第三話 「女の戦い」
■ご使用上のご注意
今回はところどころ独白が非常に長いです。
かなり梳いたつもりなんですが……多分読みづらいんじゃないかなぁと。
あともし仮に世のメイク関係にお詳しい方が読まれた場合、何言ってんだコイツ的な内容の感じの気がします……
また、色々と分かりづらい単語が出てきます。都度説明を入れる訳にもいかないので、一応そんな事をしなくても伝わるよう文章を考えたつもりですが、無駄に長くしただけな気がしています。
っていうか、化粧の世界は深淵ですね……
内装は白で統一されており、壁面の商品棚には色鮮やかなボトルが多量に並んでいる。また、所狭しと並べられているショーケースの中には、他とは違ったボトルデザインの物やパレットが並べられ、さながら宝石店の様相だ。
その色とりどりの商品は、見る者を魅了して止まないのだろう。多数の女性が手に取り眺め、ある者はため息をつきそれを戻し、ある者はそれを持ち、笑みを浮かべてキャッシャーへ向かう。
そこはエムクリという名の化粧品店。女性の女性による女性の為の『聖地』である。
「なぁ、本当に行くのか?」
「何?今更行かないとでも言い出すつもり?」
やってきたお店の前で躊躇するように足を止めている私。そんな私の腕を取りぐいぐいと引っ張る由梨絵。まるで医者に行きたくない子を連れる親子のような絵面だ。
「別に今日じゃなくても良いと思うのだが、由梨絵母さん」
「誰がよ誰が。それにいつも言ってるでしょ?やらないといけない事は直ぐに終わらせるって」
「…これは『やらないといけない事』なのか?」
「ええ、もちろん」
眉根を寄せ渋々の体を見せる私を他所に、由梨絵は行く気満々である。
この化粧品の匂いが混じる独特の空間は、やはり慣れない。そりゃ着飾るため、外見を整えるために必要なことだとは理解している…つもりだ。
だが、自身がしなければならないかと言うと『不要だろ』と思ってしまうのだ。だって、私みたいなのが着飾って見栄えを良くしても、誰に利があるというのか。日々の努力は怠らないのが私のモットーではあるが、これがさなちゃんの為になるとはあまり思えない。『この千鶴子、さなちゃんの為なら雨が降ろうが槍が降ろうが』と来たものの、いざ店まで来ると思わず足が止まってしまっていた。
まぁ正直に言えばですね……。
無知な自分が恥ずかしいんですよぅ!
てか女性の服にしても化粧品にしてもなんだけど、何であんなに高くて種類多いんだ?男の時は服なんてウミクロで十分だったのに……。
そりゃ女性ファッション雑誌だって買ったことありますよ?でもね、情報量半端ないというか、言葉からして別世界なんですよ!しかも次号になった途端、内容が全く違う!なんで季節毎じゃなくて月毎なの?毎月分厚い教科書を買ってる世の女性達はどうやってあれを頭に叩き込んでいるのかサッパリだ!
ってか正解はどこだ!?と言いたい!
世の人口の半分は女性だから、そりゃ千差万別、様々なものがあるというのも理解できる。だが、分からんものは分からん!
………と、ともかく、私にとって未知なる世界なのですよ。
小学中学高校なんて、1にさなちゃん、2に勉強。3、4が家事で、5に稽古(さち枝お祖母ちゃんに教わってた薙刀)という具合だったのである。1日24時間しかないのだから、必然的に時間が限られてしまうじゃないですか。日に30時間の矛盾とか無理です。
それに18にもなろうかという年で今更高校デビューとか映画じゃないんですから!そもそもモテコーチ居ないってか、モテたくない!だって想像して欲しい。『今の』私だと異性とは男だ。元男が男に言い寄られるなんて考えたくないわ……アッーっとかウッーとか叫びたくない。てか、そういう考え方だと女性が対象になるのか?女性から好意を寄せられるなんて……あれ、由梨絵ならウェルカム?
ってそうじゃない!
勉強とかは一度下地があったし、そもそも中高大学生時期なんて一人で勉強する事しか無くて無駄に学力は高かったから、今の授業なんかは安心して受けられる。殆ど復習感覚だったから良かったのだが、化粧なんて経験無いから復習とかそれ以前の問題だ!男で女性用化粧経験豊富とか、私の前世がメイクアップアーティストなら在りえたかもしれないが、所詮しがないプログラマですから!
