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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第23話:反乱の余波

 ランリエル王国で内乱が発生したという情報はバルバールにも伝わっていた。バルバール軍ではその対策を検討する為、ディアスは幕僚達を招集し軍議を開いた。


「みなも既に知っているだろうが、ランリエルで内乱が発生した。我々はどうすべきかを検討したい。意見のある者はいるか?」


 ディアスが幕僚達を見渡すと早速活発に発言がなされる。諸将にとって戦いとは立身出世の場。そして戦場に立つには、その前の軍議で目立つ必要もあるのだ。


「いずれランリエルと戦いになるのは目に見えています。ならばこれを好機に、こちらから攻め込むべきでしょう」

「ランリエルを攻めるといっても大義名分がありません」

「奴らが我が国を攻める準備を進めているのは歴然。それを攻めるに大義名分など不要である!」


「攻めるのは良いとしても、二派に分かれた奴らの両方と戦っても仕方があるまい。どちらかと手を組むべきだ」

「しかし、どちらと組むと?」

「それは当然劣勢な側に付き、戦いを長引かせランリエルを疲弊させるのだ」


「いや戦を長引かせると言っても永遠に続けられるわけも有るまい。優勢な側に付き、友好関係を築くべきだ」

「そのような甘い考えが通用するか!」

「戦いを長引かせるなどと言う方が非現実的だ! 戦いの決着が付いた時、不要に恨みを買うだけではないか!」


 議論は次第に白熱して行くがそれだけに容易に結論は出ない。ディアスは問題を整理し、そして自分の意見を述べるべく口を開いた。


「みなの意見は介入すべし、という事で異論なさそうだな。私としても介入すべきとは思う。そして手を組むならば反乱軍側だろう」


「では、総司令官は反乱軍側が勝利する目算が高いと仰るのですか?」

「いや、反乱軍が勝つ確立はかなり低いだろうね」


 幕僚の1人の問いかけにディアスは平然と答え、諸将にどよめきが広がる。何せ状況は圧倒的にサルヴァ王子が不利と思わるからだ。そもそも反乱軍は勝算高しと考えたゆえに行動を起したのだから当然だった。


「ですがどうやって、サルヴァ王子はこの状況をひっくり返す事が出来ると言うのです? サルヴァ王子が率いる軍勢は僅か5千。反乱軍は2万5千。しかも王子は帝国国内に閉じ込められています。帝国貴族にとってサルヴァ王子は亡国の仇敵。まさに絶体絶命と言って良い状況ですが」


「確かに状況はサルヴァ王子に有利とは言いがたい。帝国貴族達が敵対すれば王子の勝利は難しい。だが帝国貴族達にとって王子を倒す事は、本当に自身のためだろうか? 反乱軍は帝国の領地をランリエル貴族で分配すべきと唱えている。彼らにとって王子を倒す事は必ずしもためにならない。それどころか……」


 そこに突然急報がもたらされた。扉を叩く音もなしに飛び込んだ伝令の騎士は、帝国貴族の軍勢が、サルヴァ王子に向けてではなくランリエル国境へと進軍を開始した。と伝えてきたのだ。


 その報告に諸将は驚きそしてどよめいた。そしてディアスは、説明ぐらい最後までさせてくれと肩をすくめた。


「まあ……と言う訳だ。こうなっては反乱軍の勝算は低い。だが、とはいえ今更手も引けないだろう。いやサルヴァ王子が許さない」


 そこに今まで沈黙していたグレイス将軍が口を開いた。


「総司令官の御明察恐れ入ります。確かにこうなっては反乱軍の勝算は低いでしょう。ですが総司令はそれを理解した上で反乱軍と手を組もうと仰る。どういう事でしょうか。ご説明をして頂けますでしょうか」


