第41話:弱き者
サルヴァ王子はアリシアの部屋に居た。
生きて帰ってくる。そう約束した2人であったが、冷静になってみると、まるで恋人同士のような出陣の言葉に、王子は気まずさを感じていたのだ。
しかも、まだ戦いの途中にもかかわらず王都に帰ってきた。出来ればアリシアとは顔を合わせないでおこう。会うなら戦いが終った時。そう考えていたのである。
だが、その王子に比べアリシアは平然としたものだった。ランリエル軍の出陣時に、強引に後宮の門を突破し、それを王子に咎められなかった事から、門番達もアリシアに対し遠慮がある事を幸いに、後宮を抜け出し王城までやってきたのである。勿論、戦いの途中とはいえ王子が生きて帰ってきた為会おうと思ったのだ。
生きて帰って来いと約束させ、王子がその通りにしたのだから、会わずに済ます事は出来ない。そう考えたのである。
サルヴァ王子を探し王城をうろうろとしていたアリシアに、王子はまんまと見つかり、部屋に引っ張り込まれたのであった。
女が男を自室に誘うのは世間では褒められたものではないが、何せここは後宮である。そのような外聞を気にする必要は無く、そして実際、自室に招いたとしても王子と自分との間に何が起ころうはずもない。アリシアはそう確信していた。
「約束通り、生きて帰って来て下さったのですね」
笑顔で言ったアリシアに対し、王子は苦々しげに答えた。自身に対し、あまりにも気にしなさ過ぎるアリシアに、どうしてそう大雑把なのかという心境だった。
「約束通りもなにもまだ戦いの途中だ。バルバールが粘るのでなかなか決着がつかん。しかも、コスティラまで出てきた挙句、帝国まで巻き込まれている」
アリシアと目を合わさず言った王子の言葉に、アリシアの表情も暗くなった。
「聞いています。そのバルバールが船で帝国まで行き、海岸線の村々を攻めたとか……」
「まさかディアスが、帝国の民衆を攻めるとは……。戦いは兵士、騎士達のものだ。軍人が戦場で決着をつければ良いではないか。いや、ランリエルが攻められる、それは仕方が無いだろう。私とてバルバールを攻めているのだからな。だが、帝国は今回の戦いに軍勢を派遣している訳ではないのだぞ!」
サルヴァ王子は、アリシアに愚痴を吐いた。副官であるルキノにすら言わぬ事である。アリシアに心を許している。そういう訳ではない。しかし、セレーナとの件を含め、アリシアに対しては体裁を繕っても仕方が無い。無意識にそのような考えが心の奥底に埋め込まれているかのようだった。
そして若干の甘えも。端的に言えば、
「ディアスと言う人は確かに酷い人ですね」
そうアリシアに同意して欲しい。その気持ちが僅かながらにある事は否めない。だが、王子の期待とは裏腹にアリシアが放った言葉は厳しいものだった。
「私には戦いの事は分かりません。ですが聞いた話では、バルバールという国はランリエルよりも遥かに小さい国だとか。そうなのでしたら、まともに戦えばバルバールは勝てないのでしょ? でしたら、まともに戦わないのは当然ではないのですか?」
アリシアの身分は低い。今は後宮の寵姫として貴族の御令嬢と共に暮らしているが、一民衆、そう言って良いほどの生まれなのだ。それゆえに帝国の民衆が攻められている、という言葉には一も二も無く怒りを表す。そう王子は考えていたのだ。それからすればアリシアの反応はあまりにも予想外すぎた。
「弱い者が強い者に挑まれた時、弱い者は大人しく負けなければならないのでしょうか? 弱い者でも生き残る為には最後まであがきます。それこそどんな手を使っても。私も帝国の民衆を攻めた、それは酷いと思います。ですが、それをさせているのは誰なのですか?」
「私が、バルバールを帝国に攻めるしかない状況に追い込んだ。そう言いたいのか! だが、民衆を攻めたのだぞ! 他に! 他にも何か手があったのではないのか! 戦う者達だけで勝敗を決する方法が」
あまりにも予想外の糾弾に、王子は激し強い口調で答えた。民衆を攻めるなど、騎士として軍人として、不名誉だとは思わないのか。だが、アリシアは王子の怒声に怯まず、その目を見据えた。
