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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第22話:叛乱(2)

「思ったより少ないものだったな」


 それが挙兵した反王子貴族連合の陣容を聞いたサルヴァ王子の第一声である。


「貴公ならば5千で2万5千に勝てるか?」


 思ったより少ないと言いながら、にもかかわらず勝つのは難しいだろうと含みを持たせるサルヴァ王子に、カーサス伯爵は苦笑した。


「到底無理ですな。それに、そもそも私は軍人ではありません」

「確かに」

 と応じる王子にも苦笑が浮かぶ。


 王子が率いる5千に対し貴族連合は2万5千。到底勝ち目は無いが、しかし伯爵はこの点は心配してはいなかった。貴族達の挙兵は王子が仕掛けたのだ。それが手も足も出ない。ではあまりにも馬鹿げた話だ。


 目下の問題は帝国貴族達への対応だった。


「彼らの反応は?」

「やはり動揺が見られます。影ではこの機会に殿下を害しようという者も多く居るようです」


 王子の後ろ盾無くば、帝国貴族達に真っ先に攻め寄せられるであろうカーサス伯爵だが、落ち着いた表情を崩さない。


 軍事費を削られ兵力が激減しているカルデイ帝国だが、王子に反感を持つ貴族隊の私兵が集結すれば十分王子の5千を凌駕する。


 しかし帝国貴族達はカルデイ帝都ダエンにサルヴァ王子が来訪する、という事で大半が王都に来ていたが、僅かばかりの護衛だけで私兵の大半は領地に留めてある。これ幸いと王子を襲うにしても、領地から兵を呼び寄せねばなるまい。


 王子にはその前に手を打つ必要があった。


「しかし私を討とうとは、帝国貴族達も自分の立場を理解していないようだな」

「先の戦いでの敗者であるという立場ですかな?」


 伯爵の声には意外そうな響きが含まれていた。


 立場と言うなら、今現在の王子の立場の方が弱いはず。それをそんな「過去」の勝敗を盾に立場を主張しても仕方が有るまい。


 僅かながら、王子を見損なっていたか? と王子を後ろ盾にしようとした自らの判断に伯爵も疑いを持った程である。だがその伯爵に対し、王子は伯爵の心中を覗いたように「ふっ」と微かに笑い、今まで表情を崩さなかった伯爵に僅かながら動揺が走る。王子に失望されたかのような気がしたのである。


 伯爵の動揺に、サルヴァ王子は皮肉な笑みを浮かべた。


「彼らに自分達の立場を教えてやろうではないか。そして彼らにとって私がどういう存在なのかもな」


 そう言うと王子はカーサス伯爵に改めて命じ、帝国貴族達を集めさせたのだった。


 帝国貴族達は謁見の間に集められた。玉座にはカルデイ帝国皇帝ベネガスが座し、その横にサルヴァ王子が控えている。


 集まった帝国貴族達はざわざわと落ち着きが無い。自国の貴族からも見放されて何を偉そうに、と王子を蔑む者も居れば、もしや自分達が敵対し兵を集める前にここで一網打尽にする積もりか、と戦々恐々とする者も居た。


 王子はざわめく彼らに一遍の誓紙を掲げる。


「これはカルデイ帝国とランリエル王国との和平の誓紙である! 両国は信義によりこの和平の条約を守らなくてはならない!」


 しかし帝国貴族達は冷ややかな目で王子を見つめる。


 所詮ランリエルに利する条約ではないか。帝国にしてみれば破れるものなら破りたい条約である。もし、その条約を盾に自分の身の安全を保障しろと主張するならば、阿呆としか言いようが無い。だが王子は冷ややかな視線が集中する中、平然と言葉を続けた。


「この条約を破り、両国の友好を乱そうとした帝国貴族達を私は討ってきた。そして今、ランリエル国内にも両国の友好を乱す者が現れた。彼らはこう主張しているのだ! 帝国貴族の領地などすべて取り上げ、ランリエル貴族で分配すれば良いのだと!」


