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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
63/443

第38話:不遇の王弟

 国境を越えたコスティラ軍2万を率いるは、王弟ロジオン・ウォロノフである。


 王弟と言っても、サルヴァ王子よりも若く26歳だった。灰色がかった短い髪と目を持ち、肌は白く、そのあまりの白さに顔はむしろ赤らんでいた。骨太の巨体を茶色い丈夫そうな馬に乗せている。


 彼はこの出兵で比類ない武勲を立てようと意気込んでいた。いや、すでに歴代のコスティラ将軍達が成しえなかった事を彼は成しえている。


 常にバルバール軍の為国境で追い返されてきたコスティラ軍が、ついにその国境を超えたのだ。だがそれは、敵本隊が反対側の国境で別の敵と戦っているおかげである。誰もが認める武勲を別に立てる必要があった。


「どうだ。どうせならこのまま王都まで進撃し、占領してしまおうではないか!」

 ロジオンは勇ましく声を張り上げたが、参謀のイリューシンが制す。彼は国王から、王弟のお目付け役を仰せつかっているのだった。

 王弟より倍ほどの年齢の短い赤毛の参謀は、赤い不精ひげで囲まれた口を開いた。


「確かに今、バルバール王都は手薄です。占領するのは容易いでしょう。ですがその後が続きません。敵本隊4万が帰ってくれば今度はこちらが劣勢となります」


「敵が戻ってくれば、その前に撤退すれば良いではないか。今まで我らを退け続けていた奴等に一泡ふかせ、その王都を徹底的に破壊してやればよいのだ!」


 武勲を欲する王弟は諦め切れず、そう言って食い下がった。彼が望むのは、バルバール王都を占領した。という目覚ましい勲章であって、後の事などどうでも良いのだ。


 しかしイリューシンは厳しい目で王弟を睨んだ。王族を睨みつけるという行為に、躊躇しない訳でもなかったが、そんな馬鹿な事をされては一大事と、厳しい口調で釘をさす。


「確かに警戒を厳重にすれば、戻ってきたバルバール本隊に捕捉される前に、逃げ去る事も出来ましょう。しかしバルバール本隊のさらに後ろには、ランリエル軍が続くのです。そうなってはバルバールはランリエルの物。ランリエルに利する行為にしかなりません。王都を落としても誰も武勲とは認めてくれますまい」


 王弟が、武勲を欲しがっていると察している参謀は、あえてそう言った。そして誰も武勲とは認めぬという言葉に、王弟も押し黙った。


 だが、彼がそこまで武勲に拘るのには理由があった。王位継承順位で言えば、現国王のマクシーム・ウォロノフではなく、実はこのロジオンこそが1位だったのである。


 王妃が彼を出産した、そのわずか3ヶ月後に前国王は逝去したのである。そして庶子ではあるが、すでに23歳になる兄マクシームが存在した。


 生後3ヶ月の世子と23歳の庶子。どちらが王位を継ぐべきか臣下達は協議を重ねた。とはいえ、国家にとって国王などしょせんお飾りであり、実務は臣下が行う。そういう意味では、国王が60歳だろうと生まれたばかりの赤子だろうとあまり変わりはしない。


 世子なのだからこの赤ん坊が国王になる。当初はそう思われていた。


 だがどこにも善意から、余計な事をする者がいるものである。


 他国から嫁いできた王妃は、自らの子があまりにも幼い為皆が不安がる。ならば頼もしい後援者がいれば皆は安心する。そう考えたのだ。


「我が祖国から第二王子の兄を呼び寄せ、宰相としてこの子の補佐をさせます。兄は国で一番の切れ者と評判でした。これでこの国も安泰です」

 と、宣言してしまったのだ。


 これにはコスティラ貴族、官僚、いや国民に至るまで慌てふためいた。そんな事をされてはコスティらは他国の言いなり。属国と化してしまう。


 臣下達は急遽庶子の王子を擁立し、状況を理解した王妃は慌てて兄を祖国に追い返したが、もはや手遅れとなっていた。こうして王位継承順一位のロジオンは、国王になり損ねたのだった。


