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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
68/443

第43話:決戦へ(1)

 その夜バルバール艦隊は、カルデイ帝国沖に点在する小さな島の1つに投錨していた。

 バルバール王国とカルデイ帝国との距離を考えれば、艦隊がその母港であるカルナ港まで一々戻る事など到底出来ない。


 バルバールから帝国沖まで航行した艦隊は、帝国海岸線の村を襲うと平行してこの島を確保し、兵士、船員を上陸させる施設の建設を行った。上陸作戦は奇襲を目的とする為速攻を必要とし、帝国攻撃の拠点確保も急務なのである。

 そして上陸作戦開始より一ヶ月経った今、帝国軍とはただの一度も矛を交えていない。


「帝国軍とは全然戦っていないですけど、帝国軍は本気で守る気は無いんですか?」

「本気で守る気があるから戦わないのさ」


 例によって総司令官の後ろに直立する従者が気軽に話しかけて来ると、総司令も気軽に応じた。


「でも、戦わないのにどうやって守ると言うんですか?」

「じゃあ聞くが、戦ったら守れる状況かい?」


 質問に質問で返された従者は頭を抱えた。そして必死に考えたが、確かに限られた兵力でどうやったら長大な海岸線を守れるか、ケネスには分からない。


 頭を抱えたまま答えぬケネスに、ディアスは人の悪い視線を投げかけた。

「守る為に戦うと言うのは、何も闇雲に戦う事じゃない。無駄な戦いを行って軍勢を損ない、いざここぞという時、戦う力を失っていては元も子もない。本気で守る気があるからこそ、現在の屈辱に耐え戦力を温存しているんだ」


 そしてそれを行っている帝国軍総司令官の力量に、さすがだ。と素直にディアスは思った。

 ランリエルを襲撃した時は近隣領主からの出撃もあり、そして海岸線防衛の軍勢とも戦った。だが帝国軍にはそれらは無く、よく統率されている。


 サルヴァ王子のような王族でなく、ディアス程の武門の名流でもない、帝国軍総司令エティエ・ギリスは、ギリス家に養子となった事による栄達があったとはいえ、己の力のみで総司令になったに等しい。

 軍勢を抑えるその力量は、相当なものらしい。だが、帝国軍がむやみに攻撃を仕掛けてこないのは都合が良い。


 帝国への攻撃は、あくまでもランリエルとの決戦への布石の一環。帝国軍と雌雄を決する気などさらさら無いのだ。


「なるほど……」

 ディアスの言葉に、ケネスも大きく頷いた。


 だがバルバール軍にも、問題が皆無という訳では無かった。

 コスティラやランリエルとは違い、バルバールを攻めてきた訳ではない帝国。しかも戦う力の無い民衆を攻撃するという事に、抵抗を覚える兵士は少なくなかったのだ。

 そのような者達を統率するのは総司令であるディアスではなく、各部隊を率いる仕官である。


「帝国からランリエルに資金が提供され、それで養われた軍勢で我が国は攻められているのだ! その帝国を叩く事は当然だ!」


 ディアスから言われた事をそのまま、士官達は兵士達に言い聞かせた。その言葉に多くの者は納得したが、それでも弱き民衆を攻める事の罪悪感に、涙を流しその非道を訴える者も居た。


「帝国が敵と言うのは私にも分かります。ですが、罪無き者達を攻めるなど私には出来ません! 帝国が敵と言うなら帝国軍と戦えばよいではないですか!」


 だが涙ながらに訴える兵士の頬を、仕官の平手打ちが襲った。殴られ床に這い蹲った兵士の襟首を掴み引き起こすと、唾がかかるほど顔を近づけて再度怒鳴る。


「貴様! 他の者達が平気で民衆を攻撃していると思うのか! 貴様と同じ事など皆が考えておる! だが、それでも祖国の為心を抑えて戦っておるのだ! 心を痛めながら戦っておるのだ!」

「申し訳御座いません! 自分は、己の事ばかり考えておりました!」


 そしてその仕官と兵士は、お互いに涙を流して抱き合った。


 茶番。その光景に、ディアスはそう思った。勿論口に出したりはしない。総司令がそのように考えていると将兵が知れば、皆戦いを投げ出す。

 尤も、一兵士や一仕官に、総司令たる自分と同じ重責、心境を求めるのは酷というもの。それは分かっている。だが、そのような光景を見るとつい、反射的にそう思ってしまうのだ。


