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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
433/443

第337:対峙

 アルベルドが王宮に入ったとの情報は、すぐに王宮を警護しているリンブルクの将軍ラングハインを介しフィデリアの元にも伝えられた。アルベルドが率いる皇国兵が王宮を警護すると言い出しても、先任である事を盾に断れるように先に王宮を抑えているのだ。


「報告ありがとうございます。それで、今、どうなっていますか?」

「良い知らせです。アルベルドは王都の外壁の防備には配慮しているようですが、王宮の警護はこちらに任せるとのことでした」


 アルベルドの油断。といえば確かにそうだろうが、アルベルドにも理由がある。アルベルドにしてみれば、ランリエルとの戦いに負けても問題ない。最終的に勝つのは皇国であり、追い詰められた訳ではない。という態度を取る必要があり、それは確かに事実だ。


 しかし権力とは、周囲の人間からの、この人は偉いのだ。という認識の元に成り立つものだ。もしそれがないにも拘わらず横暴を尽くせば、傍に居る騎士の剣の一振りで命を絶たれるだろう。ゆえに、アルベルドは弱みを見せる訳にはいかない。


 王宮の警護に気を配るなどすればどう見られるのか。王都の外壁を警護した上で、王宮を厳重に警護するとなれば、それは内部。つまり味方の反乱への警戒となる。


「アルベルド陛下は、味方の反乱を恐れている」

「味方の反乱を恐れるということは、それだけ己の権力が弱まっていると感じてなさるのか」

 などという評判は避けたいところだ。


 他の者からすれば、本人が権力が弱まったと感じているとなれば、実際は更に弱まっているに違いない。と見えるものだ。アルベルドからすれば

「王宮の警護? ああ、それは好きにしてくれ」

 という態度を取らざるを得なかったのだ。


「アルベルドが王宮に入った後、王宮の門を閉じれば外部の兵を遮断できます。アルベルドを殺すのは容易いかと」

「それは確かにそうですが、それで済ますわけにはまいりません」

「はい。勿論です」


 その夜、フィデリアはアルベルドとは顔を合わせずに過ごした。晩餐を一緒にという話が打診されたが、皇国軍の敗戦の報に衝撃を受けて臥せっている。そう言って断った。今、アルベルドを前にして冷静で居られる自信がなかった。


「皇国が敗戦したなどと……。確かに今回の戦いでは益なく引きましたが、皇国とランリエルとでは国力が違いまする。何の心配も御座いませぬ」


 使者はそう言って取り繕って来たが、それでも臥せっているという者を強引に連れ出す事は出来ない。お大事になさいませ。という言葉を置いて引き下がった。


 そうして顔を合わせないまま数日が過ぎた。その間にもフィデリアとリンブルク将校達との間で計画が立てられる。


「王宮と王都の城壁の兵の配置がほぼ決まりました」

「王宮の警護は、私達で固める事が出来たのですね?」


 フィデリアが、リンブルク兵達を、私達、と表現したことに内心、喜びつつリンブルク将校が答える。


「残念ながら、正門はアルベルドの兵が固めております。ですが、それは皇国兵と言えどデル・レイの者です。フィデリア様にお味方する事も十分に考えられます」


 皇国軍の中でもアルベルドが特に信頼するのはデル・レイ兵。しかし、皇国兵の中でも一番フィデリアに寝返る確率が高いのも、そのデル・レイ兵であるというのは、皮肉でしかない。


「それに、王宮の奥の広場までアルベルドを引き寄せれば、デル・レイ兵から引き離す事が出来ます」

「分かりました。それでは王宮の奥の広間で。その後は計画通りに」

「はい」


 このようにフィデリアとリンブルク将兵達の計画が進む中、アルベルドは来るランリエル兵への防備と皇都への対応に追われていた。過剰にランリエルから脅威を受けているとの態度は禁物だが、油断は出来ない。


 デル・レイ王宮の警護はリンブルク兵に任せた。彼らが自分に対して良い感情を持ちようがないのは分かっている。そのような者達に城壁の一部でも防衛を任せればランリエル兵を引き入れかねない。ならば彼らリンブルク兵には、戦場になりようがない王宮の警護を任せ、その分の兵を城壁に防衛に回す方が効率的だ。


