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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
74/443

第44話:決戦(5):来る者、逝く者(2)

 惜しいな。

 その時、ララディはそう思った。


 ランリエル軍一の突進力を誇る反面、退却戦は苦手。そう言われていた。しかし今、追撃するバルバール軍を討っては引き、引いては討つそのようは、臨機応変の対応に定評があるムウリ将軍もかくやと思われるほどだった。

 バルバール軍は追撃の速度を上げようとする度に、ララディ率いる殿しんがりにより出鼻を挫かれた。


 常の彼の戦いぶりを知っている者が見れば、ララディにこのような事が出来たのか、と目を見張っただろう。しかし一番驚いているのは、ララディ自身だった。


 自分は敵を一直線に打ち破り、臨機応変に動くのは同僚のムウリの仕事。そう思っていた。殿を務めるにあたって、必要だからやったのだ。それが出来た。


 自分も配下の者達も、ランリエル軍一の突進力を持つという評価に満足していた。それがこの極限状態の中、思いもよらぬ働きが出来た。ララディ自身が驚くほど、見事に。自分は、自分達はまだ強くなれた。


 惜しいな。とは、それを思ってのララディの素直な気持ちだった。もっと強くなれるはずの自分達は、今ここで、すべて死ぬのである。

 未練だと、頭を振りその思いを断ち切った。馬上槍を構えた虎将は、十数度目の突撃を開始した。



 度重なる突撃により消耗したララディの手勢は、数十にまでに数を減らしていた。その時初めて敵の猛将の姿を探した。


 残り数十では、もはや軍勢で持って敵を食い止める事は出来ない。ならば、先陣を駆ける敵の猛将に一騎打ちを挑むしかない。猛将の軍勢は、先陣を駆ける将が止まればその軍勢も止まる。無論それはララディの手勢も同じ事。互いに足を止めて打ち合えば多勢に無勢である。

 それゆえに、数十にまで討ち減らされるまで敵将との一騎打ちを避けていたのだ。


 猛将グレイスはすぐに見つかった。バルバール軍の先頭を駆けていた。無言で討ちかかる。ララディが繰りだした槍を、グレイスは無造作に戦棍で払いのけた。


「ランリエルの虎将ララディ! 一騎打ちを所望!」

 あえて自ら二つ名を称した。そして再度討ちかかり、グレイスはまた防いだ。


 敵からすれば追撃戦の最中である。尋常に名乗りを上げて一騎打ちを挑んでも、敵将は理性を発揮し、今は追撃が重要と断られる可能性がある。ララディはいきなり既成事実を作り上げたのだ。


「一騎打ちである! 他は手を出すな!」

 配下の者達に叫ばせた。その声に、バルバール騎士達も虎将と猛将を遠巻きにする。


「バルバールのグレイス! 受けて立つ!」

 グレイスが応えて吠えたが、その表情には苦々しいものが浮かぶ。無理やり一騎打ちの場に引きずり出された。その思いがある。味方の騎士にまで遠巻きにされては、断る事も出来ない。


 とっとと終わらせる。そう考えたのかグレイスが突進した。力任せに戦棍をララディに向けて振り下ろす。ララディは槍で綺麗に受け流し、取って返して隙だらけのグレイスの脇腹を襲った。


 グレイスはそのまま駆け抜け、30サイト(約26メートル)ほどの距離のところで馬首を返した。脇腹の傷は浅く、気にした風もない。


 猛将がまた駆けた。今度は下から戦棍をすくい上げる。虎将は再度受け流し、猛将の足を削った。そしてまた対峙。


 それが十合、二十合と続けられた。グレイスは全身傷だらけだが、みな浅い。

「これが虎将の牙か! ずいぶんとぬるいではないか。大国の虎とはずいぶん上品なものだな。このような甘咬みで、人が殺せると思うか!」


 グレイスの言葉に、ララディは思わず苦笑した。甘咬みとは、うまい事を言う。

 事実ララディは、グレイスが言うところの甘咬みをしていた。この一騎討ち、勝ったところで、敵将の配下の者達に取り囲まれ、すぐさま討ち取られる。そしてバルバール軍は、将を討たれた憎しみに、前にもまして猛追撃を開始するに違いない。

 追撃を遅らせる為には、一騎打ちを長引かせる必要があるのだ。


 さらに十合、打ちあった。もう十合。グレイスは満身創痍となっていた。一合一合気迫を込めて打ち合い、一騎打ちを始めてから、かなりの時間が経過している。全身傷だらけになりつつも、グレイスの気迫が衰えたようには見えない。


 そろそろか。そう思い虎将が駆けた。猛将の劣勢は明らかだ。これ以上続けては、敵将の配下の者が手を出してきかねない。そうなっては厄介だ。その前に、止めを刺すべきだ。


 突き進むララディに応え、グレイスも馬を奔らせ戦棍を振りかぶった。振り下ろし始める。間合いが遠い。こちらまで届かないはずだ。あの猛将が今更怯み、間合いを見誤ったとも思えない。ララディは訝しんだ。あまりの出血に目が眩んだか。


