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第二十三話 「夏本番、恋本番前」

水着回クルクル詐欺で申し訳ありません……まだ、前置きが終わりません(つω;)

 バスを降り、空を仰ぐ。


 入道雲がこれでもかと言うほど威容をアピールする、まさに夏本番と言わんばかりの日射しが容赦なく照りつける。


 夏は暑いのが当たり前なので文句など出る筈もないのだが、朝の8時半でこれだと、日中などは想像したくもない。

 せめて会場が空調ガンガンに効いていれば良いのだが、残念ながらこの陽気と人数では、あまり効果は望めないだろう。

 そんなことを考えながら、応援団員を誘導する。


「メインアリーナが今回の会場です。先導の生徒に着いていってください」


 先導を勤めているのは由梨絵だ。


 色々言いながらもこうして確りと手伝ってくれている。


 今日の応援、渋々といった態を見せていたが、ちょっとした小旅行になったことを多少なりとも喜んでは居たようだ。

 頼みもしていないのに、小田原近辺の事をあれこれ自分で調べて私に話を振ってきたのは、それなりに内心浮かれているところがあっての事だと思う。


 で、そんな由梨絵を見て最近ふと思うんだが、実は自分の環境を変えたくないから、面倒といつも理由をつけてイベント事を避けているんじゃなかろうか。そういった人格形成に至った理由までは聞いてはいないが、だからこそ人材育成なる分野に興味を持っている。そんな気がするのだ。


 自分が言うのもなんだが、人生損していると思う。

 それに言っては何だが、少々ズルイとも思う。


 自分だって変ってみて、色々と人付き合いは楽しいと思えるようになったのだ。性別まで変わったのはビックリだが、それも含めて今こうして千鶴子であることが楽しい。

 だから由梨絵も視野を広げることも兼ねて、こうしてもっとアクティブに生きても良いんじゃないかな、って思うのは恩着せがましいだろうか。けど、事実こうして色んなイベントに巻き込まれても楽しんでいる様子を見せられれば、そのほうが由梨絵にとってもプラスになると思えて仕方ない。

 それに人にあれこれ言って自分は外から見ているより、中に入った方が絶対に楽しいのだ。

 数少ない友人だからこそ、彼女にも幸せになって欲しいと思う。



 ってまぁ、自分の状況を鑑みずに何人の心配してんだって話ですけどね。 



 全員がバスから降りたのを確認し、ふと視線を巡らせば遠くに富士山が見える。


(思えば遠くへ来たもんだ……って距離でもないか)


 すっかり晴れ渡った空は、自分の心模様と裏腹で本当に恨めしい限りだ。


 何で不貞腐れたような気分になっているかと言うと、海水浴についてである。









 前回水着を買いに行くまでは良かったのだが、勇が居るとは言え、女子5人ともに非常に危険な状況に陥る可能性が高い事が判明したのだ。この辺りは本当に抜けていたとしか言いようが無く、自分の間抜けさ加減に呆れるしかない。


 だが呆れていても事態が解決するわけも無く、急ぎあれこれ対応策を検討した。


 まず一番初めに、勇のご両親に来てもらえないかと相談した。

 お2人とも是非応援に行きたいとの事だったが、生憎とおじさまは丁度その日程間は出張で、おばさましか都合がつかなかったのだ。なので、おばさまには来ていただいたが、仕事もあるので全日程とは行かず、初日のみの同行となってしまった。それにもし全日程可能であった場合でも、いかに保護者同伴とはいえ“女性”だけというのは不安が残る。

 となると、次に男性の大人で信用の置ける人となると、剣道部顧問の先生になるのだが、先生は小田原市内散策の方を任せてしまったので今更配役変更は出来ない。


 で、結局の所。


 頼めそうな男の人と考えて頭に浮かんだのは、成次君だけだった。


 他に選択肢は無いのかと散々自問自答したが、クラスメイトの男子に特筆して頼れるような人が思い浮かばなかったし、そもそもクラスの男子共は当てにならん。明らかに下心丸出しで「カラオケ行かない?」だとか、「遊びに行こうよ」等と誘ってくる奴らに身の護衛を任せるのは愚策にも程が有る。

 というか、一昔前までは遠巻きに見てあまり話しかけてこなかったのに、身嗜みを整え出した辺りから態度がガラッと変わり過ぎんだろ。そういうのに疎い私でも、目の色が変わってるのがはっきり判るわ。変わり過ぎて引くレベルだ。

