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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
415/443

第319:勝算

 ベルヴァース、コスティラ両王国軍が合流する予定のランリエル本隊では、それに先立ちテッサーラ王国軍が合流した。軍勢を率いるテッサーラ王ことウィルケスは、銀の細工が施された鎧に身を包み出迎えるランリエル軍将兵に手を振って応えた。


「ちっ! ついこないだまで俺の方が出世してたっていうのによ」

「陛下に上手く取り入りやがって」


 如何に総司令付きの副官でも、勿論、一軍の将よりは格下。彼らにすれば自分より格下だったウィルケスが王になれたのは、サルヴァ王子の贔屓。という以外に理由が見出せないのだ。


 そして、実際、全く持ってその通りである。公的にだ。


 サルヴァ王子は自分を聖人君主とは思っていない。いや、一国の王が聖人君主など許されない。聖人君主が許されるのは田舎の小領主まで。国を統治するには正しくさえあれば良いというものではない。王子の目論見としては、ランリエル皇帝には、贔屓の副官を国王する力がある。それを示す為の意図的な贔屓だ。他の国王達との絶大なる差。それを誰の眼から見ても明らかにする。


 贔屓の副官ウィルケスが焦がれる自分の愛妾ナターニヤ嬢を、ウィルケスに下げ渡し、ついでに国王の地位までくれてやった。これが重要なのだ。


 しかし、その数日後に行われた軍議に出席した幕僚達はサルヴァ王子の傍らに立つ副官の姿に驚愕した。


「ウィルケス……陛下?」

「いえ。軍においては、私は一介の副官に過ぎませぬ。閣下の方が階級は上で御座いますので、どうぞ、ウィルケスとお呼び下さい」


 そう言いながらもウィルケスには、この状況を面白がるような笑みが浮かんでいる。サルヴァ王子も相変わらずだなと、微かに口元が緩んでいる。


 そもそも今まで王子の傍らに居たベルトーニは、あくまで副官代理。書類上の副官はずっとウィルケスのままだった。そのウィルケスがランリエル本隊に戻ってきたのなら、副官復帰は当然である。


 とはいえウィルケスの副官復帰はもっと先の予定だった。今回の軍議にも副官としてではなくテッサーラ王国軍の総司令格として参加予定だったのだ。それを急遽変更したのは、サルヴァ王子の個人的な理由による。


 副官代理のベルトーニはサルヴァ王子を神聖視するあまり、緊張して口を開くのは事務的な事のみ。だが、多少の無駄口も生活には必要だ。王子が話題を振っても緊張のあまり録に返事をしない副官代理に王子は苛立った。会話がなりたたなすぎ、王子が孤独感を覚えたほどだ。これが意外なほど精神衛生上よろしくなく、予定を早めてまでウィルケスを復帰させたのである。


 他の者を副官代理にする事も出来たが、ウィルケスを副官に復帰させたのはベルトーニの面目を立たせる為の王子の情けである。他の副官代理を任命すれば、ベルトーニの落ち度なのは明らか。だが副官を復帰させるから副官代理を解任するというならベルトーニの経歴に傷はつかないどころか、任務を全うしたという評価だ。


 会議自体の内容は特別なものではなかった。反撃の時まで皇国軍の攻勢に耐えるという基本方針に変わりはなく、現状報告が中心だ。合流したテッサーラ王国軍についても、配置部署は未定で、しばらくは休息を与えると決まったのみだ。


 軍議が終わり諸将が引き上げると、部屋にはサルヴァ王子とウィルケスだけになった。


「もうすぐ陛下の弟君であるルージ殿下もお越しになるそうですね」

「ああ。ベルヴァース本国で大人しくしているのかと思ったが、戦が長引きベルヴァースでも民衆が不安に思っているらしい。その為に奴が出てきたそうだ」


「ルージ殿下はベルヴァースでは人気があるとか」

「意外にも先の戦いでは活躍したからな。私も戦いの認識を改めさせられた」


 ウィルケスが演技ではなく驚きの表情を作った。確かに前回の皇国との戦いでは思いのほか活躍したと聞いている。しかし、その実態は優れた軍略や武勇を発揮したのではなく、敵が来ても引かぬようにと言われたので、言われた通り引かなかっただけなのだ。その結果、ルージ王子が引かないので他の騎士達も引く分けには行かず、結果的に持ち堪えて皇国軍の攻撃を耐え切った。というのが真相である。


 確かに、そういう事もあるのかとウィルケスも感心したが、サルヴァ王子に戦いの認識を改めさせるほどのものとは思ってもいなかった。


「結局、戦いとは人がするのだ。皇国の大軍を前に逃げ出そうとした者達が、ルージが逃げぬというので引き返したのだからな。確か兵学には、逃げ出した兵を引き返させるのはどんな名将にも不可能とあったのだがな」

