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第一話 「私の姉、私の妹」

とにかく自分の好きなシチュでベタでお決まりな物語を読んで見たくて書いてみました。姉妹モノでTSに幼馴染でラブコメ?とかのごった煮です。


ちなみにR15、残酷描写はその内出るかもしれないので保険です。

 唐突にだが、告白しよう。


 私、『東条とうじょう 千鶴子ちづるこ』は多分『転生者』と呼ばれるものに属する者で、元は男だ。いや、正しくは男だったときの記憶があるというだけで、転生などでは無いかも知れない。


 説明するとこうだ。


 前世?での自分は両親不在の中で育ちはしたが、大学まで何とか進む事ができ、就職もしていた。所謂IT土方と呼ばれる業界で毎日仕事に追われてはいたが、食べるに困らなかったのだから、十分な人生だったのではないかと思う。

 ただ悔やまれる…というべきか、一つ問題だったのは、私が他者と積極的に関わろうとしなかったことだ。

 コミュニケーションが苦手というか、両親不在で育ったことが原因なのか、子供の頃から人との距離感が掴めなかったのだ。元の性格がネガティブ思考気味だったのも問題の一つだったのだと思う。

 基本的に悪い方向にしか考えが行かず、何をするにも躊躇ばかりしていた。学生時期にもクラスメート等と話をする機会はあっても、その場を取り繕うように愛想よく対応してばかりいた。何かの誘いがあっても、どう接してしてよいか分からず誘いを断り続けた。


 結果、自分は集団の中で孤立した。


 それが改善されずに成長し、社会人となっても休日は一人で過ごすだけの大人に自分はなったのだ。変えたいとは無論思ったが、すでに形成されてしまった自分を変えることなんてできないと思い込んでいた。昔にやらなかった自分が悪かったんだからしょうがない、両親が居なかったのだからしょうがない、と言い訳をして、ダラダラと目的もなく日々を生きていたのだ。


 だから会社からの帰宅途中、車が猛スピードでクラクションを鳴らしながら自分に突っ込んできたとき、ぼーっとそれを見続けながら頭に浮かんだのは、『今死んでも特に困る状況でもないだろうし…あ、レンタルのDVD……ま、いっか』という考えだけだった。


 次いで来た衝撃で意識は暗転し、気がついたら私は3歳の少女だった。

 両親が居て、妹まで居る家庭の長女になっていたのだ。

 今思うと『何で3歳からなんだ』と、なんとも中途半端な気もするのだが、ともかくそうして私の第二の人生が始まったのだった。


 だが、全てが順調だったわけではない。


 最初のうちは不幸ばかりで「何で転生させたんだよ」と気まぐれな神様を呪ってばかりの日々だった。


 例えば第二の人生が始まった途端、死にかける高熱を出して1週間近く入院したし、その後もいきなりの転生に戸惑い、記憶の混乱もあり、色々と悶着を起こした。さらに今生でも両親とは早くに死に別れてしまい、父の兄夫婦に引き取られるもネグレクトを経験。その育ての親も離婚して、最終的に家族と言えるのは母方の祖母と妹だけになった。

 でも、そんな経験も手伝ってか人との距離感は相変わらず掴めないままだったが、生まれ変わったのだからと積極的に行動することを心がけた。ネガティブ思考も変わっていないから付き合いの輪を広げることにも難渋したが、それでもできる事はやって後悔する事にした。

 私には努力が足りていなかったから、前はああなったのだと思えば、結果が見えている分、比較的実行に移し易かったように今は思う。

 結果として、やはり持って生まれた性格と言うのは中々に変われないのか、そもそも自分のやり方がまずかったのかは分からないが、友人は片手で足りるだけしか今の私には居ない。だが、以前の自分からすれば大進歩だ。話せる友人が居ると言うだけで学校生活がこれほどに変わるというのは衝撃だった。


 今は学校と言うものがとても楽しい。


 だがそんな生活を謳歌していた高校2年の春先、祖母までもが脳梗塞で亡くなってしまった。


 色々と山あり谷ありだったと思う。


 折角前世の記憶があるのだから、もっと上手に立ち回る事だってできたのではないか、どうしてあの時こうしなかったんだと今でも苛立ちを覚えることはある。だけれど、そんな経験の元に、私が『千鶴子』として生きていることはまぎれもない現実だ。