結局の所、延々と理由付けして問題から目を背けようとする私。やはり根っこは替わっていないのか、どうしていいのか分からない物には思わず躊躇してしまっていた。
「やはり又にしよう」
そうしてヘタレた私はその場に背を向け足早に離れようとするが、脚は一歩も動かせなかった。
「ど・こ・へ、行くのかしら?」
にっこりと笑って私の肩を掴んでいる由梨絵さん。万力が如く、私の肩を掴む手は離れない。動揺したままに、ズリズリと店舗と店舗の間に押し込まれてゆく。まるでカツアゲされる五秒前とかそんな感じで、蛇に睨まれた蛙というか、身動きが取れないまま壁に押し付けられた。
だが、絵面はともかく、由梨絵は私の事を真剣な表情で見つめ、まるで老練の兵士が新兵に戦いのいろはを言って聞かせるが如く語り始めた。
「いい?よく聞きなさい。化粧はね『戦争』なのよ」
「せ、戦争……ですか?」
いきなりスケールがでかくなったので冗談かと思い、思わず体の力が抜けかかる。
「そう、戦争。『自分』という敵との永劫に続く戦争なのよ!」
だが、クワッと見開かれた由梨絵の双眸は真剣そのものだ。思わず抜けかけた力が戻り、背筋が伸びて聞く体勢となる。
「化粧はね、単に決められた通りにこなせば良いという物ではないのよ。化粧品というのは『使用者を選ぶ』の。ただ単に高ければいいってモノじゃないの。本の通りにすればいいモノでもないの。自分に合ったものを探し出せてから、そこから初めて化粧は始まるの。悲しいかな、そこで脱落せざるを得ない人もいる。進めた者は後に残ってしまった者の為にも次へ進む義務がある。そうして始まる化粧は、日々状況が変化する、まさに地獄の一丁目!」
由梨絵は一度言葉を切ると、私の頬を両手で挟みこむ。手触りで何かを確認するかのように数度頬を撫でると、そのままの体勢で言葉を続ける。
「スキンケアによる当日の肌の状態、天候、湿度、自分の体調、それらに合わせ、日々の使い方を変えなければいけない。間違えれば肌荒れという敵が直ぐにやってくるわ。肌荒れは虎視眈々と私達を狙っている。紫外線、シミも同様。いつだって奴等は私達を狙っているわ」
私は彼女の言葉に飲み込まれて何も言えない。というより、言い返したら何を言われるか分からなくて固まってしまっていた。そんな私を他所に由梨絵の語りは尚も続く。
「確かに応戦方法はいくらでもある。コンシーラーやファンデの厚塗り。でもそれは戦力の逐次投入による泥沼化を辿るだけ。戦費がかさんで自滅するのは目に見えてるわ。それに若い内は何をやっも良いと言う訳ではないの。化粧は肌に負担がかかるものでもあるのだから、今だけが綺麗では意味がないのよ。わかる?10年先まで見越して考えておかないと、困るのは自分自身なのよ!若さに胡坐をかいていると、手酷いしっぺ返しが待つのみ!」
熱く語る由梨絵の背後に阿修羅が見える。一体何がこんなに彼女を駆り立てるのかは分からないが、知識のない私は全く反論することも出来ずにいた。
「いや、年齢に合わせた化粧品とかもあるんでしょう?だったらその時で随時検討をする方が「甘い!」………」
思わず知っていることで何とか会話の方向転換を図ったが藪蛇だった。間髪をおかず私の言葉は切り伏せられ、ぺちんと挟み込まれた頬をゆるく叩かれた。
「年齢に合わせたとかって、どうせアレでしょ。ドホモルンリンケルなんて中てにしちゃ駄目!あれだって使える人と使えない人が居るのよ!そもそもそういうものを最初から中てにしている時点で負けているの!問題の先送りで、先を見てないの!エイジングケアは確かに必要だけど、それは今のあなたには不要なのよ。今だからこそすべき事は、今の内から正しい知識を身につけ備えておく事!それが、この戦争を生き延びるのに必要なことなのよ!」
そこまで言い切った後、由梨絵は打って変わって慈しみの表情を浮かべた。
「そしてそれは、あなたが歩む道は、いつかあなたの後を歩む者の道標となる。そう、あなたの妹さん、早苗君の道標に。あなたがそれを示せなければどうなると思う?あなたに続くはずの妹さんに道に迷えと?」