 まったく動じなかった成次君や勇の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。


 で、だ。


 諸々の状況を鑑みて成次君を候補にと考えたが、彼も部長と言う立場上、応援団OB会の方々との付き合いもある筈だ。だから頼める訳無いだろうなぁと思っていた。


 なので他に良い代替案が見つからず、そこのところを由梨絵と相談した。


「完璧主義のあなたが考えてないなんて珍しい。暑さにやられて頭のネジでも2~3本飛んだの?」


 冗談っぽい口調だが、厳しい言葉を頂戴してしまった。

 確かに私が望んだことなのだから、当然私が考えるべきことであるし、一応対策だって考えてはいたのだ。防犯ブザーだって持って行くし、勇にも既に声はかけてある。それに最寄の交番の位置だって把握済みだ。


「いや、勇と私でさなちゃんに群がる愚か者は牽制するつもりだったのだが、思わぬ伏兵の存在によって、カバーできない可能性が出てきた」

「貴女が牽制って本気? まぁそれはいいけど、なによ、その伏兵って」

「……それはまぁ気にするな。ともかく、事が我が身に及ぶ可能性があるのだ。守りは堅いに越した事はないだろう」


 お前のその2つの凶器の所為だとは声にできる訳も無く、ともかく事情を淡々と説明する事に努める。


「で、勇のご両親はおばさまが初日に来れるのみで、順当に勝ち進もうが進まなかろうが、男手は1人だけだ。女子5人に男1人じゃ心許ないだろうから色々考えてみたんだが、成次君位しか頼れそうな人が居ないのだ」

「へぇ……じゃあ頼めばいいんじゃない?」


 あっさり返されてしまったことに思わず大きく目を見開く。

 由梨絵が男の同伴を許可するなんて珍しい事もあるものだ。


「いやにあっさりと言うな」

「むしろあなたが金剛寺君を連れて行きたいって迷う事の方がおかしいわ。だって彼、あなたに好意を持っているんでしょう?」

「……そ、それは今は問題じゃない」


 またうっかりだ。

 うっかりし過ぎだ。


 一緒に来るということは成次君に水着姿を晒すということなのだ。


 まさか自分で思った事が本当になるなんて。


 しかしどうしてこう成次君が絡むと、途端に1方向にしか目が行かなくなるのだろうか……。

 というか彼が輪に加わって来てから、振り回されっぱなしじゃないか。

 なんだか無性に腹立たしくなってきたぞ。


「あれはちゃんと断った。だから友人として頼るだけだ。友人として!」


 腹立たしさが言葉に表れ、強めの口調となってしまう。

 そう、友人。

 友人だから問題ないはずだ!


 だが、由梨絵はそれを意に介する事無く、淡々と、そして何処か楽しそうだ。


「そう。ま、彼の人となりは見聞きしているし、私も金剛寺君であれば無用の心配はしなくてもいいわね。体格もいいし、用心棒としても十分じゃないかしらね。そう、用心棒として」


 くつくつと笑いながら、意味あり気な言葉と楽しげな笑みを浮かべる由梨絵。


「そう、用心棒としてだ。友人として用心棒を頼むのに問題はない」

「だったら良いじゃない。ほら、ささっと片付けて来なさいな」

 

 相談した筈がいつの間にか玩ばれている……ような気がしてならない。

 明らかに私の反応を見て楽しんでいる由梨絵に一言物申したいが、頭の中を成次君がチラチラと過ぎって言葉尻が小さくなってしまう。


「だが、彼もOB会の方々とあるだろうし……」

「その様子だとまだ聞いてもいないんでしょ? だったらまずは聞いてらっしゃい」

「いや、確かにその通りだが……」


 ああもぅ!

 なんで人一人誘うこと、それも自分が言い出したことで言い訳がましいことせななアカンのだ!?


「ともかく聞いてきなさいな。ま、結果は見えてるようなもの。今の貴女の顔でお願いされたら断らないでしょうよ」


 自分の考え無しというかおかしな思考にのたうっていると、更に妙な事を言われた。


 なんだ、私の今の顔って!


 手鏡を取り出し自分の顔を映すと、思わず手鏡を落としそうになった。


 ……おおぅ。


 頬が上気してる上に、なんか瞳が潤んでる。目は怒っているように細いめられてはいるものの、落ち着き無く瞬きを繰り返し、口元は少し尖らせたようになってはいるが、口角が僅かに上がっていた。


 要するに、照れ笑いとはにかみが混じった表情を浮かべた“女の子”が鏡に映っていた。


 …………。


 ……。


 なんじゃこりゃぁ~!?