 私のこれまでを詳しく話す機会はまたあるだろうが、今は『千鶴子』として私は生きている。色々と消化し切れていないモノだって沢山あるけれど、それだって私の一部だ。



 いろいろなものを抱えながらでも、生きていられる。


 ――だから、それで十分。


 なぜならば、私には掛け替えのない『家族』がいる。



 そう。

 前世では渇望しても得られなかった家族。

 結婚して得ようと努力をした事さえなかったが、今生にはそれがある。

 前の人生では酷く自堕落に生きていたそんな私に『家族と生きていく』というありえない様な幸福が与えられたのだ。今や妹だけとなってしまったけれど、絶対に失うわけにはいかない私の宝物。この事だけはアホ神様に感謝している。


 今でも鮮やかに記憶に蘇る、私の手を握る家族の手。

 

 高熱を出して生死の境をさまよい、ようやく私の意識が戻ったとき、医者も看護婦も居る中、両親が声を上げて泣く姿をみた時から。

 両親の死という絶望が私を包み込んでいた中で、暖かくて、大きくて、小さくて、壊れてしまいそうな手が、震える私の手を優しく包み込むように握ってくれた時から。

 そんな3人の姿を見たとき、私は東条の家の娘『千鶴子』として生きることを決意したのだ。



 だから私は今も、そしてこれからも『千鶴子』として、大切な『家族』の為、精一杯生きていくのだ。



 無駄に前置きが長くなったが、話を要約すると、だ。



 声高らかに、世界の中心でも、車の前に飛び出してでも叫んで見せよう!



 私の妹『東条 早苗さなえ』、さなちゃんはマジ天使!異論は認めない!







 暦は4月。

 雲ひとつ無い晴天の下、ここ、冬桜大学付属高等学校で入学式が執り行われている。校門の両脇に植えられた桜は開花予想の通り、ちょうど入学式が行われる4月のはじめに見ごろを迎えており、門をくぐる者たちを歓迎するように咲き誇っていた。

 体育館に規則正しく並べられた椅子に真新しい制服に身を包んだ男女数百名が、さまざまな表情を浮かべ座っている。

 期待や興奮、色んな感情が入り混じった表情を浮かべる新入生たち。そんな彼らを祝福すべく、学校長、理事長、来賓の方々のありがたいお言葉がこれでもかと言うほど続いている。

 確かに祝ってくれているのだろうが、聞いている側としては、これからの学園生活のことを考えるので頭の中はいっぱいなのだろう。どこか皆心ここに在らずだ。

 春の陽気もあいまってか舟を漕いでいるものもちらほら居る。まぁ、あの抗えない眠気の類は、幾つだろうとどうしようもないものだなと苦笑してしまう。私にも経験がないわけではないのだし。

 前の自分の時はもうあやふやだけど、学校生活のお偉方の話なんて内容をなんてこれっぽっちも覚えていないことから、今目の前で祝辞を聞き続ける新入生の心の内は何となく分かる。


 だが傍で聞いている私は、共感は出来ても行動に表すことは出来ない。

 なぜならば私は冬桜大学付属高等学校の生徒会長だからだ。

 それに、この中には我が愛しの妹、さなちゃんが居るのだから無様な体は晒せない。

 だが、生徒会長になるのではなかったと、今この時だけ絶賛後悔中。だって写真が取れないじゃないですか!ヤダー!

 今朝だって生徒会長として入学式の在校生祝辞を読まなければならないし、入学式の進行内容の最終確認なんかで何時もより早く家を出たものだから、愛しのさなちゃんの制服姿を見ることができなかったんですよ。

 制服が家に届いた時だって恥ずかしがってか見せてくれなかったし。生徒会長になっていなければ今頃は父兄席の一番良い位置を陣取ってデジカメで晴れ姿を撮影しまくっていた筈なのです!

