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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第42話:帝国の去就

 バルバール軍による海岸線の村々への攻撃から民衆を守る為、カルデイ帝国軍総司令エティエ・ギリスは、海岸線沿いに築いた複数の砦の一つに居た。


 海軍を持たぬ帝国に、バルバール艦隊を追い払うすべはない。長年敵対していたランリエルとの戦いは陸戦が中心であり、大規模な海軍を持つ必要はなかったのだ。


 さらに僅かばかりの軍艦をもランリエルに搾取されたばかりか、造船所も抑えられ、新たに建造する事も出来なかったのである。


 軍艦で持ってバルバールを迎え討てない以上、陸戦戦力で対抗するしかないのだが、その陸戦戦力すらランリエルの為激減し、総司令たるギリスは対応に苦慮していた。


「この借りはバルバールに返して貰うべきか、ランリエルに返してもらうべきか」


 砦の楼閣に登り視線を海に向けたまま、後ろに控える副官に問いかけた。もう冬を迎えようとするこの時期、海風は凍てつき肌を刺すが、ギリスの表情は、僅かにも変わらず平然としたものだった。


 上官の問いかけに、普段口数の少ない年老いた副官が答える。上官よりも20以上も年上の男で、頭髪の半分以上が白に染まっている。

 独り静かに思案にふける事の多いギリスは、若く覇気のある者より、問いかけられない限り、ほとんど口を開かないこの軍歴の長いラスコンを好んで、副官に据えたのである。


「それはランリエルからで御座いましょう。今のところバルバール軍には手も足も出ない状況です。攻撃を仕掛けて来ているバルバール軍は憎いですが、借りは、返して貰えるところから返して貰うしかございますまい。それにバルバール軍を叩けばランリエルが喜ぶとなれば、それはそれで心楽しくありません。我が軍が弱体化しているのは、ランリエルの所為なのでございますからな」


「確かにな」

 問いかけられなければ口を開かない割に、問いかけられれば意外にも饒舌なラスコンに、ギリスは頷き、そう短く呟いた。


 ランリエルでの内乱のおり、サルヴァ王子に与した帝国貴族は多いが、それは自分の領地を守る為には王子についた方が有利、その判断があった為である。利害関係のない王国直属の軍人の、ランリエル、そしてサルヴァ王子に対する反感は根強い。

 もちろん、直接攻撃を仕掛けてくるバルバール軍に対しての憎しみもある。


 バルバールからの攻撃に対し、1度目はまったくの奇襲で手の打ちようがなかった。2度目の攻撃は、ランリエルに対するバルバール海軍の攻撃の詳細情報を掴んでいたギリスが、1度目と同一箇所に上陸すると読み防衛に成功している。


 とはいえ敵軍を討ち払った訳ではなく、防衛体制が整っているとみてバルバール軍が上陸を断念した。ただそれだけの事でしかない。

 特に勝ったとは思っていない。バルバール軍にしても、負けたと考えてはいないだろう。


 そして3度目以降、艦隊を散開させたバルバール軍に対し、ギリスは防衛出来ずにいた。その能力において決してディアスに劣る訳ではないが、サルヴァ王子が察した通り、いかに洞察力の優れた帝国軍総司令といえど、船内に隠れる敵兵の所在など言い当てようがなかったのである。


 小賢しい敵軍に苦々しい思いを感じ、被害を受けた民を思うと焦燥に胸が焼ける。だが現実、今は手が出せない。いずれ機会があればバルバールに借りを返して貰う積りではあるが、とりあえずはランリエルからの借りを返して貰うべきだった。


 この機にランリエルからの独立を果たす。そう目論んではいるが、一筋縄では行かない、という事も理解していた。


 現在ランリエルはバルバールを攻めているが、それは帝国が従っているという前提での侵攻なのだ。帝国に不穏な動きがあれば、バルバール攻めを中止し、帝国へ矛先を向けるだろう。ランリエルにとってバルバール侵攻と帝国の服従。どちらが重要かと言えば自明の理。