 王子の言葉に帝国貴族達はざわついた。今までランリエルに跪く屈辱に耐えてきたのは、ひとえに先祖代々の領地を守らんが為。それを取り上げようと言うのか! だが王子の次の言葉に、帝国貴族達はさらに戸惑う事となった。


「和平の条約により帝国貴族の権利を守る為、私は彼らを討つ!」


 カルデイ帝国を討伐したサルヴァ王子は、彼らにとって不倶戴天の敵である。それが領地を守る為には王子に勝って貰わなくてはならないとは、何という皮肉な状況であろう。


 そこへ王子の更なる言葉が発せられ、帝国貴族達はさらにどよめいた。


「そこで貴公らに依頼したい。和平の条約を守る義務があるのはランリエルのみではなく帝国も同じ事。貴公らに出陣を要請する!」


 かつてランリエル王国とカルデイ帝国との戦いは両国共々完全併呑を目指し、そして失敗してきた。


 それを考えれば今王子が討たれ、ランリエルによる帝国完全併呑を目指したとしても、やはり失敗するのではないか? ならば王子を討たせる方が帝国の為でもある。そうとも考えられるが、現在は過去とは違う要素が含まれている。


 それは帝国内に乱立した独立国の存在である。王子が討たれランリエルと帝国との総力戦なった時、独立国はどう動くのか?


 恥を忍んで帝国へと帰属するのか、ランリエルへと擦り寄るのか、それとも独立を保ったまま領土拡大に乗り出すか。


 しかも独立国は一国だけではない。それぞれがそれぞれの思惑に従い動く。サルヴァ王子ですら容易には結末を見通す事が出来ない。


 サルヴァ王子が討たれた後の激流を泳ぎきり、生き残る事が出来るだろうか? 泳ぎ切れれば良いが激流に飲まれればお仕舞いである。泳ぎきる自身がないならばサルヴァ王子を助けるべきではないか?


 しかし王子の味方をするには

「どうして帝国を討伐した王子の為に、命を掛けて戦わなくてはならないのか」という心情的な抵抗がある。それゆえ帝国貴族達は自らの立場を決めかね、王子の言葉に即答出来なかったのである。


 そこへ、彼らの心中を見通しているかのように王子は言葉を続けた。


「何も反乱を起したランリエル貴族を貴公らに討伐して欲しいという訳ではない。貴公らには帝国側国境から奴らを牽制して貰えれば十分だ」


 戦う必要が無いならば……。と、条件を下げて来た王子に彼らの気持ちは揺れ動いたが、まだ自らの去就を定めかねた。


 そこへ突如、帝国貴族の列から声が上がった。


「それだけで良いのならば、出陣いたしましょう」


 みなの視線が声の主に集中する。


「それはありがたい。失礼だが貴公の名をお聞かせ願えるか」


 王子の問いに、その貴族は一礼して

「マルシアル・セディーヨ子爵で御座います」

 と名乗った。


「では、セディーヨ子爵。よろしく頼む」

「かしこまりました。なに和平の条約を厳守するのに協力しなかったと、後になって討伐されてはたまりませんからな」

「あっははは! それは考えすぎと言うものだ。私はそれほど悪辣ではないぞ」


 セディーヨ子爵とサルヴァ王子の応酬は十分冗談めかされていたが、帝国貴族達の背筋を冷たくさせるには十分だった。


 王子に協力せねば、後々自分が討伐される事もあり得るのか? いや、それは王子も否定している。だがしかし……。彼らは心中穏やかではない。


 そこへ更なる声が上がる。


「セルヒオ・イグレシア伯爵と申す。私も出陣させて頂こう!」


 今度はみなの視線がイグレシア伯爵へと集中し、それを機に乗り遅れてはならじと、あちこちで声が上がり始めたのだった。


 王子に、帝国貴族達の力を借りて反乱軍を倒す積もりはない。反乱軍は自分の力で倒す。戦力だけを考えれば、実は反乱軍を討伐するのに帝国貴族達の協力は必要ない。彼らを味方につけたのはむしろ敵に回らせない為、と言って良い。それよりも実績を作った事の方が意義は大きかった。


