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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
55/443

第31話:譲らぬ両雄

 大陸歴629年春。

 バルバール、ランリエル国境で、それぞれの陸軍、海軍は対峙した。


 陸軍はバルバールが4万。ランリエルは5万。そして海軍は……。


「ランリエルの艦艇数が我が方の1.5倍だって!?」


 普段取り乱す事の無いバルバールの総司令官は、その報告に思わず大声を上げた。


 歴戦のバルバール海軍とほとんど戦闘経験の無いランリエル海軍とでは質が違う。その為互角に戦うには、バルバールの艦艇1に対しランリエルは1.5を必要とする。そうディアス及びバルバール海軍の提督達は計算していた。


 そして、ディアスはサルヴァ王子も同じように考えていると断定していた。もし、経験、質の差を理解せず、同数で互角に戦えると考えているとすれば、サルヴァ王子など敵ではない。だが間違いなくランリエルはバルバール海軍を大きく上回る数を揃えてくる。そうも確信していた。


 逆に言えばランリエル海軍の艦艇数がバルバールのそれに対し1.5倍以下になるようにすれば優位に戦える。その為バルバール海軍では、艦艇数を誤魔化す事に腐心していたのだった。


 老朽艦と新造艦を入れ替える際に老朽艦を破棄すると見せかけ秘匿していた。そして先のコスティラとの戦いで、火を付け港に突入させた艦艇は、実はその老朽艦だったのだ。


 海戦時に降伏したコスティラ海軍の艦艇からも、損傷が少なく性能的にも用を成す物は密かにバルバール海軍の艦艇として組み入れていた。その為バルバール海軍の艦艇数はランリエルが認識してる数を大きく上回っている。はずだった。


 ゆえに開戦時にはバルバールとランリエルの艦艇数比は1対1.2から1.3。そうなるとディアスは考えていたのだ。だが、にも拘らずランリエル海軍が1.5倍の数を揃えてくるとは……。


 報告は受けたディアスは、バルバール、ランリエルとを隔てる国境の山岳地帯から海に浮かぶ両軍の艦隊を見渡せる場所に移動した。そして付き従う従者に振り返った。


「中々思い通りにはいかせて貰えないようだよ」


「敵の数が1.5倍なら、戦力としては互角なんですよね? 海戦には勝てるでしょうか?」


「そうだな……。艦隊を率いる提督のライティラには、優位で無ければ戦端は開かないように言ってある。この状況ならライティラは攻撃を仕掛けないはずだ」


「ですが、ランリエル海軍の方から仕掛けてくるかも知れませんよ?」


「その通りだ。だが、ランリエル海軍が仕掛けてきてもバルバール海軍の質なら、十分戦いを避け逃げる事は出来る。まあ、敵がそれでも追いかけてくれば戦列は乱れ隙が出来る。逆にこちらの攻撃の好機だろうね」


「それが、敵の罠と言う事は無いのですか?」


「私も海戦の専門家ではないが、互角の戦力なら、浅瀬の位置や海流を知り尽くしたバルバール沖での戦いで、バルバール海軍が後れを取る事は無いよ」


 専門家では無いと言いながらそこまで分析できるディアスの言葉に、ケネスは思わず赤面した。ディアスの分析は、ケネスですら考えてみれば分かるほど、もっともな話だった。


 将来ディアスのような将軍を目指す少年は、無意識に初めから自分には分かり得ないと考え、分析する努力すらしなかった事を恥じたのだ。


 恥じ入る従者にその上官は苦笑しつつ、彼を救う為に話題を転じる。


「だが、敵もそこまで無理はしないだろうね。取り敢えずは様子を見るだろう。将来的にはその限りではないが」


「将来的には攻めてくるとお考えですか?」


 ケネスの何気ない問いかけに、ディアスは顎を摘み考えつつ口を開いた。


「そうだな……。戦力が互角ならばバルバール艦隊は守りを固める。状況を打破したければランリエル艦隊から仕掛けるしかない。だが……さっき私も言った通り、その時バルバール沖での戦いに持ち込めば、こちらが圧倒的に有利だ。敵もそれは分かっているはずだ。攻勢に出るにしても何かしらの手は打ってくる」


「なるほど。そうですね。あ。そう言えば、ランリエルはどうやって艦艇を揃えたんでしょう?」


「うーん。それは我々の情報収集の網に掛からないように、隠密に建造したとしか言いようがないな」


「そうですか……。でも、せっかくランリエルより戦力が多くなるように数を揃えたのに、向こうも数を揃えてしまったのは残念ですね」


 落胆した様子の従者に、総司令はその肩を叩き微笑んだ。


「なに、ものは考えようだ。こちらが数を揃えなければ、ランリエルにその数で負けていたんだからね。私達のしていた事は無駄じゃない。戦いとは万全の準備を行ってから戦端を開くものだ。そして敵が強敵であればあるほど、その準備の僅かな漏れが致命的となる。今回はその準備によって我々は隙を作らずにすんだ。そういう事だよ」


