エピローグ:グラノダロス皇国
グラノダロス皇国とランリエルとの和平がなり、デル・レイ王国も平穏が訪れていた。
両勢力の仲介を行った。という形になったデル・レイだが、実際、大したことはしていない。ランリエルから受け取った書簡を皇国に送ったに過ぎない。では、両勢力の関係に全く影響を与えなかったかと言えば、勝敗を逆転させるほどの影響を与えていた。
確かに軍勢同士の戦いではサルヴァ王子はアルベルドに勝った。しかし、ランリエルの戦争継続能力を正確に掴んでいたアルベルドには、再逆転の手段があった。デル・レイ王都でランリエル軍を防ぎきれば、その後、ランリエルは大規模な軍勢を整える経済力はない。
そうなれば、皇国は再度、大軍を動員し、北ロタ、ケルディラ、コスティラ、バルバールと一国一国切り崩していけば良いのだ。援軍に大規模な軍勢を動員出来ないランリエルは指を咥えて見ているしかない。
手強そうなのは、バルバール王国軍総司令フィン・ディアスなのだが、実は、バルバールが一番簡単だ。アルベルドの見るところ、そこまでいけばディアスがどう行動するかは予測が出来ていた。
「我がバルバールは、いままでランリエルの為に尽くしてきた。にもかかわらずランリエルが我が国を見捨てるならば、ランリエルに忠誠を尽くす必要なし。我らがランリエルを裏切ったのではない。ランリエルが我らを裏切ったのだ」
と、皇国に寝返るのは容易に想像できた。
ディアス個人の感情としては、サルヴァ王子に情も感じているが、自身の感情をもってバルバール一国を道ずれにするほど、気は狂っていないのだ。
その逆転の策を持っていたアルベルドはデル・レイで死んだ。フィデリアとリンブルク兵によって殺されたのだ。本来なら、皇国の副帝を衛星国家が手を掛けるなど言語道断。しかも、その殺害した理由は、嘘八百。まったくの出鱈目であった。今後の目せしめの為にも、デル・レイ王都ごと滅ぼされても不思議ではない。
だが、皇国の名誉を守る為、フィデリアのついた嘘の上から更に嘘の罪をアルベルドに擦り付けたのである。結果、アルベルドは、現皇帝の叔父という地位を使って、幼い現皇帝の親書を偽造して副帝を詐称し、勝手にランリエルと戦争を起こした挙句に敗北した。と、史書に残される事になった。
しかも、幼い皇帝を使って副帝になる為に、前皇帝パトリシオを毒殺してその罪を兄パトリシオに擦り付けた。という事になっているが、これはまるっきり嘘ではない。ほぼ事実だった。
その他の細々な嘘も塗り固め、現デル・レイ王ユーリは、フレンシスの父である前国王の養子。という事になっていた。その間の王であるアルベルドについては、デル・レイ王であった事実は消された。
そうして、アルベルドの妻であった事実を消され、前王妃ではなく、前国王の王女という地位になったフレンシスは、現国王ユーリの王母フィデリアと向かい合いお茶をたしなんでいた。皇国とランリエルとの間で和平がなり、改めてフィデリアがフレンシスの屋敷を訪ねたのだ。
2人の前にはお茶が湯気を昇らせているが、それに口を付ける事もない。しばらくの沈黙の後、フィデリアが口を開いた。
「すべてが終わりましたわ」
「はい。終わりました」
そのやり取りの後、フィデリアが形だけ、お茶に口を付ける。フレンシスは、お茶に口を付けず、言葉を続けた。
「皆、あの人を忘れるでしょう。真の姿を……」
「フレンシス様、ですが……」
「はい。あの人を偽りで塗りつぶすのに、私も加担しました。フィデリア様を責めようとは思いません。その資格もありません。あの人、自身も……」
偽りの姿で塗りつぶす。それは、アルベルドが先にフィデリアとナサリオに対して行った事。それをやり返されたに過ぎない。
「ですけど、私は知っています。真のあの人の姿を……。あの人の為に多くの人が亡くなりました。あの人のしたことは酷い事です。許されない事です。でも、最後の最後に私を救ってくれた」
「フレンシス様……」
フィデリアもアルベルドの最後は知っている。逃亡に失敗し、自分を逃がそうとした妻に、その失敗の責任を押し付けて足蹴にした。そう聞いている。ただ、フィデリアが知るアルベルドの最後としては無様すぎるとも感じたが、アルベルドの最後は無様であって欲しい。そのような願望もあった。それ故、ある意味、思考停止しそれを信じてもいた。
あの時、リンブルク兵士達は、アルベルドと共にフレンシスすらも手にかけていた可能性があった。確かにフィデリアの手前、フレンシスには遠慮があった。しかし、彼女もアルベルドと共犯。と思われても仕方がなかったのだ。だが、アルベルドが彼女を足蹴にした。その瞬間、彼女もアルベルドの”被害者”になったのである。
「分かっております。だから助かるべきだったとは言いません。あの人は死ぬしか……なかったのだと思います。でも、私の事は助けてくれた。それだけは、信じたいのです」
フレンシスは、そう言って茶を更に戻し、フィデリアから視線を外して遠くを見つめた。フィデリアは、彼女の横顔を見つめる。
フレンシスが信じるアルベルドの姿が、真の姿なのか、彼女の願望なのか。それはフィデリアにも分からない。ただ、微かに笑みを浮かべるフレンシスの横顔に浮かぶのは確信だった。