「戦いの事は私には分かりません。他の方法が合ったかもしれない。確かにそうかも知れません……。ですが、強い者が弱い者に、戦い方まで求め、それを外れれば非難する。それは傲慢、と言うものではないのですか? 戦い方まで強き者に従えば、弱い者は必ず負けるでしょう。殿下の仰られている事、それは強者の言い分です」
確かにアリシアは低い身分の生まれであり、弱き者だった。だからこそ弱い者がなりふり構わず勝とうとする。その行為を責める事は出来なかったのだった。
「しかし、民衆を、しかも直接は関係のない国の民衆を攻める事に何の呵責もないのか! 騎士としての名誉はどうなる! 戦う者達が命をかけ戦い雌雄を決する。私とて敵国の民衆を攻める事が無いとは言わん! だが、それも不要に殺戮をする為ではない。しかもバルバールが攻めているのは、ランリエルの民衆ではなく、帝国の民衆なのだぞ!」
王子は、繰り返し帝国の、直接関係の無い国の民衆を攻めるという行為の非道を訴えた。どうしてもそれだけは肯定出来ないでいた。だが、それに対してのアリシアの言葉も、王子の考えを擁護するものではなかった。
「それほど、帝国の民衆を攻めるのが酷い、気の毒、そう思われるのでしたら、止めさせれば良いではないですか?」
「馬鹿な事を、何を簡単に言っている。それが出来れば誰も苦労はせんわ」
「いえ、簡単です。殿下がバルバールを攻めるのを止めれば、帝国の民衆への攻撃は止まるのではないのですか?」
「なっ……」
アリシアの言葉に王子は絶句した。それは負けを認める。そういう事ではないか。実際は、戦わずに勝てる戦略を立てる王子と、それを戦いによって破ろうとするディアス。その互角の戦いのはずだが、人は戦場での戦いにのみ目を向けるものだ。
それだけにここで戦いが終れば、傍から見ればディアスに手も無く敗れた。そう見られる。自尊心が高い王子にしてみれば、到底受け入れられる事ではないのだ。
「戦い、そして雌雄を決せぬまま負けを認めるなど、そのような事出来る訳が無かろう。私だけではない、ランリエルの騎士。そのすべてが納得はすまい」
その王子の言葉に、アリシアは悲しげな目を向けた。どうしてそのような事を言うのか。そう問いかけているかのようだった。
「婚約者の……夫のリヴァルは軍隊の話をするのが好きでした。軍隊での笑い話、そして美談……そう言われている話です。ですが、何度聞いてもその戦場での美談と言うものを、私は良い話とは思えませんでした。上官を守って身代わりに死ぬ騎士。名誉の為、勝てぬと分かっている敵と戦う司令官と、それに付き従う兵士達。リヴァルはそれを良い話だ。騎士の、軍人の鏡のような話、そう言っていました。ですが、それって良い話なのですか?」
「まあ、大抵の軍人はその手の話が好きだが、それがどうだと言うのだ? 何が間違っていると言う」
サルヴァ王子が僅かながら面倒くさげに言うと、アリシアの目はさらにその色を暗くした。
「忠誠を尽くす自分。名誉の為に戦う自分。男の人にとってそれは大事なのでしょう。ですが、身代わりになった騎士には恋人は居なかったのでしょうか? 勝てぬ戦いに挑む司令官にとって兵士達は大事ではなかったのでしょうか? 恋人に、必ず生きて帰ってくる、と言ったその言葉を裏切っても良いのですか? 恋人は大事ではないのですか? 自分の為に一緒に戦って死んでくれる、そこまで自分を慕ってくれる兵士達は大事ではないのですか? どうして恋人の為に生きて帰ろうとしないのですか。どうしてそれ程自分を慕ってくれる兵士を死なせたくはないと思わないのですか」
「戦いを目の前にして逃げるなど、まともな軍人ならせぬ事だ。それに一緒に戦うと言ってくれた兵士を前にしてやはり戦わないなどと言おうものなら、その兵士達にも愛想をつかされよう。出来る訳は無いではないか。自分と共に死のうといってくれた者達と一緒に死ぬ。それのどこが間違っているのと言うのか」