 余程上手くやらなければ結局はランリエルに抑え込まれ、バルバールに利する結果となる。


 その為、ランリエルに対し被害額は多めに報告してある。被害が少ないとみて、その程度なら僅かな援軍を差し向ければ十分。そう見られるのを避ける為だ。援軍などが来ようものなら、こちらも動きがとりにくくなる。

 いくら慎重に行動を進めても、王子に与する帝国貴族から情報が漏れる事もありえるのだ。


 被害額の多さから王子に水増ししている事を見破られるかも知れないが、ここは仕方がない。水増しが見破られないように被害額を少なく報告し、援軍が来ては面倒なのだ。ここはばれる危険性を承知で多く報告すべきだった。


 申請額の多さを査閲され、そしてそれが露見したとしても、

「バルバール軍の襲撃に対し、帝国軍はそれを守り切れる軍備がそろっておりませんでした。その為調査に人を派遣する事もできず、被害額の算出が正しく行われなかったのです」

 そう、いくらでも言い繕う事は出来る。調査が不完全なのもすべてランリエルの所為。と言い放てば良いのだ。


「とにかくだ。我が国は攻められ傷ついたが、ただでは起き上がらん。掴めるものがあるなら、僅かでも奪い取る。その相手が、現在の相手でも過去の相手でも構わん。搾取され、攻撃されている我らが、行儀良くしなければならぬ言われはないのだからな」


 その言葉に、ラスコンは長口上で応じず小さく頷くにとどめた。今度は問いかけられたのではなく、単に同意を求められただけと判断したらしい。


 ラスコンの沈黙にギリスは苦笑で答えた。そして踵を返し、凍てつく楼閣を降り温かい室内へと戻って行った。



 副官とも別れ自室へと戻ったギリスは、従者に酒の用意をさせ一人杯を傾けていた。


 酔う為ではなく、気を落ち着かせる為の酒を少しずつ傾けながら、空いた片手は無意識に胸元のペンダントをまさぐっていた。


 確かバルバールの総司令は、フィン・ディアスという者だったか。ギリスは敵司令官に思いを馳せた。バルバール軍総指令が、帝国がランリエルからの独立を狙うとまで読み、我が国を攻めたとすれば大したものだ。


 いや、そこまでは考えていなくとも、ランリエルが帝国に対し何かしらの支援をしなければならない状況なら、バルバールにとって自軍への圧力が減退するという事だ。勝つ為にすべての布石を打つ。その一環だろう。


 その上で、帝国はどうでるべきか? 万一こちらの動きがバルバールの思惑通りとすれば、その通りに動くのは心情的には癪ではある。だが、子供でもあるまいし、癪だから、で行動を決める訳にも行くまい。


 帝国にとってどうすれば利するかで方針を決めるべきである。その結果、帝国以上の利益を得る者が居たとしても、知った事ではないのだ。だが帝国が動いた挙句失敗し、バルバールにのみ利する、という結果は避けねばならない。


 その時、ギリスの胸元でカチリと音がした。胸元の二つのペンダントがぶつかり音を鳴らしたのだ。その時になって初めて無意識にペンダントをまさぐっていた事に気付いた。妻のルシアと、娘のリアナの顔を模った物だ。


 妻のペンダントは一昨年に行われたランリエルとの決戦前に作り、娘の物はつい最近作った。妻は自分と娘の物を身につけている。


 娘はこの春に生まれたばかりだった。髪と目の色は父の物を受け継いでいたが、輪郭や口元は幸いにして美しい妻に似ていた。


「俺に似ず運の良い事だ」

 ギリスがそう言うと、ルシアは微笑み首を振った。

「いえ、とても貴方に似てますわ」

 そう言うと、ここが似ている、そこが似ていると娘の顔どころか身体中を指差したが、ギリスにはどこが似ているのかやはり分からなかった。


 娘はもちろん夫婦ともども愛しているが、ギリスとしては、跡取りとなる息子が欲しかった。そして意外にも妻も息子が欲しかったらしい。普段あまり外出すらしない大人しい妻は、戦に出る事になる息子より娘を欲しがるだろう、そう思っていたのだ。


