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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
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第10話:ケルディラ王国の壁

 デル・レイ王国国王アルベルド・エルナデスは、ある男を目の前にしていた。


 50歳を僅かに過ぎたほどか。多くの皺が深く顔を刻んでいた。赤い頭髪を後ろに綺麗に撫でつけ髪一本の乱れず、男の服装、立ち振る舞いは一国の王を前にして非の打ち所が無い。ただしその眼光と言葉を抜きにすればだ。


「そのような、デル・レイ王国にばかりに利のある話。お受けする訳には参りませんな」


 男は冷たい口調を発しアルベルドに鋭い目を向けた。


 アルベルドは謁見の間で玉座に身を預け、ケルディラ大使の視線を平然と受け止める。とはいえ、アルベルドと大使の2人だけではない。王の左右に数人の文官、武官が並び、大使の斜め後ろには補佐役の副大使が控える。情報が漏れるのを警戒し、特に信用できる者だけを厳選した。


 アルベルドは、ケルディラ王国から呼び寄せた老外交官に言葉巧みにランリエルの脅威を植えつけた。その恐怖がケルディラ国王にも伝わり、その後さらに数度の使者が両国を行きかい、デル・レイ王国と連携してランリエルと当たる事になったのだ。そして話は次の段階に進み、作戦、両国の役割について、改めて全権を委任された大使を招き交渉しているのだ。


「ゴルドロフ殿。そうは言うが、これは今回の作戦には必要なのだ。受けて貰わねば作戦が成り立たぬ」


 大使の物言いを不快に思いながらも、アルベルドは忍耐力を発揮した。ここで相手を不要に怒らせてもさらに利を失うだけだ。もっとも大使にはそれが通じているとは言い難い。


「しかし、もし事が露見した時には我が国だけが矢面に立つ事になります。そのような危険なご提案。とても受けられるものではありませぬ」

 と、大使は微塵も矛先を収める気配がなく、アルベルドは内心舌打ちした。


 その提案とは、コスティラ西部の領主達の扱いについてだった。


 作戦では、まずランリエルに対しケルディラが宣戦布告。そしてケルディラ一国が相手と侮り最大戦力で出陣しないであろうランリエル軍に対し、デル・レイも参戦。さらにランリエル軍の背後をコスティラ西部の領主達が封鎖するというものだ。


 アルベルドは、すでにコスティラ西部領主達に渡りを付ける事には成功しているが、まだ具体的な話はしていない。こちらの身分すらはっきりとはさせず、ただランリエルの暴虐に自国の平和が脅かされるのではと危惧する、ある王家からの使いとだけ言ってある。


 西部領主達は、ありえる話という事と、これはその時の為の準備金です、と渡された多額の金銭によって話を信じているのだ。金を貰ったから信じるというのも軽薄な話だが、確かにそれは一国の王でもなければおいそれとは出せぬだけの額だった。


 そしてアルベルドは、そのはっきりとさせぬ国名をデル・レイ王国ではなく、ケルディラ王国であると領主達に名乗ろうと提案したのだ。ランリエルとの間にケルディラを挟むデル・レイより、ケルディラからの提案とした方が西部領主達も安心するはずだ。もし事が発覚した場合、遠いデル・レイ王国からの援軍など期待出来ようもなく西部領主達も二の足を踏む。


 もっとも裏の理由としては、デル・レイは表には出ず、あくまでケルディラに助力するという立場を取りたいが為だった。自ら乱を起し戦うのと他に助力して戦うのでは人の目も変わってくる。さらに多くの国々を巻き込みその頂点に立とうと考えるアルベルドにしてみれば、一見些細に見えるこの提案も将来大きな意味を持つ。


「ゴルドロフ殿。露見すればというが、そもそも露見せぬ事が肝要ではないか。それを危惧しても始まるまい」

「いえ。物事とは最悪を考えて行動するもの。成功すると前提の作戦など児戯にも等しゅう御座いましょう」


 じじいが! アルベルドは激しかけ、かろうじて耐えた。それでも視線が鋭くなるのはやむを得ない。この作戦はアルベルドが立てたものだ。それを児戯と呼ぶとは不敬と言っても生ぬるい。しかもゴルドロフの論は一見まともにも感じるが、実際その言い分は無茶である。環境として最悪を想定するのは良いが、作戦が成功しないなどと前提にすれば、どんな策も実行しようが無いではないか。


