第26話:反乱軍の末路
セレーナ、アリシア、2人の寵姫と合流したサルヴァ王子の軍勢は、帝国国境を封鎖する反乱軍を避け王都に帰還した。
王都では、帝国に取り残されたと思われていたサルヴァ王子の突然の生還に沸いた。これは王子があえて先触れの使者を王都に向かわせず、さらに目立たぬように海岸線にそって進軍し、しかも通過する村々にも緘口令を布いた為だった。
なぜそのような事をしたのかと言えば、それには当然理由がある。反乱軍は王子が無事と知ればすぐさま軍勢を解散させ、何かと理由を付け敵意は無かったと申し開く事は目に見えていた。それでは折角不満分子を炙り出した意味が無い。
それをさせぬ為には、国境にいる彼らに申し開く間を与えぬ事が必要だった。サルヴァ王子は素早く軍勢を展開し、彼らを有無を言わせず包囲してしまったのだ。
サルヴァ王子はバルバールに対し十分な備えを残し、5万の軍勢を持って反乱軍を包囲した。
「反乱軍は守りを固めています。そして今回の事は誤解であると使者を送ってきております。いかが致しましょう」
本陣で、副官ルキノからの報告にサルヴァ王子は頷いた。
「まあそんなところだろうな。私が率いる倍の軍勢を相手にして勝てるとは、さすがに彼らも考えてはおるまい。すべて予定通りだ」
「では、こちらも予定通り事を運びますか?」
あまりにも予定通りな状況に微笑んで答える副官に、王子は不敵な笑みで応じる。帝国、ベルヴァースの名将と戦い、しのぎを削ってきた王子である。今まで戦いに際して私兵を派遣するも、指揮する者についてはすべて代理人を立てていた名門当主など相手にならない。
もっとも王子にしても、無能な名門当主などが指揮官として来られても迷惑だ。代理人を派遣してくるのは望むところだったのだが。
王子は忠実な副官に、かねてからの計画通りに命じた。
「ああ。カーサス伯爵と、上手く連携をとり事に当たってくれ。その対応により今後の展開が大きく変わってくる。もっともすでに最善の結果への道筋は付けられている。後はそれを踏み外さぬ事だけだ」
カーサス伯爵は、情報操作にその才能を発揮していた。帝国に居て正確にランリエルの内情を読み取り、サルヴァ王子に組する判断をした男である。その手腕は傑出している。
「承知いたしました。サルヴァ殿下」
ルキノは一礼し本陣を後にした。すべて計画通りであり後は彼らに任せればよい。そう考えた王子は、その後の事について思いを馳せる。来年春に予定しているバルバールとの戦いについてだ。
戦力だけで考えれば、バルバールはランリエルの半分以下。勝って当たり前の勝負である。だが現実はそう甘くは無い。バルバールとランリエルを断する国境の天険が、その戦力差を生かす事を許さない。
バルバール軍を率いる総司令ディアスは、音に聞こえた戦巧者。ランリエルと同じく、バルバールを大きく上回る戦力を有するコスティラに対し勝利を積み重ねている男だ。同数では負けぬまでも勝てない。サルヴァ王子はそう想定していた。
いや、厳密には、勝てぬと想定して戦略を立てる。そう考えていたのだった。ならばどうすべきか。一つはディアスを凌駕する戦力をぶつける。ならば勝てる。だが国境の天険が邪魔をしてそれは難しい。ならば残る手は……。
ある日、ガリバルディ公爵を盟主とする反乱軍に、サルヴァ王子の名で降服の使者が訪れた。その条件にガリバルディ公爵は青ざめ、絶叫した。
「私の首を差し出せだと!?」
サルヴァ王子の出した条件は、通常あり得ない条件だった。首を差し出すくらいなら最後まで抵抗するに決まっているからだ。もちろん部下思い、将兵思いの主君ならば、自分の首を差し出す代わりに他の者の命を助けて欲しい。そう考える事も無いではない。だが、自分の利益の為に反乱を起した者が、そのような殊勝な考えをする訳が無い。
事実、ガリバルディ公爵は王子の申し出を一笑した。
「馬鹿馬鹿しい。確かに状況は不利とはいえ、このような条件を飲むくらいならば、全軍打って出て一矢報いてくれるわ!」
むしろ戦意を高揚させた公爵は、そう吐き捨てたのだ。自分は王国でも屈指の名門の当主である。なぜ配下の命を救う為、自らが犠牲にならねばならないのか。
だがそれを反乱軍の副盟主といえるバリオーニ公爵とアラビーソ侯爵が制した。