 でもまぁ、ちゃんと今日一緒に写真を撮ろうねって約束しているから我慢できますけどね!ああ、でも早く見たい、さなちゃんの制服姿…。


 これほどに私の心中がテンション高めなのは一応理由がある。

 中学時代、とある事でさなちゃんが思い出すも腹立たしい事件に巻き込まれた。結果としてちゃんと事態は収めたのだが、その原因は私のミスと言うほかない。

 なぜなら私は年上というアドバンテージを生かすことなく、日々さなちゃんと暮らせることだけを最重要として生活していたからだ。いうなれば現状で満足、保身に走っていたのだ。だが事件が起きたことで、それはただの甘えだったのだと思い知らされた。それに同様の事は過去にも起こしている筈なのに、何も改善できていない自分に怒りすら覚えた。

 だから私は高校入学後、後に続くさなちゃんの為に環境改善を行うことにした。生徒会長になったのもその為だ。理想とする学園生活をさなちゃんと送るため、不安要素は徹底排除しておいた。それが今日これから、実を結ぶことになるのだ。テンション高めでも仕方ないはずだ。



「続いて、在校生代表祝辞」



 考えが在らぬ方向をひた走っていたら、いつの間にやら自分の番が来たようだ。

椅子を鳴らさないよう静かに起立すると、体育館の壇上へと歩み進む。

 ああ、そういえば壇上からならばちょっと遠いけれどさなちゃんの姿を見れるじゃない!思わず駆け出しそうになる気持ちを抑えつつ、ゆっくりと歩を進める。


 ここで一つ、私を形作る重要なマイルールその1を語っておこう。


 それは、『何時如何なる時でもさなちゃんの手本たれ』である。


 だって家族を紹介するような場面で私がだらしなかったら、さなちゃんが困るじゃないですか!

 一般論ではどうなのかは知らないけれど、私は姉なのだから情けない姿を愛するさなちゃんの前で晒す事なんてできない。してはならないと硬く心に誓っているのだ。

 だから出来る限りの方面でさなちゃんの手本であれるよう、日々努力は怠らない。それがさなちゃんの為になると信じているから。

 脚は踵から着地するように膝をきちんと伸ばし、指先もしっかり伸ばす。腕が大振りにならないように、でもちゃんと前後に手を振って、腰を使って歩く。ウォーキングの参考書などにも書かれているように、綺麗に歩くのは体をしっかり使うことでもあるので、見た目が綺麗で、かつ、ちゃんと運動になるから、個人的に歩行改善はお勧めです。


 そうして私は演壇の上まで来ると、ゆっくりと一礼して壇上から館内を見回した。


 (いたーーーー!)


 遠めでも一目で分かる。


 (マイスゥイートシスターさなちゃん発見!)


 東条早苗。私の妹。たった一人の私の家族。真っ黒な重たい印象の私の髪とは違う、やわらかい印象の栗色の地毛。その上すごく細くてふわっふわの天然ゆるふわウェーブ。今日はバレッタでサイドによせてるのがちょっとOLっぽい。丸みのあるやわらかい顎のVライン。精緻に配置された整った目鼻。リップも塗っていないのにほんのりピンク色でうるおい感のある唇。身長が高くてがっしりとした男っぽい私なんかとは違って、小柄で子犬を連想させる愛くるしさ。


 可愛い。可愛すぎるっ!


 頑張り屋さんで、恥ずかしがり屋でぶっきらぼうな所もあるけれど誰にでも親切で、可愛いもの集めが趣味の女の子らしい要素をこれでもかというほど詰めた、私の掛け替えのない宝物。


 あ、ちょっと驚いた風にこっちを見てる!

 ふふっ、実は在校生挨拶が私って言っていなかったのだ。

 ちょっとしたサプライズみたいな?私のささやかな目論見は成功したようだ。

 自然と顔がにやけてしまうが気にしない。万全と迄は言えないにしても、上々と自負できる環境を用意した上で、これからさなちゃんと学校生活を満喫できるのだ。


 手元には祝辞の言葉がしたためられた原稿があるが、そんなものは必要ない。内容は既に暗記済み。それに重要なものは私の心の中にある。



 さぁ、声高らかに歓迎の想いを乗せて叫ぼう。壇上なので心の中でだけど。



 ようこそ、さなちゃん!冬桜大学付属高等学校へ!





 私、東条早苗はこの春、冬桜大学付属高等学校に入学した。


 進学校でもある冬桜は偏差値も高い。

 中学時の成績は良い方ではあったけど、必ず合格できる自信があったわけではない。が、姉さんがそこに入ったときから私もそこに行くのだと決めていたので、対策はそれなりに取れていたと思う。ただ、さち枝お祖母ちゃんが亡くなってメンタル面で不安定な時期でもあったから、最後まで不安は拭えなかった。