 だがララディの予想に反し、手負いの獣の戦棍は頭蓋を叩き割った。ララディの乗馬の。地面に投げ出されるララディの横を、戦棍を振り抜いたグレイスが駆け抜けた。

 重い甲冑を身に付け地面に身体を打ちつけたララディが、痛みに耐えながら身を起こすと、すでに馬の向きをかえこちらを見ているグレイスと目が合った。度重なるララディの甘咬みにより顔まで血だらけになっている猛将が、獰猛に笑みを浮べていた。見たか! 猛将は笑みでそう言っている。


 時間を稼ごうと、欲張り過ぎたか。いつでも倒せると、侮り過ぎたか。勝てる勝負を長引かせた挙句、後れを取るとは。苦笑するララディに、グレイスが駆けていく。


 だが……、十分時間は稼いだはずだ。殿下はかなり遠くにまで逃げる事が出来たはず。

 満足なものを含んだ苦笑を湛え、避けようともしない虎将の頭に、猛将の戦棍が振り下ろされた。



「随分と粘られたものだな……」

 先陣のグレイスが、ララディを討ち取り追撃を再開したという報告を受け、ディアスは呟いた。


 敵は引き、味方は追撃を開始している。勝ち戦ではある。しかし、サルヴァ王子の首を取らなければ敗北なのだ。体勢を立て直したランリエル軍の再度の侵攻に、バルバールは耐えられない。いや、自分はサルヴァ王子に勝てない。


 今回ここまで戦えたのは、海戦で勝利したからに過ぎない。次に戦う事があれば、ランリエルは海軍力をさらに増強させてくる。その時は、今回のようには行かない。


 軍艦をそろえるにも、その維持費というものがある。今回ランリエルは侵攻を急ぎ、バルバールが艦艇数を誤魔化した為、結果的に海軍戦力は互角となった。しかし、両国がその国力に見合った艦艇をそろえた場合、ランリエル海軍は、バルバール海軍のそれを大きく上回るのだ。


 敵が退却したと、喜んではいられない。追撃を行い王子を討ち取る必要があるのだ。それが出来なければ真の勝者ではない。


「先陣に続き、二陣、三陣も追撃を。全軍を挙げてランリエル軍を追うんだ」

「ですが、敵は森に挟まれた細い道を逃げています。全軍を投入しても軍勢がひしめき合うだけで、それほど効果があるとは思えません。それに万一そこを敵に襲われては、多くの被害が出る事も考えられます」


 幕僚の1人が難色を示したが、ディアスは追撃を強化させた。今は、被害を受ける可能性を考慮しても、軍勢を投入すべきなのだ。バルバール王国とその民を守る。それを考えた場合、バルバール軍4万の内、たとえ3万の軍勢を失ったとしても、サルヴァ王子を討つ事が重要だった。


 ディアスは、本陣の予備兵力すら投入したのである。ほとんどディアス家の一族とその兵士、従者だけとなったディアスの手勢は、追撃する部隊に遅れランリエル軍を追いかけていた。その後ろにはシルヴェンらが率いる後陣のみである。


「ディアス……将軍。シルヴェン将軍達の軍勢は追撃に向かわせなくて……よろしいのですか?」

 馬上進むディアスに、従者のケネスが懸命に駆け息を荒くし、途切れ途切れに問いかけてきた。そんなに苦しいのなら、喋らなくても良いのにとディアスは苦笑した。未来の名将を目指す少年としては、疑問に思った布陣は説明して欲しいところだ。


「一応言っておくが、私が個人的にシルヴェンと仲が悪いから、手柄を立てやすい追撃戦に彼らを参加させない訳じゃないよ。コスティラ軍に備える為さ」

「コスティラ軍にですか?」

「ああ。その通り」


 あまりの驚きに、走り疲れている事すら忘れたのか、ケネスは息を切らせず言った。

「でっですが、コスティラ軍は僕達の味方になったんですよね? それにどうして備える必要があるというんですか?」

「我が軍がサルヴァ王子を討ち取るのを邪魔する可能性があるからさ。彼らがある事に気付けばだけどね」

「ええ!? どっどうして、そんな事を! だって敵の総司令を討ち取れば大勝利じゃないですか? それを邪魔するだなんて」


「コスティラは、どうして味方をしてくれているんだい? まさか、今まで連年攻め寄せて来ておきながら、突然慈悲の心が芽生えたって訳じゃないのは、分かっているんだろ?」

「ええ。それは勿論……。僕達を助ける代わりに、国境の権利を主張しているんですよね?」


「ああ。その通り。今までコスティラは攻め寄せる度に、国境で我が軍に撃退されてきた。今回我が軍に手を貸す事により、それを手に入れる事が出来る。そして……コスティラの国力が回復すれば、我が国を占領しようと狙う事もありえる」

