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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第20話:ケネスの戦い(1)

 ケネスはその日、友人達との集まりに参加していた。


 ケネスの父はディアスの叔父であるが、早々に軍人としての未来に見切りをつけ商家へと婿入りした。その息子のケネスも商家の出という事になる。


 その為、友人には同じ商家の子が多かったが、ディアスの従者として軍部に出入りするようになると、自然同じく従者の者達と親しくなった。


 彼らはケネスとは違い父も軍人の者が大半である。信頼できる同僚の将軍に息子を従者にと頼み、そこで修行させるのが基本的な流れだ。


 その意味ではディアス家の厄介になりながら、その従者になったケネスは

「保護者の従者になるなんて甘えている」と陰口を叩かれる事も少なからずあった。だがそのあたりはケネスも心得ており、図に乗っていると思われる言動に気を付け、爪弾きにされる事も無く周囲に受け入られていた。もっともその中には、彼と仲良くする事によりディアス家との繋がりを目論む者も居たのだが……。



 今日の集まりは、兵法の勉強会である。


 バルバール軍にはディアスは勿論、兵法に明るい者が多い。毎年のように攻めて来るコスティラに対し、半分ほどの国力しかないバルバールである。確かに天険の地形に守られてはいるが、そればかりに頼っては居られない。物量で勝てないならば、作戦で勝つしかなく、その為、兵法の習得は他国に比べても遥かに奨励されているのだった。


 集まった彼らは、ある者は兵法書を読み耽り、ある者は互いに兵法書の一文から問題を出し合った。


 ケネスも友人マルティとそのように勉強をしていた。


 ケネスの初陣は遅れているが、本来初陣の時期や正式な騎士になる年齢は概ね決まっている。従者仲間である彼らの年齢も近い者ばかりだった。


 マルティも年は近く1つ年下だが、体力面において兵士には向かず初陣が遅れているケネスと違い、すでに初陣を済ませていた。


 短い赤髪に茶色がかった瞳を持ち、背はケネスよりも僅かに低いが体格は一回り大きい。もし2人が戦えばマルティの腕の一振りでケネスは弾き飛ばされるだろう。


 2人は小さい円卓を挟んで椅子に座り、マルティの問いにケネスが答えている。


「向かってくる敵軍の戦塵が低くて広いのは?」

「それは歩兵がやって来るんだ」


「じゃあ、高くて狭いのは?」

「それは騎兵だ」


「敵陣で槍を杖代わりにしている者が多い場合は?」

「敵軍の食料が尽きているんだよ」


「水汲みに来た敵兵が、水を汲むより先に自分で水を飲むのは?」

「敵は水不足なんだ」


「敵が使者を送って勇ましげに戦いを挑み、軍勢に出撃準備をさせていたら?」

「それは実は退却しようとしているんだ」


「それでは、和平の使者を送って下手にでて来たら?」

「油断させておいて戦いに挑もうとしているんだよ」


 これらの兵法の文言は本来敵の動向に対しての警句であるが、ディアスがコスティラとの戦いで立てた作戦は、その応用と言うべきものだった。


 バルバールは国境に軍勢を派遣しさらに使者を派遣するという、ランリエルに敵対と見える行動を起した一方、結局使者は戦いを挑むわけでもなく悪戯に交渉を長引かせるだけだった。だがその実、バルバール王都に軍勢を集結させた。


 その為コスティラは、バルバールの思惑を軍備増強をやめさせる為の牽制としてか、さもなくば本当にランリエルと戦う為の、どちらかを目的に軍勢を集結させたのだ。と判断した。交渉を長引かせているのも軍勢を集結させる時間稼ぎだと考えたのだ。


 しかし、交渉を長引かせたのは軍勢を集結させる時間稼ぎである。という部分は正解だったが、その攻撃目標はランリエルではなくコスティラだった。こうしてコスティラは、真の攻撃目標が自分達であるとは夢にも思わず油断したのだった。