 ギリス家はカルデイ帝国では、名の通った武門の家柄である。そのギリス家に、エティエ・ハイメスが婿養子となりエティエ・ギリスとなったのだ。他のギリス家親族の手前もあり、跡取りを軍人としない訳にも行かない。他に男子が生まれなければ、これはと思った男に娘を嫁がせ、その男を養子にする事になる。


 つまり、妻自身と同じ境遇である。その為息子を欲しがった妻に、もしや自身の今の境遇に不満があるのかとギリスは微かに考えた。すると夫の考えを敏感に察したのかルシアは首を振った。


「戦争に行った夫の帰りを待つしかない女より……、戦う男の方がマシでしょう。男が帰って来なければ、女はその後ずっと……一人です」


 妻のその言葉にギリスは思わず苦笑した。待つだけの女より、戦う男の方が辛いに決まっている。男なら瞬時にそう考えるだろうが、ギリスの苦笑はそのような意味のものではなかった。


 ランリエルとの決戦時、この大人しい妻は、何とギリスの所までやって来たのだ。そんな事をしておいて待つしかないなどと、よく言えたもの。そう思い苦笑したのだった。


 サルヴァ王子の秘策を見破り、王都外でランリエル軍と決戦を行った。秘策を見破られ痛撃を受けたランリエル軍は混乱の極みであり、2倍の戦力差を覆し帝国軍は勝利するかと思われた。だがそれも、ベルヴァースの老将グレヴィの活躍により、王子を仕留め損ない態勢を立て直され結局は敗北した。


 そして王都内に撤退して、そこでも乱戦を行った後さらに王城へと退却し、籠城の指揮を執っている時に、妻がやってきたのだ。


 ルシアは心優しい女だった。傷ついた者、困った者が居れば捨てては置けない。そのような女性だった。だが、ギリスの前に辿り着いた時、そのスカートの裾は血に汚れていた。助けを求め、縋りついた傷ついた兵士達を振り払って、ギリスの元までやってきたのだ。


 傷ついた者を見捨てる。彼女からすれば余りにも惨い、残酷な行為。だが、傷ついた者を助ける心優しい自分であり続けるより、その時ルシアは、ギリスの元に向かう事を優先させた。

 傷ついた兵士達にして見れば、愛する人に会いたいという事など、ただの感傷。人の命とどちらが大事なのか。


 彼女にもそれは分かっていた。彼女はその行為に、一生自分を責め続けるだろう。しかし、善悪、そして理屈だけで人は生きては行けない。それが人の情、いや業と言うものだった。その時の彼女にとって、最も大事なのはギリスの元に向かう事。その事だったのである。


 そして思わぬところで妻と対面したギリスも、初めはこのようなところに来るものではないと怒鳴ったが、その血で汚れた彼女の姿にすべてを察し、抱きしめたのだった。


 それを思い出し、妻の顔を形どるペンダントを見つめた。また大規模な戦いになるやもしれぬ。妻は悲しむだろう。現在バルバール軍が攻めては来ているが、彼らは軍勢同士の戦いを避け、村々への攻撃のみを行っている。結局まだ一度も戦ってはいない。


 彼らが戦いを避ける以上、これからも戦いは起こらない。帝国軍が戦うとすれば、ランリエル軍と。帝国が独立を目指すなら、そうなる筈だ。


 過去この地域は、カルデイ帝国、ランリエル王国、そしてもう一国、ベルヴァース王国との三ヶ国で鼎立していた。その一方のベルヴァースとランリエルは、近々婚姻を結ぶ。ベルヴァース国王の一人娘で第一王女のアルベルティーナ・アシェルとランリエルの第三王子であるルージ・アルディナとの結婚である。


 つまり、いずれランリエルの王子がベルヴァース国王となる。そうなればベルヴァースはランリエルの傀儡。帝国の独立など夢のまた夢。


 だがその前に、再度帝国がランリエルと伍する力を持てば、ベルヴァースの婿となったルージ王子は適当な理由をつけて追放されるはずだ。ベルヴァースとて望んでランリエルの傀儡になる訳はなく、帝国を従えたランリエルに力で屈しているだけなのだ。独立を勝ち取るなら今しかない。