「え? でも、もしコスティラに攻められても、ディアス将軍がいらっしゃいます。たとえ国境を越えられてもそう簡単には負けないのでは……」


「ははは。それはお前の主観だろ? 問題はコスティラがどう思うかさ。彼らは今まで負けていたのは、険峻な国境の地形の所為。そう思っている者も多いはずさ。確かにそれもある。コスティラの全軍が国境を越えれば我が軍の2倍。私だって勝つのは難しい。お前の言うとおり、簡単に負けない積りではあるけどね。ともかくだ。彼らは国境を押さえる事が重要と考えている。その為には現在サルヴァ王子に死んで貰っては困るのさ」


 やっと本来の問題に到達したディアスとケネスだったが、ケネスにはやはり今までの話で、どうしてサルヴァ王子が生きていないと行けないのかが分からない。横を走りながらも首を傾げるケネスに、ディアスは説明を始めた。


「国境の権利を主張するにも、それを我が軍に実施させるだけの状況、あるいは力が必要なのさ。そして今、力で言えば、我が軍は4万。コスティラ軍は2万。実際、国境をコスティラの管理下に置くという約束を反故するのは簡単なんだ」

「え? そんな事をして良いんですか? いくらなんでも酷いんじゃ……」

「だから! 彼らがどう思うかさ」

 ディアスは思わずそう叫び苦笑する。自分のような将軍を目指すには、どうも未来の名将は素直すぎる。


「力で約束を履行させられないとなれば、状況でそれをなすしかない。つまり我々がコスティラと手を組み続けざるを得ない状況。それは、サルヴァ王子が生き続け、バルバールを狙い続けるって状況さ」


「なるほど……。それでコスティラ軍には、追撃戦にも参加させずに後方においているんですね」

「その通り。ランリエル軍は細い道を進んで逃げている。そこを我々が先んじて追撃すれば、コスティラ軍は後に続くしかない。万一彼らに追撃の先陣を取られたら、わざと王子を逃がす事も考えられる。勿論、彼らがそれに気付いていたらだけどね」


 やっと得心いったケネスだったが、走りながらの会話にやはり体力が持たなくなった。元々非力なのだから、当然といえば当然である。


「す……すみません。ディアス将軍先に行って……下さい」

 従者が使えるべき主人に付いて行けないなど言語道断なのだが、実際出来ないものは仕方が無い。さりとて従者が主人に、足を緩めて欲しいと求める訳にも行かない。


 ディアスとて、従者の足に合わせる為に行軍を遅らせる積もりは無い。

「あまり無理をせず追いかけて来なさい」

 と苦笑しながら、馬を進めた。


 その間にも、前線からは逐一報告が来ていた。

 敵の殿を片付けるのにかなりの時間を取られ、グレイス率いる先陣はまだランリエル軍の尻尾を掴み損ねていた。しかも追撃の速度も鈍っている。

 疲れている兵士達も敵を目の前にすれば、優勢な事もあり力を振り絞る。しかし敵の姿が見えぬ追撃に、気力が萎える兵士達が続出したのである。


 ランリエル軍の退路には、無傷の5千の味方が立ちはだかっている。そこに背後から1万ほどの軍勢で襲えば敵は壊滅する。追撃するバルバール軍の内1万が戦場に辿り着けば良い。

「我が軍の兵士達も不眠不休で疲れている者も多いが、追撃の手をその者達の足に合わせてはいられない。脱落する者はおいて、駆けられる者だけで追撃するんだ。二陣、三陣の者達も同じように」


 ディアスは、追撃部隊にそう指令を出した。

 サルヴァ王子を追うバルバール軍の隊列は乱れに乱れている。しかし整った隊列を組み整然と追撃した挙句、サルヴァ王子を取り逃がしては意味が無いのだ。今は兵法で言うところの『兵は拙速せつそくを尊ぶ』の状況なのである。


 ディアスがさらに進むと、道端に座り込むバルバール軍兵士を幾人も追い越した。それには目もくれずさらに馬を駆けさせる。


 トン、と、左側で音が鳴った気がした。その直後、左腕に焼けた鉄の棒が差し込まれたような激痛が走った。

 ジャリ、と、丸い兜を擦る金属音が聞こえた。ディアスが左に目をやると、無数の矢が飛来してくるのが見えた。

 左足、そして乗馬に矢が突き刺さった。馬が倒れ地面に投げ出されると、手足に突き刺さった矢が折れ、傷口が広がる。ディアス以外の者達もほとんど落馬していた。中にはすでに絶命している者もいる。


 ランリエルの援軍か? 矢傷の痛み。落馬し地面に打ち付けられた痛みに耐えながら、ディアスは思考を巡らせた。しかし海岸線からの援軍は打ち破り、王都には戦力の余裕はないはず。しかも海岸線から来るなら南から。王都からなら東か南東。だが、この軍勢は北に居るのだ。


 改めて北に目を向ける。見た事もない旗を掲げる軍勢。いや、ディアスには見覚えがある。だがその意匠は、旗としてではなく、資料として見た事があるのだ。間違いなかった。

 カルデイ帝国軍旗。

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