 自らの失策により我が子を王位につけ損なった王妃は、我が子にそうとは言えず、

「年齢の差で、やむを得ず国王になる事が出来なかったのです。本来、お前こそが国王なのです」

 と言い聞かせつづけ育てたのである。そして言い聞かされつづけた方も、それを当然と思うようになっていたのだ。


 庶子である兄王の母親は国内の貴族である。それゆえ他国の意向にとらわれないと思われ、王位に就けたのだが弱みもある。


 それはその母の実家の貴族が優遇されるという事だ。今、国内の要職の大半はその貴族の一族が占めている。当然他の貴族には面白くない。王弟はそれら貴族達をまとめ上げ、一大勢力を作り上げていた。


 これには、兄を呼び寄せた王妃がその兄を祖国に追い返した為、祖国の王国とは絶縁状態となっている事も影響した。もしロジオンが国王になっても、今なら他の属国になり果てる事もあるまい。


 兄王にとっては危険な存在だが、王位継承順位を差し置いての即位に引け目もある。手を出しかね、それがまた弱腰に見えて、王弟は図に乗っているのである。


 そして国内での立場をさらに強めようと武勲を立てる為、今回手薄となったバルバール王国侵攻の司令官に名乗りをあげたのだった。


 本来難しい任務では無い筈だ。数が激減している防御陣地を抜き、国境付近に足場を固める。それ以上は侵攻しない。理由は参謀が言ったとおり、バルバール本隊が引き揚げて来ざるを得ないほどの打撃を与えてしまっては、ランリエルにバルバールを獲られてしまうからである。


 長年バルバールを攻め続けているのは、自分達がバルバールを獲る為。それをにわかにしゃしゃり出てきたランリエルに横から攫われる等、あってはならない事であった。


 その重要だが本来難しくはない任務ゆえ、実戦経験の少ない王弟が指揮を執っているのだが、もしそれをディアスが知れば、いつもの余裕をかなぐり捨てて慌てふためいたに違いない。


 コスティラ軍がバルバール王都を突かないと判断しているのは、ある意味コスティラの指揮官を信頼しているという事である。だがその司令官が、シルヴェン並の見識しか持っていないとなれば、その馬鹿げた王都突入をしかねない。


 その為王弟のお目付け役の参謀イリューシンに、ディアスは感謝してもしきれない立場である。


 ある意味ディアスを恐れさせる、王弟率いる2万の軍勢が国境まで進軍すると、早速計画とは違う状況が発生していた。敵は数が減ったなら減ったなりに、国境を固めていると考えていた。それが固めているはと言っても、戦力を一か所に集中させ砦に籠り、他の個所はコスティラ軍の通りたい放題という状況だったのだ。


「なんだこれは? 敵は国境を守る気が無いのか?」


 計画外の状況に王弟は首をかしげたが、参謀はすぐに敵の意図を察した。

「少ない兵力で広く薄く守ってもどうせ突破される、ならば無駄に兵を損なうだけと考えたのでしょう。兵力を一か所にまとめ、国境を通過する我らの後ろを牽制するのが目的と思われます」


「なるほどな。では早速攻めるか」


「いえいえ。何を仰るのですか。砦を攻めるには多くの兵を必要とします。敵本隊はランリエルと対峙しているため、ここに万を超える軍勢を置いているとは思えませんが、それでも我が方の2万で落とすのは困難。確かに後ろを敵兵に抑えられるのは厄介ですが、ここは無視して進むべきです。もし敵が追ってくればそれこそしめたものです。野戦ならば数が多いこちらが有利なのですからな」


「しかし、敵に我が軍の後ろを抑えられては、何かと邪魔にはならんか?」


「確かに邪魔にはなります。特に少ない護衛で補給部隊を呼び寄せれば間違いなく襲われます。面倒ですが、補給が必要になるたびに、1万ほどの軍勢を本国に帰し、その護衛に付けるしかないでしょう」


「まったく面倒な!」


 王弟は苛立たしげに吐き捨て、それを目に映した実質的に軍指揮官の参謀は、名目上の軍指揮官に見つからないように小さくため息をついた。とにかくやるしかない。今回は千載一遇のチャンスなのだ。


