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第二話・上 「私の友達×2 千鶴子の場合」

 無事入学式の挨拶を終え、その後の場内後片付け等について先生方と打ち合わせした私は生徒会室に戻ってきた。生徒会室といっても教室と間取りは変わらず、調度品として書類棚や長机、パソコン等が置かれているだけだ。


「お疲れ様」


 部屋に入ると、先に戻っていた副会長の由梨絵がパソコンモニタに目を向けたまま声を掛けてくれた。


 瀬尾野せおの 由梨絵ゆりえ

 私と同じ三年で、更に同じクラス。そして数少ない私の友人の一人だ。


「そちらこそお疲れ様。先に戻っていたのか」

「ええ。私の担当は外周りだから、入学式が始まってしまえば殆ど終わったも同然。外の案内板とかの片付けはもう済んでるわ。それよりもこれからの対面式と新入生歓迎会の方が面倒だわ」


 由梨絵は私が高校に入ってからの友人である。彼女の口癖は『面倒』。単に言葉だけを聴くと癖のある人物のように聞こえるのだが、彼女はとても気さくで良い人だ。それになによりも『やらないといけない事は直ぐに終わらせる』、『面倒ごとは先にやってしまうと気が楽になる』という非常に共感できる考えの持ち主なのだ。全くもって同感である。前世ではそういったことにどれだけ泣かされた事か。後に回すと大体碌な事にならないので、何でも早めにまとめて終わらせる彼女の判断上手には大変助かっている。


「既に内容も進行についても問題ない筈だと思っていたけど、何か漏れが在った?」

「いいえ。ただの再確認よ」


 話しつつもモニタから目を離さない彼女。話すときのマナーとしてはちょっとアレだけど、目くじらを立てる様な事でもない。真面目に業務をこなしてくれる彼女へ感謝の念を表す為、私は給湯場へ脚を向けた。


「お茶、淹れるよ」

「ありがとう」


 先ほど教室と殆ど同じだとは言ったが、ちょっとした贅沢として水周り設備があるので、お茶を楽しむ位は出来る。お茶っ葉は自前、電気ポットも学校の事務室からのお下がりなので、仕事の合間に喉を潤すくらいの贅沢は許して欲しいものだ。


 この水回り施設、前代から引き継いだもののなかで唯一残したものだ。前は椅子なども今使っているパイプ椅子などではなく、ワークチェアや無駄に引き出しの付いた机などで構成され、いかにも絵に描いたような役員室だった。私に言わせれば無駄としか言いようが無く、生徒会長に就任してまず手をつけたのが、こうした無駄の徹底排除だった。


 ふぅと一息上げてモニタから顔を上げた彼女の前にお茶を出す。緑茶の香り昔から好きで、私のお茶といえば日本茶である。いや、紅茶とかも普通に好きですけどね。でもコーヒー、貴様だけは駄目だ。コーヒーは前世を思い出させる。あぁ、終わらぬデスマーチ……苦い思い出がいっぱいだ。コーヒーだけに。え、ギャグがおっさんレベル?そりゃ中身は元男ですから、少しばかりは許してください。


「全く頭が下がるな。由梨絵のお陰で万事抜かりなくことが進められるよ」

「頭が下がるのはこちらの方よ。貴方、全部覚えているでしょう。お陰で安心はできるけど、その分こちらも手を抜けないから困るのよね」


 言葉とは裏腹にまったくと困ってなさそうに笑いながら肩を竦めると、由梨絵はお茶へ手を伸ばす。私が悪者のような言い方だが、仕方ないじゃないですかねぇ?さなちゃんの参加するイベント事なんだから、手を抜くなんて日が西から昇る位在りえません!

 まぁそれで友人に苦労をかけているということは気が咎めはするが、私のそもそもの判断基準がさなちゃん中心なのだから致し方なし。そこは私という友人を持ったことを後悔してくれ……ってこう言うネガティブな性格だから友達少ないのかなぁ、私は……。


 軽く凹みつつ私も椅子に腰をかけると、自分用に入れたお茶を飲みながら自分の端末を立ち上げる。


 この学校は珍しく学内イントラが整備されており、生徒会もその恩恵に肖っている。学内の色々な申請、承認業務など電子化されることで非常に楽になっており、文書管理なども楽々である。まぁ導入させたのは私だけれどもね。だって早く家に帰ってさなちゃんとの時間を取りたいし。進めてよかった業務電子化。お陰で家に帰れる時間が大幅に早くできたので、私の目論見は大成功である。


