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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第25話:バルバールの現実主義者

 サルヴァ王子が帝国国境を突破し本国に戻ったという情勢は、バルバールにも伝わっていた。


 とはいえ他国、しかも遠く帝国国境である。正確な情報など集められようも無く、かろうじて知りえた情報は僅かなものだった。


「詳細は不明だが、とにかくサルヴァ王子とその軍勢はランリエル王都フォルキアに戻り、そして改めて数万を動員。帝国国境に展開している反乱軍を背後から包囲した。って事かい?」


 バルバール王都チェルタでの幕僚、そして主だった諸将が出席する軍議の席で、ディアスはランリエルの情勢を報告した士官にそう問いかけた。


「はい。その通りです」

 と短く応えたその仕官に、内心、詳細が不明ではまったく報告の意味が無いだろうと愚痴をこぼしたが、言ってもせんなき事と口をつぐんだ。そもそもこの仕官も貧乏くじを引いただけで、彼1人が情報収集からすべての実務をこなしている訳ではないのだ。


 そしてこの状況に1人の幕僚が意見を述べた。


「ディアス将軍。いかが致しましょう。計画ではサルヴァ王子と反乱軍が戦うその時、我らは海上より帝国に攻め込む予定でした。ですがこれでは……」


 途中で閉じられた言葉の意味を正確に読み取ったバルバール軍総司令ディアスは、目を瞑りため息をついた。そしてその語られなかった問いに答える。


「ああ、帝国を攻めても意味は無い。我々が帝国軍を引き付けても、サルヴァ王子と反乱軍の戦いになんら影響を与えない。国境を固める帝国軍が我らの迎撃に引き上げても、王子は少しも困りはしないさ」


 軍議の席からもそこかしこからため息が聞こえる。仮想、いや、ほぼ現実の敵国に対して打撃を与えられると思っていたにも拘らず、その相手にするりとかわされたのだ。やはり落胆は大きい。


 そしてそれを諦めきれない者が、夢を捨てきれず食い下がった。


「ですがいっその事、陸路からランリエルに攻め込むというのはどうでしょうか? 反乱軍とサルヴァ王子の軍勢との戦闘が開始されたその時、我が軍が国境を越え攻め込めば、反乱軍と我が軍とでサルヴァ王子を挟撃出来る筈です」


 それに対し、バルバール軍随一の現実主義者が答える。


「コスティラに大打撃を与えたとはいえ、我が軍がランリエルと戦闘状態となればコスティラが傷付いた体に鞭打って攻め寄せてくる事も考えられる。その為コスティラへの備えも必要だ。ゆえに対ランリエルに動員できる兵力は4万ほど。反乱軍は2万5千。サルヴァ王子が王都に帰還した以上、その動員は10万を超える。王子は我が軍に十分な戦力を差し向けた上で、反乱軍を倍以上の戦力で包囲し続ける事が出来る。我が軍が抑えられている間に反乱は鎮圧されてしまうよ」


「ですが、ディアス総司令ならば、我が軍に差し向けられた軍勢を撃破する事が可能なのでは。そして我が軍がランリエル王都フォルキアを突けば、サルヴァ王子は進退窮まります」


 ずいぶん自分を高く買ってくれるものだ。とディアスは苦笑した。


「そうだな。私は自分の能力を謙遜する積もりは無い。我が軍がランリエルに攻め寄せた場合、迎撃に来る戦力はほぼ同等だろう。同数ならば勝ってみせる。そう言いたいところだが、そう簡単に行かない」


「いえ、ディアス総司令なら必ずや……」


「サルヴァ王子は、反乱軍に対しては倍以上の戦力を投入するだろう。ならば他の者に任せられる。そして我が軍に対しては、サルヴァ王子自身が出てくる。私も王子と戦って必勝を誓えるほど自惚れてはいないよ」


「しかし総司令は常勝。サルヴァ王子が相手でも必ずや」


 だがその言葉にディアスは首を振った。


「常勝と言っても前回のコスティラへの侵攻を除けば、基本迎撃戦のみ。戦いとは守る側が有利。しかも国境は天然の要害で守られている。そのような有利な状況での常勝に自惚れるほど私は愚かではないよ。こちらからランリエルに攻めるとなれば、その有利な状況は逆転される。サルヴァ王子に不利な条件で勝つ。ちょっと難しいな」


 ディアスはそう言うと肩をすくめてにやりと笑った。深刻な状況にもかかわらずいささか不謹慎な態度であったが、あえて冗談めかす事によりしつこい追従者の口を封じたのだ。もっとも内心では口に出せばまさに不謹慎では済まされない事を考えていたのだが。


「とにかく現状、ランリエルの内乱について我らバルバール軍が介入する目は無くなった。短期間足を引っ張るだけなら色々手は有るが、そんな事をしてもしょうがない。それよりも、いずれあるランリエル軍によるバルバール侵攻に対する迎撃の準備を整えるべきだ」