 そして合格発表の日。

 送られてきた書類に、合格の文字がありますようにと祈りながら開封し、そこに今までの頑張りが報われた結果が記されていたのを見たときは文字通り飛び上がって喜んだ。


 そうして晴れて冬桜の生徒となったこの春、幼馴染であり同級生でもある生方勇一郎うぶかた ゆういちろうと一緒に通学路を歩いている。


 生方勇一郎。

 私の家の右隣に棲む小学2年からの幼馴染だ。

 両親共働きということもあり、幼少時期から何かと東条家で一緒に過ごす事が多かった。その縁は今も続いていて、一緒に晩御飯を食べる事も多い。

 サッカーとかバスケが花形のように持て囃される今時にしては珍しく剣道に打ち込んでいる。高校1年にして身長170センチ強という体格の良さ、時に周りが見えなくなるほどの集中力、そして努力家。前年の全国大会ではなんとベスト8になっている。それでいてイケメンだし、勉強だって冬桜に合格できている程だ。

 普通なら天狗にでもなりそうだが、性格はいたって気さくで人当たりが良いと来たもんだ。

 どこの超人ですかって普通は問い質したくなるのだけど、真剣に頑張る姿を小さい頃からずっと見てきたから、私にとっては彼が冬桜を受験すると言い出した時、合格を疑いもしなかった。


「しかし、本当に良かったよな。お互い合格できて」


 勇一郎が雲ひとつ無い晴天を仰ぎながら呟く。その言葉に私はこの1年の過去を思い出し、「うん」と力をこめて返事をした。


 先にも言った通り、受験を控えた中学3年の時、私の大切な家族である飯綱さちいいづな さちえお祖母ちゃんが脳梗塞で帰らぬ人となった。あのときの動揺は筆舌に尽くし難い。お祖母ちゃんの事もだが、その日初めて見た仏壇の前で嗚咽を殺して泣く姉さんのあの肩を落とした姿とそのときの言葉は、私の中の甘えを超特大のハンマーで殴りつけ粉砕した。

 だから、さち枝お祖母ちゃんの墓前に良い報告をしたいという気持ちと、姉さんにいつまでも頼ってばかりではないと証明する証となるだろう、この冬桜の制服に袖を通して通学路を歩いているという事実が、改めて私に達成感からくる高揚感を与えてくれた。

 それに学校合格ももちろんだが、密かに立てていた『高校も勇一郎と並んで一緒に通学する』という非常に小さな野望を、何の得意なものが無い私が成せたのだ。一歩一歩歩くたびに実感が沸き溢れ、私の中の興奮度は今や最高潮だった。

 そんな気持ちが行動に現れていたのだろう。ふと隣の勇一郎を見やると、彼はこちらをみてニヤニヤしていた。


「な、なによ?」

「いや、相変わらず早苗は分かり易いなって。又出てたぜ」

「うん?」


 勇一郎が笑いながら自分の鼻を指差すのを見て、はっと気が付き慌てて口元を手で押さえた。周りを見回すと、何人かの同じ新入生であろう冬桜の生徒が笑っているのが見て取れた。途端に顔に血が上るのが嫌でも分かった。


「い、いつも言ってるでしょ!出てたら直ぐに止めてって!」

「いや、教えたじゃないか……それに嬉しいこと体で表現して何が悪いんだ?」


 微笑ましいものを見るような笑みを浮かべ、勇一郎が私の頭をわしゃわしゃって撫で回す。勇一郎のこの頭をなで繰り回す癖は昔からで別に嫌ではないのだが、今は恥ずかしさを更に上乗せをするだけだったから慌てて頭の手を払った。


「私が恥ずかしいのよ!それと折角整えてるんだからわしゃわしゃ禁止って何時も言ってるでしょ!」


 赤くなった顔を見られまいと顔をそらしながら、少し乱れた髪を手櫛で整える。私の昔からの癖で、どうにも気分が昂ぶると鼻歌が出てしまうのだ。それも、音程が外れて…。

 直そうと思うのだが、なぜか直らない。

 まぁ癖なんて往々にしてそういうものなんだろうけど、私のこの癖は恥ずかしいだけなので何とかしたいのだが、その努力が実を結ぶことは、今の所兆しすら見えない。


「いいじゃないか、鼻歌くらい。俺だって昨日は興奮で夜の素振りが止まらなかったんだぜ?なんたって、また千鶴子さんと同じ学校に通えるんだぞ?高揚しないほうが絶対おかしいって」