 かつてカーサス伯爵の領土問題について、帝国国内の領土問題をランリエルの王子が決裁したという事に続き、ランリエルの王子の求めに帝国貴族達が出陣した。という実績をである。


 この結果に満足し、謁見の間を後にしたサルヴァ王子が廊下を進むと、一人の男が廊下のすみに佇んでいるのに気付いた。


 王子はその男を良く知っていた。エティエ・ギリス。帝国軍総司令。


 帝国との最終決戦時に、サルヴァ王子を敗死寸前にまで追い詰めた人物だった。王子より僅かながら背は低いが引き締まった身体は見劣りしない。短い黒髪と黒い瞳の30代後半の男である。


 自分を追い詰めたギリスであるが、それについて彼を恨んではいない。むしろ配下の将軍として招こうとしたほどである。


 実のところギリスは作戦立案能力においてサルヴァ王子に劣るだろう。前線指揮においても、王子やベルヴァースの名将、老将グレヴィに一歩譲る。


 では何を持ってギリスがサルヴァ王子を敗北寸前まで追い詰めたかと言えば、それは類稀なる洞察力によって王子必勝の秘策を看破したが為だった。


 王子がギリスの佇むところまで来ると、彼は一礼して挨拶した。


「殿下。お久しぶりです」

「ああ。将軍も御健勝なによりだ」

「はい。御蔭様で」


 ギリスはそう述べると再度軽く一礼した。


「それはそうと、セディーヨ子爵はカーサス伯爵とも領地が近く親しくしておいでのようですな」


 そう言ったギリスの目が、探るように王子の目を捉えていた。


「なに。それは偶然というものだ」


 そう応じたものの、言い終わる頃にはサルヴァ王子の顔に不快の色が浮かんでいた。王子の言葉にギリスが苦笑を浮かべているのに気付いたからである。


「いずれまた、酒でも酌み交わそう」


 王子はそう言ってギリスから背を向け、その場を後にした。その言葉は本心ではあったが、今それを行う気分ではなかった。ギリスに一本取られた後では。


 カルデイの社交界で、セディーヨ子爵は目立った存在ではない。それぞれの友好関係、血縁関係に目ざとい貴族達がとっさにカーサス伯爵とセディーヨ子爵との関係に気付かないくらいに。


 ましてや武人であるギリスが、セディーヨ子爵の領地の場所など把握している訳は無いのだった。ギリスは王子にカマをかけたのだ。


 そうセディーヨ子爵はカーサス伯爵を通じて以前より王子と接触していたのだ。いや、それどころかイグレシア伯爵もである。


 帝国貴族達を謁見の間に召集する前に、彼らは呼び出され王子と打ち合わせを行っていたのだ。勿論、セディーヨ子爵と王子との冗談めかした掛け合いも含めてだった。



 ギリスはサルヴァ王子の後姿を見送りながら、押し付けられた面倒について頭を巡らしていた。


 今回王子の求めにしたがって多くの帝国貴族が出陣する。


 帝国は軍事費を大幅に削られ、さらに多くの有力貴族が独立国として離反しているが、それでも反乱軍の2万5千は超えるだろう。だがなまじ反乱軍より多い為、勝算ありと、サルヴァ王子に取り入る積もりで抜け駆けして手柄を立てようと企む者達も現れかねない。


 その者が戦死しようが自業自得であるが、他の者まで巻き添えになる可能性もある。ギリスも同行し精々彼らを監督しなくてはならない。


 サルヴァ王子に対し一矢報いたくなるのも当然だった。そして多少は溜飲が下がったギリスは自らの執務室へと向かった。今回の出兵に対して実行計画を立てる為である。

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