 ディアスはそう総括し、軍議は幕を閉じた。


 その後、従者であるケネスと共に執務室に引き上げたバルバール軍総司令官フィン・ディアスは、執務室の重厚な机の椅子に座り、改めてランリエル王国に思いを巡らせる。


 今回の内乱でランリエルはどの程度の被害を受けるのか。反乱軍の兵力は2万5千。それは当然反乱に加担した貴族の私兵だが、各国の軍勢は王国所属の騎士団を中心とした直属兵と貴族達の私兵の混成軍。


 反乱軍が消耗すれば、それはそのままランリエルの動員兵力が差し引かれる。それを回復するに必要な時間は消耗した軍勢の数に基本そのまま比例する。当然サルヴァ王子の軍勢もだが、王子が圧勝すると読んでいた。損害のほとんどは反乱軍のものだろう。


 問題はどの程度の損害を受けるかだ。反乱軍2万5千すべてが一兵残さず消滅するなどありえない。通常全軍の3割を失えばその軍勢は壊滅と言われている。王子が圧勝する事を考えればそれ以上の損害を与える事も予想されるが、希望的観測はすべきではない。ここはその3割と見ておくべきだ。


 つまり7千から8千。ランリエル全軍で考えれば5%ほどとなる。ランリエルの国力から、ディアスはその回復に2ヶ月を要すると見ていた。バルバール軍では、元々ランリエルとの戦いは来年の春を想定していた。それが最低でも2ヶ月は先になる。


 バルバール軍はその得た時間で、迎撃態勢をさらに強化する事が出来る。内乱に介入できなかった事は残念ではあるが、その内乱はディアスが裏で手引きしたものなどではなく、バルバールにしてみればまったくの僥倖。これだけでも天からの贈り物と、ありがたいと感謝すべきだった。


 そしてディアスは思考を切り替えた。軍議の席で考えた、あの不謹慎な事についてだ。


「ケネス。どうやらミュエルとの結婚式は行えそうだよ」


 超常の力を有せずディアスの思考を読めぬケネスは、従兄であり上官でもある男の突然の言葉に戸惑った。いや、確かにランリエルに攻め込まぬならミュエルとの結婚式を行う予定だった来年2月に出陣はない。


 だがランリエルに打撃を与えるチャンスを失いバルバール軍としては不運としかいえない状況である。それを幸いとするような発言を、総司令官であるディアスがするとは思わなかったのだ。


「良いのですか? 確かに結婚式を行うのは可能ですが、他の人が総司令を悪く言うのでは無いですか?」


 ケネスの言葉は彼を思っての事だが、ディアスにとっては苦笑するしかない。


「私がそのような評判を気にするほど神経が細い男と思っているのかい? 言いたい奴には言わせておくさ。ミュエルは私の大事な妻だからね。自分の外聞の為に、その妻を悲しませるような事は出来ないよ」


 その言葉にケネスは赤面した。そしてやはりミュエルには自分より、この度量の広い総司令が相応しかったのだと改めて思った。自分に同じように考える事が出来る日が来るだろうか? 人に言われて気付くのではなく、自分で自然とそう考えられるようにだ。


 赤面するケネスに、ディアスは改めて苦笑した。また買いかぶられたか。そう思ったのだ。


「そう難しく考える事は無いよ。中止しなければならないから中止し、中止しなくて良くなったか中止しない。ただそれだけなんだからな」


「それはそうかも知れないですけど……」


「まあいい。どちらにしろいずれランリエルとは戦いになる。その時はケネス。お前の初陣にもなる。覚悟を決めて置けよ」


 そう。今まで体質的に兵士として戦うには向いていないという事で、とっくに初陣を飾っても良い年齢になっているにもかかわらず戦いに出た事がないケネスだったが、次の戦いではディアスの従者として戦場に出るのだ。


「はい! 必ず総司令のお役に立って見せます!」


 意気込んで答えるケネスに、ディアスは今日何度目か、数えるのも馬鹿馬鹿しくなりながらもまたも苦笑する。


「次の戦いでは、お前は戦場の空気を掴み取ればいい。それと私や他の将軍達の指揮から何かを得られれば御の字だ。他に何も期待しないよ」


 だがケネスは顔に不満の色を浮かべた。確かに自分はまだ未熟だが、それでも活躍を期待しないなどあんまりな言葉である。ケネスの表情からそれを読み取ったディアスは、ため息をついて少年に口を開く。


