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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第49話:戦いのはて

 コスティラ王国は、心の奥底に沈んだ憎悪の念はともかく表面的には戦乱は収まった。

 ランリエルに捕らわれていた王弟ロジオンが帰国するとそのまま王座に就いた。それだけならばランリエルに担がれた偽王めと、諸侯も対抗しようものだが、その後その偽王の呼びかけに真の国王足るべきマクシーム王がランリエルに投降してしまったのだ。ロジオンの王位は、マクシーム王も承認するものとなったのである。


 それにはコスティラ遠征軍参謀のイリューシンが大きく関わっていた。


 参謀が全ての責任をかぶって死を望み自分を助けようとした事を知り、傲慢な王弟もさすがに信頼を置くようになっていたのだ。


 その信頼する腹心は新国王ロジオンにこう進言した。

「今はランリエルに抵抗しても無駄です。とてもではありませんが、かないません。それに今はまだランリエルには2万の我が軍将兵が捕虜となったまま。ランリエルに敵対しては彼らは帰国できません。ランリエルにしてみれば敵に軍勢を補充してやるようなものなのですから。ランリエルに対抗するならば、今は従順を装い2万の捕虜を取り返してからです」


 新国王はこの言葉に素直に頷いた。そして身を隠していた兄王とも連絡を取り、身の安全を保障し投降するように呼びかけたのだ。


 前国王が承認してしまっては、ロジオンは紛れも無くコスティラの新国王であり、諸侯はそれに従わざるを得ない。諸侯は攻城戦の傷跡が残る王城に出仕し新国王に拝謁した。


「戦いを長引かせればそれだけ国力は疲弊する。今は国土の復興が先決。みなの力を借りたい」

 謁見の間、諸侯を前にしての新国王の言葉に居並ぶ群臣達は目を見張った。王座に就けなかった運命を呪い、人を人とも思わない傲慢な王弟。それがロジオンに対する周囲の評価だった。その傲慢な態度がなりを潜めている。


 それでも、この台詞もどうせランリエルから言えと命ぜられたのだ。所詮傀儡政権のお飾りの国王なのだ。そう考える者も多い。新国王はそれらの者達に個別に面会したのだった。


「私が率いた将兵達がランリエルに捕らわれのままだ。彼らを取り返すには今はランリエルに従うしかない。コスティラの真の復興は、その時から始まるのだ」

 臣下の手を取る新国王に、諸侯は確かに王弟殿下は、いや国王陛下は生まれ変わられた。そう考え、協力を誓ったのである。コスティラを復興しようとするロジオン、それを統治しようとするサルヴァ王子。これもまた1つの戦いだった。


 王子とて、コスティラがそう簡単に従うはずは無い。それは分かっている。現在の従順も表面的な事。それも当然だった。サルヴァ王子はコスティラの統治に、まずカルデイ帝国と同じ政策を取った。


「軍勢を大幅に削減し、その分の軍事費はランリエルに収めよ。その代わりコスティラの国土はランリエル軍によって守られるだろう。民衆に対しての増税も禁じる」

 この布告によりコスティラ王国の軍勢は大きくその数を減らす事になった。軍備を整えるにはランリエルに隠れ密かに財源を探さなくてはならないが、当然極秘裏に増税など出来るものではない。そのような事をすれば、たちまち民衆からランリエルへと訴えられる。


 国土が征服されれば奴隷のような生活が待っている。そう考え怯えていた民衆にとって、増税を禁じるという布告は予想外だった。生活が以前と変わらない。いや、下手にランリエルに対抗しようとすれば生活は苦しくなる。民衆からの支持。その統治を永続的なものとするには、それが必要なのである。


 そしてコスティラ国内に駐留させる軍事拠点の選定。それらは王国直轄の砦や城もあれば、地元領主の居城であったりもした。王国直轄の物を提供させるのは簡単だったが、地元領主からは反発も出た。サルヴァ王子はそれらを軍勢でもって包囲した。飴と鞭である。増税せぬなどの緩和政策を取るが、対抗するならば容赦しない。それを知らしめる為だった。


 事実、居城を囲まれた地元領主の多くは城攻めが始まる前に降服した。ランリエルが緩和政策を取っていた事で、不満を表せば通るのではないか。そう甘く考えた者がほとんどだったのだ。


 連合軍は、コスティラ王都ケウルーにある国王の別宅を臨時の軍部本営としていた。

 サルヴァ王子はコスティラ王国統治についてすべての指示を出し、後は結果報告を受けるのみ。


「終りましたね。殿下」

 執務室として使用している書斎で、副官のルキノが感慨深げに言った。サルヴァ王子も答えるように頷く。

 椅子から立ち上がり、窓の外を眺めた。王城と町並みを望む事が出来た。町にも人が帰ってきている。それは戦乱が終ったという事の印だった。


「ああ。終った」

 しばらくして今更のように王子が言った。ルキノはそれが自分に対しての言葉ではないと思った。確かにサルヴァ王子の中で、何かが終わりを告げたのだ。


 以前の王子が発していた燃えるような覇気。それが消えうせたかのようにルキノには感じられた。枯れた。燃え尽きた。と言うのではない。覇気の変わりに静かで、しかし遥かに熱いものを身に纏っていた。


 それらの処置を行ったサルヴァ王子は、過半の軍勢を率いランリエルへと帰国の途についた。


 カルデイ帝国軍、バルバール王国軍も同行する。ランリエルからコスティラまで、バルバール王国を横断する街道を10万を超える軍勢が進んだ。コスティラ王都を発し、20日以上をかけてバルバール王都近くにまで進んだ。ディアス率いるバルバール軍はここで王都に向かい、ランリエル、カルデイ帝国軍は王都に立ち寄らずそのまま直進するのだ。


 その道が分かれるというところで、三国の総司令は馬を並べた。道は北東と東に分かれている。北東に向かえばバルバール王都である。


 三将は馬上で立ち止まっている。言葉は交わさなかった。開戦からこのコスティラ征服まで、実に1年を超える歳月を戦ってきた。死力を尽くし戦い。お互い敗北を覚悟するまで追い詰め、追い詰められた。そして最後には共にコスティラ王国へと出兵したのだ。ディアスはサルヴァ王子にバルバール王国の未来を託し、王子はそれを受けた。万感の思いがある。だが口に出せば、ありふれた言葉になる。そんな気もする。


 共に戦ったディアスとサルヴァ王子。そしてディアスよりも先に王子に国の未来を託したギリス。言わずとも分かる。ならばかける言葉は不要だった。沈黙による会話がしばらく続いた。


「では」

 不意にディアスが馬首を北東に向け言った。発した言葉はそれだけだった。降服した先の総司令にして第一王子にかける別れの言葉にしては、礼儀にかなっているとは言いがたい。だがディアスにはそれ以上の言葉は無かった。口を開けば開くほど、思いが逃げる。そのように感じたのだ。


 サルヴァ王子はさらに徹底していた。口すら開かず小さく頷いただけだった。それにディアスも頷き返した。僅かに笑みが浮かんでいる。そしてギリスも小さく頷き、ディアスもギリスに目をむけ、再度小さく頷いた。


 バルバール軍が北東に進む様を、サルヴァ王子とギリスはしばらく見つめてた。先頭を行くディアスの姿が見えなくなると、王子は背後の軍勢へと改めて号令を発する。

「ランリエルへ」

 街道を埋め尽くした軍勢が行軍を再開した。日の光を反射する甲冑を着け進む軍勢は、さながら銀の川のようだった。

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