったのか。



(どうしてこうなった?)



 今、目の前で展開される光景に、ちょっと頭が着いていけてません千鶴子です。



 先日のお祝いから数週が経過した、放課後の午後5時過ぎ。生徒会業務を終わらせて、ただいま中庭に居る状態です。本来ならば業務が終わったら直ぐに家に帰るのだが、本日お昼過ぎにちょっとした出来事があったのだ。


 今の現状の原因として考えられるとするならば、私がちょっと浮かれて思考力が鈍っていたと言うのもあるだろう。理由は、さなちゃんが最近化粧について勉強し始めたみたいだからだ。


「姉さんが今使ってる化粧水とか、何?」


 夕飯の後、流しで洗物をしているとそんな風に聞いてきた。その流れで最近なかった姉妹のスキンシップ的な感じで、ファッション誌を開き一緒に読んで、あれこれ化粧談義に花を咲かした。さなちゃんも表面上は「ちょっと興味があるだけなんだからね?」なんて素振りだったけど、しっかりページ角に折り目を入れていた。


 さなちゃんの仕草が可愛すぎる。悶え死ねるね。


 こうして興味を持ってくれるということは、色々と考え過ぎたが、やはり方向性として正しかったと証明されたのだ。なれば、このまま突き進むべきだろう、と最近自分磨き?に拍車をかけたのだ。


 それにめでたい兆候と言うべきか、さなちゃんが勇と一緒に登校し始めたのだ。「朝、静かな教室で予習すると捗る」なんて可愛い言い訳言っちゃって、もう!相変わらず恥ずかしがり屋だなぁ。可愛いったりゃありゃしない。


 そんな感じでテンション爆上がりのまま、身だしなみ用品と、下着まで手は出した。っていうか勢いが無いと越せないハードルだったんですよ。そのあたりの描写は避けさせてもらうが、超恥ずかしい思いをしたが頑張った。その甲斐あって知識は深まったが……なんというか、なんだ最近の下着は。言っては悪いが詐欺じゃなかろうか。寄せてあげて何かすごい谷間ができてしまった。間々観音ならぬ由梨絵先生、着いて来てくれてありがとう。貴女の下着に対する知識は尊敬に値する。しかし、EでそろそろFに手が届きそうですか、そうですか。


 いやまぁ、そんな話はどうでもいいのだ。ともかく自分の行動の結果が出てきたようで機嫌がよく、最近はずっとニコニコしっぱなしだったのだ。


 で、事が起きた本日のお昼。お弁当を食べ終わり、さて次の授業の用意の前にお手洗いへ…と行った帰り、不意に呼び止められたのだ。振り返るといたのは名前も知らない、体格の良い同級生の男子。あ、同級生と分かったのは制服の襟章ね。ん、誰だっけ?と首をかしげていると「ちょっと時間とってくれないか?」と言われて、ようやく目の前の人物に思い当る記憶が出てきた。この人、確か剣道部の主将。部活動予算会議で見たわ。


 で、主将君(仮名)が何の用だろう?一緒のクラスでもないし、接点なんて何も無い。では、何で呼び止められるんだろう?なのでそのまま思ったことを口にした。



「確か、剣道部主将の……すまない、名前まで思い出せないんだ。何か私に用か?」

「名前は……まぁこの際後でもかまわない。君に関することで少々話したいことがあるんだ。なので今から時間を取って欲しい」



 なぜかそこまで言うと視線を私から外して、ちょっと落ち着き無く周りを見ている。


 ふむ?剣道部が私に関することとな…?あ、もしかして勇か?