 アルベルドの考えも合理的なものだが、彼の間違いはフィデリアの意思。というものの考慮というものが欠けていた事だ。勿論、フィデリアも自分に良い感情を持ってないのは分かっている。しかし、フィデリアに取ってもランリエルは敵のはずであり、ランリエルに利する行為をするとは考えていなかった。


 そのフィデリアが皇国軍の敗戦の衝撃で、心労により臥せっていると報告があり、王宮に入城後、今だ顔を合わせてはいない。さすがに女神とも称される彼女でも、所詮は女だ。という落胆もあった。


 所詮は女と言えば、最近では自分を正妻にしろとうるさくせっついてくる。いくら女神と言われていても子を孕めば、我が子可愛さに自分を犯した男の妻になろうというのだ。その意味でもフィデリアには落胆していた。


 この時、政治的寝技の天才ともあろうアルベルド・エルナデスが、完全に女神フィデリアの術中にはまっていた。自分を正妻にと訴える女が、自分を陥れる計画を進めているはずがない。知能の問題ではない。偶然、何らかの証拠を見つけるなどしなければ、おそらく男である以上、見破れる者は居ないであろう。


 そして、妻のフレンシスとは正妻なのだから当然のように、王宮に入城した当日に、その王宮の扉の先で出迎える彼女と顔を合わせていた。


「陛下。ご無事で何よりです」

「ああ。心配を掛けたな」


 彼女は、フィデリアのお腹の子が夫とのものではない。と知っている。そのフィデリアが夫の命を狙っている事も。しかし、それを夫に訴えても信じて貰えないとの確信もある。夫に掛けた平凡な言葉とは裏腹に、その心境は複雑である。


 今は人目があるため、アルベルドも当たり障りのない言葉を返す。改めて夫婦の私室に向かうと、そこで、彼ら夫婦の、本来の会話が始まる。


「しばらくすればランリエル兵がやって来る。だが問題はない。動揺せずいつも通りにしておけ」

「ですが、大丈夫なのですか?」


 この女は頭が悪いのか? 言った傍からこれだ。


「問題無い。動揺するなと言っただろ。お前に軍事など分からないのだから、説明になにの意味がある。問題無いと言われたなら、問題無いと思っておけ」

「も、申し訳ございません」


 確かに、私に軍事の事など分からない。そうは思ったフレンシスだったが、もう少し言いようがあるのではないか。とも考えてしまう。しかし今は夫を刺激しないようにと、素直に頭を下げた。


「ランリエルの攻撃は防げる。倒す算段もある。これで満足か」


 それでも、一応は軽く説明してくれた夫に、フレンシスは改めて頭を下げる。


「分かりました。有難う御座います」


 そして最近になって、ようやく気付いた事がある。夫はどうして自分にだけ冷たい態度を取るのか。どうして、自分には冷たい態度を取って良いと思っているのか。それを思い悩んでいたのだが、その答えをだ。


 この人は……私に冷たい態度を取っている自覚がないのだ。と。


 例えば、ある人には優しくし、ある人には冷たい態度を取る。そのような事をすれば、それをした当事者は、冷たい態度を取ったと自覚するだろう。それは、違う態度を取る者が同じ人間だからだ。しかし分かった。夫にとって私は人間ではない。


 どうやら、夫は私の事を”妻”という生物と思っているらしい。勿論、夫にそれを問いただせば、

「何を馬鹿なことを」

 と、一笑に付されるのは分かっている。しかし、恐らく間違いない。フレンシスはそう考えていた。


 厳密にいえば、違うところもあるかも知れないが、おそらくそう遠くはないだろう。そう考えれば、夫の態度も客観的に見ることが出来て、多少は余裕らしきものも出来た。少なくとも、なぜ私だけ? と悩む必要は無くなった。


 そしてそれは、反抗期の子供が、”親”というものに対して、どんなにひどい態度を取っても、友人に対してだったら一発で絶縁するような態度でも、”親”が自分を見捨てるはずがない。と無意識に信じ切っているのにも似ていた。


 ただ、夫に取って私だけ特別な存在なの! と、喜ぶほど頭がお花畑ではないので、嬉しい訳でもない。それに、今はそれどころではない。


「ランリエルが攻めて来ても大丈夫なのは分かりました。ですが、万一という事もあります。実は、この王宮には、王族の中でも、玉座に就く者だけに伝えられる場外へと繋がる隠し通路があります。それを貴方にお伝えしたいと思うのですが」