彼女の言葉に私は呻くしか無かった。
「だから私は、自覚しなさいと言っているのよ。そうでなくともあなたは『鋼鉄の』なんて有難いお名前を頂戴しているのだから。姉妹は似るもの。あなたがこのままの場合、早苗君がこれからどう呼ばれるか、想像して御覧なさいな」
由梨絵が言った『鋼鉄の』は私につけられた渾名のような物だ。
すこし逸れる話になる。
何時誰が呼び始めたかは分からないが、2年の3学期には私は『鋼鉄の生徒会長』と呼ばれていた。
明確な理由は後で知ったが、生徒会役員選挙で宣言したとおり、私は規約を甘くはしたが、求める責任も大きくした。そして、それを破った部活、個人については一切の情状酌量を認めなかった。学校側に対しても、寧ろ厳しい処断を求めた。
そうして私は就任してから現在に至るまでに2つの部の解体と、1名の自主退学者、2名の停学者、10名程の謹慎処分者を出した。進学校とはいえ、風紀を乱す輩は少なからず存在する。名ばかり活動と経費水増し、万引き、喫煙、夜間外出による補導等が理由だが、穏便に済ませたい学校に対して処断内容を上申した事も、そして下された判断も私は間違っているとは思っていない。
鋼が如き頑強な規則一辺倒の頑固女。だから『鋼鉄』。
だが、そんな渾名などどうでも良い。一度譲歩してしまえばそれは悪い前例を残すことになる。んなもん、どう考えても自分の責任だし、そんな輩や存在がさなちゃんに悪影響を及ぼすなんてことは許されるはずが無い。無論恨み事は出たが買ってやっ……いえ、出来るだけ穏便に対応した。例えば退学者(厳密にはこの時は停学処分)には一度襲われかけた?ことがあったが、ご丁寧に呼び出すから隠れて生徒指導の先生方を連れてったのだ。
で、現場に行ってみれば相手は複数で、それにあろうことか「妹、いるよなぁ」などと下卑たこと抜かしやがったので、ますます情状酌量の余地無し。さなちゃんを害そうなどと考えるヤツは生かしてはおかぬ。といっても実際にやらかすと白黒な方々のお世話になってしまうので、今回の呼び出し状、スマホの録音機能を用いての状況証拠をばっちり残しつつ、待機していた先生方にご登場して頂いた。
結果としてそいつらは無事先生方にお持ち帰りされて、主犯格は無期停学処分の後に自主退学。だけど、どこからか経緯を知った一部他の生徒から『先生の威を借る嫌な女』と揶揄、というか噂もされた。まぁ、気にはしていないがな。
だが、今こうして由梨絵に化粧を皮切りに語られた内容は、本当にそれでよかったのか?と私の心に波紋を生んだ。前の自分は一人だったから、評価は自分ひとりに向けられていた。だが今の私の評価は私個人で完結するものではない。それは確実にさなちゃんへと影響を及ぼす。ならば私がするべき事は何だ?
改めて肩に手を置かれ一呼吸置いた由梨絵は、私の胸の内を透かしたかのように、そして真理を語る神のように託宣した。
「だからこそ、妹さんに幸せになってもらいたいならば、あなたは化粧をしなくてはならない」
もはや私には何も言い返す言葉が無かった。
そうだ、私は「さなちゃんの手本となる」べく今まで頑張ってきたのではないのか?
勉強だってさなちゃんに何時質問されても答えれるように。
料理だってさなちゃんが勇の為に作りたいと言い出した時に教えれるように。
作法のお稽古も、さなちゃんがお嫁に行った時に困らないために。
薙刀のお稽古だって、さなちゃんに近寄る不埒者を物理的排除できるように。
生徒会長になったのだって、さなちゃんが楽しい学園生活を送れるために。
そう。全ては『我らがさなちゃんの為に!』が私の一本芯だった筈だ!
一体何をふら付いていたのだ、千鶴子。何をお前は場所を作っただけで終わった気になっていなかったか?自分が犯した行いがさなちゃんに何も影響しないと考えなかったのか?『生徒会長の妹』とさなちゃんが呼ばれる意味を考えた事はあったのか?護ることに固執した無力な姉をまた演じるのか?『分からない』などというクソッタレた理由でさなちゃんを蔑ろにするのか?
そして、あの忌まわしい幼少時期のように、さなちゃんを暗い世界に落とし込むのか?