「身代わりになるのも、勝てぬ戦いに挑むのも勇気が必要、なのだとは思います。ですが、忠誠、名誉、その心地よい言葉を得る事は、自分にとってしたい事ではないのでしょうか。本当の勇気とはしたくない事、それをする事ではないのでしょうか。本当に恋人が大事なら。兵士達が大事なら。不忠者、腰抜け、そう呼ばれ、そしてその者達から愛想をつかされても、その大事な者を守る。それが勇気なのではないのですか?」
「女に戦いの何が分かるというのか!」
勇ましく戦い名誉を重んじる。軍人を目指す者はみなそう教え込まれる。王子とて例外ではない。勿論総司令そして次期国王でもあるサルヴァ王子ともなれば、それが権力者にとって都合の良い軍隊を作る為の詭弁、そう言う部分がある事も理解はしている。
だがそれを根本から否定しては、そもそも軍隊と言うものが成り立たない。兵士には当然家族もいる。それが生きて帰ってくる、というその者達との約束を守る為、兵士達が戦場を逃げ出せば戦いにならないのだ。
だがやはりアリシアには理解できない事だった。何故戦うのか? そう問われれば、大事な者を守る為に戦う。多くの者がそう答える。だとしたら、どうしてその大事な者を守る為に戦わない、という事が必要な時に、なぜそれでも男達はわざわざ戦い、そしてその大事な者を失うのか。
「はい。私は女です。ですから男の方の事は分かりません。こうすれば戦いは終るのに、こうすれば大事な者を守れるのに、どうして男の方はそうしないのか。そう考えるだけです」
激した王子に、アリシアはやはり平然とそう答えた。一国の王子に対してのこの口振りはあまりにも非礼だった。それこそ死罪となってもおかしくないほどに。アリシアは、生に執着は無い。それだけに死を恐れないが、今は死を恐れないがゆえに言いたい事を言っているのではなかった。何を言ってもサルヴァ王子は自分を害さない。アリシア自身なぜかは分からないが、そう確信していたのだ。
「殿下。貴方が一言『負けた』、そう言って軍勢を引けばこの戦いは終るのではないですか? それほど……勝利する自分で居たいのですか? 負けたといわれるのが嫌なのですか? 帝国の民衆の命よりも? 兵士達の命よりも?」
大勢の人の命よりも自分1人の自尊心、名誉の方が大事なのか。アリシアはそう王子を糾弾した。その言葉は、まさに王子の胸に突き刺さり、現実の痛みを伴うほどだった。それゆえに王子はさらに激した。
「戦いの事が分からぬなら黙っていろ! 確かにそうすれば今の戦いは終るだろう。だが、いつかコスティラがバルバールを征服する日が来れば、ランリエルはまた同等の力を持った国と接する事になる。そうすればまた永きにわたる戦いが始まるのだ。今のうちにバルバールを征服しておけばその心配は無くなる。目の前の事だけで判断してどうする!」
サルヴァ王子のこの論法は、かつて老将ダヴィーデ将軍と論じた時のものと同じものだった。その言葉に、アリシアは王子の求めどおり口を噤んだ。戦略、国策について論じられれば、アリシアにはそれに対する言葉はないのだ。
だが、やっとアリシアを黙らせた王子だったが、その心には苦々しいものが残った。アリシアが応じる事が出来ない言葉で彼女の口を封じたと、王子自身が感じていたのだ。それはある意味、自分の負けを認めた事になるのではないのか。
反論する言葉を持たぬ女と、反論を封じ込めた事に苦々しいものを感じる男との間に、沈黙が流れた。男女はそれぞれの思考に耽った。戦いを止める訳にはいかない。だが帝国の民衆が攻撃されているのを見過ごす事も出来ない。どうすれば良いのか。王子は軍略について思案を重ねていたが、アリシアは王子について考えていた。
言葉の応酬でお互い考え、感情をぶつけ合った。しかしふとアリシアは思った。サルヴァ王子は、このような人だったか? さっきアリシアは王子に、弱者に戦い方まで求めるのは傲慢。そう言った。だが、そもそも民衆の事など考える人だったのか? もっと自分の事しか考えない。そのような人ではなかったのか? いや、そもそもそのような人だったのを自分が見損なっていただけなのだろうか?
