エピローグ:ランリエル皇国
ランリエル皇国皇都に凱旋したサルヴァ王子を、民主は大歓声で迎えた。あの大グラノダロス皇国と和平がなった。しかも、領土の割譲などランリエル側の一方的な負担もなしにだ。ランリエルはグラノダロス皇国と同格。
いや、それどころかサルヴァ王子の弟のサマルティ王子が、アルデシア王として迎えられるという。ならば、領土の割譲を受けたのはランリエルの方ではないか。これは勝利である!
「サルヴァ皇帝万歳!!」
「ランリエル皇国万歳!!}
「ランリエル皇帝万歳!!」
サルヴァ王子は、手を振り民衆に応えた。民衆の歓声は更に大きくなった。その歓声に耳を痛くしながらサルヴァ王子は宮殿に入った。しばらくの休憩の後、早速、執務を行う。
サルヴァ王子は、時間を無駄にせず、帰路にも複数の事案を思案していた。それを公式の文書としているのだ。
サルヴァ王子には兼ねてからの構想があった。各国の王族の子弟をランリエルの要職につけるというものだ。それによって各国の王族がランリエルの臣下であると明確になる。彼らに、名ばかりの虚職ではなく、やりがいのある責務を負わせ、それによってランリエルが動く、ともなれば、ランリエルと一蓮托生という意識も出るだろう。
さらに、サルヴァ王子は意図していなかったが、この構想を聞いたウィルケスが、
「なるほど。人質にもなりますしね」
と発言した事に
「確かにな」
と応えた。
そのため、サルヴァ王子は、更に、要職に付けた各国の王族の責務には、多少の旨味もあるようにした。例えば、交易品の税率を管理する大臣に就いた者は、その商品を扱う商人などから袖の下が期待できる。国家規模の公共事業を管理する大事ならば、その事業を請け負う業者からだ。勿論、国家運営に支障が出ない範囲だが、ランリエル皇国ともなると動く金額が違う、その金額の僅かでも個人の懐を満たすには十分だ。
もし、単に各国の王族に役職につけと言われても、
「私には荷が重く、ご期待には沿えませぬ」
と断ることも出来るが、これだけの旨味があれば、断る方がおかしい。と皆が考える。
これだけの旨味があるのに断るという事は、
「ご子息がランリエルに留まると、何か不都合があるらしい」
と、勘繰られる。そう言う雰囲気が広まれば、彼らも断りにくい。多少、小細工に過ぎるが、何、彼らを重用していけば、自ら志願してくる者も増えるだろう。
カルデイ帝国、ベルヴァース王国、バルバール王国、コスティラ王国、ケルディラ王国など、各国の王族に向けて’辞令’を発行した。事前に通達、承諾を得ずに行われたのだ。辞令を受け取った各国では、上を下をの大騒ぎになるだろうが、それだけに反発も大きくなる。
反発を大きくしてどうする。というものだが、後から反発されるより、初めに反発されて懐柔する方が後は楽だ。グラノダロス皇国と和平がなったランリエルは、現在、絶頂期にして安定期のスタート地点。これからは皇国との争いは無くなり、平和が訪れる。飛躍的に拡大した領土を長期的な計画を立てて開発できるのだ
旨味のある要職は早い者勝ちだ。そして、一度、任命されれば、数年は同一人物がその座を埋める。このような条件ならば、反発が大きくても切り崩すのは可能だ。とサルヴァ王子は読んでいる。
更に自身の人事についても発表した。その人事に人々は驚愕した。
「サルヴァ陛下が、セルミア王を退位なされるとは」
「しかも、アリシア・バオリス様が、セルミア女王とは……」
「サルヴァ陛下は、それほどアリシア様を……いや、アリシア殿下を大切に思っておられるのか」
人々は、そう噂したが驚愕したのは彼らだけではない。
「セルミア男爵位の時も、そうだったですが、こういう事は事前に相談して頂けませんか?」
サルヴァ王子の執務室に乗り込んだアリシアは、怒声を飲み込み、努力して平静を保ち王子を問い詰めた。
「そうか。済まぬ」
と、サルヴァ王子は、アリシアの怒りを理解してないように平然としたものだ。
「済まぬではありません。女王ですよ。女王!」
「そ、そうか。済まぬ」
台詞自体は先ほどと同じだが、ちょっとまずかったのかと、サルヴァ王子の顔に多少の焦りが見えた。
「で、どうして私を女王などにしたのですか? まさか、私にセルミアに行けとでも言うのではないでしょうね?」
なんだかんだ言って、サルヴァ王子は、現在も後宮を持っている。お気に入りの女性が出来て、アリシアを態よく遠ざける為の手段。と考えられなくもないのだ。
勿論、サルヴァ王子の自分への愛情を疑っては居ないが、考えられなくもない、という事を相談なしにするのが無神経だ。サルヴァ王子が朴念仁なのは、今までの経験で分かり過ぎるほど分かっているが、分かっているのと許せるのは別問題。文句の一つも言いたくなる。
「ま、まさか。そんな事は考えていない。そもそもセルミア王であった私も、セルミアに行かず、ヴィルガに統治を任せていた。お前もセルミアに行く必要はない」
「では、なぜ私をセルミア王妃に?」
「ああ、王妃にまですれば、問題無いと思ってな」
「問題ない?」
アリシアには意味が分からなかったが、王子と付き合いの長いアリシアだ。王子は頭が良いが、相手に同程度の知能があると無意識に考え、相手にも自分程度の察しの良さを求める傾向があるのは分かっている。この人の頭の中では会話が成立しているのだろうと、一旦は流した。それよりも確認し、念を押しておく必要がある。
「他に、私に黙ってしようと思っている事はないのでしょうね。あるんだったら先に相談して下さい」
「分かった。では、相談させて貰おう」
「あるんですね。何なのですか?」
やっぱりか。という顔でアリシアは腕を組み、王子を睨んで言葉を促した。王子は、アリシアに睨まれながら仕方がないという風に口を開く。
「お前を、ランリエル皇后としたいと考えているのだが、良いだろうか」
これは気の利いた求婚の積りなのだろうか、本気で相談しているのだろうか。アリシアには分からなかった。
これで完結となります。
よろしければ、ご感想、レビューなどを頂けたなら、励みになります。