思い出されるのは、ただひたすらにに私の後ろで小さくなっていた、外に目を向けることなく、下ばかり向いていた彼女。
……否!断じて否だ!
「由梨絵、ありがとう。目が覚めた」
頬に当てられた手に自分の手を重ね、感謝の気持ちを込めて握り返す。由梨絵の言葉が無ければ、私は道を踏み誤る所だった。
私はあの時の決意を一体何処に忘れようとしていたのだ?過去の経験を生かせなかった、あの時のように、また愚かな結末を迎え、ただ自分を苛むだけになる所だった。
今までの私は温かった。温すぎた。寸でのところで、それを思い出させてくれた由梨絵には感謝してもしきれない。だが、今は感謝の言葉を並び立てる時ではない。
腹は決まった。なれば後は行動あるのみ。
「私は今改めて誓う」
彼女の両の手を握り、決意の篭った瞳で見つめ返した。由梨絵も私手を握り返し、私を見つめる。
「もう迷わない。例え何が待ち受けようと、それら全てを蹴散らして私は『女』になってみせる!」
「千鶴子……あなたになら、きっと分かってもらえると思っていたわ」
今正に私と由梨絵は、お互い握り締めた手のように、改めて固い友情で結ばれたのだ。
そして私は戦場へと足を踏み入れた。
幾人かがズカズカと店内に入り込む私を見ているし、多少の気恥ずかしさも未だあるが、そんなものはどうでもいい。どうせ「何しに来たんだ、この大女は」とでも思っているのだろう。だが、最早他人の目など気にならない。全てはさなちゃんの為なのだ。正義は我に在りだ!
そして舞い出た戦場で、私は恥も外聞もかなぐり捨てて、カウンター内に居る店員さんにこう告げた。
「私を、私を大切な妹の為に、何処へ出しても恥ずかしくない『女』にして下さい!」
◇
困られた。てか苦笑された。
そりゃそうだ。
して下さいって言ってしてもらえるなら、世の女性は悩まなくても済むんだから。
だけれど、私の熱意は分かってもらえたようだ。私の言葉を受けてくれた店員さんは、詳しい話をとカウンセリングコーナーみたいな所で、色々と話しを聞いてくれた。
「今化粧品はなにを使ってる?」
「いえ、特に何も」
「日々のお手入れは?」
「定期的なスクラブ洗顔と、乳液入り化粧水くらいで…」
「パッチテストをやったことは?」
「前に来たときに一応。その時は何も出ませんでした」
こんな砕けた口調ではないが、このような様々質問から始まり、今の対応の仕方の問題点から対処方法まで、一から丁寧に教えてくれた。洗顔の基礎、皮膚の薄い目元対策、リップケア対策、シミ・そばかす対応の基本中の基本であるUVについて、顔のうぶ毛処理、クレンジングの役割などなど。
だが、思ったほどの分量は無かった。この年齢では過剰な化粧は返って肌荒れの原因であり、今は下地作りの時期との事。幸いにきび等もない綺麗な肌をしているから、まずは肌への刺激を最小限に抑える事を第一優先とし、うぶげの処理、1日2回の洗顔をキッチリと行い、化粧水・乳液による保湿ケア、UV対策は年中通して怠らず下地を整える事を教わった。
そして艶を抑えて自然な質感が出せるセッティングパウダーで顔全体を整え、無着色の薬用リップクリームで唇にナチュラルな輝きを持たせてバランスを取る。お出かけ用の色つきモイストリップも一本持っておけば万全だそうだ。
そうして説明された中から必要なアイテムをチョイスし(というかしてもらった)、最後に購入を決めた化粧品の使い方まで実地でご丁寧に教えて頂いた。
「さぁ、泣いたり笑ったりしても可愛い顔になるようにしてあげますよ!」
「どういう化粧なんだ…」
かけられた言葉に多少不安を覚えはしたが、始まれば真剣そのもの。人に化粧をしてもらうというのは初体験でちょっとこそばゆかったが、そもそも私は使い方すら覚束ないど素人なのだ。店員さんの使い方説明を聞きながら、黙ってその手際を観察し、座ること数十分。本来はタッチアップ(お店で化粧してくれる事)までしてくれないそうなのだけれど、まぁ何故かやって下さったのでご好意に甘えることにした。
髪まで多少整えてくれて「出来ましたよ~」との声に店員さんを見やると、良い仕事をしましたと言わんばかりの笑みを浮かべて私へ鏡を向けていた。そこに映るモノをみて、私は言葉を失った。
「ふっふっふ、かなり会心の出来だと思いませんか?」
「……ッチ、これがベースの差か」
なんか見知ったような人の舌打ちが聞こえたが、それは無視して声を大にして言おう。
化粧怖ぇぇぇぇぇぇ!!ってか女子怖ぇ……じゃない、すげぇぇぇぇ!!