「ガリバルディ公爵。落ち着きなされ。これは王子の我が軍を激し無謀な攻撃をさせんが為の策略で御座いましょう」
「さよう。バリオーニ公爵の言うとおりです。確かに王子の軍勢は我が軍の2倍。しかし守りを固めていれば、早々負ける事もありますまい。そして情勢の変化を待つのです」
「我らが粘りランリエルの情勢が不安定となれば、王子に組した帝国諸侯の動向もどうなるか分かりませぬ。帝国に不穏な動きがあれば、王子も我らといつまでも対峙している訳には参りますまい。その時こそ譲歩を引き出し、有利な条件で和睦すべきです」
元々帝国をランリエルに完全併呑せんと目論んでの挙兵にもかかわらず、その帝国頼みの策などあまりにも不甲斐ない。しかし、他者が自分に奉仕するを当然として生きてきた彼らである。他者を利用する事に何の呵責も感じない彼らには、帝国を頼りにするのもまた自然な発想だった。
ガリバルディ公爵も両名の言を良しとした。突撃命令も死ぬくらいならと考えただけである。生き残る算段が残っているならば、それにかけるのは当然だった。
「良かろう。ならば、もうしばらく様子を見てみるとしよう」
公爵はそう言って気を落ち着かせた。
だが実は、両名の提言は公爵を思っての事ではない。単にガリバルディ公爵の自殺行為といえる暴挙に対しての、もっともらしい逃げ口上にしか過ぎなかった。両名、我ながら即興で良く上手い話を作れたものだ。と、内心得意となっていたのだった。
だがその数日後、カルデイ帝国の動向を見守っている彼らに王子から新たな降服の条件がもたらされた。反乱軍に参加した諸侯が集まる中、使者が口上を述べる。
「折角多くの命を救わんが為、ガリバルディ公爵御1人のお命で事を収めようという、サルヴァ殿下のお心を分からず抵抗し続けるとはあまりにも不心得。殿下におきましては、反乱軍の副盟主たるアラビーソ侯爵も同罪とし、ガリバルディ公爵とあわせて御二方の命で事を収拾させよ。とのお言葉で御座います」
使者の言葉に、諸侯はざわめき1人の男に視線が集中した。ほかならぬバリオーニ公爵にである。副盟主と呼ばれるのはこのバリオーニ公爵と死を命じられたアラビーソ侯爵の2人だ。なぜバリオーニ公爵は死を命じられないのか。諸侯に胸中に穏やかならぬもの波うち、渦巻いた。
そしてバリオーニ公爵自身も内心穏やかではいられない。どうして自分には死を命じられないのか。自身の潔白を知っている公爵には、諸侯から自分へと疑惑の目が向けられている事など夢にも思わぬ事だった。公爵が考えたのは、自分がアラビーソ侯爵より下に見られている。それゆえに、死を命じられなかったのではないか。その疑念だった。
落ちぶれたとはいえ公爵。との自尊心は存在した。どうして侯爵ごときの風下に着かなくてはならないのか。だがもちろん死にたい訳ではない。自分にも死を賜りたい。そうとは言えずバリオーニ公爵は口をつぐんだ。
そして使者が引き上げると、改めて諸侯はそれぞれ親しい者達と集まり使者の口上について話し合った。
「やはり、ガリバルディ公爵もアラビーソ侯爵も殿下からの申し出は断るようですな」
「それはそうでしょう。お二方とも、自らの命で他の者の命を救おうなどと考える方では御座いません」
「確かに……」
「それにしても、もしやバリオーニ公爵はサルヴァ殿下と通じておるのやも……」
「確かに考えられぬ事ではありませぬ。ですが、そうであったとすれば、あからさま過ぎでは無いですかな? バリオーニ公爵はアラビーソ侯爵より下に見られている。それだけの事でしょう」
「しかし仮にも公爵ですぞ。公爵とは王族と血縁で連なる家柄。単に侯爵より爵位が1つ上という事とは訳が違います。それを公爵を下に見るなど……。王国の体制にもかかわる問題」
「では、だから公爵がサルヴァ殿下と通じている。そう仰るか?」
「そうは申しません。盟主たるガリバルディ公爵のお命はやむを得ぬとはいえ、やはり公爵は別格。副盟主でしかないバリオーニ公爵のお命は減免なさるという事なのでは」
「なるほど、ありそうな事ですな……」
諸侯が思い思いに意見を述べるなか、数日後さらに使者が到着する。使者はさらなる命の提供を求めた。だがその者の名に諸侯は驚愕した。
「ボンディーノ伯爵ですと!? 伯爵など、ただの物資運搬の責任者ではないか?」