 一気に独立まで目指す。それは難しいかも知れないが、これを機に帝国の立場を強化する、それをどの程度まで持っていくか。その線引きが難しい。あまり警戒され、再度の帝国侵攻を招く訳には行かない。


 ランリエルから資金を提供させ軍備を整える。しかも早急に。これは何もランリエルに対してだけではない。実際バルバール軍からの攻撃を抑える為にも、軍備が必要なのだ。本来なら兵士を徴収してもそれから訓練が必要であり、すぐには役に立たない。


 だがその点に関しては問題は無かった。軍縮により職を失った軍人は帝国内に溢れているのだ。それをかき集める。あまり多数の軍勢を集めればランリエルに警戒される。民衆を徴収する雑兵を減らし、職業軍人を主体とした軍勢を整える。雑兵を交えた他国の軍勢に比べ、同数以上の力を発揮するはずだ。


 もっともそれでも編成の時間を考えれば、それなりの期間は必要だ。その間、民衆は攻撃にさらされたままという事になる。それを考えれば、ランリエルからの援軍を受け入れるのが一番早い。民衆の事を考えれば、援軍を受け入れるべきなのだ。


 民衆を守るという事と、独立を果たそうという事。その二つは矛盾しているのだ。ギリスとて民衆を守りたいという気持ちはある。そして今のところ、ランリエルからの圧制に民が苦しんでいる訳ではない。


 だがそれがいつまで続くのか。今は帝国を従わせる為、あえて甘く対応しているとも考えられる。ランリエルが圧倒的な力を持った時、それがどう変わるか。将来を考えれば、やはり今の内に独立を勝ち取るべきではないのか。


 ギリスにも、民衆を攻撃する敵を黙って見過ごす事の口惜しさ。その思いはある。だが、今その思いに囚われ出撃しても軍勢に被害が出るだけ。防衛する戦力が減れば、なおの事民の被害は増えるのだ。


 独立への考えと、民衆への思い。それをどう両立させるか。その能力においてサルヴァ王子、ディアスにも引けを取らぬギリスである。だが、それを解決する策は持たなかった。


 翌日からギリスは自ら数百の軍勢を率い出撃した。騎兵のみで編成した機動力に優れた部隊である。上陸したバルバール軍が少なければ戦い、そして多ければすぐさま撤退する為だ。逃げるにしても敵がこちらを追いかけてくるなら、民への損害は減るはず。だがそれも、気休めでしかない。


 出撃した地点と、バルバール軍が上陸した場所が上手く噛みあわなければ意味は無い。だがやらぬよりは……。そう思いギリスは出撃した。


 そして、3日経ち実際にバルバール軍を追い払えた事は一度も無かった。やはり敵船内に兵士が居るかどうか分からぬ以上、賭けでしかないのだ。そして洞察力に優れ、普段賭けなどせぬギリスは、とことん運に見放されたのだった。


「無駄か……」

 敵と遭遇する事が出来ず海岸線に辿り着き、馬上から遥か遠くに浮かぶ敵船を睨み付けた。気付くと強く拳を握り締めている。怒りと焦燥に体中が強張り、思わず馬の腹を強く締めてしまったのか、愛馬が身じろぎした。


 本陣としている砦の自室で、ギリスはまたも1人で酒を飲んでいた。だがこの時の酒はただ酔う為に口にしていた。船内の兵の所在など読みようが無い。そう、いくらでも言い訳は出来る。だが、やはり自分の無力さに歯軋りした。


 もう少しバルバール軍の動向に注意していれば、何か方法が合ったのではないのか。例えば、ランリエルの海岸線が攻撃された時に、帝国の海岸線も攻められる可能性を見出せなかったか。


 いや、海岸線に沿って長大な防衛体制を築くなど莫大な費用が掛かる。確定事項ならともかく、可能性があるというだけで、軍事費が縮小されている帝国にそれをやる余裕など、どうせ無かったのだ。


「だがそれもいい訳か……」

 思わず呟いた。そして思考を停止させ、いや、思考を停止させる為に酒を飲み続けた。しかし、酔う事はなかなか出来ない。ギリスは杯を重ね続ける。そして常人ならとっくに酔いつぶれているほど飲んだ頃、やっと意識が濁ってくるのを感じた。


