エピローグ:サルヴァ・アルディナ
「おかえりなさいませ、殿下」
後宮の中庭で、約束通り生きて帰ってきたサルヴァ王子を、アリシアは笑顔で出迎えた。
空前の大勝利。貴族、民衆。すべての国民がサルヴァ王子を、そう持てはやしていた。
バルバールというランリエルの半分の国力しかない小国を攻め、苦戦していたかと思ったら、そのバルバールを従え、さらにランリエルに匹敵する大国であるコスティラをも征服したのだ。
他にどのように言い現わせば良いのか。無類の軍功だろうか。破格の侵攻だろうか。
尤もアリシアにはそれはどうでもよい事だった。王子が生きて帰ってきた。この事の方がはるかに大事だった。それゆえ戦勝の祝いの言葉も
「そう言えば、戦いには勝ったそうで、おめでとうございます」
と、余りにもお座なりなものだったのである。
そしてサルヴァ王子は、その言葉に不満げな声を漏らした。言い方にではない。その内容についてだった。
今まで多くの者から、いや、顔を合わせ言葉を交わしたすべての者から戦勝の言葉を贈られていた。それに対しては、無難な言葉を返すだけだったのだが、アリシアを前に遂に爆発した。
「何が勝利か! すべてフィン・ディアスの! バルバール軍総司令の思惑通りに事が運んだのだぞ! 勝ったのは奴だ! 私は負けたのだ!」
「はぁ……。負けたの……ですか?」
「そうだ」
意外な王子の言葉に目を丸くしているアリシアと、憮然とする王子はしばらく見つめ合っていた。
不意に、アリシアは笑い始めた。
「そうですか。負けましたか」
そう言いながら口元を手で隠し、眼には涙まで浮かべ笑い続ける。
「何が可笑しいか!」
自分が言いだした事とはいえ、さすがにここまで笑われては気分を害す。サルヴァ王子は怒鳴ったが、アリシアの笑いは収まらない。
「でも……負けたのでしょ?」
「いい加減しろ!」
怒声を発する王子に対し、アリシアは笑い続けた。自分でも笑い過ぎだとは思うのだが、どうにも止まらなかった。アリシアは嬉しかったのである。この人は負ける事が出来るようになった。そう思い、とても嬉しかったのだ。
不機嫌な顔のサルヴァ王子を前に、アリシアは笑い続けた。
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