 そんな物があるのなら、アルベルドが退位する前に伝えて置くべきとも考えられるが、フレンシスは父から止められていた。アルベルドは、半ば脅迫のような形でデル・レイ国王の座を奪ったという経緯がある。警戒され、本当に必要になりそうな時に伝えるように。と言いつけられていた。


「大丈夫だと言っただろ。そんなものは不要だ。どうしてもというなら、ユーリにでも伝えて置け。今の国王はユーリであろう」

「確かに今の国王はユーリ様ですが、デル・レイ王家の血縁ではありません。お伝えして良いものかどうか……。ですが貴方は私の夫。私から貴方にお伝えしますので、ユーリ様にお伝えするなら貴方からお願いできませんでしょうか」


「何を迂遠な。結果的に同じことを、どうして手間を掛けねばならん」

「それがデル・レイ国王の務めで御座います。勤めを果たしてこその王家で御座います」


 この大陸で絶対的存在である皇国。その皇家に逆らう者など居るはずがない。そして皇国の衛星国家の王家にも逆らう者も皆無だが、それをもって王家の責務を放棄するものではない。王家の責務とは貴族の調停役として、貴族同士の争いの仲裁をする事が第一だが、その存続にも責任がある。


 王家が頻繁に変われば、それだけで政策の一貫性が無くなるのは勿論、次の王家が元貴族ともなれば同格だった貴族達が大人しく従うかは疑わしい。そもそも王家が変わる事がある。と認知されるだけで、取って代わろうとする者が現れる。


 王家は存続し続ける。変わるはずがない。そう認知される事が国の安定に繋がるのだ。


 王家の責務と言われれば、無責任ではないアルベルドも無碍には出来ない。


「分かった。後で聞く。それで良いだろう」

「はい。それでは、後ほど」


 ランリエルの軍勢が来るとは言っても、今すぐではない。フレンシスも、一応夫が譲歩してくれたと引き下がった。


「陛下。隠し通路の事を先にお耳に入れなければと思い遅くなりましたが、お疲れではないですか? ゆっくりとお休み下さいませ」

「……そうだな。そうさせて貰おう」


 妻という生物の言う事を素直に聞くに反射的に躊躇したアルベルドではあったが、彼自身は無慈悲に反発している積りはない。反対する理由もないので頷く。


 夫が姿を消した部屋に残されたフレンシスは、夫に隠し通路の説明をする予習にと、改めてその経路を頭に思い浮かべた。しかし、口伝で良くも今まで途絶えずに伝えられてきたものだ。とも思う。それも血統の継続を守った先祖の努力の賜物だろう。


 そのようにして、その日の夜を過ごしたアルベルドとフレンシスだったが、翌日、フレンシスは改めて隠し通路の下調べを行った。いざという時に、実はすでに使い物にならなくなっていた。では、笑い話にもならない。


 そしてアルベルドは、今後の対応に追われた。デル・レイ王都の防衛については基本方針さえ幕僚に伝えれば、細部は彼らに任せればよい。問題は、皇都への対応だ。


 確かに今回の戦いには負けたが、現状はランリエルに必ずしも有利ではなく、皇国は全く揺るがない。と伝えた上で追撃してくるランリエル軍を追い払えるだけの援軍も要請しなくてはならない。


 執務室に参謀を呼び、皇国に向けての援軍要請の書簡を作成させた。


「皇国とランリエルとでは国力に3倍の差がある。今まで決戦せず戦いを長引かせたのは、ランリエルの財政を破綻させんが為。そして経済が破綻する限界の時に決戦をすれば大動員を掛けたランリエルはそれ以上戦えまい。今回の戦い、ランリエルが勝利してもその後が続かぬのは自明の理だった。今回の決戦で益なく後退したが、もはやランリエルの国力は尽きた。最後のあがきで追撃しているが、その最後の頼みを絶たんが為、援軍を要請する。戦う力の尽きている彼らは、援軍の報に接しただけで撤退するであろう。これを草案に書簡を完成させろ」


「はっ! なるほど、そのようなお考えでしたのですね。実は、ランリエルに敗北したにも拘わらず、どうしてアルベルド陛下が、そのように落ち着いていらっしゃるか、内心、不思議でありましたが、得心いたしました」

「ああ。ランリエルの財政に余裕がある時点で決戦をし、そこで敗北していれば、皇国本国への侵攻を許していたかも知れぬ。どう転んでも皇国が勝利する。その状況を待っていたのだ」