「ギリス総司令。ランリエルのサルヴァ王子から使者が参っております」

 不意に扉が叩かれ、その外で副官のラスコンが言った。


「来たか……」

 援軍を派遣するにしろ、資金を提供するにしろ、先立ってランリエルからの使者がくる事は分かっていた。それが酒を飲んでいる時に来るとは間が悪い。だが、合わぬ訳には行かぬ。

「お通ししろ」


 その言葉にラスコンは室内に入ってきた。使者を連れて来ないのか? と訝しげな視線を向けるギリスに、ラスコンは紙片を差し出した。

「使者は書簡を携えておりました。ギリス総司令にお渡しして欲しいと」


 ギリスは無言でそれを受け取ると、酒で濁った目で読み進めた。予想通り、今回のバルバール軍からの攻撃に対しての、支援内容だった。

『ランリエルから資金が提供される。これだけあれば2万の軍勢を1年ほど養えるだろう』

 そのような事が書かれていた。


 2万か……。やはり被害を多く申告したのは見破られたという事か。バルバール軍が申告した被害に見合う規模の軍勢を派遣してきたとサルヴァ王子が信じたとすれば、2万の増強では海岸線防衛は不可能だ。それを2万の増強で守れというなら、申告した被害の規模を信じてはいない、という事である。


 2万の増強でバルバール軍から民衆を守り、そしてランリエルに対しても何か手を打たなくてはならない。とにかく早急に軍勢を集めなければならない。早ければ早いほど、民衆の被害は少なくなるのだ。酔いで、靄がかかった頭でそうぼんやりと考えながら、さらに書簡を読み進める。


 だが読み進め、ある文章に辿り着くと、体から酒が霧散していくように急激に酔いが醒め、思考がはっきりとした。そして再度その文章を繰り返し読んだ。

『資金を提供してもすぐに軍勢が整えられる訳ではなかろう。その間の防衛の為、2万の軍勢を派遣する』


 ギリスもランリエル、バルバール両国の戦いの情報を集めている。ランリエルは全軍で13万。それを王都に1万を置き、海岸線防衛に7万。そしてバルバール軍と対峙している国境の5万。2万の軍勢をどう捻出するのか?


 王都は空に出来ない。海岸防衛の7万はランリエルの民衆を守る為。それを割いて帝国の民衆の防衛に向かわせるなど本末転倒と言うもの。

 国境の軍勢から割くしか……ないではないか。


 だが……それでは4万のバルバール軍に対し、ランリエル軍は3万。戦力の優劣は逆転しランリエル軍が劣勢となる。もちろん、サルヴァ王子も善意のみでこのような無謀をなそうとしているのではない。


『バルバール軍はこの機に国境の堅陣から出撃し、かさに来て攻勢に出るだろうが、帝国軍の増強がなされれば、その2万はすぐさまこちらに引き上げる。そして攻勢に疲れきったバルバール軍を今度はこちらが5万で叩き潰す』

 書簡にはさらにそのような事が書かれている。敵をつり出し疲弊させてその後討つ、という策略。王子はそう言ってきている。


 だがそれでも、ランリエルにとって厳しい戦いになるのは明白だった。陣を固めて守る方が有利とはいえ、3万で耐えねばならぬ期間は、短いものではないのだ。それでも王子は帝国に援軍を派遣した。


 それだけ、ランリエルからの帝国の独立を警戒しているという事か? いやそれならば、こちらの軍勢が整えば援軍を引き上げるという事が、理屈に合わぬ。増強された帝国軍を牽制できない。


 吐く息以外、今まで浴びるほど酒を飲んでいたと、微塵も感じさせぬ顔でギリスは思考を重ねた。その前に老齢の副官は静かに立っていた。なぜ援軍を寄越すのか。確かに資金を提供されても、軍備が整うまでは防衛は出来ない。しかしそれについて不満を言う者など居ない。それはやむを得ない。みなそう思うはずだ。


「援軍が……来るのか……」

 不意にギリスが呟いた。しかしその呟きに、副官が応える事は無かった。

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