 だがそうは言うものの、少年から尊敬の眼差しを受けつつ内心苦笑していた。敵こそがその隙を作るであろうと期待していた自分に、我ながらまだまだ考えが甘いと自嘲していたのだ。



 一方ランリエル軍でも、この状況を副官のルキノから報告を受けたサルヴァ王子は、眉をひそめ、不快そうに問いただしていた。


「バルバールの艦艇数が予想より多いだと?」


「はい。今回の戦いではバルバールの1.8倍の数になるようにと計画していたのですが、バルバール海軍の艦艇数が想定を大幅に超えております。その結果我が海軍の艦艇数は敵に対し1.5倍にしかなっておりません」


 サルヴァ王子もディアスの予想通り戦力比の分岐点はバルバール海軍の艦艇数に対し1.5倍。そう設定していた。そしてその1.5倍以上の艦艇数を備えれば優位に立てる。はずだった。


「まさかバルバールに、カルデイ帝国内でも艦艇を建造していたのを察知されたのでしょうか?」


 副官ルキノの言葉通り、実はサルヴァ王子が帝国から強引に接収した軍事施設の中には造船所なども含まれ、そこでランリエル海軍の艦艇を建造していたのだった。


「いや、奴らも情報の収集には手を尽くしていようが、バルバールと帝国の間にはこのランリエルが行く手を阻んでいる。しかも帝国での建造は極秘に進めていた。その情報が漏れたとは考えにくい」


 建造される軍艦は、表向きは商船として公表されていた。ランリエル国内ですら、王子とその腹心以外はカルデイで軍艦が建造されているなど誰一人知る者は居なかったのだ。


 ランリエル国内で商船建造の予算を立て、艦艇数を管理する役人達ですら、自分達は商船建造計画のすべてを把握していると信じて疑わなかったのだ。


 だがランリエルと帝国との情報のやり取りは人の手を介して行われる。そしてその情報を伝えるのがサルヴァ王子の子飼いの者達だったのだ。商船10隻分の予算を元に艦艇を建造すると帝国に伝えるはずのその者達は、帝国の造船所に到着すると軍艦5隻を建造するように伝え、その完成報告はランリエルには商船10隻の完成として報告された。


 時折、建造計画に予算の流用や賄賂などの不正が無いかを調査する者達すら、王子の手の者だったのでその発覚には用をなさなかった。ランリエル国内ですらその事実を知る者はほとんど居ない状態で、バルバールがそれを察知するのは至難の業のはずである。


 もしそれでもバルバールがそれを察知しえるとすれば、情報によらず推測によってであるはずだが、さすがにそれも難しい。


 去年末に起こったランリエル国内での反乱発生時に、サルヴァ王子の軍勢が国境を越えて国内に戻った方法が、実は帝国国内で建造された軍艦を使用したものだった。などという事を遠く離れたバルバールから推測する事は不可能だ。


 ランリエル、帝国は長年戦い続けていた。戦火に巻き込まれない為、その国境付近に住む者などほとんど存在しない。帝国から海路でランリエル国内に入った王子の軍勢は、その国境付近を選んで上陸したのだ。


 目撃情報も無く、推測だけでそこまで見抜ける者が居るとは思えない。たとえ王子が強敵と認めるバルバールの総司令といえどもである。


 だが現実は、艦艇数比1.5になる数をバルバールは揃えている。なぜか……。そう考え込んだ王子だったが、不意に「くくっ」と小さく失笑を漏らした。そして副官に自嘲の笑みを向ける。


「考えれば簡単な事だ。バルバールはこちらの策を読んで、それに対する数を揃えたのではない。奴らが考えたのは私と同じ事だ」


「殿下と同じ事?」


「そうだ。その方法までは今すぐに推測出来るものではないが、向こうも相手より優位に立とうと艦艇数を誤魔化した。こちらと同じくな。ただそれだけの事だ」


「では……。この結果は偶然と言う事ですか?」


 戸惑いながら問いかけるルキノに王子は苦笑し答える。その目は笑ってはいたが、有能と信じている副官に対し若干落胆の色が混じっていた。


「いや必然だ。敵より優位に戦いを進めるには相応の準備が必要だ。私も奴ら……バルバールの総司令もそれを怠らなかった。その結果だ」


 そして胸中で知略を尽くし戦う敵将に語りかけた。取り敢えずは、ここは引き分けという事にしておこうか。だが……、ここで引き分けなら、この戦い私の勝ちだ。フィン・ディアス。



 結局双方の海軍は思惑が外れた為海戦を行わず、海上で睨みあい夕刻と共にそれぞれの港に引き上げた。そしてそれ以降双方の艦隊は、お互い相手の出方を待つ為港で息を潜めたのだった。

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