「そういえば、今年だったわね妹さん」


 回ってきた書類データに目を通していると、ふと思い出したように由梨絵が話しを振ってきた。


「ああ、壇上から見えたぞ!今日のさなちゃんは…」

「それはいいから」


 喜び勇んで話そうとすると機先を制された。由梨絵曰く「あなたに妹の話をさせると日付が替わる」との事で、昔からさなちゃんの話にはあまり取り合ってくれないのだ。昔からとは言え、この溢れんばかりの姉妹愛が理解してもらえぬというのはしょんぼりである。


「理解したく無いわよ」

「……人の心を読まないで欲しいな」

「あなたがこの話題に限ってだけど分かり易過ぎるだけよ」


 そんなに分かり易い表情をしていただろうか。少し私が考える風な様子を見せた所為か、由香里が目線だけこちらに向けて言葉を付け足した。


「私が言いたかったのは公約どおり公私混同はしないでよ、って事」

「それなら言われるまでもない。そんなのはさなちゃんにとって害悪でしかないからな」

「それなら良いのだけれどね」


 そういうと由香里はまたモニタに目を戻す。


 公約といわれて思い出すのは生徒会選挙で私が行った演説だ。私としては特に普通に演説したつもりだったのだが、今でも生徒会内でネタにされる事しばしばである。


 私が生徒会長立候補に挙げた理由は前にも述べた通りだが、それだけで生徒会会長になれるわけではない。私の掲げた指針は現在の体制の見直しと校則緩和が主軸だった。人間下手に拘束されると返って反発心を煽り、盗んだバイクで走り出すようなことになるのだ、と思っている。だから私は色々な規制の緩和を掲げた。無論それだけだと先生方にとっては悩みの種になる。なので相応の罰則規定も見直した。


 簡単に言えば、単に生徒側に求める責任の比重を高くしたというだけだ。物事には責任がついて回る。責任感というのは早い内から叩き込んでおk……学んでおくに越したことは無い。無責任というのは罪悪だ。これは在校生の為にもなるし、さなちゃんに何か在った時の為になる。まぁつまりは、さなちゃんに手を出すような不貞な輩は覚悟するが良い!と言うだけのことで、別に身内贔屓ではないし、間違っては居ない筈だ。うん。


 それに「さなちゃんの為に、生徒会長に私はなる!」と演説で言ったのだから、全校生徒公認の筈である。



 少し話しが逸れたが、未だネタにされるそれは私の演説で指針を語った後の最後の部分だ。



 高校2年2学期に行われた生徒会選挙は、今日の入学式と同じく体育館で行われた。スポットライトをまぶしく感じながら指針を読み上げた私は、当初予定していた内容を読み終え本命の内容を語った。


「――以上で私が生徒会長として目指すべく活動の概要となります。そして、最後申し上げる一番重要な今回の立候補の理由ですが……」


 いったん言葉を切り、再度会場を見回して言葉を続ける。





「実は全くの私心です」





 会場がざわめくが、私はそれを制するように言葉を続けた。


「来年、妹がこの学校を受験します。姉として私は妹に笑顔で学園生活を送ってほしいと考えています。だからこの学園を、妹が楽しく過ごせる学園にする為、立候補した次第なのです」


 会場のあちこちでヒソヒソと話す様子が壇上から見て取れる。まぁ内容的に普通に考えて敢えてここで言わなくても良い事だ。だからそういった反応は正しいのだと思う。だけれども、私には譲れないものがあるし、そこは曖昧なままにしておきたくは無い。


「確かに妹が受験することは決まっていても、合格するかは未だ分かりません。ですが、私は合格すると信じていますので、それについては気する必要はありません」


 それは気にしろよ…と突っ込みが聞こえたが無視して続ける。場内のざわめきは収まる気配はない。公人となると宣言した人が身内贔屓をすると言っているに等しいのだから、まぁそうなるだろうとしか言いようが無い。だからそれを否定するため、私は次の言葉を続ける。


「今の皆さんのご心配は重々承知しております。ですが私は誓って縁故贔屓をするつもりはありません。そんなことは楽しく過ごすのに重要なことではありません。むしろ害悪と言って良い程です」