「…ソウデスネ」


 彼の熱の篭ったその言葉は、興奮に沸き立っていた私の心を一気に冷め遣らせた。

 多分今の言葉で分かってもらえると思うのだが、彼は姉さんが好きだ。単純に好きというよりも崇拝に近いかもしれない。それほどに彼の心の中は姉さんで占められている。


 そしてその言葉で私の心が冷えるのは、私が彼の事を『好き』だからだ。


 なによりも一番の問題が、勇一郎が私に『千鶴子姉さんが好きだ』と相談してきたという事だ。想いを打ち明ける前に既に結果が見えている事実が、更に私の心を冷たくしていった。


「……はぁ」


 叶わないと分かっていても、気持ちは抑えられない。八つ当たりなんて格好の悪い事もできないし、私の胸の内を今明かすことだって出来ない

 だから、どうしても重いため息が出てしまう。出すなと言うほうが無理だ。


「何湿気たため息なんてついてんだ。入学式なんだぜ?シャキッとしろって!」


 私の多分に憂いを含んだため息が気になったのか、勇一郎はまたわしゃわしゃっと私の頭を撫で回す。さっきと違って、今回はとてもやさしく。それだけで私の顔から険が取れる。頭撫でられて機嫌回復って安いなぁ、私…。


「何時まで撫で回してるのよ」

「お、わりぃわりぃ」


 全然悪かったと思ってない口調で勇一郎が私の頭から手を離す。改めて勇一郎を見上げると、子供っぽくニッと笑った勇一郎の顔がこちらを見つめていた。

 相変わらず勇一郎はこういう時だけこちらの機微に鋭いというか、昔から何故かこっちの気持ちが沈みかけているとき、やたら的確に慰めてくれるのだ。本人は慰めているつもりはないのかもしれないけれど、私が落ち込むと決まって勇一郎は私の撫でてくれる。それだけで心に暖かいものが広がって、なんだかやる気が溢れるのだ。もはや条件反射の域に来ている気がしなくもない。

 うん、まぁ、これで十分だ。こうして時々撫でてくれるこの暖かい手のひらと、一緒の通学路を歩けるということだけで十分だ。

 私のこの恋が実ることは無い。だって姉さんも勇一郎の事は認めている。姉さんの事を相談されたとき、勇一郎の事をどう思うかと聞いてみたことがある。そのときの姉さんは嬉しそうな顔でこう答えたのだ。「勇は半分家族のようなものだ」と。

 友人をあまり作らない姉さんは、さっぱりとした性格というか、言い方を悪くすると非常にドライな性格をしている。一度認めた人ならば非常に親身になってその人の力になってくれる。逆にそれ以外の人に対しては、一応の礼節に則った人付き合いはするし、助力もするけれど、一定のライン以内には近寄らせない。

 そんな姉さんが勇一郎の事を「家族」の領域内に据えているということは、そういうことなのだ。



 相思相愛。お似合いだと思う。


 爆発してしま……コホン。



 二人とも、何時も私と一緒だったのに、いつの間にか大人になっている。無論、私だって成長している…はずだ。身体的には…その、まだかもだけど。

 だから、私だって大人にならなきゃいけない。何時まで経っても姉さんの庇護の下でしか居られない人間でいたくはない。勇一郎の優しさだけを頼る人間で居たくはない。

 姉さんには姉さんの、勇一郎には勇一郎の進む道がある。

 ふと思い出されるのは泣いている姉さんの顔。あんな顔、もう二度とさせたくない。

 姉さんは幸せになるべきなんだ。だからこそ私はこの冬桜に入学した。姉さんが卒業するまでのこの1年で大人になったと証明し、変わった私を姉さんに直ぐそばで見てもらうのだ。

 恋敗れるにしても、伝えないままは嫌だ。今のまだ不甲斐ない私では勇一郎に『好き』なんて言える訳がない。だからこの1年で私はもっと大人になるんだ。


 そして、姉さんとも隣同士で歩ける自分となるのだ。


 改めて自身の気持ちを再確認できたら、なんだかさっきまでの気恥ずかしさとかどうでも良くなっていた。


 角を曲がると、ちょうど冬桜の校門が目に入った。私たちと同じような真新しい制服に身を包んだ生徒が次々に門をくぐっていく。皆私と同様に何かしらの思いをきっと持っているのだろう。皆一様に笑みを浮かべている。