 勇は冬桜で剣道部に入部したと聞いた。先だって剣道部を訪れて用件を済ました際、確かこの人と話したわ。関東剣道高校大会が6月に行われるにあたって行動計画書類を出してもらったが、一部内容に不備があって私が剣道部を尋ねたのだ。本来はわざわざ出向かなくても良いのだが、勇がどうしているかと言うのも多少気になっては居たので、コレ幸いと書類を持って訪れたのだ。


 一度思い出すと、その時の記憶が芋づる式にずるずると掘り出されてきた。


 威勢の良い声が外からでも聞こえる剣道場を訪れ、あの時は確か、顧問の先生が居なかったので近場に居た生徒に声をかけて主将を呼んでもらったのだ。


 そうしてやってきたのが道場の中央で檄を飛ばしていた主将君。


「生徒会長直々にお出ましとは、何かウチのが問題を起こしたか?」

「いや、そう言う訳ではない。先日出してもらった6月の大会行動計画資料だ。間違いと思われる箇所が数箇所あったのでな。早い方がよいと思って、活動中に申し訳ないが尋ねさせてもらった」


 私が来るのは問題があるからばかりじゃないやい。ちょっとだけ心の中で憤慨しつつも、顔には出さず、間違い箇所に付箋をつけた資料を手渡す。本当は印刷して持ってこなくても、否決処理しとけば見てくれる運用体制なんだけどね。


 場内は丁度基本打ちを行っている最中だった。その中に前帯に『生方』の文字がある生徒を見つける。流石全国経験者、周りよりも幾分か太刀筋が鋭いように見受けられる。だが、それに負けず劣らずと周りの威勢も良く、道場内に響く声は気合十分だ。


「…活気があるな」

「ああ、今年は1年で良いのが入った。全中大会でベスト8入りしている実力のあるヤツだ。今年の個人戦ではもっとも有望株で、皆そいつに当てられて、部全体としても気合が入っている」


 間違いない、勇のことだ。

 知り合いが活躍しているということは誇らしく、それがさなちゃんの婿であるなら尚更である。


「その1年、生方という生徒だろう?」

「ほぅ、耳聡いな。流石は生徒会長」


 うむ、やはり正解だったようだ。


「いや、単に昔なじみと言うだけだ。彼は集中力が高いのだが、稀に周りが見えなくなる事がある。態々言うことではないのだが、私と昔なじみだからこそ差別せず、逆にビシビシやってくれ。彼の気合いは本物だよ。私が保証する……っと、話が逸れたな。ともかく活気があるのは良い事だ。書類は今週中に頼む。では、健闘を祈っているよ」


 そうそう、確かこんなやり取りをしたよ。だがその時の資料修正はすでに終わっている。ということは関連があるとすると、やはり勇について位しかない。ふむ。知り合いだと言うこと前に言ったし、鍛えて欲しいなんて思わず撫し付けた事を言ってしまった。きっとそれについてだろう。

 勇が関連するならば、こんな往来ではなく、ちゃんと話は聞いたほうが良い。それに人の話を往来でするのは憚るべきだ。なので、「生徒会業務が終わる17時過ぎに、改めて邪魔が入らない場所でどうだろうか」と提案した。で、それで構わないと言われたので、こうして生徒会業務が終わった後、連れられるままに中庭へやってきたのだが、着いて開口一番言われたのだ。




「好きだ。付き合ってくれ」



「…はぁ!?」




 いや、ですね。まぁ、つまり、男から告白されました。




 で、冒頭に状況は戻るわけなのですが、今、目の前では主将君が如何にして惚れたかを切々と語ってくれております。


 実は数年前から姿だけは大会で知ってた?

 それはアレか、勇の応援の時に見かけて気になってたと。


 で、高校になって同じ学校に居て驚いた?

 まぁ、そう言う偶然はあるだろうねぇ。


 だが、いつもは人を寄せ付けない感じで遠巻きに見るだけだった?

 そのままずっと見ているだけでよかったんだけど。


 だが、前年の生徒会選挙の時から表情と行動に落差があるなと更に気になった?

 まぁあの時はさなちゃんの事しか考えてなかったし。


 何時もは表情少ないし不祥事対応の情け容赦無さから、悪いが冷たい女に見えた?