 体育館のざわめきが一瞬止む。私は一度大きく息を吸うと、感情を一緒に吐き出すように言葉を口にした。


「それはなぜか。妹が楽しく過ごせるためには、周りが、つまりは皆さんが笑って過ごせている事こそが重要だからです。一人が楽しいだけでは、全く意味がありません」


 思い出すのは孤立していた自分。あの言い様の無い寂しさは、誰かに体験させたいと思うものではない。それが家族であるなら尚更だ。


「お昼ご飯は、学友と笑いながら。そうすれば、きっと学校で食べるご飯は今よりもっと美味しくなると思いませんか?ちょっと眠たくなってしまうような退屈な授業も、面倒な宿題も、他がもっと楽しければ、きっと瑣末事になると思いませんか?私は妹に、そんな学園生活を送ってもらいたいのです」


 かすかな笑いが会場から沸く。多分、どこかしら共感できるからだと都合の良い様に解釈してしまうが、間違ってはないと思う。理由はいたって簡単。誰だって暗鬱としながら生きたくはない筈なのだ。


「だから私は皆さんにとって、これから入学する妹にとって、楽しく過ごせる為に必要なものは取り入れていきますし、害悪となる物は遠慮なく排除します」


 何時しか会場のざわめきは止み、皆こちらを注視していた。


「それは何も難しい話ではありません。先の指針で述べた通り、守るべき所さえ守れば良いだけです」


 先生方も同意してくださるように頷いている姿が見える。


「そう言った意味で、私が掲げた指針、問題解決は私一人ではどうする事も叶いません。ですから、どうか皆さん。これからの学園生活をもっと有意義に笑って過ごせる為に、この学園を今より過ごし易く変えて行きたいと願う私に、お力をお貸しください」


 そう私はそう演説を締めくくり頭を垂れた。決して盛大とはいえない。だが、他とは違った力ある拍手が場内から上がったのを今でも覚えている。




 そうして私は47代目、冬桜生徒会長となった訳だが、今思い出すと「お前が言うなよ、お前が」と前の自分から激しく突っ込みが入りそうな内容である。まぁ、前は暗鬱としまくっていたからね…。あ、ちょっと情けなくて泣けそう。


「何時まで百面相しているつもり?」


 ふと顔を上げると由梨絵が席を立ってこちらを覗き込んでいた。長く思索に耽っていた私を注意するつもりなのか、私の席の横に立ち、じっと私の顔を見つめている。


(か、顔が近い……)


 ふわりと広がる鼻腔をくすぐる甘い香り。


 実のところ、元の自分が男?で、今の私が女だという性別的な物についてはあまり気にしてはいない。だが、何年女の子をやっていても、未だに慣れない物がある。その一つがこれだ。香りのほうではなく、女子同士のスキンシップというやつだ。

 近いんですよ、色々と。遠慮が無いというか、気にしていないのか、元男では解りかねるのだが、女子同士はやたらと距離が近い。親密度が上がれば上がるほどその傾向が強いように思える。

 特に由梨絵は、実は学年一の豊かな胸囲の持ち主さんである。距離が近ければ近いほど、その姿に圧倒的される。女性同士なのだからと思うかもしれないが、第一と第二の人生を通して未だ男であった期間の方が長いのだ。どうしても気になってしまうのですよ。キャッキャウフフな更衣等の嬉し恥ずかしイベントのおかげで、ポーカーフェイスの経験値はレベルマックスだ。毎回般若心経を心の中で唱えて続けて暗記してしまったのは、人生で1、2位を争う程のどうでも良い事だ。


 そんな私の愉快な心中などは伝わるわけは無く、不意に由梨絵が私の手に手を重ねて来た。あ、あの、由梨絵さん?なぜにそのように密着されますか?ふにゅんとかぽよんとか大変なことになってるんですが!?


「光画部からさっきの祝辞動画が送られてきてるわ。連絡用フォルダに入っているらしいから、今の内に確認しておきましょう」


 どうやら単に動画を一緒に確認する為にこちらに来たようだった。だからといって何故にくっつくのかさっぱり分からないのだが、ともかくマウスを持った私の手に手を重ね、目的のファイルを開くべく操作される。単に私に態々断りを入れるのが面倒なだけなのだろうが、無論その間接触部分が色々と大変なことになっているので、早速私の頭の中で般若心経が開始され、既に坊主10人での大法会状態だ。