 みなの疑問を代弁するグレイスの言葉に、ディアスは諸将を見渡した後その考えを披露する。


「必要なのは勝つ事じゃない。勝って何を手に入れられるかだ。サルヴァ王子と手を組み勝ったところで何を手に入れられる? あの王子が我々に感謝してバルバール攻めを止めるようなタマか? だが反乱軍側が勝てばランリエルと帝国との間で戦いが生じ、バルバール攻めどころではない。勝っても何の利益も無い確実な戦いと、勝てば得られる物が大きい勝算が低い戦い。介入するなら後者しかないだろう」


 ディアスの説明に多くの者は納得したが、それでも納得しない者。いや、新たな懸念を感じた者がいた。


「確かにみなの意見は介入すべしでした。ですが、勝算が低いのならばいっそ介入自体を止める事も、改めて考えるべきなのではないでしょうか? 勝算の低い戦いを行い、兵を損ねるべきではないと愚考いたします」


 別に愚行とも思っていないだろうに。思わず皮肉に考えたディアスだったが、もちろん表面上はおくびにも出さない。


「もちろん、戦った挙句負けて損害を受けただけ、となるのは馬鹿馬鹿しい。参戦するタイミングが重要だ。勝算が低いなりにそれでも最も勝算が高い時を狙って参戦すべきだ」


 ディアスの言葉は尤もだが、それゆえに決して無能ではない諸将からすれば言われるまでもない事でもある。ディアスにとっても前置きの言葉に過ぎない。


「サルヴァ王子の軍勢が反乱軍と戦闘を開始した。その時を狙って介入する。反乱軍は元々サルヴァ王子を国内に戻さぬ為の布陣だ。それだけに守りを固めている。たとえ兵力でサルヴァ王子、帝国貴族連合軍が勝っていようとも数日で勝敗が決する事はない。そしてその時狙うのは――帝国だ」


「帝国ですと!?」


 思いがけないディアスの示唆する攻撃目標に、諸将から驚きの声が上がった。その顔には、本気なのか? とありありと書いてあった。


「ああ、帝国本国が攻められれば彼らも王子への支援ばかりはしていられない。隣人の火事の火消しにかまけて自宅の消化を怠る訳には行かないのだからな」


「その理屈は分かります。ですが……」


 口を開いた幕僚がその言葉を言い切らず言葉を濁した。バルバールに対し、なんら敵対行為を取った事がない帝国を攻めると言う言葉に、諸将は二の足を踏んでいるのだ。


「確かにみなが躊躇するのも分かるが、なあに、現在ランリエル軍の何割かは帝国からランリエルに支払われる賠償金によって養われている。そのランリエル軍がバルバールを攻めようとしているのはほぼ確実。帝国がバルバールに敵対していない。とは言えまいよ」


 ディアスの言葉は詭弁に過ぎないが、諸将は無理やり自身を納得させ、あえてディアスの欺瞞に乗った。もっともディアス自身は自分の言葉に騙されたりはしていない。


 基本的にディアスの考えは、バルバール軍の存在理由はバルバール王国及びその国民を守る。という事だ。その為には他国を攻めるのに躊躇はしない。所詮軍人など人殺しなのである。人殺しが良い人、ましてや人格者と呼ばれたいなど、あまりにもずうずうしいと言うものだった。


 バルバールが生き残る為には帝国を攻めるのが必要なのだ。帝国を攻めれば当然その民にも被害は出る。しかしそれを躊躇した挙句ランリエルに攻められ、バルバールの民に被害が出ては、何の為のバルバール軍なのか?


 帝国を攻めない事によって、自分の命を失うだけで済むのならば好きにすればよい。だがバルバールの民の命が失われてしまうとあっては、自己満足どころの話ではない。


 もっともディアス自身は達観しているが、他の人間がどう考えるかまでは責任はもてない。苦しい言い分でも精々逃げ道を作ってやるべきだ。そして1人の幕僚がその逃げ道を通り抜けるのに成功した。


「ですが、ランリエルを越えて帝国を攻めるとするならば、海軍による兵員輸送に頼るしかありませんが、それでは精々1万が限度。帝国は現在大幅に国力が低下しているとはいえ、元はランリエルに匹敵する大国。今ですら我が方に匹敵する動員力は維持しておりましょう。それを海上からの1万だけでは……勝算はお有りでしょうか?」


