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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第6話:兜の花嫁(1)

 アリシア・バオリスは16歳の時に、下級貴族であり騎士の称号を持つリヴァル・オルカの生家へと引き取られた。


 両親が流行病にて相次いで無くなり、遠縁を頼ってオルカ家にやって来たのだ。


 本来なら孤児となった娘を引き取って世話してやるほどの縁は、バオリス家とオルカ家には無かったが、この時オルカ家の長男のリヴァルは18歳で「息子の嫁にちょうど良いだろう」という思惑もあってオルカ家は彼女を引き取ったのだった。


 もっとも彼女自身にはそんな気はさらさら無い。面倒を見てくれるのには感謝するが、さすがに嫁になって生涯をかけるほどの恩とは思えない。だが1人で暮らす生活力を身に付けるまではと、決意を胸に秘め猫をかぶっていた。


「アリシア・バオリスです。よろしくお願い致します」


 オルカ家についたアリシアがにこやかに挨拶をすると、将来の夫になると計画されている青年は大きな身体の上の乗る無骨な顔を真っ赤にし、どもりながら「リヴァルだ」と名乗った。


 他愛も無い奴。それが夫となる予定の男への第一印象だった。


 猫をかぶった彼女は、リヴァルの両親から言いつけられた家事をそつ無くこなし「良い妻になるだろう」とリヴァルの母からお褒めの言葉を頂いた。アリシアは内心馬鹿馬鹿しいと思いながらも

「私などにリヴァル様の妻など勿体無いですわ」と、にこやかに謙遜して見せた。


 ここでリヴァルの両親が

「確かにその通りだ。では息子にはもっと相応しい相手を探そう」と言ってくれれば万々歳なのだが、残念ながらそうは成らなず、下級貴族の未来の妻の名前は変更されなかった。


 もっとも、では初めから言いつけられた家事をわざと失敗し続ければ、息子の嫁にしようなどと言う気も無くなったかも知れない。しかし義理堅いアリシアは、まがりなりにも衣食の世話になっているのだからと、さすがに手を抜く気にはなれなかったのだ。


 その一方、いずれオルカ家を出た時に職を手にする為、自分の両親が健在の時には敬遠していた裁縫なども積極的に学んだ。


 リヴァルはと言えば、彼女に一目惚れし夢中になっていた。


 当時、彼はすでに軍隊に入隊しており、家に帰るのは数ヶ月に一度といった具合だった。そのたびに熱心にアリシアに話しかけたのだが、その話す内容と言えば、彼女を褒め称える言葉でもなく、気の聞いた口説き文句でもない。自分の軍隊生活を一生懸命に話すのだ。


 猫をかぶっていた彼女はにこやかにその話を聞いていたが、内心リヴァルを馬鹿にしていた。


 怖い上官が馬に乗っている時、突然飛び出した鳥に馬が驚いて暴走し、その上官が田んぼに落ちて泥だらけになった。という話を私にしてどうしようというのだろう? 不思議でならなかったが、猫をかぶる彼女は仕方なく笑って見せた。


 彼女が笑った事に気を良くしたリヴァルは、さらに熱心に「軍隊での笑い話」を聞かせ、彼女をうんざりとさせたのだった。


 そしてアリシアが18歳、リヴァルが20歳の時、リヴァルは彼女に求婚した。


 自分こそが20歳になればオルカ家を飛び出そうと考えていたアリシアは、まだ時期が早いのではないかと返答を濁したがリヴァルの決心は変わらない。


「剣術の大会で優勝すれば、お前に求婚しようと決めていたんだ!」


 ああ、そう言えばこう見えて結構強いんだっけ? とアリシアは思ったが、そうは言われてもこちらにも都合がある。


 のらりくらりと返答をかわそうとしたが、やはりリヴァルの意思は変わらない。そしてその熱意に彼女の心も動いた。勿論、結婚を承諾する方へと心が動いたわけではない。


「申し訳ありません、リヴァル様。私はあなたと結婚する気はないのです。私は20歳に成ればこの家を出る積もりです」


 自分を想う彼の気持ちに心苦しくなり、計画を正直に打ち明けたのだ。そしてこの先の苦労を考えて気が沈んだ。20歳で家を出る積もりだったが2年早まる。今家を追い出されて生活できるだろうか? だが、その言葉に愕然としながら問いかけるリヴァルに、アリシアは改めて考え込んだ。


「そんなに俺が嫌いなのか?」


 この言葉にアリシアは、あれ? と首を傾げた。引き取ってやったのだから嫁になれというのが気に食わないのであって、改めて彼が嫌いかと聞かれれば、嫌いな訳ではないのに気付いた。もっとも、軍隊の話ばかりするリヴァルを好いているかと言えばそうでもない。


 結婚相手として考えた事がなかった。と言うのが正直なところだった。


「リヴァル様が嫌いな訳ではありません。ですが、引き取って貰ったから嫁になるというのが嫌なのです」


 この返答にリヴァルは

「分かった」と一言言うと、その後は口を噤んだ。


 結局、彼の口から両親にアリシアに結婚する意思はないという事は漏れず、無事20歳までオルカ家で生活をする事が出来たのだった。


 20歳になり置手紙を残しオルカ家を出たアリシアは、町に出て僅かばかりに蓄えたお金で部屋を借り裁縫の仕事を探した。賃金は安かったが1人で暮らすには何とかやっていけた。そして1年も過ぎ彼女が21歳になった時、どうやって探し当てたのか部屋にリヴァルが訪れた。


 せっかく逃げ遂せたと考えていたのに居場所を探り当てられてしまった。こうなっては追い返しても仕方が無いと、部屋の半分をベッドが占める小さな部屋に彼を招き入れた。


 彼の巨体に壊れないかと心配しながら、椅子に座るように薦め自分も対面に座った。予想通りリヴァルが座る椅子はギシギシと悲鳴を上る。


「何の用件で来たのですか?」

 他に問いようが無く聞くと、無骨な顔を持つ青年は緊張した顔で

「俺と結婚して欲しい」

 そう答えた。


「どうして、今更そんな事を言うのですか?」


 自分を諦め切れなかったのなら、あの時に強引に手に入れる事も出来ただろう。


 彼女はオルカ家の世話になっていたのだ。田舎の事もあり住民達は人情に篤く、その分不義理には厳しい。

「アリシアが恩知らずにも逃げようとしている」と言って回れば、近所の住民すべてから監視され、逃げる事も叶わず、強引に結婚を強行する事も難しくなかったはずだ。


「お前は、俺の家に世話になっているからという理由で俺と結婚する。というのが嫌だったんだろ? だからお前が家を出るのを待っていたんだ」


 あ。こいつ馬鹿だ。アリシアは瞬時にそう思った。確かに世話になっているからと言って結婚するのは嫌だとは言ったし、嫌いでは無いとも言った。だが好きと言った訳では断じてない。


 それをこの男は何を勘違いしたのか、2年間も彼女が独立するのを待ち続け、さらに1年かけて彼女を探し当てたという。


 そしてアリシアは、自分は男の趣味が悪いらしいという事を発見した。彼女はこの夜、自分の為に3年間掛けたという馬鹿な男を迎え入れたのだ。


 もっともたまたま自分の男の趣味が悪かったから良かったものの、これがまともな趣味の女だったらリヴァルは勘違いするなと言われて部屋から追い出され、ただの道化となっていただろう。そう思ったが、優しい彼女はリヴァルに言わないでおいてあげた。

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