いくらなんでも次に死を命じられるならバリオーニ公爵。誰もがそう見ていた。諸侯の疑惑はさらに深まった。そしてここまで来ると、さすがに公爵自身も己に向けられる諸侯の白い目に気付かぬ訳には行かなかった。
どうしてこのような状況になってしまったのか。公爵は焦りその為行動を起した。とはいえ特に上手い方法がある訳ではない。反乱に組している血族に連なる貴族達を招き自身の潔白を訴えたのだ。
彼らも一族の長のいう事である。公爵の必死の弁明に、もちろん信じますともと答えた。しかし心中の疑惑は晴れきれない。それどころか一族外の者にしてみれば、公爵が一族を集めなにやら密談を行っている。そう見えたのだった。
反乱軍は猜疑心の渦に巻き込まれた。もちろんこの状況はサルヴァ王子の指示によるものだった。反乱に組した諸侯を疑心暗鬼に陥れる為、あえてバリオーニ公爵に死を命じないのだ。もちろん諸侯の中にはそれを見破り、離間の策でしかない。そう断ずる者も存在した。
だがみながみなそのような賢明な者達ではない。我が子を賢人と信じる母すら、3人の人間から我が子が罪を犯したと讒言されれば、母はそれを信じ子たる賢人を疑うという。そしてバリオーニ公爵は賢人ですらなく、疑う人間は3人では利かない。王子の策を感じ取った者すら、周囲の者から公爵への疑惑を耳に入れられ続ければ、その言に染まる有様だった。
このような状況の中、バリオーニ公爵の一族で甥に当たるクレパルディ子爵が伯父である公爵に面会を求めた。公爵の率いる軍勢の天幕で人払いをし2人は対面した。
「私は伯父上の潔白を信じております。しかし伯父上の高潔も、他者から信じられなくては意味はありません。彼らが伯父上を疑うならば、いっそその期待に応えてやれば良いではないですか」
公爵は裏切りを進める甥の言葉に険しい視線で答えた。
「しかしそれではみなに、やはりそうだったのか。そう思われるだけではないか。そのような屈辱耐えられるものか」
だが子爵は目を瞑り首を振って、伯父の見解を否定した。
「伯父上……。もはや我々は、屈辱を感じずにはすまない状況に追い込まれているのです。確かに王子に組すれば、それ見た事かと言われましょう。しかしこのまま手をこまねいていれば、どうなると思うのですか? 我々は無実の罪で諸侯から罰せられます。それこそ屈辱ではないですか。それとも己のみ潔白と胸中に秘めながら、無実の罪で罰せられのが名誉とでも仰るのですか」
甥の容赦ない追求に公爵は唸った。確かにどう転んでも屈辱にまみれるのは避けがたい状況である。そして同じ屈辱を受けるならば生き延びた方がマシ。そう考えるのが普通だ。しかし公爵は古い人間だった。
「屈辱にまみれ生き延びるぐらいならば、真実を胸に死した方が、名誉ある公爵家当主としては当然であろう」
公爵の古風なヒロイズムに酔った言葉に子爵は内心ため息をついた。彼も公爵個人の問題で済むならば好きにさせるのだが、その下には多くの一族郎党がぶら下がっているのだ。伯父の自己陶酔に一族を道連れにさせる訳にもいかない。当然その中には子爵自身も含まれているのである。
「伯父上。ですが名誉を守り、さらに生き延びる道があるとすればいかがですか?」
「なに? 私の潔白を証明する手立てが有ると言うのか?」
「いえ。それは無理です。もはや伯父上が生き延びるには、王子に組するを事実とするしかありません」
話が同道巡りするかのような甥の言葉に伯父は激した。
「馬鹿者が! だからそれでは、裏切り者の汚名を着ると言っておるのではないか!」
「いえ、伯父上は、ガリバルディ公爵やアラビーソ侯爵を裏切るのではありません。サルヴァ殿下の命を受け、初めから監視する為に彼らに組したふりをしていただけなので御座います。これこそ王室に対し、忠義の行動ではありませんか」
「お前……。まさか初めから殿下と通じて……」
「伯父上、何事にも保険は必要です」
甥の言葉に驚愕の目を向ける公爵に、クレパルディ子爵はにやりと笑った。
数日後、ガリバルディ公爵、アラビーソ侯爵両名にバリオーニ公爵から使者が届いた。
「近頃不愉快な醜聞が飛び交っておりますが、私が裏切り者などとはとんでもない話。名誉あるランリエル王国の公爵として恥じぬ事を証明しよう。その為に是非お二方を招きしたい」