 本当は、戦時体制を継続させる事により、自身の権力集中を恒常的にする事が一番の理由であったが、それを説明する必要はない。


「それでは、ご指示通り、今のお言葉を草案に書面を作成いたします。午後にはご確認いただけるように致します」

「ああ、それで頼む」


 こうして皇国への’表向き’の書簡の指示は終わったが、更に、皇国の有力者達への個別に書簡を送らなければならない。


 人は、偉そうにしている者を偉いと思い込む面がある。皇国で絶大な権力を握るアルベルドだが、それも有力貴族達の支持があればこそ。副帝の権威を保ちつつ、支持を取り付けなければならない。そして、その有力貴族達への書簡は、参謀達には任せられない。いくつもの書簡を作成していると、すぐに日が暮れた。


 そのような日が何日が続いた後、副官がフィデリアからの言葉を言付かって来た。


「心労に臥せっていたフィデリア様でしたが、最近は落ち着き、改めて陛下とご対面したいとのことで御座います」

「ほう。それは何よりだ。こちらは問題ないと伝えてくれ」


 王宮に入城したそのまま会うのならともかく、仕事に追われている現状では、フィデリアに会う時間を捻出するのも大変だが、これは断るわけにはいかない。表面上は、にこやかに返答する。


 翌日、護衛の騎士達に守られながら、フィデリアが指定する場所に向かった。


「王宮ではないのか?」

「はい。この陽気ですので、王宮の裏庭にて、お待ちしてるとのことで御座います」


 わざわざ裏庭まで来いとは。面倒とは思いながらも、拒否するのも器が狭いと批判されよう。相手はこのデル・レイでは女神とも称される女。この程度の我儘は聞いてやるか。


 その女神という称号も、俺が意図的に作り出したものだが……。


 そう思いながら王宮の裏庭に到着したアルベルドだったが、その後も黙って裏庭へと向かった。そうしてアルベルドとその護衛の騎士達は裏庭に到着した。


 皇国の衛星国家であるデル・レイ王宮だけあって、その敷地は広大だ。裏庭にも2階建ての屋敷がある。王族が特に親しい貴族を招いて茶会や晩餐のためのものだ。


 フィデリアとは、その屋敷で面会するのかと思っていたが、その裏庭には、なぜかデル・レイの貴族達の姿もあった。かなりの人数で、有力貴族達は根こそぎ招かれているようだ。


「貴族達も呼んでいるとは聞いていないが?」

「は、はい。私もそのような事は聞いておりませんでした。何か伝達漏れがあったのかも知れませぬ。申し訳ございませぬ」

「うむ……」


 副官が聞き漏らしたか、フィデリア側が伝え忘れたか。それがはっきりしない以上、この者を責める事も出来ない。


 しかも、よく見ると貴族どころか、民衆の中でも大富豪などの影響力の大きい商人などの姿も見える。しかしアルベルドには、それ以上に気になる事がある。


「フィデリアはどこだ? まだ屋敷に居るのか?」

「いえ。アルベルド陛下の到着をお待ちになっているとの事で御座いましたが……」


 姿を見せぬフィデリアに戸惑う一行。その中でもアルベルドは平然とした態度を見せているが、内心ではどういう事かと苛立ちが募る。


「アルベルド陛下。お待ちしておりました」


 突然のフィデリアの声。しかし、その姿は見えず護衛の騎士達は周囲を見渡す。


「こちらで御座いますよ」


 再度のフィデリアの声。それが聞こえる方向に皆の視線が集中する。なんとフィデリアは、皇国の副帝たるアルベルド・エルナデスを王宮のテラスから見下ろしていたのだ。


「フィ、フィデリア様。いくら貴女様でもアルベルド陛下をそのような場所から見下ろすとは、非礼では御座いませぬか」


 アルベルドの副官が、戸惑いながら咎める。集まった貴族達も騒めいている。


「非礼? どうして非礼なのでしょう。礼とはそれを尽くすに値する者に対して行うものではありませんか」

「何をおっしゃいます。アルベルド陛下は、礼を尽くすに値がないとおっしゃるか!」


 さすがに副官が語気を強める。しかしフィデリアは平然としたものだ。


「当たり前です。アルベルドに、いえ、その男に礼を尽くすくらいなら、野良犬にでも跪きましょう」


 その言葉に副官だけではなく、貴族達も唖然と隣の者と顔を見合わせた。


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