 なんでこんな、こんな……少女マンガのテンプレみたいな顔してんだ、私はぁぁぁ!

 いや、少女マンガなんて読んだこと無いけど!

 ネットとかで見るようなリア充爆発しろ的な画像を自分がするだなんて。

 しかも見て一発で疑念の余地を挟むことなくそう思うだなんて!


 いや、千鶴子は女だから別に問題はないんだよ? それは判ってるんだ。でも、こうあるじゃないか。自分の意外な一面を見せられると、驚くというかなんというか……ちくしょう!


 負けた気がしなくでもないが、これ以上この場で由梨絵にからかわれるのも恥ずかしくて席を立つ。


「と、とりあえず成次君に話をしてくる」

「いってらっしゃい」


 暢気な声に送られて、廊下に出た後ダッシュでトイレに駆け込み、個室に篭って落ち着くのを待ったが、早鐘のように打ち鳴らされる鼓動は一向に収まることはなかった。


 結局その日の夕方、金剛寺君が部活を終えてくるまで待つ羽目になった。


 いやなんかこうね、非常に今更なのだが、特定の男子の帰りを態々待つ女子って、どう考えてもアレじゃなかろうか。今までそんな事を意識したことも無いのに、成次君のアタック宣言以降、変に意識させられるようになって、心中波風立ちまくり。

 だから由梨絵にも残って欲しいと懇願したが、非情にも「あなたが言い出したことなんだから、後はよろしくね」と私を置いて帰ってしまった。


 ちくしょう、成次君め! 私の心穏やかだった日を返せ!


 意味の無いことだと判っていても、そう心中で吼えざるを得ない。

 だが、先延ばしにしても抱えている問題は解決せず、現状を打破するには何処かで声をかけなければならない。


(はぁ……なんで板挟みみたいな事になってるんだろう、私は)


 そうして愚にも付かない事を考えながら待つこと1時間半ほど。


 剣道部の活動が終わったようで、修練場から部員がぞろぞろと退館して行く。そんな中彼を捕まえ、目立たないようそそくさと連れ出した。


 で、事の次第を掻い摘んで話した所、呆気なく了承されてしまった。


 事情を説明したところこそ真面目な顔つきだったが、具体的に海水浴に勇やさなちゃん達と行くと話すと、成次君は嬉しそうに破顔した。

 OB会の方はどうするんだと聞いたのだが、試合後の宿で挨拶はすることになっているし、冬桜剣道部の主将交代も近々あるので後任に任せれば問題ないだろうと、割とあっさり解決してしまったのだ。


 ……私の悩んだ時間を返せ、このやろう。


 そんな私の思いなど知る由も無い成次君は、見た目にも判るほど上機嫌で夏の大会が更に楽しみになってきたなどとのたまっている。


「用心棒を頼んだことがそんなに嬉しいのか?」


 承諾されたことで問題解決に繋がった筈なのに、恨みがましくちょっとじと目で成次君を睨みつける。だが、それを気にする風でもなく、至って嬉しそうに言葉を返してきた。


「嬉しいに決まっている。東条からご指名でお誘いなんだぞ」

「好き好んで成次君を選んだわけではない。他に選択肢が無かったのだ」

「そうか」


 返す言葉は短いが、なぜそこで嬉しそうに笑うんだ?

 私は仕方なく成次君を選んだと言ったんだぞ?

 だから言葉を飾る事無く「他意も何もなく適任そうなのが成次君位しかいないから頼んだ」と言ってみても機嫌は治まる事無く、むしろ更に嬉しそうにされた挙句、サラッと恥ずかしげもなくのたまいやがった。


「選択肢に上る程に買われ、しかも頼りにされたとあっては光栄な事この上ない。どこに喜ばない要素があるんだ?」


 なに恥ずかしげもなく、そんな事をホイホイ言えるんだ!?

 っていうか、なんでそんなにポジティブな方向に考えが及ぶんだ!

 あくまで用心棒として着いてきて欲しいと面倒事を言ったはずなのに、逆に喜んでいるのが理解できないぞ!