 思い込みなのだろうけど、そんな私たちを両脇に咲く桜がなんだか頑張れと言ってくれている様で、自然と気持ちに活が入った。


「頑張ろうね、勇一郎」

「ああ」


 これから始まる高校生活に改めて胸を高鳴らせながら、私は大人になるための一歩をここに踏み出した。



 ――どうか1年後、私が思い描く私になれていますように。





 学校に着いてまず確認したクラス割で、私は4組だった。勇一郎も4組だったのは嬉しさを通り越して変な声が出そうになった。中学の時は一緒のクラスになったことが無かったので、これだけで高校に着てよかったとさえ思えた。

 そんな幸運と、決意を持って入学した私には、中学と然程変わらないはずの学び舎も何故だか新鮮だった。HR開始まで少々時間があったこともあり、勇一郎と見て回っていると、教室に付いた時分には直ぐHRが始まってしまった。先生から今日のタイムテーブルが簡単に説明され、入学式のため直ぐに体育館へと移動する。


 着席して隣の子とちょっと話をしていたら、入学式は直ぐに始まった。


 そこから先は、まぁ想像通りというか有り難いお話の連続だった。話は聞いていたが、ここにきて昨夜の寝つきの悪さが原因か、どうしても襲い来る睡魔に勝てず舟を漕ぎかけていた意識は、壇上に上がろうとする人を見て一気に覚醒した。



 (千鶴子姉さん…)



 壇上に上がったのは、私の姉。


 東条千鶴子。


 腰まで伸びた癖の無い綺麗な黒髪。切れ長の瞳に鼻筋の通った顔立ち。スラリとしているけど、出るところは出て引っ込むところは引っ込んだその体躯は、制服の上からでもはっきり分かる。妬ましい。学校指定の制服はスカートは丈がちょっと長めタイプで、私みたいな身長が低い人には野暮ったい事この上ない。だけど姉さんは身長がなんと170ちょっとあるから、全然野暮ったくない。きっと無調整で膝上に違いない。スカートから伸びる足だって、ふくらはぎも細くて足首がきゅっとした美脚。さち枝お祖母ちゃんに習っていた薙刀の成果か、前を真っ直ぐ見据えて歩く姿も、一分の隙も無く綺麗だ。

 何処をとっても私とは正反対で、特に高校生になってからは成長著しく、私とは違う女性らしさを体のそこかしこに詰め込んだ姉さんは、私とは全然違う「大人の女性」となっていた。正直羨まし過ぎる。

 こうして違う場でその姿を見ると、それを改めて思ってしまう。

 誇らしい気持ちは確かにあるのだが、それよりも大きいのはやっぱり姉さんは他の人と何か「違っている」という気持ちだ。

 なんていうか、見えているものが違うような気がするのだ。2歳しか歳は違わないはずなのに、一体どこで差が…やはり胸なんだろうか?それともお尻なんだろうか…うぬぬ。


 非常にどうでも良い思案に耽りながらも壇上に上がり深くお辞儀をした姉さんを目で追っていると、館内を見回す姉さんと目が合った。


(うわぁ……)


 瞬間、溜め息が思わず出そうになった。だって、壇上の姉さんは喜色満面の笑みを浮かべていたからだ。


 何が姉さんにあったのかは分からないけど、あんなにも嬉しそうに、柔らかい笑みを浮かべる姉さんを見たのは初めてだと思う。もし自分が男なら、勘違いを起こしそうな自信がある。


「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。ならびに保護者のみなさま、誠におめでとうございます。謹んでお祝い申し上げます」


 透き通った声が館内に響く。


「高校受験という難関を乗り越え、冬桜大学付属高等学校の生徒となったみなさんの中には、自分の力で人生の進路を決めたのは初めてという人も多いのではないでしょうか。不安もあるかとは思いますが、みなさんが冬桜大学付属高等学校で、充実した3年間を過ごせるように祈っております」


 手元にあるだろう原稿に目を落とすことなく、確りと私たちを見ながら話しかけてくる姉さん。お決まりのテンプレート文であるのだろうけど、自分の姉が読んでいるというだけで違って聞こえるのは身内贔屓だろうか。それでも自分で感じたのとは又違う、この高校に入学したと言う実感が心の内に湧き上がる。