 アルベルドは改めて大使に探る視線を向けた。死罪になってもおかしく無いほどの暴言を吐いたにもかかわらず落ち着いた態度を崩さず、自分の言い分が無茶であると理解出来ないほど無能とも思えない。何か裏が有るのか。まず、それを知る必要がある。


「ゴルドロフ殿。お互い考えもあろうが、これでは話が進まん。今日はもう遅い。続きは日を改めようでは無いか」


 アルベルドはそう提案をし、ゴルドロフもさすがにそれには逆らわず素直に応じた。事実既に日は沈み月が天高く昇っているのだ。次の会談は3日後と決まった。



 アルベルドは執務室に戻り部下のコルネートを呼び寄せた。今では二ヶ国宰相の異名を取るベルトラムへの使者を務めた男だ。アルベルドがまだ皇国で皇子と呼ばれていた頃からの配下で、もっとも信頼する部下の1人だった。とはいえ、主人が皇位を望んでいる事までは知らない。


 コルネートがそれを知った時、自分に着いてこれるか。否か。もし着いてこれなければ、始末する事も考えねばならん。アルベルドは密かにそう考えていた。


 アルベルドはその男を前に自分1人椅子に座り、今日の会談について、問いかけとも、独り言とも取れる言葉を吐いた。


「あの爺は、まったく何を考えているのか」


 作戦の詳細を打ち合わせる為に派遣されてきたにもかかわらず、まったく話が進まないのだ。事ある毎に、それではケルディラの不利益になる。と要求を突っぱねる。


「ランリエルは強大です。自国だけが矢面に立つのはやはり避けたいのでしょう」


 独り言の可能性もあるアルベルドの言葉を、コルネートは律儀に受け取り答えた。万一独り言ではなく問いかけだった場合、王を無視したと不敬になってしまう。


「それは分からんでも無いが、これでは交渉が一向に進まん」

「それはそうですが、もっと強く出る事は出来ないのですか?」


 その言葉に、アルベルドは椅子に大きく身をも持たれかけさせ目を瞑り溜息を付いた。


「それが出来ればそうしている。どうも奴は、こちらが強引に出ても意見を曲げぬ気がするのだ」


 その結果アルベルドが矛を収めれば、王が一外交官に屈したと見られるし、強引に言い続ければ、最後には不敬だとゴルドロフを処罰するしかなくなる。そうなればケルディラ王国との関係も悪化し作戦どころではないのだ。


「もしかして奴は、どうせ自分が罰せられる事は無いと高を括っているのか」

「ですがそうなると、彼の言い分を飲むしかなくなります。それはそれで作戦が成り立たなくなるのではないですか?」

「ああ。不可能とまでは言わぬが、かなり面倒な事にはなりそうだ」

「そうですか……」

「止むを得まい。次の会談は3日後だ。それまでに奴の情報を集めろ。何か弱みを握れれば、そこから手が打てるかも知れん」

「は。かしこまりました。では、早速」


 コルネートは時間を惜しみ、すぐに取り掛かろうと扉へと身体を向けたが、その背にアルベルドが声を掛ける。


「一応あの爺に女を送り込んでおけ。どうせ引っかからんだろうが、念の為だ」


 コルネートは、踵を返しもう一度、かしこまりました。と一礼した後、今度こそ部屋から姿を消した。


 アルベルドは、目的の為にはどんな手段でも使う男だ。その点だけを見ればフィン・ディアスに近いが、ディアスとアルベルドとではその目的に大きな違いがあった。ディアスの目的はバルバール王国とその民を守る事だが、アルベルドの望みは己の覇道である。


 この大陸に戦乱を巻き起こす。その嵐を乗り切った先に覇道があるのだ。だが、自分がその嵐になってはいけない。嵐を起すのではなく、嵐を収める救世主として現れる。その立場を保つ方が他を味方に付けやすく敵を攻める名分にもなる。