誰コレ?何?なんで?
目の前にある鏡に映るのは確かに私だ。そりゃ私で考えたとおりに動くんだから私以外にはありえない。でも私こんな顔してたっけ?色が白い筋張ったような細い女だと思っていたのだけれど、今見える姿は全然違う。
長々と講釈垂れても仕方がないので、結論を言うと、何この美人は?だ。
いや、自分はナルシストの気は無いはずなんだが…そうとしか言えない。
プロの手にかかるとこうなるのかと、思わず鏡を凝視するそんな様子の私を見て「どうやら感想を聞くまでもないですね~」と、勝ち誇るように店員さんが言う。
「素材が良いとやりがいがありますねー!髪型も今はシンプルストレートですけど、極ゆるパーマで多少ゆらぎがあると、更に良い感じに仕上がると思いますよ」とか「黒より9トーンのプラチナベージュで……」とか店員さんが他にも色々アドバイスをしてくれている。だが、こうなるなんて予想もしなかった私は、ただ惚けてしまっていた。
そうして、時間にして2時間ほど。「ありがとうございました~」と眩しい笑顔で見送る店員さんを後に、人生初、化粧品関連に5桁支出をして私達は店を後にした。まさかATMのお世話になるとは思いもしなかったが、必要な支出と割り切った。
「今のあなたなら大切な男をイチコロよ~!自信もって行きなさい~!」
店を後にする私に店員さんが私に声援を送ってくれる。いやイチコロにする必要は無いんだけど。でも頑張らねばならないし、自信は確かに付いた。
両の手でもった紙袋の中には私の武器が詰まっている。重くは無いけれど、ずしりと違う『重み』を感じる。これは私の覚悟の重さだ。
今の私に迷いはない。だが恥ずかしさは未だ残っている。コレは慣れていくしかない。そうして恥ずかしさが消えた時、私はさなちゃんにとって、本当に恥ずかしくない姉となれるのだ。
◇
「どうかしら、今のご感想は?」
店から出ると、腕を組んだ由梨絵がどうだと言わんばかりに私に質問してきた。
「由梨絵の言うとおりだった」
「でしょう?」
ふふんと得意げに鼻を鳴らす由梨絵。確かにこのような結果を見せられては納得するしかないし、必要なものだと理解できた。今なら化粧をしている世の女性全てを尊敬の眼差しで見ることが出来そうだ。
「だが、やはりまだ少し恥ずかしいな。ジロジロ周りから見られている気がする。変だろうか?」
「まぁ、それは……ねぇ」
「そうか、変か…」
「違う違う。そういうことに同意したのではないの。ま、直ぐに慣れるわよ」
まぁ化粧を初めてしたのだ。ちょっと過敏になっているだけだろう。由梨絵と化粧品店のお姉さんの言う通り、毎日やっていればきっと気にならなくなるだろう。帰り際にもらったお化粧ハンドブックという心強いアイテムもゲットした事だし、後は帰るだけかと思っていたら、由梨絵から新たな指令が下された。
「よし、このまま少し店を回ってから帰りましょう」
腕を組んだ由梨絵がうんうんとしたり顔で肯いている。
「とりあえず当初の目的は果たしたのだけれど、その恥ずかしさは克服する必要があるわ」
「……なぜに?」
「なぜって、化粧するたびに恥ずかしがるつもり?ちょっと商店街とか歩いていれば直ぐに人の視線なんて気にならなくなるわ。それにここに来る道中言ってたじゃない。写真用の光沢プリント紙を買わないといけないって」
あ、忘れてた。今日撮った写真は家でプリントするのだが、ちょうどプリント紙が切れていたのを思い出していたのだ。折角の晴れの入学式の姿だ。2L版くらいで印刷したい。ちなみにコストパフォーマンス的には家ですると割高にはなってしまうのだけど、直ぐに見たいものの時は家でプリントする事が多い。
「仕方ない。駅前のジャイアントカメラに寄ろう。だが、意外と時間を取ったから、そろそろ帰らないといけない」
「ま、地下街から直ぐだしね。時間もかからないわよ。それに人も多いから慣れるにはもってこいでしょうよ」