「さて、皆さん」


 一度言葉を切り、私たちに呼びかけた姉さんの顔は、先ほどより更に上気した笑みを浮かべていた。


「皆さんはこれから何に力を注がれますか?学業向上でしょうか?部活動でしょうか?それとも、委員会活動?生徒会活動?もっと先を見据えて資格取得のための勉強、でしょうか?高校生という時間は、判断力、精神力、行動力が最も充実していく時期です。ですが、その時期は、3年という時間はとても短いのです。その短い時間の中で無為に過ごすのも、有意に過ごすのも皆さん次第ですが、私は皆さんに有意義な学園生活を送って欲しいのです」


 一人一人へ諭すように、それで居て励ますように私達へ語りかけてくる。


「この冬桜大学付属高等学校には、そう過ごすために必要なものが揃っています。それは日々の授業、学校施設、学内行事。そして授業の合間の休憩や、放課後。学校に在るあらゆる物は、皆さんが有意義に過ごせるために存在します」


 ゆっくりと語る姉さんの顔はいつの間にか笑みから真剣なものへと変わっていた。


「ですが、一人では難しい場合も多々経験すると思います。そんな時は先生方、そして2年、3年の先輩方を遠慮なく頼ってください。先生方は厳しくも優しく丁寧に導いてくださいます。先輩方は、きっと一緒に事に当たってくれるでしょう。そうして得た経験は、お互いの成長の糧となり、皆さん一人一人だけの、掛け替えのないものとなる筈です。だから、一緒に思い出を沢山作りましょう。そのために皆さんが一日も早くこの学校に慣れるよう、在校生一同、応援しています」


 そうして私たちの顔を確認するようにゆっくりと見回すと、満足したような笑みを改めて浮かべ、姉さんは挨拶を締めくくった。


「以上を持ちまして私からの歓迎の言葉とさせて頂きます」


 時間としてはたった数分程度。皆にとってはただの挨拶なのだろうけど、私にとっては今までの校長や来賓の人たちの挨拶よりも胸に残った。


 だって今の挨拶は歓迎の挨拶じゃない。


 『挑戦状』だ。


 何でも出来る環境はあれど、そこで何かを成せるのは自分次第で、着いて来れないなら置いて行くと言い切ったのだ。挑戦状以外の何物でもない。


 やはり姉さんは変わった。昔から大人びていた姉さんだったけど、高校生になって『何か』を見つけた境に『大人』になったのだ。



 (…いつかきっと、あの姉さんと一緒に歩くんだ)



 高校受験という一つのハードルを越えた次のハードルは極めて高い。


 だけど、越えなくてはならない。越えなくちゃいけない。


 挨拶を終え壇上から下がる姉さんを見つめながら、私は闘志を一人静かに燃やしてた。





 歓迎の挨拶を読み終え『ここまで来た』という感慨に浸りながら、自分の席に戻った。


 『一緒に楽しい高校生活を送ろうね』と想いを込めた挨拶は一分の隙もなく完璧に決まった。


 転生して両親が死んで、また前の自分と同じ人生を送るのかと一時は暗鬱な気分になったが、今はそんな気持ちは一片たりとも私の中には存在しない。


 私にも友達が居て、最愛の妹が一緒の学び屋に通う。その学校は私一人の力ではないが、手ずから整えた環境だ。きっと人生で一番輝く、さなちゃんと楽しい思い出を一杯つくるれる1年となるのだ。高笑いの一つでも出ようと言うものである。

 確かに未だ入学したばかりで、色々なことがこれからあるのだから楽観視は良くないと分かっている。でも必ず良い結果を生み出すと私は信じている。


 ちょっと先走り過ぎな感は否めないが、もはや私は勝ったも同然だ。


 思えばあっという間だった。


 少し前までは私の事を『ちぃ姉、ちぃ姉』と呼んで何時でも後ろを付いてきたものだが、中学生になって変わった。特に変化が目覚しかったのは、さち枝お祖母ちゃんが亡くなってからだ。私の事を姉さんと呼ぶようになり、あまり私にベタベタしなくなった。別に私の事を嫌ってとかそういうのではなく、さなちゃんなりに想う事があったのだろう。


 多分今がさなちゃんにとって人生最初の大きな『節目』なのだ。


 そんな大切な時期を一緒の学校で過ごせる。変わって行く妹の姿を間近で見ながら、私は卒業する。私でさえ変れたのだ。さなちゃんが変れないはずがない。1年後、きっと私は満足した笑みを浮かべて学校を後にできるはずだ。