 さっきから心の中で叫びまくって、心の喉はカラカラだ。


 だけど、そう言って笑う成次君を見ていると、何故か鼓動が早くなる。


 この場に居続けることに耐えられず、OB会の冊子を手渡すと挨拶もそこそこに足早にその場を去った。



 嫌に高く聞こえる鼓動を押さえつけようと胸に手を当てても、昼同様に一向に収まってくれなかった。









「観戦するのは好きなんだけどさ、夏場は少し厳しいね」

「アリーナの中は涼しいと思ったのですが、意外と室温が高いですね」


 剣道応援に駆けつけた私達は、夏の日差しから逃れようと早足でアリーナの中に逃げ込んだ。けれど思ったよりも空調が効いてないのか、それとも参加選手の熱気の所為なのか、アリーナの中は思ったよりも涼しくなく、バスの背もたれに刺さっていた団扇が活躍していた。


「確かに暑いというか温いよねぇ。剣道部ってこの暑い中、さらに防具もつけるんだから、夏場は本当に大変だよね」


 こんなのを10年近く続けている勇一郎はスタミナお化けだ。何度かランニングに付き合ったことはあったけれど、私がヘトヘトになってもケロっとした顔で、「じゃあ俺もうちょっと走ってくるわ」なんて言いながら走り去っていった。

 姉さんも同じ様なもので、やっぱり運動しないと体は育たないのかなぁと思うけれど、暑さだけは苦手なのだから仕方が無い。うん。


 まぁそんな私の話はさておいて、今日が団体戦初日。


 負ければ今日で終わりと、聞いている方も緊張してしまう。

 昨夜声をかけたときは、見た目上は平静を装っていたけれど、眼つきは至って真剣そのもので、声をかけるのを躊躇ったくらいだった。


 でも、それも仕方ないのかなとは思う。


 個人戦で1位になると意気込んでいたのに、出場叶わず敗退してしまった。その代わりといってはなんだけど、この団体戦が勇一郎にとってどれだけ重要なのか、その経緯を知る私としては少々複雑な気分だ。


 でも、やっぱり勝って欲しいと思う。


 勇一郎がどれだけ真面目に剣道に取り組んでいたかを知っているからこそ、その成果として優勝を勝ち取って欲しい。もし勝ち取れないにしても、納得のいく試合結果となって欲しい。そう切に思う。


 だから私に何か出来ないかと、近くの神社で必勝祈念し、お守りも買ってきて勇一郎に手渡した。

 そんな私を見て、勇一郎も「ありがとうな」と何時ものように頭を撫で回しながら喜んでくれていた。


 でも、お守りを手に取った時、何故か一瞬だけ沈痛な面持ちを見せた。


 それだけが少し気懸かりだった。


「3人とも大丈夫? 空調が効き過ぎるよりかはいいけれど、さすがにバテちゃいそうね」


 少し物思いに耽っていると、私達がしきりに暑い暑いというものだから、同席している勇一郎のおばさまが気遣って声をかけてくれた。折角の全国出場という事で、お仕事をお休みしてこうして付き添ってくださっているのだ。

 ただ残念ながら仕事の都合でお休みは1日しか取れなかったそうで、今日の団体戦結果如何では最終日まで一緒にいれないのが残念だ。

 ちなみに美和、佳奈美とは家に遊びに来てもらったときに何度か顔を合わせたこともある。だからバスの道中ですっかり打ち解けていた。「やっぱり娘って良いわよね。うちの勇一郎なんてほんと剣道馬鹿なんだから」なんて、和気藹々とバスの中で退屈することは無かった。