 それは本当だな。さなちゃんに類が及ぶと危険だから悪即斬だし。


 でも入学式の挨拶とか、最近明るく朗らかだ?

 それは化粧始めただけなんだけど。


 先日だって昔なじみの事を本当に慮っていた?

 いや、単にさなちゃんの婿になるんだから、へこたれてもらっては困るだけで。


 結局のところ、見た目や行動に惑わされていたが、やはり君は毅然としていて、そして心根の優しい人で、自分が最初に感じた想いは正しかった……だと?



 あ…ありのまま、今起こった事を話すぞ?


 さなちゃんの為になるように色々頑張ってたら、いつの間にか私が告白されていた。な…何を言っているのかわからないと思うが、私も意味がさっぱりで頭がどうにかなりそうだ。


 てか、この東条千鶴子がモテる為に着飾っているとでもと思っていたのかァーーーーッ!!


 ありえんでしょーがっ!!ドッキリか?ドッキリなんだろ?カメラ何処だ!?私に男なんて要らないんだよ!さなちゃん見なさいよ、さなちゃん。さなちゃんの方が1億倍かわいいだろうが!あんたらの目は節穴か!?あ、でもさなちゃんに手を出したら死刑だけどな。



 人生初告白が男でした。



 いや、一応身体上は男女だから確かに正しいんだが……色々とショックだ。



 欝だ、死のう。



 いや、死なないけど。中学高校と今時珍しく奥ゆかしいラブレターなるものは実は数度もらった事があるんだが、それには断りの返事をしたためて他の人経由で渡してもらってたので、面と向かってが初めてだったのだ。チキン言うな。ちゃんと返礼してるんだから、礼だって欠いてないんで良いじゃないですか…。


 真っ直ぐ私を見つめてくる主将君。日に照らされてか顔が赤い。よく見ると、意外と良い顔つきをしている……気がする。彼は私より背が高いので、絵としては生えるのだろうが………私が彼と並んで歩いて、頬を染めあい、見詰め合ってそのまま……うわぁぁ……無い無い、無さ過ぎる。頭に浮かんだ絵面は池田理○子先生風で、悶絶寸前ってか発禁処分ものだ。




 男と付き合うなんて無理だぁぁぁぁぁぁぁ!




 どうやって断るべきか?てかどうやってお断り文書いてたっけ?てか変に断ったら、剣道部で勇に要らん負荷がかかる?いや、それ位は逆に跳ね返して欲しいから別に良いか。でも変な断り方をすると禍根を残して、さなちゃんにも影響が出るかもしれない?一瞬の間に何度か頭の中で会話のシミュレーションが行われたが、結局無難にお断りを申し伝えた。


「私の様な女を好きだといってくれて嬉しいのだが、すまない。申し出は受けることが出来ない」


 そう言って深く頭を下げる。


「そうか……理由を、聞いても良いか?既に他に好きな男がいるとか……」


 居ないですよ。てか居てたまるか。


「いや、今の私にはそういった方面に心を裂く余裕が無いだけだ。そういうのは片手間ではなく、真面目に考えるべきだろう?だから今の私では逆に相手に対して失礼になる」


 そう伝えると、主将君は落胆した……風にはならず、逆に挑むような目つきで私を改めて見つめてきた。


「……わかった。『今は』ということならば、未だ負けた訳ではないな。まずは名前を覚えてもらう所からが勝負だ」


 え、いや、勝ち負けとかじゃなくて断ったじゃん?あれ、言い方悪かった?