「そう考えれば……凄い人なのかも知れませんね」


 特にこの大陸の軍制はバルバールなど一部を除けば職業軍人ばかりの為、一兵士に至るまで訓練され精神的にも鍛えられている。当然、士気というものも勝敗の重要な決め手となるが、ルージが味方を引き返させたのは士気の問題だろうか。


 単純に人として好かれていた。という事もあるのだろう。だが、それを個人の資質と断じてしまえば思考の停止だ。同じように人として好かれていなくても、結果を同じに出来ないか。緑と青と黄はそれぞれ別の色だが、青と黄を混ぜれば緑になる。違うものを組み合わせて同じ結果にする事は出来るはずだ。


 父は良き王だった。その父の資質を一番受け継いでいるのはルージなのだろう。王者の資質だ。自分はそれを受け継がなかった。王者の資質は受け継がず、突然変異の覇者の資質を持って生を受けた。


 戦乱の世に覇者が生まれれば、それは統一、平和への道ともなるだろう。だが、平和な世に覇者が生まれればどうなるか。東方三国はいがみ合いながらも拮抗し安定していた。西方は言うまでもなく皇国の威光により治まっていた。それが今では世界大戦だ。


 間接的にという意味でなら、間違いなく自分は、この大陸の歴史上、最も多くの人間を殺した男だ。しかし、それに気付いたところで動き出したものを止める事は出来ない。敗北すればランリエルの民が蹂躙される。ランリエルの民を守る為ならば他国の民を蹂躙する。なぜならばランリエル皇帝だからだ。


 ランリエル皇帝が、他国の民を殺さない為にランリエル民が殺されるのを座して待つ。そんな事を出来るはずがない。ランリエルの民を守る為ならば他国の民を殺す。それがランリエル皇帝だ。


 長い思案に入ったサルヴァ王子をウィルケスは邪魔しない。口数が多い彼だが、空気が読める男でもある。サルヴァ王子の思案が続く。


 戦乱を起こし、それを乗り切る。それだけで良いのか。受けた被害に見合った成果を出す。そんな大それた考えではない。死んだ人間を被害と言い、その代償を成果というほど自分は大それた存在ではない。それを言うのは神だけだろう。


 だが、過ちを犯すのが愚か者ならば、過ちから何も学ばず過ちを繰り返すのは更に愚かだ。この戦い。収めるだけで済ます事は出来ない。二度と戦乱を起こさない。永久になどとは言わない。それは不可能だ。しかし、戦乱になりにくい体制。それは目指せるはずだ。


 自身の行為への代償ではない。被害に対する成果ではない。それをしなければ愚か者だという事だ。


「とにかく、後はゴルシュタットが動けば決戦への体制が整う」


 思案を終えた王子が口を開いた。先ほどの会話の続きと見るには飛躍した言葉だが、思案を重ねた結果だろうとウィルケスは話をあわせる。


「はい。こちらの体制が整うまで皇国が総動員で攻勢を仕掛けて来ないかと心配していましたが間に合いましたね。思いの外、皇国の動きが鈍くて助かりました」

「うむ」


 王子は頷きながらも、いくら副官でもこれくらい話しかけてくるべきだと思った。やはりベルトーニは喋らなさ過ぎる。


「後、集められるとすればタランラグラの者達ですが、どうして彼らは呼ばなかったのですか? 彼らもかなり勇敢な戦士だと思うのですが」


 タランラグラ人は義理堅く、今回の皇国軍との戦いにも族長達は参加を申し出たのだが、サルヴァ王子はそれらを丁重に断った。それよりも、後方支援に人員を提供して貰うように要請したのだ。


「勇敢ならば戦で役に立つと思うか?」

「使いどころを誤らねば役に立つと思います。例えば、戦がこう着状態の時に敵陣を揺さぶるのには彼らの勇猛さは有効なのでは」


「いや、恐らくは駄目だな。確かに彼らは勇猛だが、どうやら戦士としての概念が我らと彼らとでは違うようだ」

「戦士の概念ですか?」


「そうだ。確かに彼らは戦士だ。我らのように一部の男だけが戦士なのではなく男は全員戦士だ。だが、だからこそ戦士というものの概念が違う。彼らは生きる事が戦士なのだ」

「生きるのが戦士……。日々が戦いという事ですか」


「ああ。過酷な環境で暮らす彼らにとって、生きる為の狩猟もそうだが自然とも闘いだ。しかし、だからこそ勝てぬとなれば逃げる。嵐に抗っても無駄だからな。逃げるのが当然と考える。それを恥という認識もなく、持ち場を放棄したとも思うまい。家族を守る為の盾となるのではなく、家族と共に逃げて生き延びるのが彼らの戦いだ」