「大丈夫ですけど、喉渇いちゃいますよね」

「あたしも大丈夫ですよ」

「はい、私も」


 こう暑くては水筒に手が伸びる回数も自然と増える。けれど出発前に持ってきていた水筒は、夏の暑さの前にすっかり空っぽになっていた。


「9時からの開始にまだ時間が有るから、ちょっと飲み物買ってこようよ」


 今日の大会スケジュールは9時開会式、9時半から男子団体予選リーグが始まる。時間はまだ8時40分。時間的には全然問題ない。


「あら、じゃあ私が3人の分をまとめて買ってきてあげるわよ」


 私の提案におばさまが気を利かせて申し出てくれる。

 でも年上の人を使い走りにするようなことなんて出来ないので、やんわりと断りの言葉を述べて席を立った。


「私が言い出したことだから気にしないでください。おばさまの分も買ってきますから、その代わり荷物を見ていただいてても良いですか?」

「あら、悪いわね。じゃあお願いしてもいいかしら」

「任せて下さい。美和、佳奈美も一緒に行こう」


 じゃあ何が飲みたいですかと希望を伺うと、おばさまが千円札を手渡してきた。


「はい、これ。お願いした分、ジュース代くらいは出すわ」

「そんな、大丈夫ですって」


 差し出されたお金に慌てて手を引っ込めたけど、手を取られて握らされてしまった。


「いいのよ、早苗ちゃん。いっつも勇ちゃん共々お世話になってるんだから、こういう時くらい保護者代理らしくさせて、ね」


 そういえば言っては無かったけれど、生方のおじさま、おばさまは私達東条一家の未成年後見人として私達姉妹を護って下さっている。私も詳しくは知らないのだけれど、色々な報告義務など、結構手の掛かることをしてくださっているのだ。

 お世話になっているとおばさまは言うけれど、こちらの方がお世話になりっぱなしなのが実情だ。

 だから「やっぱり自分で」とお金を返そうとしたけれど、「いいからいいから」と、かわいらしくウィンクしてみせるおばさま。流石にこれ以上断るのも角が立つだろうと、ありがとうございます、と3人で頭を下げてご好意に甘えることにした。









「そういえば、試合前に生方に会えないの?」


 館内の自販機コーナーに向かう途中で、佳奈美がそう声をかけてきた。


「試合前は携帯切るって言ってたから多分無理。それに変に声をかけても集中を途切れさせちゃったらいけないし」

「剣道の試合観戦って声もかけたらいけないそうなんですね。初めて知りました。となると後は生方君を見守るしかないんですね」


 残念そうに美和も声を返す。

 剣道は他の競技とは少し違って、応援時は拍手で応援するのがマナーだ。掛け声は不公平さを生むから、正々堂々とした試合にならなくなるので、そうするのが一般的とされている。

 確かに頑張ってる姿を前に声をかけれないことがもどかしさく感じるけど、これは仕方ないことだと割り切るしかなかった。


「でもさ、試合前に控え室で声をかける位……って、そういえば選手控えの方は応援者は入れないんだっけ……残念だね」

「仕方ないよ」


 そう笑って返したけれど、昨夜の勇一郎の顔が頭を過ぎって、顔を見たくなる衝動に駆られた。

 あの時の表情。

 なんだか酷く苦しんでいる、そんな気がしたのだ。

 それも試合前なのに。

 会って私が不安を取り除いてあげれるとは言い切れないけれど、私でも何か出来ることがあるはずだと思いたい。


「って、早苗。あれ」


 不意に佳奈美に歩みを肩を掴まれた。


「な、なに?」

「あそこ、ほら」


 何故か小声で話しかけてくる佳奈美を訝しく思ったが、彼女の指差す方向を見て足が止まった。


(姉さんと…金剛寺先輩?)


 佳奈美の指差した方向は選手控え室の方に繋がる通路。そこの入り口で胴着姿の金剛寺先輩と姉さんが何やら会話しているのが見えたのだ。









 アリーナに着いて早々、私は頼まれ事を済ませる為に成次君へメールを送った。

 試合開始前に激励を行いたいとOB会の方に言われ、それを剣道部へ伝えるためだ。


「気が向いたらメールしてくれ。必ず返すから」


 そう何気無し言いながら、メルアドと携帯番号が書かれた紙を渡されたのがアタック宣言されて数日後の事。

 本当なら、要らんわ、こんなもん! ゴミ箱シュゥゥゥーッ! 超エキサイティン! と捨ててしまえば良かったのだが、自分でも知らない間にお財布に仕舞われていた。


 それが幸か不幸かは判らないが、とりあえず目的を果たすには必要な情報だったので、諸々の葛藤を投げ捨てメールを送れば、すぐさま彼が飛んできた。


 そうして連れて来たOB会会長を控え室前にご案内し(私はついて行かなかった)、短いながらも「勝ち負けは関係なく自分の全てを出し切って悔いの無い試合を」とご挨拶してもらったのがつい先ほどまでの事。


 客席に戻るところで、成次君に呼び止められた。


「来てくれてありがとう。これ以上無い援軍の到着で、心強い事この上無い」


 目の前で本当に嬉しそうに笑みを浮かべている成次君を前に、私は敢えて不満を表すかのように腕を組んだ。


「同校の生徒を応援するのにありがとうもない。それに私としてはあくまで応援の随行員だ。確かに応援はするが、元々は勇を応援するのが主目的なんだ」


 そう。今回の応援は海水浴もあるが、勇の応援もその目的のひとつなのだ。

 だから敢えて言葉にすることで、別に成次君を応援に来たのではないと主張しておく。酷いかも知れないが、私は成次君とは友達以上の関係を求めていない。

 求めてないったら求めていないんだ!