 ちなみに卒業後の進路は県外の大学のつもりだ。なぜかって?それは野暮な質問と言うものでしょう。


 なんたって最愛の妹と『勇』が一緒だからだ。


 『勇』はお隣さんの2つ年下の男の子だ。

 フルネーム、生方勇一郎。

 さなちゃんのお婿さん(確定)。飯綱の家で暮らすようになってから出来た、私とさなちゃんにとって初めての心許せる友人である。守ることばかりを考えて受身になっていた私では癒せなかったさなちゃんの心の傷を瞬く間に癒してしまったイケメンだ。ただの優男だったらさなちゃんに近づくことすら許さないのだが、腕も立つし勉強だって出来る文句なしの有料物件である。

 それにさなちゃんが勇の事を好きなのは知っている。前々から怪しいなぁと思っていたのだが、少し前に「姉さんは勇の事、どう思う?」と質問してきたのだ。これってつまり婚前の両親に紹介するってイベントですね。姉さん、分かります。勇ならば家族となっても問題ない。だから恥ずかしそうに顔を赤らめながら聞いてくるさなちゃんに、私は微笑ましさを覚えつつこう答えたのだ。

「勇は半分家族のようなものだ」と。

 それに勇もさなちゃんの事が好きだから問題ない。昔から何か事あるごとに「早苗の事は任せてください」と遊びに連れ出したり、一緒に勉強したりしている。さなちゃんに気に入られようと必死なの丸分かりである。

 私としては、もう既に家族認定してしまっているのだから、大手を振って付き合えばいいのにと思うのだが、今のところは前と同じだ。さなちゃんは恥ずかしがり屋だから、まぁ仕方ないか。


 さらに勇がさなちゃん好きことが良く分かるエピソードを一つ。


 小学校の頃に3人でテレビを見ていた時の事だ。

 その日はさち枝お祖母ちゃんが町内会議で家を空け、勇のご家庭は両親がお仕事で遅くなるので、飯綱家で早めの晩御飯を取っていた。

 夕飯も終わり3人でまったりと過ごすのは今でも時々ある。そのときも今と変わらず、3人で何となくテレビを見ていた。画面に映し出されていたのは、中世ヨーロッパらしき世界を舞台にした、囚われの姫を男騎士が救うという在り来たりな映画だった。内容も艱難辛苦を乗り越え騎士は見事姫を救い出し、結ばれてハッピーエンドとお定まりではあった。

 映画を見終えたさなちゃんが「お姫様を救う騎士様って凄くカッコいいよね」と言ったのだ。まぁ確かにその手に対して憧れを持っていた時期も前の自分にはあったし、演じていた俳優もかっこよかったので同意したのだが、勇は何か考え込んでいた。

 そしてその1週間後、剣道道場に通い始めた勇を見たときは『安直過ぎんだろ、お前…』と驚きを通り越して呆れを隠せなかった。何となく「またまた、ご冗談を」とか言う猫が頭に思い浮かんだのはさておきだけど、きっかけは明らかにさなちゃんの「騎士様カッコいい」である。

 で、ここでへこたれて辞めていたら私も勇の事を認めなかっただろうが、馬鹿の一念岩をも通す?正しくは虚仮だけど、勇は諦めなかった。

 そうして辞めることなく頑張り通した結果、全国大会に出場できるまでになったのだ。そうまで出来るのだから、その想いは本物だろう。中学の頃には私も弁当の差し入れや試合応援に行ったりとしたものだ。


 まぁ小学校の頃からの付き合いで一緒にお風呂に入ると言うイベントまでこなしているのだ。何を今更というやつである。

 確かに結婚するとなると一抹の寂しさは拭えないだろう。しかし妹の幸せを願うのは姉として当然の事だ。かといって無責任な不純異性交遊などは認めませんけどね!

 でも、あの二人ならば軽率な事はしないはずだ。


 全てが順調で気分が高揚していたからか、入学式と言う雰囲気に中てられたのか、今だけは何となく私を転生させた気まぐれな神様に感謝してみてもいい気がした。



「冬桜大学付属高等学校、校歌斉唱」



 ――ありがとう、神様。そして……



 体育館に響く校歌を聞きながら、私は願わずにはいられなかった。



 どうか1年後、私が思い描く未来が描けて居ますように、と。


挿絵(By みてみん)

神『だが断る』


2013/2/25

一部誤字脱字など修正。サブタイトルを文中表記から変更。

2013/9/29 誤字修正

2013/10/14 挿絵追加

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