 瞬く間に近隣を従え西進したランリエルは、その嵐になるかと思われた。しかしここ2年、ランリエルは鳴りを潜めている。そうなればアルベルドの野心も進む道を失う。居眠りをしている東方の獅子を叩き起こさなくてはならない。獣と遭遇した時、騒げば騒ぐほど獣の注意を引き、逃げれば逃げるほど追いかける。ケルディラ王国には精々騒ぎ立てて貰わなくてはならないのだ。


 勿論、皇帝の座も手中に収める。だがアルベルドの野望は、それだけに留まらず大陸制覇なのだ。いかな大皇国といえど強引な侵略は反発を招き、複数の王国による反皇国連合を組まれかねない。アルベルドは、反ランリエル連合を形成し、自分がその盟主となった上でさらに皇位にも就く。それを計画していた。


 1人になり、幾分頭も冷えケルディラ王国大使への怒りも随分薄れたが、まだ僅かに燻っている。その燻りを紛らわせる為アルベルドは寝室へと向かった。とはいえ己の寝室ではない。


 合図もせず扉を開けた。部屋の主は既に寝ているようだが構わず寝台≪ベッド≫へと向う。傍に立っても横たわる女性は目を覚まさず、静かに寝息を立てている。肌は白く丸みをおびた頬、僅かに尖った顎も形いい。その眠れる美女の寝具に手をかけ強引に剥ぎ取ると、優しい接吻ではなく乱暴によって目を覚ました眠れる美女は驚いた目をアルベルドに向けた。


「殿下。いきなりどうしたのです?」


 突然の夫の行為に、フレンシスの声は怯えを含んだ。そして身につけるのが、腰を締め付ける胴衣コルセットと薄い絹の寝間着ネグリジェだけなのに気付き羞恥に身を縮込ませた。薄い絹ごしに裸体を見られることよりも、就寝時にも胴衣を着けている事に、王妃の白い頬が羞恥に染まる。


 胴衣は腰を締め付け、腰周りを細くする補正下着とも言うべきものだ。当然、締め付ければ苦しく普通は寝る時までは身に着けない。その方が効果があるのも事実だが、それはよほど体形を気にしているという事であり、女性としては見られたくない姿である。王妃は太ってなどいないが、夫がどうして自分に冷たいのかと思い悩み、出来る限りの事はしようと寝る時まで胴衣を着けていた。


「よく寝る時にまで、そんな物を着けているものだな」

 夫の嘲笑にフレンシスの身体が羞恥に更に赤くなる。


 王妃の心など微塵も理解しないアルベルドは、薄い布越しに見える豊かな乳房や細い手脚に値踏みするような視線を向け王妃の羞恥心を煽る。


「あの……。何か御用でしょうか」

 恥ずかしさに耐え切れず王妃が口を開くと、夫は更に王妃に近づき覆いかぶさった。


 冷え切った夫婦ではあるが、夜の営みだけで考えれば実はそう少ない数ではない。今日のようにいきなりやってくるのは稀だが、王は頻繁に王妃を抱いていた。しかしそれは、王妃が望むものとはまったく別のものだった。


 王妃は、夫と愛し合う事を望んでいる。それは決してこのようなものではない。夫が妻を抱くという行為は、もっとお互いを慈しみ、心が満たされるものではないのか。それなのに夫は己の欲望を満たす為にのみ王妃を抱いていた。


 にもかかわらず、王妃は夫の背中に手を回した。少しでも、自分の心を夫に分かって欲しかった。もっと触れ合えば、心も通じるのではないか。夫の身体は人とは思えぬほどに冷たい。その冷たい肌を自分の体温で暖めれば、夫の心も温かくなってくれるのではないか。そう願い夫の背をさするようにさらに手を伸ばす。


 夫は、内外に毅然たる態度を取りながらも配慮を忘れず名君の称号を得ている。それなのに自分にだけは冷たい態度をとる。どうして自分だけなのか。冷たい身体と心を持つ夫に貫かれながら、王妃はその事を考えていた。

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