そうして由梨絵と歩みを再会した。だが、店に着いてから地元駅の美浜ヶ丘に戻ってくるまで、あまりの視線の多さに辟易してしまった。自意識過剰と思われるだろうが、人通りが多くなればなるほど注目されているようで、指差してる人まで居たのだ。学校で壇上に立つことはあるけれど、それは生徒会長だからと割り切れるが、今は状況が違う。
「春先と言えど、そんなにくっつかれると暑苦しいから離れなさい」
「由梨絵……後生だ」
「涙目で顔赤らめてすがりつくんじゃないの……」
「ここまで注目されるとは想定外過ぎる。まるで動物園のパンダだ。ちょっとで良いから、その大きな胸で私を隠してくれ」
「置いて帰りましょう。うん、そうしましょう」
思わず何度か由梨絵に縋ってしまったが、都度突き放された。そうして容赦ない言葉に励まされつつも、何とか夕飯の材料を買って帰るまで付き添ってもらい、こうして私の一日は終了した。
なんというか最後が精神的な疲れが大きかった一日だった。だが今日と言う日はさなちゃんの入学式であり、自身を再確認できた日だ。充実度合いで言えば120%である。
これからさなちゃんと楽しい夕ご飯が待っている。勇のご両親からお呼ばれしているので、お隣に出しても恥ずかしくなく、かつ、さなちゃんの入学を祝う一品を作ってお邪魔しなければならない。その前にまずはさち枝お祖母ちゃんに報告もしないと。そして取った写真もプリントしてご両親にお渡ししないと。
やることは沢山。でも大変だとは思わない。
そう、楽しいのだ。
この楽しさを、さなちゃんにも味わって欲しい。
(見ていて、父さん、母さん、さち枝お祖母ちゃん。私、全力でお姉ちゃんになってみせるから!)
さぁ、これからだ!と内心で大きく手を振り上げ、決意を新たに私は家の門をくぐるのだった。
余談であるが、その後私を手助けしてくれた店員のお姉さんから、あなたのお陰で売り上げが伸びてお給料上がったと感謝の言葉を頂いた。どうにもあの販売実演らしきモノのおかげで、相談来店や購入者数が口コミで広がったとの事だそうだ。写真取らせてブログに上げさせてとお願いされたが、流石にそれは校則にも抵触しそうなので辞退させていただいた。
まったく世の中、なにがどう関係するか分からない。風が吹けば桶屋が儲かるとでも言うべきか。面白い側面を見たイベントだったなと、後日しきりに思うのだった。
なんという無計画さか、どんどんキャラクターが暴走してゆく…
でも話としては書くつもりの事だったのがちょっと前に来た位。
だけど、それにしても地の文が多すぎな気がします…
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2013/3/18 前後の流れから繋がりの変な部分を修正
幕間:数週間後
「由梨絵、ちょっと変な噂を聞いたのだが」
「あら、奇遇ね。私も変な噂を聞いたわ」
「私と由梨絵が付き合っているのだそうだ」
「……ええ、私が聞いたのも同じよ」
「何でも人前だと言うのに由梨絵が迫る様に抱きついて、仲良さそうに肩を寄せて買い物をして、まるで新婚夫婦のようだったとの目撃例があるそうだ」
「私が聞いたところの話だと、仲良く手まで繋いでいたそうよ。頬を赤らめるあなたは、まるで恋する乙女だった。ですって」
「…………」
「…………」
「まぁ、人の噂も七十五日だ」
「夏休み前には収束していると良いのだけれどね…全く面倒だわ」
「ちなみに一部女子から『お二人はまさに冬桜の双璧です。これで夏は勝てます』との事らしい。意味分かるか?」
「……なによそれは。そもそも、なんで私が含まれるのかしらね」
「あの買い物の時の事が原因とすると、一緒に居たからだな」
「化粧したのはあなただけでしょうに……なんでまた…はぁ」
「それに双の字が表す通り、ご立派なものが二つ胸についているからじゃないのか?」
「あなた、今すぐそこになおりなさい」
「冗談だ、冗だ………由梨絵?目のハイライトが無いけど、それどんな芸風?」
「いい加減胸の話はするなぁぁぁぁぁぁ!」
「ぬわーーっっ!!」