 地味な作業ではあるが、バルバール国内に拠点を築く事が出来れば、敵にとってはのど元に突きつけられた刃。悲願であるバルバール攻略の大きな鍵となるのである。


 その為イリューシンは、時には王都を攻撃すると騒ぎだし、時には逆に全く仕事をせず戦場生活の不満を述べるだけの王弟を宥め、何とか作業を進めていた。


 まず手をつけたのは、国境に建てられた敵砦の破却である。敵が立て籠っている以外の砦に火を放つ。これだけでも敵にとっては大きな痛手になる筈だ。


「なるほど。これで次にバルバールを攻める時には、かなり楽になりそうだな。だが、敵も阻止しようとするのではないのか?」


「はい。その可能性はあります。ですが、そうなればむしろしめたもの。何せ野戦となれば、我が方が有利なのですからな」


「うむ。確かにな」


 王弟と参謀は敵が出てくるのを待ち構えたが、結局それは起こらず、火を点けた砦は残らず灰となった。

 さらに国境の山岳地帯を進み、平坦な場所に出る少し手前に小高い山を見つけて、そこに拠点を築く事にした。


「こんな敵の只中に要塞を建設して大丈夫なのか? すぐに敵に囲まれよう」

 王弟は懸念を呈したが、参謀はそれを払拭すべく口を開いた。


「ここに要塞を築き2万ほどで篭れば、全軍動員しても精々5万のバルバールには容易に攻め落とせません。そしてこの要塞を敵が囲めば国境は手薄となり、敵が国境を固めれば、要塞に篭っていた軍勢でその背後を撃つのも、王都に迫るも思いのまま」


「そうか。確かにそうなれば、バルバールの死命を制する事ができるな」


「はい。その通りです」


 意外に素直な王弟の反応に、イリューシンは安著のため息を付いた。その素直さの元が、自分を信頼してくれているが故なのか、王都攻撃を反対された事により自身で考える事を放棄してしまったが為なのかは、どうでも良い。とにかく自分の考え通りに軍勢で動かせるのはありがたかった。


「作業は急がなくてはなりません。バルバールとランリエルとの決着が着く前に終えなければなりませんからな。バルバール軍本隊4万が戻ってきてしまっては数で負けます」


「うむ」


 参謀の言に王弟は再度素直に頷いた。だが、ならばもっと早くから出陣すればよさそうなものではある。


 彼等にしてみれば、戦いの決着はもっと早くつくものと想定していた。というのが正直なところだった。それが思いの外長引いている。そしてこんなにも長引くならと、今更ながらの出陣となったのだ。だがそれゆえに、無駄にした時間を取り返すべくイリューシンは作業を急ぎに急いだ。


 見渡す限り山々が広がり木材は豊富にある。資材には事欠かない。だが残念な事に敵もコスティラの侵攻を予測していたらしく近隣住民は避難しており、村々を巡っても米粒一つ略奪できない。現地調達が出来ないのである。


 あくまで目的は拠点の構築。略奪をするのに遠出はしていられない。それにいくら本隊がランリエルと対峙しているとしても、地元領主の軍勢もどこかにはいる。


 それを少数の軍勢でむやみに敵国内で、うろちょろするのも危険である。とはいえ、略奪に万の軍勢を動員しては作業が滞る。本来の目的以外の行動は慎むべきだ。


 こうしてコスティラ軍は、バルバール、コスティラ側国境で略奪もせず、汗を流して土木作業に勤しむのだった。




 コスティラ軍が真面目に働くその反対側。バルバール、ランリエル側国境にて、コスティラ軍侵攻の報告を受けたバルバール軍総司令官フィン・ディアスは、ケネスを後ろに従え思案に耽った。


 机に右肘を付き、そこから伸びる腕の先の拳に顎を乗せ、軽く俯き目を閉じていた。


 軍勢を率いるコスティラ王弟が、シルヴェン並の見識しかないと知らずにすみディアスは幸せだった。知らずにすんでいる彼は、コスティラ軍が国境付近に要塞を築いていると報告を受け、敵司令官がまともな判断が出来る者と安心していたのだ。