 学内の生徒会広報活動の話になるが、広報の一環として活動内容などを動画で学内ネットにアップする事がある。また、学内イベント時の雰囲気を伝える物として、学園活動の軌跡を残す学園史的な意味も兼ねて活用されているのだ。昨今は個人情報保護や、盗撮などの問題もあるので学外に出回らないよう、学内ネットからのアクセスのみ閲覧可能となっているのだが、意外と学内での受けは良い。今回は入学式における生徒会活動として私の演説が載せられるらしい。


 ちなみにこうした撮影活動などは有志の部によって行われており、学内イベントへの積極的協力は予算申請において多少のアドバンテージを得ることが出来るので協力率が高い。無論そういう風に仕向けたのも私である。『人を動かす』なら『心を動かす』のが一番であり、まぁ理由が金銭というちょっと俗物的な物ではあっても、やりたいと思わせたら勝ちだ。


 そうして動画ファイルを見つけ再生を始めると、ようやく由梨絵は体を離してくれた。危うく坊主100人で般若心経どころか、イエーィとか言いながら踊り始める第二幕が上映されるところでした。

 目の前のモニタでは私の先ほど在校生祝辞の様子が壇上に上がるところから映し出されている。そういえばこうして自分をまじまじと見ることなんて無かったので、良い機会かもしれないと、動揺を落ち着けるためにも意識をそちらに切り替えた。うん、壇上に上がる前に来賓に礼も忘れてないし、壇上での校旗への礼も忘れていない。所作も慌てずゆっくりと落ち着いてできている。うむ、今のところは完璧だ。


『新入生のみなさん、入学おめでとうございます。ならびに……』


 しかし画面越しに見ると、何時も鏡で見ているのとは全然印象が違って見えますね。あれだ。自分の声を録音して、誰これ?と思うのと同じ事だ。



『さて、皆さん』



 そうして話しが進むに連れ、段々と私の動きが雲行き怪しくなってきた。っていうか…………うわぁ。



『その短い時間の中で無為に過ごすのも……』



 このドヤ顔してる変な女は誰ですか!?……私かよ!!



 画面の中で悦に入って演説する私の姿に思わず頭を抱えた。自分でもにやけているなぁという自覚はあったのだが、これはいけない。画面に映る私の顔は、にやけ顔を通り越してだらしが無いことこの上ない。なんだか顔が上気しているし、目も潤んでトロンとしてる様に見える。まるで酒に酔ったかのような顔つきだ。いくらさなちゃんが入学するのが嬉しいとはいえ、これは恥ずかしい…。


『……私からの歓迎の言葉とさせて頂きます』


 内心悶える私を尻目に動画は再生を続け、ようやく〆の挨拶を経て終わった。時間にして数分程だったが、羞恥プレイ以外の何物でもなかった。


「あなた、これ……」


 由梨絵が咎めるような声をかけて来る。うん、その反応はごもっともだ。なので迷うことなく私は告げた。


「これは削除しよう」


 なぜかあっけにとられて二の句が継げないかのようにぽかんとした後、由梨絵は眦を決するように私を見つめて更に顔を近づけてきた。由梨絵さん、目が怖いです、目が。


「……何真顔で寝言言ってるのよ」

「いや、だってこんなだらしない笑みを浮かべて喋っていたなんて思いもしなかった。これは載せるべきじゃない」


 迫力ある目力で見つめる由梨絵に気圧され、声にした理由もちょっと小さくなってしまう。だが『さなちゃんの手本となるべし』とあれほど心に決めていたのに大失態を犯してしまったのだ!こんな恥ずかしい動画、卒業後も残ってさなちゃんの達に受け継がれるなんて黒歴史もいいところなので掲載なんて許される筈がない!


 そうでしょう?と、由梨絵を見返すと、何故か呆れ顔で頭を振っていた。


「なんと言うべきか…あなた、相変わらず無自覚なのね」

「……? 重々自覚しているぞ。さなちゃんの姉なのだからな」


 そう答えるが、私の心はタールのようにどす黒く沈んでいる。無自覚とかどうでも良い。いきなり失敗からスタートとは……泣きそうだ。うおおぉぉ、何時でも手本となる凛とした姉を目指していた筈なのにぃぃぃ。