以前の王子がどのような男かを改めて考えたアリシアは、ある重要な事を今更ながらに思い起こした。この男は……権力を盾に自分を抱いたのだ。リヴァルにのみ捧げていた自分の身体を……汚した。許される事ではない。
だが……自分を犯した男と、今目の前に居る男は本当に同一人物なのだろうか。どうしてもその2人が重ならない。妹とも思ったセレーナが愛した男だからだろうか。セレーナが亡くなった時、あまりにも傷付いた王子の姿に、哀れみを覚えたからだろうか。
いや、それだけではない。確かに王子自身の印象が違うのだ。セレーナの葬儀の夜、セレーナへの想いを介し2人は僅かに理解しあい、お互い気遣う言葉を掛けた。その時の気遣いが他の者にまで及んでいる。そのように感じられるのだ。
「殿下は……。変わられた……お優しくなられましたか?」
「は?」
あまりにも唐突なアリシアの言葉に、王子は思わずらしからぬ声を発し聞き返した。先ほどの会話からも、そして相手からにも、あまりにも的外れに思える言葉に、意表をつかれたのだ。
「いえ……。以前の殿下なら……失礼ですが、民衆の事などに構わず平然と戦い続けた。そのような気がしましたので……」
王子はその言葉に、今度は驚かなかった。自分が優しくなったなどとは思っては居ない。だが、確かに以前とは戦い方が違ってきている。王子自身もそうは感じていたのだ。
現在、ディアスに対し後手に回っている。それは王子自身認めるしかない。
確かに、後手に回るのも仕方がない部分もある。サルヴァ王子は、いわば『戦わずして勝つ』その状況を作り上げた。バルバール軍を籠の中に入れ飢えるのを待つ。ゆえに王子の方から仕掛ける必要はない、筈だったのだ。
にもかかわらず籠の中の小鳥はそれをよしとせず、籠から飛び出した。いや、小鳥と思っていたものは猛禽だった。籠を食い破ったのだ。
その後、ランリエル軍は後手後手に回っている。だがそれ以上に、王子は自らに違和感を感じていた。ふと、己の行動を後々になって思い返せば、こうしていれば勝っていたのではないのか? という場面が多々あるのだ。
以前の、王子が国境を攻めディアスが海岸線を攻めた我慢比べにしても、あのまま国境を攻め続けていれば勝てていた可能性は高い。いや、海戦に破れ制海権を取られた時点で全軍動員し、国境の敵本陣に対し猛攻撃を仕掛けていれば、現在の状況にはなってはいない。
この時のサルヴァ王子は、自身気付かぬまま大きな矛盾を抱えていた。いや、ずれ、そう言った方が正しかった。バルバール侵攻を決断した時の自分と、バルバール侵攻を始めた時の自分との。そのずれに、自身気付かぬまま、王子は足掻いていたのだ。
「自分がどう変わったのかは分からん。だが、昔の自分の方が強かったのではないか……。そうは思うことはある。昔の俺ならば、多分今頃はすでに勝っていた」
そこまで言った王子は思わずアリシアに視線を向けた。そして目を逸らし
「まあ、本当のところは分からんがな」
と付け加えた。自分が負け惜しみのような事を言っている、そう感じたのだ。
「いえ、殿下はお優しくなりました。だって私にこれだけ言いたい放題言わせても、処罰しようとしないではないですか」
アリシアが微笑み、あえて冗談めかしてそう言うと、王子は一瞬また彼女に視線を向けたが、またすぐに目を逸らした。どうしてこの女は、こうも親しげな態度を取るのか。
「私をなんだと思っているのか。それくらいで一々処罰などするわけ無かろうが。だが、優しくなって弱くなるのなら、戦いには不要のものだ。優しくて負けるなど本末転倒ではないか。負ければ多くの兵士が死ぬのだぞ。優しくて死者を増やしてどうする」
何事も利で考える王子にしてみれば、当然の言葉である。だが、アリシアは王子の言葉に首を振った。その顔はやはり微笑んでいた。年齢はアリシアよりサルヴァ王子の方が3つほど上ではあったが、この時アリシアは、まるで悩みを抱えている弟に接するかのような心境だったのだ。