 王都を目指さず要塞を建設する。つまりそれは、バルバールに重大な被害を与える事は、結局ランリエルに漁夫の利を得られるという事を理解しているはずなのだ。


 そしてそうなると対応は簡単だった。ディアスは閉じていた目を開け、大きく伸びをした。上官の思考を妨げてはと黙っていた従者は、その思案が終ったのかと口を開いた。


「コスティラ軍の対応は大丈夫なんですか? 国境近くに砦を建設しているそうですけど」


「それなら問題ない。簡単に追い返せるよ」


「え? そうなんですか?」

 ケネスは驚いた風に声をあげたが、ディアスは平然と答える。

「ああそうだ。簡単だ。ちょっと考えてみるといい」


 兵法の師匠でもある男の言葉に、少年は考え込んだ。コスティラ軍は2万。それを簡単に追い返すというなら、それ以上の軍勢を向かわせる必要があるはずだ。だがこの国境から2万以上の軍勢を動かすのはあまりにも危険である。


 しばらく考え込んだ後、少年兵法家はその作戦を自信を持って答えた。

「この本陣から1万の軍勢を向かわせます。そして王都に篭る3千、コスティラ側国境を守る7千も出陣させ、3方向から攻めるんです。合計2万で敵と同数ですけど、3方向から攻める我が軍が勝ちます!」


 だが、その自信満々の作戦に師匠は、うーん、とかすかに笑みを浮かべて首を捻った。


「駄目……ですか?」


「そうだな。その作戦には2つ問題が有る」


「2つも?」

 考え抜いた作戦に、2つも問題があるという指摘にケネスは驚いた。本陣から兵は割けないという事も、敵を包囲した方が優位という事も、間違いないと思ったのだ。だが師匠からの指摘は、大前提に問題があるという事だった。


「そう2つ。1つは敵がまったく警戒していないという前提。そして敵が無能という前提さ。敵だって偵察ぐらい出している。特に国境は敵にとっての退路。逐一報告されている。砦から出た瞬間報告され、むしろ2万の敵に襲われてしまうよ。相手だって敵国の只中に居る事の危険性ぐらい承知している。それが警戒を怠るなんて、あり得ない話だよ。あまりにも敵を無能と決め付けている」


「も……申し訳ありません」

 ケネスは赤面して頭を下げた。指摘されてみれば、確かに机上の空論に過ぎたのだ。その様子にディアスは苦笑して少年を宥めた。


「いや、失敗するのは良いんだ。むしろ失敗させる為に聞いたんだからね」


「え?」

 わざと失敗させる為に聞いたとはどういう事だろう? 意地悪だったのだろうか? ケネスは思わず上官を見詰め、ディアスは再度苦笑する。


「人間、普通に教わるより、失敗してそれを教訓とする方が身に付くもんだ。とはいっても、戦場での失敗は多くの命がかかっている。失敗を良き教訓に、なんて言ってられない。精々今のうちに沢山失敗しておくんだ。そして戦場では失敗するな。戦場での失敗に、気にするな、なんて私は言わないよ。もっとも戦場で失敗するくらいなら死ね、なんて事も言えない。そんな事をしても失敗は償えない。自分1人の死で、大勢の命を失った失敗を償えるなんて思うのは傲慢だ。次は失敗するな、としか言えないかな」


「……すみません」

 ディアスを一瞬でも疑った自分を恥じ、ケネスは顔を俯かせた。


「まあ、気にする事はない。それじゃあ正解っていうか、私が考えた方法を説明しよう。紙を筆を持ってきてくれないか?」


 ケネスは急いで言う通りの品を持ってきて差し出した。それを受け取ったディアスは、紙にさらさらと文字を書き、差し出された物を返す。その書かれたものを読み、少年は首をかしげた。それにはこう書かれていたのだ。


『貴軍が建設している要塞は、築かれればバルバールの死命を制せられる。ゆえにそれを阻止する為、ランリエルと対峙している軍勢から半数を率い、決戦を挑む』


 国境から2万もの軍勢を割いてしまっては、国境を守るのは難しいのではないか? それに同数で確実に勝てるのか? いや、尊敬する総司令の能力を疑うものではないが、敵が無能と考えてはいけないと、今さっき言われたところなのだ。


「あの……これは……」

 と、戸惑った声をあげる少年に、意地の悪い笑みを浮かべた総司令は説明を始めた。


 その書状を受け取った彼らはどうするか? その決戦を受け勝利を目指すのか?