 そうして主将君は「時間を割いてもらってありがとう。次の大会で良い成績を上げ、名前を覚えてもらうぞ!」と言い残して爽やかに笑いながら去っていった。ぽかんとした私をあっさり残して。



 そうして有史以来未曾有(私限定)のイベントは終了した。



 ちなみにこのことが原因で、夕飯作ってるときに指切った。まったく、ついてない。あ、でもさなちゃんが大慌てで絆創膏巻いてくれたから、ついてたか。慌てるさなちゃん可愛かったし。などとぽやんとしていたからなのか、この後も告白攻勢が何度も続く事になるとは、このときは思いもよらなかった。高校生ともなると行動力が充実するとは私も言ったが、果敢に向かってくる男共のバイタリティには、ほとほと呆れるほどに感心させられた。


 飾れば男共が寄ってくる。しなければさなちゃんの手本になれない。二律背反的な問題に頭が痛くなる日々が続いた上に断り続けていたら、一部女子達から実は私が同性愛趣向者で由梨絵と付き合っているという噂が流れていると聞いた。



 世知辛いですよねぇ、本当に……








 朗らかな春の日。


 現在中庭で、私こと東条早苗、美和、佳奈美、勇一郎、そして姉さんとでお昼ご飯を囲んでいる。



(どうしてこうなったの……)



 今目の前で起きている状況に、私の頭は混乱しかかっていた。


 私がお弁当を忘れた事に端を発し、姉さんがお弁当を私のクラスへ持ってきた。それ自体はおかしいことではないし、弁当を忘れた理由は私のうっかりだ。誰を攻めるわけにもいかない。


 言い訳じみた話になるのだけれど、最近は勇一郎の朝練に併せて学校に行くことが多い。別に……勇一郎と一緒に登校するのが目的ではない。理由は姉さんと一緒に登校するのが恥ずかしいからだ。いや、恥ずかしいと言うと姉さんに失礼かもしれないが、今のあの姉さんと一緒に登校するというのは非常に勇気が必要なのだ。だから、7時前には家を出ている。ちなみに姉さんにも勇一郎にも、学校に早く行って予習していると言ってある。実際してるので嘘じゃない。


 で、早く出る分、朝の用意も早くしないといけないのだが、元々姉さんも私も早起きなので問題はない。姉さんはお祖母ちゃんが亡くなってからも薙刀の稽古として朝夜の鍛練は欠かしていないし、私は朝食とお弁当当番を姉さんと交互にしているから慣れている。


 筈だったのだが、今朝はちょっと目覚めが悪く、ぼんやりと身嗜みを整えていたら勇が出かける音が聞こえ、追いかけるため慌てて出てしまったばかりにお弁当を忘れた訳だ。


 そうして先程の教室の場面に戻るのだが、姉さんが「自分もお弁当だから、どうせなら一緒に良いだろうか?」と提案してきた。美和も佳奈美も「構いませんよ」なんて言うから、私一人が断る訳にもいかず了承してしまった。

 ただ、このまま教室で好奇の視線の中に居続けるのは精神的に無理だったから、良い天気だし外はどうかと提案し、それが受け入れられた。そうして降りていく道すがら、パンを抱えて戻ってくる勇一郎を見つけ、無理矢理同行させた。だって、一人でこの状況を説明&乗り切る自信が無かったんだもん。


 そうして5人でお昼を囲み、和気藹々とまでは言わないけれど、それなりに話しつつお弁当をつついてる。


 当初は緊張した面持ちを見せた美和と佳奈美は、最初に姉さんが普通にしてほしいと言ってから、何時もと変わらない風に話を振っている。そういえば最初に姉さんが自己紹介する前に、美和と佳奈美は入ってきた姉さんと私の関係に気が付いてる挨拶をしていたような気がする。となると、今まで気を使っててくれたのか。この場合はありがたいと思うべきなんだろうな。本当に良い友人が持てたことに感謝だ。


 それと、最近姉さんが変った影響は、こういった場面で話しやすい雰囲気になるということにも一役買っているようだ。時が進むにつれて、私の混乱と場にあった緊張感のようなものはなくなって、普通に話せているようになっていた。