「殿下。優しい者は強いです。いえ、本当に強い者は優しいのです」
「何を言っている。以前の私ならばもう勝っている。そう言っているのだぞ? 弱くなっているではないか。それに優しくて勝てるなら、帝国を攻めたディアスは、どうだと言うのだ? 奴が優しいとでも言うのか」
そうは返したが王子はアリシアと目を合わさなかった。今まで、自分を非難する言葉しか吐かなかった彼女からの思いがけない言葉に、サルヴァ王子は戸惑っていた。
「それは多分……、殿下が迷われている……からだと思います。御自分の信じる事をなさって下さい。殿下。戦う事を止める事は出来ない。殿下がそう言われるならそうなのでしょう。それでも私は、やはり攻めた方が悪い。そうは思います。ですが、でも、それでも戦う必要があるのだとしたら、迷ってはいけません」
その言葉に、王子はアリシアに視線を向けた。彼女はやはり微笑んでいて、王子は思わず視線を逸らしかけたが、その衝動に耐え視線を合わせた。目を逸らしたまま聞く言葉ではない。そう感じたのだ。そして何か言おうとしたが、上手い言葉が見つからない。
しばらく見詰め合っていたが、やっと王子が口にした言葉は、
「分かった。そうしよう」
と言う、ありきたりなものだった。だが、それでもアリシアは十分だと思い、また微笑んだ。そしてその微笑に今度こそ耐えられなくなった王子は彼女から背を向けた。
「帝国への対応を考えねばならん」
そう言って扉へと向かう王子の背に、アリシアが声をかけた。
「その敵将のディアス……と言う方は、どのような方なのですか?」
「強い……な。戦いの前に調査した結果では、確かに指揮能力には優れているが、帝国の民衆を攻める、そこまでやる者とは考えていなかったのだ。だが、私の判断が甘かったらしい。勝てない……かもしれん」
アリシアに振り返って答えたその、勝てないかも知れない、と言う言葉は、王子の素直な気持ちだった。
負けたと認めて戦いを止めろ、というアリシアの言葉には反発したが、ディアスのなりふり構わぬランリエルそして帝国への海岸線攻撃に、対しえぬ。そうも考えていたのだ。
そしてセレーナとの事、今交わされた言葉から、アリシアに対して強がっても仕方がない。そのような心境だったのだ。
その言葉に、2人の間の壁が取り払われたのを感じたアリシアは、すねていた弟がやっと素直になった姉のような気持ちで、精一杯の気休めの言葉を掛けた。
「いえ、殿下。殿下はお勝ちになります。私が保証します」
「お前に戦いの何が分かる」
アリシアの無責任な言葉に思わず苦笑して言った王子だったが、慌てて
「あ、いや、すまん。礼を言う」
と言い直した。さすがにアリシアが、自分を励まそうとしてくれていると言うのは王子にも分かる。
そして扉を開けて廊下に出て自室へと向かう王子の背に、扉に手をかけ廊下に顔を出したアリシアがまた声をかけた。
「ディアスと言う方は、きっと迷いが無いのだと思います。だから小国にもかかわらず殿下を苦しめる事が出来るのです。ですから殿下が迷わなければ殿下が勝ちます!」
軍勢を率いる両国の総司令が同じ境地に立てば、国力が勝るランリエルが勝つ。アリシアの言葉は単純な発想からのものであったが、それだけに一面の正しさはあった。
その言葉に王子は振り返った。その顔には微笑が浮かんでいた。確かにディアスと自分との差は、能力の差よりも覚悟に差があるのでは。王子はそう考えたのだ。
「分かった。分かった。そうする。私は勝つからもう心配するな」
「あ、でも、死なずに生きて帰ってくるという方が優先ですから、忘れないで下さいね」
「ああ、分かっている」
そう言うと王子は軽く手を振り再度背を向け、そして今度こそ自室へと向かった。