「そうか! ならば益々気合が入った。試合では目に物見せてくれよう」


 だが私のそんな言葉も、なぜか逆に成次君の心に火がついたらしい。


 な ん で だ ?


 ちょっと嫌らしいことを言うが、私はある程度相手がこうくるだろうと言うことを想定して、言葉や態度を選んで会話するきらいがある。相手を慮ると言えば聞こえはいいかもしれないが、ただのご機嫌伺いのようなものだ。


 で、成次君にはこれが通じない。


 なんだろうね……っていうかあれか?

 色恋は人を盲目にするというが、成次君もこのタイプなのか?

 そうだとさなちゃんの事が思い出されて非常に危険なのだが。

 でも成次君からは一切そういった感じがしないので、考え過ぎなのかもしれない。


「前から思っていたが、成次君は生まれる時代を間違えたような物言いをするな」

「口調の事であれば東条も人の事言えんだろ」

「わ、私は生徒会長として自身を律するためにそうしているんだ」

「そうか? 入学当初からそういった風だったと聞いているんだがな」


 ちょっと冗談めかして話してみても、あっさりとそれをひっくり返される。

 暖簾に腕押しと言うか、捉えどころの無いというか、本当にやり辛い。


「冗談はともかく、油断は禁物だぞ」

「ああ、更に気が引き締まった。重ね重ねありがとうだな」


 先ほどまでの笑みは何時の間にか何処かに引き込み、真剣な目をして見つめてくる。

 その顔は止めろ。

 目を合わせるとコッチの心が見透かされそうで、落ち着かない気分にさせられる。


 それを隠そうと少し視線を逸らしながら、敢えて反論する。


「別に感謝される程ではないぞ。それに感謝の言葉の多用は内容を軽くしてしまうぞ」

「なぁに。言葉は重ねてこそ重みも、意味も深くなる物さ。口に出さなければ伝わらんし、そも言葉を発するというのは相手にだけじゃなくて、自分に対してでもあるんだ。そういった意味で言えば、言霊というのは強ち真理じゃないかと思っているからな」


