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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
431/443

第335:勝利の先

「何が起こった! サルヴァ・アルディナの奇策か!!」


 2倍の戦力を擁し平地での決戦。常識的に考えれば勝って当たり前の戦いだ。それが突如、戦線崩壊すれば、何か奇策があったのかと思うのは当然だ。


「そ、それが、何を仕掛けられたのか分からず、突然、戦線が崩壊しだしたのです」

「はい。一か所が崩れたのが合図かのように、次々と各戦線も敗走し始めたようで……」


 前線から伝えられる情報に、幕僚たちも勝てるはずの戦いのこの状況に愕然としている。


「予備兵力を投入し戦線を立て直せ! 立て直すのが難しいなら、後方に改めて兵を展開させよ!」


 アルベルドが命令を発した。多くの伝令が総司令部から放たれ、予備兵力が動き出したが、状況の速さは皇国軍の指揮系統を超えていた。次にもたらされた報告は、アルベルドの期待を裏切った。


「戦線崩壊の速度が早く、予備兵力の展開が間に合いませぬ! 既に敗走した兵が後方の部隊まで巻き込み、予備兵力として温存していた部隊まで敗走を始めております!」

「この総司令部も、早くご退去を!!」


「馬鹿な……」


 アルベルドは、そう呟いた後、何かに耐えるように表情を歪ませた。しかし、次の瞬間大きく息を吸い、そして吐く。落ち着け。確かにこの戦い。負けた。今は、それを悔やんでも仕方がない。原因を究明するのも後だ。現実を認めろ。重要なのは、今どうするかだ。


 元々、最悪の状況まで想定していたアルベルドだ。敗北した場合の策も既にある。気を落ち着かせ、改めてそれを思い起こす。


 決戦の地である、このアギデスク平原はアルベルドの権力基盤であるデル・レイ王国に近い。公的には実子ということになっているユーリが国王でもある。敗走する兵をまとめてデル・レイにて守りを固め、ランリエルを食い止める。そう考えていた。


 デル・レイは勿論、フィデリアを女神と奉る者も多い。ランリエルの軍勢に王都が取り囲まれても、老人、女、子供までもが農具や料理包丁までもって抵抗するはずだ。ランリエルの戦闘継続能力は限界であり、デル・レイまで攻め込んで来たとしても、短期攻略が不可能と見れば、引き上げるだろう。


 戦いは引き上げる時が一番被害が大きくなる。今回の敗戦で皇国軍にも多くの被害が出るだろうが、ランリエルも多くの被害を出す。出させる。そうして実質的に引き分けだとを主張する。それによって、改めてランリエルへの再侵攻を宣言し、皇国の戦時体制を継続するのだ。戦時体制が続けば、自分の専制体制も継続する。悪い話ではない。


 考えが纏まると、アルベルドは冷静さを取り戻した。


「やむを得ぬ。この戦場は放棄する。全軍、デル・レイに迎え。そこで軍勢を立て直しランリエルに対抗するのだ」

「か、畏まりました」

「すぐに全軍に伝令を向かわせまする」


 こうして多くの皇国兵が敗走する中、総司令部にいたあらん限りの伝令が四方八方に散った。彼らはどの部隊へという訳ではなく、敗走する兵の集団に出会うと、デル・レイに迎え。とだけ伝えると、別の集団を探して駆けるのだ。


 そして皇国軍総司令部では、アルベルドを含めた軍首脳部の面々も本陣付きの精鋭部隊に守られながらデル・レイへと向かったのだった。


 そのころ、皇国軍を敗走させたランリエル軍だったが、前線で戦う彼らの中にも、突如、皇国軍が敗走したことに戸惑う者も多かった。


「あいつら。どうして撤退してるんだ?」

「確かに、敵の部隊が後退する時に、隙を突いて上手く反撃できたとは思ったが……」

「それで敗走するほどだったか?」


 そう言って、首を傾げる兵も多かった。そして彼らを指揮する士官も皇国軍の罠ではないか? と考える者は多い。


「皇国軍が敗走。しかし、罠である可能性もあり、追撃すべきか。と、総司令部に聞いてこい!」


 ランリエル皇国軍総司令部には、そのような伝令が殺到したのだ。それを聞いた幕僚たちがサルヴァ王子に向き直った。


「サルヴァ陛下。追撃は……」

「前線に居る者は、即座に追撃に移れ!」


 サルヴァ王子は幕僚が言い終わる前に命じた。その声に押されるように幕僚たちが、急いで伝令を送る。しかしサルヴァ王子の命令はそれだけでは終わらない。


「かねてより温存していた騎兵3万を私、自ら率いて追撃する。準備を急げ!」

「はっ!」


 さらに、追撃に移っている前線の兵以外の予備兵力達は、これもかねてより用意していた5日分の食料を積んだ荷馬車をもって、バルバール王国軍が立て籠もるアルデシア王都に向かうように命じた。サルヴァ王子は、この状況をすべて読んでいた。