 では、そのディアス自身は帝国の民衆を攻める事に何を考えているかと言えば、何も考えてはいなかった。


 心を痛めながら、それでも祖国の為無辜の民衆を攻撃する。そのような事を考えるのは何の為か? 民衆を害しておきながら、心を痛めている本当は心優しい人。自身をそう思いたいのか。

 あまりにもずうずうしい言い草ではないのか。いや、己の行為の責任を他に転嫁しているだけではないのか。


 では、帝国の民衆を害する事をすべて己の罪と受け止め、罪に耐えながら民衆を攻撃し続けるのか。だがそれも、罪を背負って耐えるなど、殉教者気取りの自己陶酔か。そうせせら笑う自身の声が、心を打つ。

 己を自己正当化するにも、自己陶酔するにも、ディアスは達観し過ぎていた。


 いくら考えてそれを語っても、家族を殺された帝国の民衆が納得するはずが無く、殺された者が生き返る訳も無い。

『分かりました。貴方のいう事は最もです。喜んで殺されましょう』

 そんな馬鹿げた事を言う人間など居はしないのだ。必要だからやる。それだけの事だった。


「帝国軍に増援が到着したようです。しかもランリエル軍の旗を掲げております!」

 帝国襲撃の為、海岸線へと向かっていた船団に、先行していた偵察の高速艇から連絡が入った。喫水浅く船体に比べ艪の数が多いその小型艦は2隻が一組となっている。1隻は引き続き偵察を行い、もう1隻が舞い戻りそう告げたのだ。


「ランリエル軍が来たとなると、こちらの思惑通りです。しかも最も望む形で」

 例によりバルバール軍総司令フィン・ディアスを筆頭にグレイスら幕僚達、そして海軍提督ライティラを交えての軍議である。ディアスは、今回の帝国攻撃の目的を前もってみなに説明していた。

 それを受けての幕僚の発言だった。


「確かに。ランリエルの対応は2つ考えられた。その2つの内、増援を派遣してきたのは確かにこちらにとって好都合だ」

 もう1つの対応とは、帝国への資金提供である。現在戦況は、バルバールとランリエルの経済的な我慢比べとなっている。それを考えれば、ランリエルの経済を圧迫する帝国への資金提供もバルバールに利するが、対コスティラを考えれば、経済力の我慢比べでの勝利は避けたい。


「ならばこれから国境の本陣に戻って、今度こそランリエルとの決戦ですな!」

 猛将グレイスが、男の笑み。そう感じさせる豪快な表情を作り言った。それに釣られたように、他の幕僚達の幾人かも笑みを浮かべる。


「その通りだが、一応確認はしておこう。我らに増援が来たと誤認させる為、夜間に軍勢を砦から出し、日が昇ってからランリエル軍旗を掲げさせて軍勢を戻しているだけ、とも考えられる。ライティラ提督、帝国全海岸線に向けて攻勢をかける。勿論、一度にではなく数度に分けてだ。確かにランリエルからの援軍が来ているか、それで推し量る」


 それから数日に渡り、バルバール艦隊からの上陸作戦は激化した。ただし被害においてではなく、回数において。艦艇で陸に接近したところ、その地点には防衛体制が敷かれどこからも上陸する事が出来なかったのである。


 もしや、上陸地点を読まれているのでは? それはほぼ不可能であろうとは思われるが、万一を考え日を変えて同一地点に上陸を試みる事もやってみたが、やはり防備は万全だった。そしてランリエルからの援軍の規模もおおよその予測は出来た。


「ランリエルからの援軍は、2万5千といったところか。結構な大盤振る舞いをしたものだな。国境の軍勢からそれだけ抜いてはさすがに大変だ。その内の幾らかは、王都を守る兵力からまわしたという事も考えられるが……」

 改めて召集した幕僚達の前でディアスはそう言い、顎に手を当てて少し考え込む仕草をした。


「しかし各地を防衛していたランリエル軍旗を掲げている軍勢は、合計すると確かに2万5千ほどでありました」

 情報収集を行った幕僚が慌てたように言った。自身の仕事を疑われるのは心外である。


「いや、すまない。報告を疑っている訳じゃないんだ。ただ、少し意外だったからね」

 ディアスはそう言って、その幕僚を安心させる為に微かに笑みを浮べた。しかしやはり、喉元に何かが引っかかっているかのような不快な違和感があった。何か不自然、そう思えるのだ。そして確かにその違和感は正しかった。


 カルデイ帝国総司令が、早速バルバール軍に対し軽く借りを返したのだ。敵軍が想定より多い。或いは、少ない。どちらにしても判断を誤る元となる。


 ギリスは、5千の帝国軍将兵にランリエル軍旗を掲げさせ防備に付かせた。あまりにその数が多いとさすがに疑われる。それゆえ5千。これが敵を欺ける限界の数。ギリスはそう判断したのである。