「なあに『必ず勝てる』」


 おそらく数倍の敵軍を相手にせねばならないであろうこの状況で、必勝を言い切るディアスにみなが目を見張った。ディアスはその視線を満足げに受け止めると、ずっと背後に控えていた従者であるケネスに振り返った。


「帝国沿岸部の地図と、机上演習用の駒を用意してくれ」




 諸将との軍議の後、残務も片付けたディアスとケネスは自邸へと向かった。ディアスが乗る馬の轡をケネスが引いていた。


「ランリエルとの戦いは来年の春になると思ってたんですけど、この分では早まるようですね」

「ああ、向こうの準備が整い次第攻めてくると想定していたが、内乱に乗じて逆に我々が攻め込む事になりそうだからね」


 戦いは近づくというのに、いつも通り特に気負った態を感じさせぬディアスに、ケネスは見上げ遠慮がちに口を開いた。


「ですがそれでは……」

「それでは、なんだ?」

「ミュエルとの結婚は、如何なさる御積もりですか?」


 すでにほとんどディアスの妻として扱われているミュエルだったが、実際結婚式は来年の2月を予定している。式を行い神の前で誓いを立ててこそ正式な夫婦となるのである。それが中止とは行かないまでも、延期となればミュエルが悲しむのではないか。ケネスはそれを懸念しているのだ。


「止むを得んだろう。まさか結婚式をしたいから戦いを先に延ばしたいとは言えないからね。お前それくらいの事も分からないのか?」

「まっまさか!」


 ディアスの言葉にケネスは慌てて否定した。当然ケネスもディアスのいう事は理解した上で、ミュエルの心情を心配しているだけなのだ。本気で戦いを延期したいと考えていると思われては、軍人としての見識を疑われる。


「なに冗談だ。ミュエルには私の方から言っておくよ」


 ディアスはそう言うと視線を前方に向け、ケネスも前へと向き直り、その後は2人とも言葉を発せず黙々と歩を進めたのだった。



 自邸につくとミュエルの出迎えを受け、中に入る。そして晩餐が済み、ミュエルがケネスに勉強を見てもらった後は、ディアスとミュエルは寝室で2人きりとなった。


 寝具の上で並んで座ると、ディアスはミュエルに正面から視線を合わせ口を開いた。


「ミュエル、もしかしたらランリエルとの戦いが早まるかも知れない。そうすればお前との結婚式どころではなくなるだろう」

「結婚式が……延期?」

「ああ、そうだ」


 ディアスの言葉に戸惑い問いかけ返したミュエルに、そう短く答えた。


「あの……それだけなのですか?」

「それだけとは?」

「いえ……別に何でもありません……」


 明らかに言いたい事があるという態度にもかかわらず口を噤むミュエルに、ディアスは微笑んだ。すまんの一言なり、もっと詳しい説明なりを欲しているのは明らかだった。


「まさか式を行っていないから、私達はまだ夫婦ではないというんじゃないだろうね?」

「え? でっですが……」


 ミュエルの戸惑いは当然だった。神に誓うからこそ夫婦なのだ。その誓いが無いのならば、どこまでいってもあくまで他人。精々恋人同士なのだ。しかしディアスはミュエルの言葉に構わず少女に顔を近づける。


 ディアスはミュエルの体のどこにも手を触れていない。まったく拘束の無い状態からのディアスの口付けをミュエルは戸惑いながらも受け止めた。そうディアスとの始めての、あのディアスが「お前は私の妻だ」と誓った時のように。


 ディアスは重ねていた唇を僅かに離すと、喋れば微かに唇同士が触れるほどの間近で口を開く。


「私の誓いより、会った事も無い神への誓いの方が信じられると言うんじゃないだろうね。式など挙げなくても、お前は私の妻なんだよ」

「ディアス様!」


 ディアスの言葉に改めて自身から唇を重ねたミュエルを抱きしめ、ディアスは真剣に悩んでいた。自分には少女嗜好は無かったはずなのだが……。

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