「早苗さんのお弁当も東条先輩が作ってらっしゃるんですか」

「二人で交互にだな」

「…うん。大体3日位で交代で作ってる。今は私の番」

「それでかー。早苗のお弁当、たまに味付け感が違うから、なんでかなーって思ったけど。なるほどなるほど」

「うん、私もちょっと気になってました」


 二人とも味の差に気が付くんだ…。食い意地が張ってるだけだよー、なんて二人とも笑っているけど、実は凄い事じゃないだろうか。


「しかし、皆でお弁当を少しづつ交換しているのか。となると、次からは私も気が抜けないな」

「いや、千鶴子さんの作るご飯は何時でも美味しいっスよ!」

「勇は何時も美味いしか言わないからな。信用ならん」

「ひどいっスよ、千鶴子さん…事実なのに」

「え、生方君って……あ、そうか。早苗さんと幼馴染って事は東条先輩とも長いんだ」

「私が小学2年の時からだから。もう、9年目」


 9年目か……もうそんなに経つんだ。それだけ近くに居たら、感想の言葉も尽きるか。しかし、私もご飯作ってあげるのになぁ……私のも「美味しい」って言ってくれるけど、感動の表現に差があるような気がするのよね……。「信用ならん」なんていう割には楽しそうな顔してるし、姉さん………むぅ。

 まぁでも、変に危惧してしまったけど、勇一郎がどうにも良いクッションになってくれている気がする。話の矛先が私だけに向かない分、やっぱり来てもらって正解だった。そう思った矢先、佳奈美がこちらを読んだかのように悪戯っぽい笑みを浮かべて話の矛先を勇一郎へ向けた。


「へぇ…ってことは生方の色々と楽しい話が聞けそうだねぇ~」

「ふむ、色々在るぞ?例えばだな……」

「あ、いや、止めてくださいよ、千鶴子さん!マジで!」


 赤ら顔で思わず立ち上がる勇一郎。9年一緒に過ごした歳月は伊達ではない。色々と恥ずかしい話とかには事欠かないから、一個くらい場を和ませる話題で出しちゃえば良いのに。


「俺にだって、一応プライドと言うかですね、見栄っていうのが……」

「いいじゃない、一つや二つ」

「早苗、おまっ」


 ふふん、姉さんばかり褒める勇一郎なんて曝露されて悶えちゃえ。


「そういう事言うと、俺もお前の恥ずかしーい話するぞ?例えば小学4年の夏の大停電の時……」

「わー!わー!だ、駄目っ!!それ、駄目っ!」


 しまった、藪蛇だった。思わず立ち上がり私が悶えそうになるが、姉さんに笑いながら「こら。二人とも、ちゃんと座りなさい」って言われて腰を下ろす。うう、美和と佳奈美も笑ってるよぅ。


「分かっているさ、勇。こういう話はもっと別のところで行うほうが良いだろうな。二人とも今度うちに遊びに来ると良い。その時に色々と『ここだけ』のヒミツの話を披露しよう」

「いやいやほんと、勘弁して下さいよ、千鶴子さぁん…」


 悪戯が成功したのを喜ぶ子供みたいに朗らかな笑顔を浮かべながら姉さんが言う。勇一郎は情けない声を出してはいるが、でも嫌がっている風じゃない。美和も佳奈美もそれが分かっていて楽しそうに笑ってる。


「たじたじな生方ってめずらしーな」

「本当ですね~。何時もは颯爽とした感じなんだけど、今の生方君って可愛いね」

「美和ちゃん、男に可愛いって褒め言葉じゃないんだよ…」

「あ、ごめんなさい」

「大丈夫よ、美和。勇一郎は姉さんに鍛えられてるから、その程度じゃ傷一つつかないから」

「早苗、お前も大概酷いな…」

「事実じゃない」


 目の前で行われる楽しげな会話。てか姉さんってこんなに明け透けだったっけ?何故か肩身が狭い思いするんじゃないかと思った自分が馬鹿みたいだ。


 そうして話は尽きることなく、G・Wの話題になったり、中間テストの話になったりであっという間にお昼時間が終わりになった。


 思えば私が目指すべき状態が今だったんじゃないだろうかと、ふと思った。姉さんとも勇一郎とも気軽に楽しくお喋りして三人で笑う。そこに友達が加わることで更に良くなった気がする。