 国境のランリエル軍を少ないと見れば判断を誤る事もある。その策略に、ディアスは違和感を感じながらも、この時欺かれたのだった。


「とにかくランリエル軍が帝国防衛に軍勢を割いたなら、もうここに用は無い。帝国攻撃はあくまで対ランリエルへの陽動だからね。そして国境のランリエル軍と決戦だ」


「そうですな。しかし国境のランリエル軍がここに2万5千を派遣したとなると、残りも2万5千。それに比べ我が軍は全軍で4万。決戦を挑めば、尻尾を巻いて逃げ出すやも知れません」


 幕僚の内、比較的若い武将がそう言って笑うと、皆も大きく笑った。グレイスの声は一際大きく響く。だがその騒音の隙間を縫うような小さい呟きが、ディアスの耳に届いた。


「そう上手く行くものか……。ランリエル軍にも面子というものがあろう。そう簡単に退却などするものか……」

 その呟きに目を向けると、ディアスの功績を妬むシルヴェンの拗ねた顔が見えた。もっともそれは正確な情報分析からの発言ではなく、単に不満を願望として口にしただけである。


 だがこの時、ディアスは複雑な心境となった。今この軍議の席で、ディアスとそしてシルヴェン、唯一その2人だけが、同じ事を願った。それを感じたのだった。


 長らく帝国攻撃の拠点とした島を後にし、艦隊はバルバール王国のカルナ港へと向かった。

 カルデイ帝国、そしてランリエル王国。数日をかけその海を渡りバルバールへと進む。


 サルヴァ王子を倒さなくてはならない。今は国力の差を打ち破り互角以上、そう言っても良い戦況である。だがそれは何故なのか?


 一言で言えば、ランリエルの準備不足。原因を挙げるとすれば、そういう事だった。


 陸戦戦力だけなら国境で睨み合うしかない。そして経済力の消耗戦の結果、そのままランリエルの勝利だった。

 それを打ち破ったのはバルバールの海軍力である。しかし、ランリエルが艦艇をさらに集めていれば、その海軍力でもランリエル軍が上回り、状況も変わった。


 勿論、サルヴァ王子もバルバール海軍を大きく上回ろうとし、それに基づいて軍艦の建造計画を立てた。だが、ディアス率いるバルバール軍も海軍力でランリエルを上回らんと、秘密裏に軍艦の数をそろえた。


 その為、結果的に両国の海軍力が五分となり、それを率いる提督の能力の差でバルバールが勝っただけなのだ。


 このまま戦いが終り仕切りなおしとなれば、次こそサルヴァ王子は、圧倒的な数の軍艦を揃え挑んでくる。その時、バルバールは勝てるのか? いや、今度こそ自分は王子に勝てるのか?


 サルヴァ王子は、ディアスに負けるかも知れぬ。そうアリシアに漏らした。しかしディアスこそが、王子に負けたと考えていたのである。負けるかも。では無い。負けた。そう考えていた。


 サルヴァ王子の仕掛けた国境での睨み合いに、ディアスにはそれを打ち破る手立ては無かった。バルバール艦隊がランリエル艦隊を打ち破り制海権を得て状況を打破したが、それはあくまでライティラの功績。そう考えていたのである。


 例えランリエルが、バルバールの2倍、3倍の艦艇をそろえたとしても、ライティラならランリエル艦隊を防ぎきれる。そう信頼している。だが、振り返って自分は、2倍、3倍のランリエル軍を撃退出来るのか?


 防ぎきるのと、撃退するのと。大きな違いではある。だが、サルヴァ王子の戦わずに勝つという戦略に対抗するには、それしか道はないのだ。そして冷静に考えれば考えるほど、それは難しい。そう思わざるを得ない。


 ここでライティラに、2倍、3倍のランリエル艦隊に勝利しろと、命じるのは酷だった。海軍を含めたバルバール全軍の総司令たる自分こそが、その責にある。


 今回の戦いでサルヴァ王子の首を取らなくてはならない。バルバールとランリエルとの次戦など、あってはならないのだ。ランリエルによるカルデイ帝国支配も、サルヴァ王子の存在がその鍵を握っている。帝国がランリエルから独立すれば、バルバール攻めどころではない。


 バルバールとランリエルとの戦いはこの一戦のみ。必ず、この戦いで決着をつける。

 その為の手は打ちつくした。後は、ランリエル軍と戦うのみ。それですべてが決まるのだ。それが、どのような結果になるとしても……。

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