 いや、国境のバルバール軍は、残り2万でもしばらくはランリエル軍を抑えられるが、決戦に出向いた軍勢が壊滅してしまっては致命的である。いずれランリエル軍は国境を突破してしまう。そうなればバルバールはランリエルのものである。


 では、建設中の要塞に立て籠り、対峙し続けるのか?

 それでも、いずれランリエル軍は国境を突破してしまう。


 それでは、わざと負けるのか?

 考えるだけ馬鹿馬鹿しい事である。


 結局彼らは、その一枚の紙きれで退却するしかないのだ。


「なるほど……」

 その説明にケネスは感嘆の声をあげた。敵を追い払うには、その敵を撃破する必要がある。そう考えていたのに、戦う必要すらなかったのだ。


「作戦を考えるには、その前に敵の目的と状況を正しく認識する必要がある。今コスティラは要塞を建設している。だが真の目的は要塞を築くことじゃない。それは手段に過ぎない。バルバールを征服するという目的のね。その為には、バルバールはコスティラ以外の国に征服されてはいけないんだ。コスティラ軍を率いる司令官は有能だ。それゆえにバルバールの死命を制する要塞を建設している。だからこそ我が軍はそれを阻止しなくてはならない。国境を手薄にしてもだ」


 だがその結果、書状一枚でコスティラ軍は引き下がらざる得ない。ランリエルに漁夫の利を得らせない為に。


 少年は、改めて尊敬する司令官への、その尊敬の念を深くした。この人に追いつくことなど出来るのだろうか? いや、半分でもいい。それだけでも近づければ、十分名将と呼ばれるに値する。


「だが、それでも使者の往復や交渉期間を考えれば、ランリエル本陣への増援が到着してしまう。ランリエル軍との同兵力での決戦に、水を差された事に違いはないな」


「え? それでは、サルヴァ王子との決戦はどうするのですか?」


 全軍その準備に勤しみ、殺気立っている。コスティラ軍が国境を越えては来たが、それは簡単に追い払えるのではないのか。だったら決戦をすべきではないのか。だがディアスの返答はあっさりしたものだった。


「いや、やらないよ」

 と、さばさばとした風にさらりと言った。


「え? どうしてなんですか? コスティラ軍を追い払うのは簡単……。あ! そうか、ランリエル軍を倒してしまっては、コスティラ軍は遠慮なくうちと戦えるんですね」


「そう、その通り。そして、正直なところ、当初考えていたよりもサルヴァ王子が手ごわい。ランリエルとの決戦に勝ったとしても、こっちも満身創痍になっている可能性が高いからね。そうなると万一にもコスティラに遅れを取る事も考えられる。そしたらバルバールにはもう後がない。コスティラの2万に王都を落とされかねない。そんな危険は冒せないよ」


「そうですか……」


 そうなれば、ランリエルとの我慢比べの再開である。だがその勝負では勝ち目は薄く、勝ってもその後のコスティラへの対応を考えれば負けと同じである。書状一枚で追い払われたコスティラ軍が再度侵攻してきかねないのだ。


「となると、ただで返してやる事は出来ないみたいだな。一度王都に戻る。軍勢は置いていく」


「え? 王都に?」


「さあ、準備を急いでくれ、早く王都に戻りたいからね。ドイル国王陛下にお会いするんだ」


「ドイル王に?」


 思わぬ人物の名前に意表をつかれ、ケネスは驚きの声をあげた。今は国家存亡のときである。国王陛下には十分出番があるはずなのだが、軍事に政治にと責任者を任命した後は、まったく口を出さぬこの国王を、ともすればみな、その存在を忘れがちになるのだった。


「ああ、陛下に重要な話があるんだ」

 と、かすかに笑みを浮かべて言うディアスの言葉に、自分の国の国王陛下を失念していた事を悟られたとケネスは赤面した。

 そして、居たたまれなくなり、

「では、準備をしてきます!」と、そそくさと部屋を後にしたのだった。

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