 少し答えが見えた気がして、最初に「困った事になった」と思った感情は私の中から消えていた。



 ただ、終わり方が少し気になった。



 空のお弁当箱を手に、さて教室に戻ろうという段になって、姉さんが勇一郎だけを引き止めたのだ。


「生方君、どうしたのかな?」

「さぁ…」


 小声で話しているのか、ちょっと距離があるだけなのに会話の内容は聞こえない。そうして姉さんが一方的に勇一郎に何か話して戻ってきた。


「どうしたの?」

「いや、今晩うちの母さんが遅くなるってメールくれてたみたいで。ってことで何時も通りヨロシク」

「ああ、そういうこと」


 私のほうにも着ているはずだろうけど、そういえばお昼携帯に電源入れなかったから気が付かなかったようだ。冬桜は携帯は一応許可にはなっているけど、必ず使用書の提出が義務付けられていて、授業中は基本電源OFFで鞄の中に仕舞わなければいけない。でまぁ、勇一郎の家は両親が遅くなる事が多く、そういう時はうちに来て三人で食べたり、逆に私たちが勇一郎の家に行って食べたりしているのだ。


 話としてはそれだけだったけれど、勇一郎がなんかソワソワしている気がする。ほんのちょっとだけど、何か気になった。


「んじゃ戻ろうか。次、英語の芳井さんだぞ」

「そだった。あの人なんでチャイムと同時に入ってくるかなー」

「一応間違ってはいませんけどね」


 そうして足早に四人で教室に向かう。



 まぁちょっと気になる程度だからと深くは考えなかったけれど、この漠然とした気がかりは本日中に判明することになる。



 それは夜、三人でご飯を食べている時、次なる爆弾が投下された事で明らかとなった。




「さなちゃん。G・Wだけど、私も着いて行っていい?」




 本当に心の底から思う。




 次から次へと、なんでこーなるの?……と。

 少しはテンポ…良くなってないですね。

 次は久しぶりの勇一郎側の予定です。


――――――――――

2013/3/16 脱字、一部表現の修正。


閑話


とあるお店にて

「なぁ由梨絵。どうしてこう下着と言うのはカラフルなんだろうなぁ」

「どうしてって言われても、それは見えないところにも気遣う女が試される部分でもあるし、武器でもあるからよ」

「ふむ……武器か。私もまだまだ青かったと言うことか」

「ま、基本あなたは何時も飾りっ気がないシンプルなものばかりだから、良い機会じゃない?どういう風の吹き回しかは知らないけれど」

「まぁ、女になると宣言したことだしな」

「ふぅん……ま、とりあえず店員さんにお願いしてしっかり計ってもらってきなさいな。話はそこからよ」

「分かった」

「そういえば由梨絵は大きくなっ………だから目のハイライトを消す芸風は怖いからやめてって」

「だったら突っ込まないの」

「だが断る。で、純粋に聞いてみるのだが由梨絵のサイズって?」

「あなたね……はぁ。Eだったんだけど、多分Fにしないとフィッティングが…」

「ふむ。だが成長することは良いことだし、気にしない方が良いのでは?」

「何事にも限度があるのよ、限度が。あなただって身長気にしてるでしょ?」

「いや、まぁ確かにそろそろ伸びなくてもとは思うが…あっても困らないしな」

「あなたもなってみれば良いのよ。好奇の視線を集め、デザインの無さと服選びにも苦労し、肩が凝って猫背になって、夏場は一層肌荒れに気を配らないといけない胸に………」

「……過ぎたるは及ばざるが如しか」

「そういうことよ」

「ままならんものだな、間々観音様だけに」

「誰がよ、誰が。っていうかオヤジか、あなたは……」

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