「私が前線に出ない総司令という事はお前も知っているだろ? まさか従者が総司令をおいて前線に出る積りじゃないだろうね?」


 あっ! っと、初陣に気負った為か、迂闊にもそんな簡単に気付かなかったケネスは赤面した。だがそれでも控えめながら反論をしてみせた。


「ですが、万一敵が本陣にまで攻めてくる事だってありえます。その時は必ず」


 そしてディアスは、その言葉にも首を振ったのだった。


「敵が本陣にまで攻めて来た時の従者の活躍ってなんなんだろうね。私は自分の腕がどの程度か知っている。とても敵と戦おうとは思わない。総司令が戦死すれば戦いは負けだ。だから敵が来たら私は逃げる。その時お前はどうする?」


 そうだディアス総司令は戦わない事で有名な男だった。改めてそう認識してみると、自分が戦場でどうすべきなのか? ケネスは自問しその回答を口にした。


「それは当然最後まで総司令に付き従います。僕は総司令の従者ですから」


 その答えに何を思ったのかディアスは椅子から立ち上がり、傍に控えて立つケネスと向き合った。そして自分より背の高い少年の頭に手をやる。


「違う。その時の優秀な従者の活躍とは、身を挺して敵を防いで私が逃げる時間を稼ぐ事だ。だが私は、お前にそんな活躍はして欲しいとは思わない」


 従者は上官が逃げる為の捨石になるべき。その言葉にケネスは絶句した。


「戦場では命の価値は平等じゃない。戦場にある時、私の命はバルバール全軍の誰よりも尊い。戦場で一兵卒を偉い将軍閣下が身を挺して庇い命を落す。なんて美しい話だろうね。だが指揮する者が死ねば戦いは味方の負けさ。そして数千、数万の将兵が命を落とす。1人の命の為に数千、数万が死ぬんだ。1人の為に数万の命を預かっている者が命を落とすなんて馬鹿馬鹿しい話さ。私は誰の命を犠牲にしても死んではならないんだよ」


 ケネスはディアスを、将兵を大事にする将軍と考えていた。しかし今語ったその言葉はそれとは反対だ。いや、普段のディアスの言動からも将兵を切り捨てるようなところは見当たらない。

 そしてディアスは、そのケネスの疑問を察しているかのようにその回答を続ける言葉に乗せた。


「兵法にもある通り、率いる兵士を我が子のように大事にすれば、兵士は指揮官の為に命をかけて戦ってくれる。だから兵を率いる者は将兵を大事にしなくてはならない。だがその裏で、命の価値の違いを計算しなければ行けないんだ。攻勢に出る時、自らが先頭に立つ。退却する時、自分は最後まで戦場に留まる。そのようにする将軍も多々居る。もちろんそれは間違っちゃ居ない。それによって将兵の信頼を得られ士気は上がる。戦いには士気が重要だからね。だが私はしない。私がそんな事をすれば、たちどころに戦死してしまうよ」


 そう言うと、ディアスはケネスの頭の上に乗せていた手を放し自分の頭を軽くなでつけた。そして自嘲の笑みを浮かべる。


「幸い私の剣の腕がまるっきりなのは有名だからね。お陰でいつも逃げ回っていても、大抵の人は文句を言わないので助かっている。もちろん何にでも例外はあるが」


 その例外とはもちろん、シルヴェン将軍を筆頭とする、家柄を頼りにディアスの台頭を快く思わない一派である。


「ディアス総司令は、どうして僕にそのような話をなさったのですか?」


 ケネスは今までディアスからさまざまな戦略、戦術の話を聞いていた。しかしこのような話をされたのは今日が初めてだったのだ。しかもその内容とは、将兵の命を計算によって切り捨てよ。と言う、その当事者である将兵に聞かれればディアスの人望が失墜しかねない事なのだ。


「さて、どうしてかな。それはお前が考えてくれ」


 そう言ってディアスははぐらかしたが、実際は明確な理由があった。ケネスの体質では好むと好まざるに寄らず、戦場での武勇など期待できない。そのケネスが軍人を目指すなら、ケネスの目標どおりディアスと同じ型の軍人を目指す事になる。


 それには今語った事を理解する必要がある。そして今語った事を聞いて、軍人と言うものが嫌になったと言うのなら、初陣を向かえる前に軍から去るべきだ。その判断をケネスに委ねたのだった。


「それでは、家に帰るとしよう。ミュエルに結婚式が行えそうだと伝えなくてはいけないからね」


 そう言ってケネスから背を向け、執務室から廊下へ通じる扉へと向かうディアスを少年従者は慌てて追いかける。


 そしてその背を見ながら思った。

 もしかして、歴代総司令随一の弱さを誇るこの男は、そう見せかけているだけで実は剣の達人だったりするのだろうか? と。いや、すぐにそれは思い直した。ディアスの体は貧弱とは言わないが、到底鍛えられているとは言いがたい。実は剣の達人などとはありえない。あまりにも夢見がちな妄想だった。


 だがさらに考えた。剣が上達しないように、わざと剣の稽古をしていないのではないか? と。もっとも、それを当のディアスに問いかければ、いくらなんでも買いかぶり過ぎだと大笑いしただろう。真偽の程は別として。

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