 サルヴァ王子は3万の騎兵を率い皇国軍を追撃した。とはいえ、直線的にではなく、騎兵の速度を生かし一旦は大きく迂回してから、皇国軍の頭を抑えに向かう。しかし、敗走する敵兵の退路を完全に塞ぐのは良策ではない。敗走したとはいえ、元々兵力は皇国軍が多いのだ。その皇国軍が退路を断たれて窮鼠と化せば、思わぬ逆転劇も起こりかねない。


 サルヴァ王子は、皇国軍のデル・レイ方面への道を塞ぐ一方、アルデシア王国への道は開けたのだ。


 敗走する兵達はデル・レイ王国に迎えと命令を受けている。しかしそれは、可能ならば、という暗黙の但し書きが付く。後ろからはランリエル兵に追撃されている状況で、デル・レイ方面を塞ぐサルヴァ王子率いる騎兵とは戦えない。皇国兵達は、デル・レイへ向かうのを諦め、追撃されつつもアルデシア王国へと進路を取った。


 アルデシア王都は現在、ディアス率いるバルバール王国軍が立てこもっているが、その王都は皇国軍の大軍が幾重にも取り囲んでいる。その軍勢に合流しようというのだ。敗走し、物資も手放した彼らは、どこかの軍に合流しなければ飢えてしまうし、そもそも戦えない。とりあえず様子を見て、デル・レイには行けそうになってから行く。という余裕はない。


 しかし、アルデシアにはランリエルの予備兵力だった部隊も向かっている。しかも彼らは、一旦、デル・レイに向かった皇国兵と違い無駄な進路は取っていないし、敗走する皇国兵と違って組織的に動いている。デル・レイに向かってからアルデシアに進路を変えた皇国軍の敗走兵達は、行く手に整然と行軍するランリエル兵を見つけて、改めて退散。追撃も受けている状況では、これ以上は手はないと、今度こそ散り散りになって、思い思いの方角に消えて行ったのだった。


 しかし、敗走する皇国軍の中でもサルヴァ王子の騎兵に追いつかれず、デル・レイ方面に向かっている者達も居る。精鋭に守られたアルベルドを含む皇国軍首脳部も、当然、それに含まれていたが、そもそも60万を数えた皇国軍だ。まだまだ侮れぬ戦力だ。彼らを無傷でデル・レイに逃げ込ませれば、現在追撃の主力となっている騎兵3万を優に超える。


 アルベルドは、たとえランリエルがこの戦いに勝利しても、戦闘継続能力が限界のランリエルは、勝利したという名目のみで満足し、撤退するしかない。そう判断していた。そして、それはまったくもってその通りなのだが、それはランリエルが全軍での戦いを継続すればの話。


 サルヴァ王子は、勝利したと判断した瞬間、兵力の大半をアルデシアに向かわせた。アルデシアまでの食料5日分だけを持たせ、後はアルデシア王都に蓄えられている飯を食えということだ。


 傍から見れば、皇国軍との決戦に勝利した後、すぐに盟友ディアスを救いに向かわせたサルヴァ王子との友情物語に見えなくもないが、実情は、ディアスに大量の居候を押し付けたに過ぎない。その後、アギデスク平原での決戦でアルベルドが敗北したことを知ったアルデシア王都を包囲する皇国軍は、ランリエルの大軍が出現したこともあり、アルデシア王都の攻略を断念し撤退。結果的にディアス率いるバルバール王国軍は救われた。


 こうして兵力を減らしたランリエルは、デル・レイに向けて敗走する皇国軍を追撃していた。その主力となる3万の騎兵を率いるサルヴァ王子は、馬上でも次々と指令を発していた。テッサーラ王を兼任する副官のウィルケスもサルヴァ王子の隣を駆けている。


「後から来る兵には、予備兵力の者達に持たせた物資以外は、すべて持ってくるようにしろ。多少、遅れても良い」

「分かりました。すぐに伝令を手配します」


「それと、皇国軍が残していった物資もあるだろう。それも根こそぎ拾ってこい。と伝えよ」

「分かりました。手配いたします」


 そうして馬を走らせていたが、次にウィルケスが口を開いた。


「ベルヴァースやコスティラの軍勢は、デル・レイに向かわせれば良いのですか? アルデシアですか?」

「……デル・レイだ」


 ウィルケスの問いにサルヴァ王子は、少し間をおいて答えた。


「ベルヴァースとコスティラがアルデシアのバルバールと合流しては、どこが主導権を握るかで混乱するだろう」


 同格の総司令同士なら、先任の方が主導権を握るのが慣例だ。それからすれば、すでにアルデシア王都を攻略して籠城しているバルバール王国軍が主導権を握るのが当然だが、コスティラはバルバールの下風に立つのを良しとしないだろう。それにベルヴァースにはルージ王子が居る。サルヴァ皇帝の弟君が、バルバールの下風に立つのかという問題もある。確かに、主導権をどこが取るかで揉めそうだ。


