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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第2話:灼熱の王子(1)

「エクエル子国のファシェル子爵にグリエス男爵の討伐を命ぜよ」


 ランリエル王国王都フォルキア軍部の執務室で、第一王子はカルデイ帝国支配に指示を与えていた。眼前にはギラルデ・ムウリ将軍ら幕僚達が控えている。


 しかし……と王子は自身の言葉に皮肉な笑みを浮かべる。


 王が治める国が王国であるように、公爵が独立し一国をなせば公国、侯爵ならば侯国である。当然子爵が一国をなせば子国なのであるが、自分が認めた事とはいえ子国などとうものが存在するという事実に、笑い出しそうになったのだ。


 もっとも爵位において、子爵より下の男爵にすら王子は独立を認めており、男国すらも存在するのだが――。頭を一振りすると、脱線しそうになった思考を軌道修正させた。


 鍛えられ長身、漆黒の長い髪を後ろで束ね、瞳の色も同じく漆黒に輝く。このサルヴァ・アルディナ王子こそが長年の宿敵たるカルデイ帝国を組み敷き、貞淑な妻にしようとする張本人だった。


 もっとも組み敷かれた方も大人しくしていると見せかけ、背に刃を隠しているので油断は出来ない。今回の処置も、後何本隠しているか分からない刃の一本を取り上げるものだった。すべての刃を取り上げた時こそ、かの国は真に貞淑な妻へと変貌するのだ。


 未だ帝国に忠誠を誓う帝国貴族への監視及び討伐は、帝国から分離した各独立国に命じる方針をとっていた。


 実利を考えればランリエル軍が制圧する方が当然実入りは多い。独立国に命じれば恩賞としてそれなりの分け前を与えねばならない。だが王子は長期的な国力強化よりも、短期間での支配力強化を狙った。


 今回ランリエルの依頼で男爵を討伐するファシェル子爵は、二度と他の帝国貴族及び帝国自体と相容れない。独立国の戦力が参戦しない以上、カルデイ帝国が以前と同等の戦力を持つのは不可能だ。


 カルデイ帝国がランリエルに敵しえないなら、独立国は、さらにランリエルに擦り寄らざるを得ない。なれば独立など所詮名ばかり。ランリエルからの要請に応じ、軍勢の派遣すら断れまい。


 独立を認めた分税収が減ろうが軍勢さえ提供するのであれば、独立国も他のランリエル貴族と変わるところはない。


 もっともさすがにそれはまだ先の話だ。さらに帝国と独立国の関係を悪化させる必要があった。


「しかしこのように性急に事を進めて大丈夫なのですか?」


 ムウリ将軍がサルヴァ王子の指示に疑問を呈した。配下の将軍達の中でも思慮深さに定評があり、王子が若き頃は、その上官でもあった男だ。


「早急にとは?」

「帝国を征服し、またすぐにバルバールを攻めるという事についてです。我らがバルバールを攻めているその時、折角征服した帝国に叛かれては元も子もありません」


 そう、ディアスはランリエル王国によるバルバール王国侵攻は十数年先と考えていたが、王子は準備が整い次第バルバールへ攻め寄せる計画だったのだ。その為、カルデイ帝国支配強化を急いでいた。


 王子の身体には飽くなき覇気が満ちていた。


 ランリエル王国の北にはベルヴァース王国があり南は海。東にある帝国のさらに東と南には海が広がっている。


 ベルヴァース王国、カルデイ帝国との三竦みの状態から抜け出したものの、今またベルヴァースにまで手を出せば、弱体化したとはいえ帝国も黙ってはいまい。帝国が大人しくし従っているのは曲がりなりにも存続が認められているからなのだ。


 ベルヴァースにまで手をだせば、帝国はその存続にすら危機を覚える。攻めるとしても、ベルヴァース以外を狙わなくてはならない。


 カルデイ帝国のさらに東北には草原が広がり遊牧民が暮らすのみ。サルヴァ王子の征服欲は刺激されず、次に攻めるならばランリエル王国の西に接するバルバール王国。そう定めた。


「問題ない。その為にも多くの帝国貴族達の独立を認めているのだ。十分我らの為、防波堤の役割を果たしてくれるだろう。彼らは今更帝国と手を結ぶ事は出来ないのだからな」

「ですが、我が国には、バルバールに対するだけの海軍がありません」


 商船の行き来は盛んだが、今まで主敵だったカルデイ帝国とは小高い山岳地帯を国境として接し、その戦いも陸戦が中心だった。


 ランリエル、帝国双方の王都、帝都も内陸にあり、船舶で運べる程度の軍勢を海上から移送しても効果的な奇襲は出来ない。その為両国とも海軍が発達しなかったのだ。


 そしてバルバール王国との国境は、帝国との国境よりもさらに険しい山岳地帯で区切られていた。もっともこれは奇しくもと評するにはあたらない。


 国境とは山なり川なり海なり、時には砂漠なりで、人々の生活圏が区切られたところに自然と成り立つものであり、国境が踏破困難なのは珍しくはない。


 まったくの平地に国境が引かれる事があるとすれば、それは戦争や政争の結果、領土が割譲された場合だ。


 バルバールはコスティラと海戦を繰り返している。その為、国力は遥かに劣るにもかかわらず、バルバールはランリエルを超える海軍を持っていた。


「勿論それは分かっている。その為海軍の増強を命じている。なに、軍艦の建造が一朝一夕で出来ない事など分かっている。それまでは辛抱強く待つさ」


 その言葉にムウリ将軍は引き下がった。


 王子が秘中の策を他に漏らさぬのは常の事だ。それは長年仕えるムウリ将軍もわきまえている。何の策も無く行動を起す方ではない。懸念を進言し、それでも実行するならば何か考えがあるのだ。


 すべての指示と裁決を終えると、サルヴァ王子は傍らにある兜を一瞥し、執務室を後にした。


 鎧の他の部位は戦時に備え保管されている。だが兜のみは常に執務室の机の傍に置かれていた。


 大国の次期国王である王子の鎧は金銀で見事に細工がなされ、曇り一つ無く磨かれた見事な物だ。だがこの兜は奇異な事に一切の装飾が無く、傷だらけで実用一辺倒の物だった。


 鎧とは、兜から籠手やすね当にいたるまで統一されて作られるものであって、全身を一度で買い揃えられぬ貧乏騎士ならともかく、兜のみまったく別の作りという事は通常ありえない。王子も初めは華美な兜を使用していた。


 だがカルデイ帝国との最終決戦時、ランリエル軍は一時劣勢に立たされ、王子も所在不明になるという危機に直面した。そして王子の所在が知れた時、現在の兜をかぶっていたのだ。


 その後体勢を立て直したランリエル軍は帝国軍を撃破し、それからこの兜を王子は手元に置いていた。


 人々は「王子の身代わりとなる為兜を交換し、戦場で散った騎士」の存在を夢想し、その美談を噂した。だがその噂を耳にしたサルヴァ王子は苦笑で応じるだけだった。

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