「そうじゃ無いわよ。ともかく、削除なんて却下よ。こんな良い宣伝材料、掲載しない方がもったいないわ」

「いや、どう考えても悪い宣伝材料なんだが…」

「そう思うなら、もう少ししたら戻ってくる庶務や会計の子達にも見てもらいなさい。それで思い違いが分かるでしょうよ」


 涙目になりそうな私を、まったく解ってないわねぇと出来の悪い子を諭すかのように由梨絵は言うが、何で呆れられてるんだか意味が分からない。


「あなた、もう少し自分の容姿というものについて考えなさいな」


 やれやれという風に諸手を挙げて大げさに頭を振る由梨絵。考えれと言われても、私は自分の容姿に全くもって自信というか興味がない。あれだけ可愛い妹が隣に居るのだから尚更自信など無くなる。だって色白いし、なんか筋張ってるし、目は細いし、井戸から出てくる某子さんみたいだ。唯一気に入ってるとすれば、さなちゃんとさち枝お祖母ちゃんが褒めてくれた黒髪だけだ。

 それに、会計や庶務の子達は一学年下なので、年上となる私に丁寧だ。だから二人に感想を聞いても、悪い風に言える訳がない。そんな二人に意見を聞いてもダメだろうに…。


「いや、あの子達の意見を聞くまでもな…」

「はいはい、この議論はここまで」


 なおも食い下がろうとするが、それ以上は興味がないと言いたげにさっさと打ち切られてしまった。


「あまり無自覚すぎるのは考え物よ。1年後には私達は大学生になるのだから、外見を整えておくのだって必要になって……」


 と、席に戻りかけた由梨絵が声を止め振り返った。つかつかと私の席まで又やってくると、目を細めて私の顔を舐めるように上から下までねめつけた。


「そういえばあなた、化粧、してないわよね」

「それはそうだ。高校生なのだし、まだ早い」

「化粧無しであれか。まったく…」


 ま、また近いです、由梨絵さん…顔が…!私が座ってるものだから、腰を折って顔を近づけてくる。ぬぁぁ、目の前でぽよんと何かとはいえない何かが揺れるぅ。

 何でこう女の子ってのは無防備なんですかね?元の自分だったら勘違いしちゃいますよ!って、元の自分には寄ってこないか、うははは……はぁ。さっきから上がったり下がったりとテンションの浮き沈みが激しすぎるな、私。だからあんな失敗をしたのだ。自重しなくては……。


「でも、校則での化粧に関する条項について、禁止から風紀を乱さない範囲での化粧は可にしたわよね?」


 頤に指を当て、思い出す風に由梨絵が言う。

 うむ、それは覚えている。さなちゃんの為の環境改革案件だから。


「未だ早いというのは私にとっての一般論だからな。他の子達は皆ファッション、髪型に色々と苦心している様だし、着飾ること自体を私は悪いとは思っていない」


 さなちゃんだってお年頃なのだ。勇とお付き合いを始めれば、色々とおめかししたくなるはず。外堀を埋めておけば、さなちゃんだってやりやすくなる筈だ。男女付き合いについての校則にも色々と手を加えたし。なんと素晴らしきかな、私の先見の明。


「ふぅん……」


 ふふん、とちょっと自慢気にしていたら、なぜか目を細め意地の悪い笑みを浮かべながら、由梨絵が私の肩に手を置いた。


「なら、生徒会長自ら例を示すほうがよくないかしら?」

「なぜ、そうなる?」

「いくら校則でOKになったとは言っても、お化粧をしている子なんてまだそんなに居ないでしょう?私だってグロスはしないけど色つきのリップ、日焼け止めとフェイスパウダー程度はしてるし」


 あ、由梨絵は化粧してたんだ。全く気が付かなかったよ…。そういう事を普通は母親からなり、友人同士で情報共有したりして覚えていくのだろうけれど、生憎と私にはそんな事を思う余裕というか、伝手というか、ぶっちゃけ興味が全くなかったので殆ど手をつけていないのだ。一応お肌のケアとか身だしなみって、失礼にならないよう最低限と思う程度しかしていない。定期的なスクラブ洗顔と、お風呂上りに化粧水と乳液が一緒になったヤツでパタパタやってるだけだ。ちょっと乾燥肌っぽいし、私。


「それにあなたがいつも言っている事じゃない。まずは上の者から、ってね」


 腰に手を当て、さながら先生か講釈をたれるかのように指を立て由梨絵が言葉を続ける。


 確かにそれは私が常々言っていることだ。生徒会室の施設簡素化だってその一端だ。決められ事をただ『やれ!』と言われるのと、やっている人が言うのとでは説得力が違う。手本として何かしら肩書きが付く者が先にやらないと、やらされる方も後に続かないものである。言うだけ言って帰ってゆく上司に昔は歯痒い思いをしたものだから、尚の事だ。