 まったく、ああ言えばこう言う。

 勇ともさなちゃんとも、おじさま、おばさま達とも違う言葉のキャッチボール。

 やり辛いと思っている筈なのに、どこかでこれを楽しく思う自分がいる。


 そう思うと途端に気恥ずかしくなり、今この場に関係のない事を口走ってしまった。


「それならあの商店街の時もさっさと言ってくれれば良かったのに」

「そう言われると辛い所だな。俺だって緊張するし、うろたえる事だってあるさ」


 途端に眉根を寄せる成次君。

 そんな彼を見て、こちらの言葉が過ぎた事に気が付いた。

 彼なりに私を慮って助けてくれたのに、それを今の会話にかこつけけてあげつらうのは間違っている。


「いや、今のは私が間違っていた。謝る」

「気にしなくて良いさ。俺もまだまだと言うことだからな」


 私の失言に、鷹揚に返してくれる。

 本当に彼は何と言うか、どうにも相性が悪いというか、こちらの方が実年齢は高いという事を忘れさせられる。


「まったく口巧者なのか舌先三寸なのか分からないな、成次君は。君と話していると、何だか私の方がムキになっているかのように思えてくるよ」


 そして今の千鶴子の年相応に、摺り下げられてしまう。

 そんな感覚に囚われるのだ。

 そしてそれが、悪い事だとは思えない。


「舌先三寸とは酷いな。そんなつもりは無いのだがな」

「無自覚なのか。やれやれ、だな」


 肩を竦めて見せる私に、ばつが悪いかのように頭をかく成次君。

 だが決して嫌な雰囲気ではなかった。

 と、そんなやり取りをしている所で場内アナウンスが開始10分前を告げた。


「時間だな。先ほどのOB会会長も仰ったんじゃないかと思うが、自分を出し切る事だけに集中して、今まで鍛えてきた己を信じれば、自ずと結果は見えてくるものだ」

「ああ、そうだな」


 当たり障りの無い言葉で会話を閉めようと思って、ふとここまでの会話で言っていない言葉を思い出した。


 こまで来て言わないのはおかしいだろう。

 でも、言わなくてもいいのではとも思う。


 そう、言うか言わないか少し迷った上で、私は悩んだ言葉を口にした。


「まぁ、そのなんだ……がんばれ、成次君」


 酷くぶっきらぼうでは有るけれど、口にしたのは応援の言葉。

 だってこの場で何も言わないで去るのも、それはそれで相手に悪いと言うか、あまりに人間味に欠けたことになってしまうじゃないか。


 だが、私のその短い言葉でも十分だったのだろう。


 成次君は目に判るほど気合の程を、まるで猛獣が口を開けたような獰猛な笑みと共に顔に浮かばせていた。


「部員全員に応える為にも。応援に応える為にも。そして何よりも自身が打ち込んで来た事、打ち込んでいる事に応える為にも! 団体予選リーグは必ず勝ってみせるぞ!!」


 そう言うや踵を返し、控え室の方へと戻っていった。

 暑苦しいなぁ、もう……そう苦笑が漏れるが、ふと我に返ってそれを引っ込めた。


 なんだか酷く人前で恥ずかしいやり取りをしていたのではないか、そう思って周りを見渡してみたけれど、誰も注目していなかったので胸を撫で下ろした。


 しかし、こう言う口達者な奴が女相手に勝利を誓うってのは、大概は死亡フラグな気がするんだけど……大丈夫かな、成次君は。


 って成次君の心配じゃなくて、勇の心配をするところだろ、私!


 そんな事を考えながら観客席へ戻ると同時に「これより第61回全国高等学校剣道大会を開催いたします」とアナウンスが館内に響いた。









(何を話してたんだろう、姉さんは……)


 金剛寺先輩との会話の現場に遭遇するも、話の内容は他の音で聞き取れず、かといって割って入れるような感じでもなく、初期の目的通り飲み物を買って席に戻った。


 暫くして開催のアナウンスが流れたと同時に戻ってきた姉さんは、何となく心配そうな表情を浮かべていた。


 何に対する心配なのか。


 さっきの会話のシーンが頭に浮かぶ。

 遠目から見ていただけだと、金剛寺先輩が身を乗り出すようにして姉さんに迫り、姉さんはは呆れ気圧されているように見えた。

 また姉さんに金剛寺先輩が迫ったのか……と思い込むのは前回ので懲りたので、多分今回の応援団派遣について何かしらのやり取りが必要だったのだと思いなおした。


 でも、私は勇一郎と会えないのに、姉さんは金剛寺先輩と試合前に会っている。


 それが勇一郎と無関係かとは一概に判断できない。


(勇一郎にも会ったのかな……)


 そんな考えが浮かび羨ましく思ったけれど、姉さんは姉さん、私は私と気分を切り替えた。


(勝負は海水浴。ここは勇一郎ががんばる所だもん。今は勇一郎の応援に集中しなきゃ)



 でも、何故か2人の会話のシーンが頭の隅から離れる事無く、大会は幕を開けた。

千鶴子色々てんぱるの巻。

早苗ちゃんの出番が少ない……。


――――――――――――

閑話

「今、部長連れてったのは生徒会長だよな?」

「ああ、見間違える筈はない」

「……部長、振られたんじゃなかったっけ?」

「俺もそう聞いた」

「俺も俺も」

「なのになんで、放課後まで待ってくれた挙句、連れ出すなんて親密な関係になってんだ?」

「俺が聞きてぇよ……くそ、俺だってマジ告りしたのに……」

「何て断られた?」

「傷口抉んなよ……男に関心はないって」

「一刀両断だなぁ…って男に関心がないだと!?」

「それってじゃあ、やっぱり学内で流れていた副会長との噂は……」

「……それはそれで断然アリだな」

「うむ」

「どっちが攻めだと思う?」

「生徒会長だな」

「いやいや、逆逆。ぜってー副会長だ」

「どっちでもいいじゃないか。きっとそこはパライソだ」

「……不毛だな」

「だな」

「あぁ」

「しかし、何で連れて行かれたのかね、部長」

「大会の事についてじゃね?」

「それはもう決まったと聞いたが」

「じゃあ、何だろうな。逆告白とか……は無さそうだよなぁ」

「……まぁ考えてもしゃーないな」

「うむ。まぁそれに俺にはもう三咲ちゃんが居るし」

「死ね」

「死んでしまえ」

「お前ら……」

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