 勿論、彼らの上位に立つのはランリエルだが、それを統括するサルヴァ王子は勿論、軍部では王子に次ぐ地位にあるムウリ将軍もデル・レイに向かっている。彼らはアルデシアに向かい、そこで留まれと命じられているだけで、特に主体的に動くことはない。


 しかし、人とは瞬間的にそれっぽい理屈を思いつけるものだ。


 この人、多分、ベルヴァースとコスティラのことは忘れて居たな。と、ウィルケスは思ったが、空気を読んで指摘したりはしない。


「はっ! 畏まりました。すぐに伝令を送ります」

 と答えた。が、口元が笑っているのは仕方がない。


 一通り命令を終えたサルヴァ王子は、皇国軍への追撃に専念するため、改めて視線を前方に向けた。しかし、常人より知能に優れるサルヴァ王子だ。彼の頭脳は馬を走らせるだけ。という作業に耐えられず、何かを思考せずには居られない。


 この状況で考えることは、なぜ、今回の戦いに勝てたのか。を改めて反芻する事だ。


 グラノダロス皇国のアルベルド副帝は、優れた政治家だ。たとえ戦争に負けても、優れた政治的交渉で華麗な逆転劇をして見せた。見事というしかない。しかし、だからこそ必勝の信念が薄れる。本当に失敗してはならない、負けてはならない場面に立った時。必死に立ち向かえるのか。


 この戦いの前、サルヴァ王子もアルベルドも、兵達に必勝の信念を臨んだ。そして、今回の戦い。皇国兵もランリエル兵も極限状態に追い込まれた。その極限状態に追い込まれた兵士が、どのような思考をするか。途中に負けても最後には必ず勝利してきたランリエル兵か。いくら負けても、政治的駆け引きで失地を回復してきた皇国兵か。


 戦いが長期にわたり、戦いの日常に倦み変化を求めるようになった兵士達。その上で何が何でも勝とうと耐え続けられるのはどちらの兵士か。確かに皇国兵の方が数は2倍だった。しかし、だからこそ、必死になれなかったともいえる。死ぬ気で戦う必要もなく、必ずしも勝たなくても良いという精神的逃げ道もあった。


 勿論、戦い当初は皇国兵達も勝とうと戦っていた。しかし戦いが長期化し、早く終わらせたいと思った時に、必死になって戦うのではなく、アルベルド副帝が何とかしてくれると逃げることを考えてしまった。勿論、自身の後退が皇国軍の戦線崩壊につながるとまでは考えていない。自分が後退しても、ほかの皇国兵が何とかしてくれるだろう。はっきりとではないが、頭の片隅に考えが浮かび、そのような行動になったのだ。しかし、全員が極限状態の中、一度ほころびれば、全体に広がる。


 アルベルド副帝の政治的手腕は見事だった。しかし、だからこそ戦いというものを、勝利というものを軽視した。


 そして、サルヴァ王子は自身の欠点も理解していた。


 もし俺が軍勢の指揮を執っていれば、負けていたかも知れぬな。と。


 アルベルドら皇国軍の首脳部は終始、サルヴァ王子の奇策を警戒していた。しかし、誰よりもそれを警戒していたのは、サルヴァ王子自身だった。自分が指揮をし、総司令部に常駐し、戦いの息吹を受け続ければ、どうしても奇策を思いついてしまう。奇策を実行してしまう。だが、奇策とは成功すれば効果は大きいが、失敗したときに被害が多いのも奇策というものだ。


 だからこそ、戦いはすべてムウリに任せた。


 今回の戦い。策というものはなった。アルベルド副帝。サルヴァ王子。その両者の、この戦いに至るまでのすべてを。人生をかけた。アルベルド副帝は、今までの己の行為に負けたのだ。


 ならばサルヴァ王子は勝利したのか。そうではない。とサルヴァ王子は考えていた。


 負けずに先に進んだだけ。

 サルヴァ王子はそう考えていた。


 カルデイ王国を従えても、それで終わりではなかった。バルバール従え、コスティラを攻略しても終わりではなかった。そして、今、皇国軍に勝利しても、それは終わりではない。覇者の道に終わりはあるのか。このまま皇国を滅ぼし、大陸全土を征服すれば終わりなのか。それが勝利なのか。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  正直に言うと、見事な戦術による勝利を期待していましたが、改めて考えてみれば、この形による勝利が正解ですね。  この規模の戦いに小手先の策は通用しないだろうし、通用してしまっても興ざめだっ…
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