「それに妹さんの手本になるんでしょう?」


 彼女の一言に、思わず「むぅ」と閉口してしまう。確かにさなちゃんの手本になるのが私の生きる道だ。だが、なんだか乗せられているような気がする。でも、覚えておけばさなちゃんにも何かしらの助言が出来るようになるかも?だけど、的外れもいい事を言ってしまいそうな気がする。


 そんなウンウン呻る私を見て由梨絵はニヤリと口角を上げると、心の底から楽しそうに宣言した。


「という事で今日の帰り、一緒にエムクリに行くわよ」

「いや、今日はさなちゃんと写真を撮る予定が…」

「撮った後でいいから、付き合いなさい」


 エムクリというのは由梨絵とも何度か一緒に行った事がある2駅先の地下街にある化粧品店だ。私も化粧水とか探してるときにお世話になったが、足繁く通う場所ではない。それにこう、女性の空間っていうのは行き辛いじゃないですか。今更ですけど。下着とかのお店もだけど、とにかく私にとってそういう所は買う物を予め決めておいて、直ぐ用事を済ませて後にする所なのだ。


「それじゃ決定ね」


 ちょ、由梨絵さん!?決定ですか?私の意見は?


「春先は面倒ごとが多いとばかり思っていたけれど、楽しいイベントも探せばあるものね」


 どうやら行くことが由梨絵の中で確定してしまったらしい。言葉尻に音符でも着きそうな程上機嫌になった彼女は、ニコニコしながら自分の机に戻りパソコンに向かい始めた。どうやら、もう何を言っても行くことには変りはなさそうだ。


(…まぁ、これも勉強のうちか。それに最近、由梨絵とも出かけてなかったし)


 確かに卒業式、入学式、2年終わりの進路指導等ととイベント続きでここ数ヶ月ほど放課後が慌しかったのは事実だ。息抜きに遊ぶことだって重要なことだし、前の自分はこういったことを怠ったからああなったのだ。そう考えれば、むしろしておくべき事ではないかと思えてきた。


「言っておくけど、今日はそんなに持ち合わせがないぞ?」

「大丈夫よ。いきなり自分に合う物なんて早々見つからないんだから、今日は現状視察だとでも思っておきなさい」


(ごめんね、さなちゃん。でも今日の晩御飯は腕によりをかけるから!!)


 楽しそうに仕事を進める由梨絵の姿に観念し、私は今日の予定を変更した。


 だが、まさかお店に2時間近くも居続け、思った以上に化粧品を買って帰る羽目になるとは、予想だにしなかった。更にさなちゃんからの反応が何故か薄かった。あんなに気合入れたのに……。私はこの夜、布団の中で「どうしてこうなった」と一人懊悩するのだった。






 尚、この買い物イベントの後、由梨絵はクラスの学友にこう零している。


「軽いお遊びのつもりだったのよ…。今は反省しているわ」


 口元を隠すように両手を口の前で組み、彼女は独白するように言葉を続ける。


「やはり興味本位で事を起こすものではないわね。行動には責任が付いて周る。私はそれを身をもって経験することで、とても大切な教訓を得たわ。それは『寝た子を起こすようなことはするな』という事よ」


 そう語る彼女は、何故か諦めに似た乾いた笑みを浮かべていたという。

由梨絵さんが止まらなくて予定以上になったので分けることに。

どうしよう…

とりあえず次は早苗さん側です。


――――――――――

2013/3/2 誤字修正、表現等ちょっとだけ変更。

2013/3/3 サブタイ変更

2013/3/8 三話投稿に伴い、最後の流れを修正


閑話(改稿時に思いついた突発ネタ)


「千鶴子、健康診断どうだった?」

「ん?私は身長がまた伸びてしまった。そろそろ要らないんだがな」

「あら、のこぎりでも持ってきて上げましょうか?」

「真顔で冗談を言うのはやめてくれ」

「そういう由梨絵はどうだったのだ?」

「今の言葉で察しなさいよ…」

「ふむ……な、なん…だと…!?伸びていないのに大きくなっている!?」

「あなたね……まぁ、これ以上大きいと流石に重石以外の何物でもないわ」

「あ、体重も…「一度死んどく?」…」

「すまない」


 表面上の会話なら問題ないのです。

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