両名はそこまで言うならと招きに応じた。だがバリオーニ公爵の天幕に入ったところで、公爵の私兵に取り囲まれたのだった。
「バリオーニ公爵! やはり我らを裏切っておったのではないか! それを名誉を証明しようなど! このランリエル貴族の面汚しめ!」
ガリバルディ公爵は、薄汚い裏切り者を血走った目で睨んだ。だがバリオーニ公爵は内心の動揺を隠し切り、構えて平然と切り返す。
「ランリエル貴族として、サルヴァ殿下に弓引くなど持っての他。我は殿下の命を受け御主等を監視しておったのだ。御主等こそ王室に歯向かう裏切り者ではないか!」
「おのれ……。あれほど王子への誹謗を述べながらよくも抜けぬけと……。わが身惜しさに、我らを売る積もりであろうが!」
「おのが良心に恥じぬのか!」
両名は怨嗟を込め公爵をなじったが、それが2人の命数を縮める事となった。彼らの声に耐え切れなくなった公爵が脇に控える私兵に命じる。
「これ以上の問答は不要! 2人の首を落とし、サルヴァ殿下に献上差し上げるのだ!」
こうして反乱軍は戦闘をする事無く盟主と副盟主が打たれ、残った副盟主はそもそもサルヴァ王子の手の者だった。と言うあっけない結末で幕を閉じた。
王子は残余の諸侯はすべて不問とした。ガリバルディ公爵、アラビーソ侯爵の血縁に連なる者達すら、一族の当主に反乱に組せよと命ぜられれば断る事が出来なかったのだろう。とむしろ労いの使者を送るほどだった。もっともボンディーノ伯爵だけは、生贄の羊として処罰されたが……。
王子は国内の身分制度改革などを目指している訳ではない。自身に敵対する者達を抑える事さえ出来ればそれで満足だった。そして、自分に内心不満を抱く者の存在すら許さぬほど潔癖症でもなかった。
今回の反乱を戦闘をせずに終結させたのには複数の理由があった。まず第一はバルバール軍総司令官ディアスが認識していた通り、反乱軍の兵を討つなど自国の戦力の低下でしかなく、王子にとっては馬鹿馬鹿しい事でしかなかった。もちろん戦闘が不可避な場合もあるが、避けられるならば避けるべき事なのだ。
第二には、戦う事すら出来ず盟主、副盟主と言った首謀者のみが首を取られただけで終ったという事実が、更なる反乱を未然に防ぐ事に繋がる。
最終的に寝返ったとは言え生き残ったバリオーニ公爵をそのまま許す積もりは無かった。もちろん表立っては、我が為に尽力してくれたとみなの前でその労をねぎらい、かねてより王子の命で反乱軍内を暗躍させていたかのようには装った。しかしその裏でカーサス伯爵を使い、実はやはりバリオーニ公爵は形勢不利と見て反乱軍を寝返ったのだ。という風聞を流したのだ。
その為、反乱を起したところで形勢不利となれば首謀者が生贄にされ、裏切った者や他の者は不問とされる。諸侯はそう認識した。このような状況で誰が反乱の首謀者と成りえるだろうか? 首謀者無き反乱などあり得ないのだった。
こうしてランリエル王国の内乱は、ディアスの予想通りサルヴァ王子の圧勝に終わり、ディアスの予想に反しランリエル軍にまったく損害を生じさせなかったのだった。
反乱終結後、カーサス伯爵の邸宅の一室にクレパルディ子爵は招かれていた。
子爵にソファーに座るように進めた後、伯爵は手ずから客人のグラスにワインを注いだ。
「それでバリオーニ公爵のご様子は如何です?」
「かなり精神的に参っているようです。やはり反乱軍を裏切ったのだ。という風聞を気にしているご様子で……」
その風聞を流した当の本人は、自らのグラスにワインを注ぎながらさも気の毒そうに同情の言葉を吐いた。
「それは……。心労のあまり倒れられたりせねば良いのですが。しかも、公爵には跡取りとなる子息もいらっしゃらず、頼りになる者も居ないとか……」
「はい。ですが公爵には一人娘のクラリーチェ嬢がいらっしゃります。せめて私が公爵のお力になろうと、そのクラリーチェ嬢との婚約の許しを伯父上に申しでる積もりです」
「なるほど……。それは公爵も立派な跡取りが出来安心なさるでしょう」
微笑みながら気遣うような伯爵の言葉に、子爵は神妙に謙遜する。
「いえ、私など微力なものです……」
その言葉の応酬の裏で両名は同じ事を考えていた。いつ、この茶番を切り上げ爆笑しようかと。