「なるほど。戦いの場でも不利となったら逃げてしまいかねないって事ですね」


「軍勢の戦いは如何に敗走しないかになる。いくら勇敢でも、不利になれば逃げ出す者達に戦は任せられん」


 彼らも自分達の土地を守る為に皇国軍と戦ったが、あの時の彼らは逃げればもはや住む場所を失うと考えていたからだ。遠くタランラグラを離れての戦いに、その時ほどの決意は望めない。


「それでは、ゴルシュタットを抑えているカルデイが戻れば決戦ですか」

「いや、カルデイは戻せぬ。ゴルシュタットを我らに付けるのには成功したが、軍隊としての体制が整っていない。形だけの布陣は出来ても皇国軍と一戦すれば化けの皮が剥がれる。ギリス殿に上手く立ち回って貰わねばな」


 軍略の読みに賭けては大陸一とも称されるギリスだ。サルヴァ王子の奇策やディアスの超常識的な策には読み切れぬものもあるが、王子やディアスとて策が使える条件というものがある。この3者が戦えば誰が勝つかはその時の条件次第だ。


 カルデイ帝国軍は約4万。劣勢のランリエル側からすれば痛い出費だが、それを惜しめばゴルシュタットという商品を得られないのだから止むを得まい。


「では、我らとコスティラ、ベルヴァースですか……」


 ウィルケスにしては珍しく歯切れが悪い。最終決戦でディアスやギリスが居ないのは不安だ。しかし、その両者が信用出来るかと言えば、それも不安だ。負けたのならば従うのは仕方が無いと割り切るコスティラと命令に忠実な総司令テグネールが率いるベルヴァース。両者の方がよっぽど信頼できる。だが、やはり、能力や単純に数の不足は事実。それ故の歯切れの悪さだ。


「後は、各地に散っている部隊も呼び戻さねばならぬ。本国の予備兵力も動かす」


 王子は予備兵力と表現したが、それは正確ではない。正式には本国防衛兵力というべきだ。尤も、実態となればまた表現が変わる。ベルヴァース、カルデイに対する牽制兵力だ。


 ベルヴァース、カルデイ共に出兵しているが、それで本国が空になっている訳ではない。各国共に多少なりとも兵力を残している。本国を全くの空にして、万一ベルヴァースやカルデイに裏切られては致命的だ。


「それは危険ではないですか?」

 といウィルケスの心配は当然だ。


「なに。全てを動かすのではない。今は両国が裏切った場合には攻め落とせるだけの兵力を残しているからな。そこまでは不要だ」


 つまり、裏切れば殺せるだけの兵力ではなく、裏切られても殺されない兵力にするという事だ。


「なるほど。しかし、何とか態勢が整うまで皇国の攻撃を耐え切りましたね。皇国に一気に攻められては危険でしたが、やはり向こうも財政に余裕がなかったのでしょうか」

「まあ、それでもかなり苦しめられはしたがな。しかし、やはり皇国も意図的に戦を長引かせている。そう感じたな」


「意図的にですか? 戦を長引かせても良い事はないと思いますが」


 確かに兵書にも、戦が長期化すれば莫大な費用がかかり、敵城を落としても割りに合わないので短期決戦を心がけるべき。という記述がある。


「軍事的にはな。しかし、どうやら副帝アルベルド・エルナディスにとってこの戦は、己が権力を握る為の手段に過ぎぬようだ」


 ゲームでも、参加者よりも遠くから観戦している者の方が状況が見える事がある。逆に言えば当事者は視野が狭くなる。それは奇策の天才と呼ばれるサルヴァ王子とて例外ではない。


 皇国軍への対応に追われ視野が狭くなっていたが、余裕が出来、それに伴って視野が広くなったが故の看破だ。そして、1つ気付けば10を察するのがサルヴァ・アルディナである。


「アルベルド殿は、戦のたびに、敗戦ですら己の権力を高めて来た男だ。彼が副帝になるに反対した者達も、この戦いで口を閉ざした。戦時に内部で分裂し敵に利する愚を犯さぬだけの分別はある。その分別に付け込んだのだ。アルベルド殿にしてみれば、自分に権力を集中し逆らう者がいないというこの状況は、長引けば長引くほど良いのだ」

「なるほど。ですが、ずっと我々と戦い続ける訳にも行かないですよね?」


「それはそうだ。戦を長引かせて己に権力を集中しているのに皆が慣れたところでランリエルに勝利する。そうすれば戦が終っても逆らう者は居るまい。そう考えているのだろうな」

「こちらも、そう簡単に負ける訳には行きませんけどね」


 だが、口数の多い副官の言葉にサルヴァ王子は曖昧な笑みを浮かべた。


「もしかして、勝てないんですか?」

「まあ、勝つ策はないな」

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