 もっともディアスが常々言うように、今後はコスティラも警戒し、二度とは引っかからないであろうが……。



「さすがだな」

 すべての問いに淀みなく答えるケネスに、マルティは賞賛の言葉を送った。


「ありがとう。でもやっぱり早く実戦に出てみたいな」

「確かに実戦では、書物通りの状況はあまり起こらないから、実戦を経験しないと分からない事も多いな」

「マルティは戦いに出た事があるんだろ?」


 ケネスは何気なく問いかけたが、内心年下にも関わらず初陣を済ませているマルティを羨ましく思っていた。


「ああ。前回のコスティラへ侵攻した時に父の同僚のラハナスト将軍の従者としてお供させて貰ったんだ」

「やっぱり書かれている事とは違った?」

「そりゃあ、違うさ」


 マルティは肩をすくませたが、初陣を済ませた者の余裕が感じられたのはケネスの妬みだろうか。


「そうか……。ディアス将軍も兵法は法則を掴んでそこから応用する事が重要って仰っていたけど」

「さすがディアス将軍だね」


 現在ディアスは、軍人を目指す少年達の憧れの的というべき存在であり、マルティの声にも尊敬の念が篭っている。


「うん」

「そう言えばみんな噂しているけど、次はコスティラじゃなくてランリエルと戦うらしいじゃないか。ディアス将軍はそれについて何か仰っていなかったか?」


 ランリエルと戦う事になるだろうとは、軍事機密というのも馬鹿馬鹿しいほどに周知の事実としてみなに受け止められていた。


 勿論、予想開戦時期や迎撃体制などは機密となっているのだが、それに関しても来年には戦いが行われると噂され、その戦場は国境付近と予測されている。


「ディアス将軍は、ランリエル軍総司令官の戦歴を調べているみたい。過去の戦いからどんな癖があるか調べるんだって」

「ランリエルの総司令官ってランリエルの第一王子って人だよな? どんな癖があるって?」

「いや……。それは教えては貰えなかったけど……」

「そっか……」


 2人の声には共に残念そうな響きがあるが、それはやむを得ない。各国情報を得る為、あらゆる事を行っている。軍事機密を得ようと、それを知っていそうな者を誘拐する事さえあるのだ。


 身内にすら不用意に情報を漏らさないのは、その身内を守る為でもあるのだ。知らないとなれば、敵も手出しをしないものである。


 そしてケネスにすら漏らしてはいないが、実際ディアスによるサルヴァ王子の戦いについて分析は進んでおり、その傾向を掴んでいた。


 分析したところ、サルヴァ王子は常に攻勢に出て戦いの主導権を握ろうとする傾向があった。ランリエル軍がカルデイ帝国を征服する事になった戦いでも、その傾向が見られた。


 戦いはまず、帝国軍が隣国ベルヴァース王国に攻め込んだ事が発端と成っている。


 それを援軍として出陣したランリエル軍が撃退。その余勢をかって逆にランリエル、ベルヴァース連合軍がカルデイ帝国に攻め込み、遂には帝国を征服する。といった経緯で行われた。


 サルヴァ王子は、まず戦いの第一段階であるベルヴァースに攻め込んだ帝国軍の撃退にしてからが、積極的に攻勢に出たのである。


 この時王子が取った作戦は、重要拠点を攻めている敵主力と戦わず敵の本拠地を突き、敵を撤退させる。という兵法の基本ともいうべき作戦だった。


 もっともそんな基本的な作戦を帝国軍も警戒しない訳もなく、本拠地であるカルデイ帝都ダエンへと続く国境は厳重に守られていた。


 その為サルヴァ王子は段階を踏んだ。ランリエル軍主力は、まず国境と帝国軍主力との中間にある軍事拠点を攻めたのである。


 帝国軍主力は退路を断たれてはと軍事拠点に援軍を派遣し、そこで連合軍との激しい攻防が行われた。


 その後ランリエル軍は軍事拠点を奪取する事を諦めたのか、王子は抑えの兵を残し今度は帝国軍主力へと軍勢を向けたのである。だが軍事拠点の兵力は援軍もあり、帝国全軍の3分の1にまで達していた。その為ランリエル軍も相応の兵力を抑えに残さざるを得なかった。


 しかしそれこそがサルヴァ王子の狙いだった。僅かなお供だけを引き連れた王子は、密かに抑えの軍勢に舞い戻った。


「多勢が居るように見せかけておけ!」

 そう言い残すと、王子は深夜暗闇に紛れ、抑えに置いていた軍勢のほとんどを出陣させたのだ。


 ここを空にしても、多勢に見えるように擬態さえしておけば、軍事拠点の帝国軍は守りを固め出撃しては来ない、と看破していたのである。


 そして国境を固めていた帝国軍は、突然現れたサルヴァ王子率いるランリエル軍により壊滅したのだった。


 サルヴァ王子による軍事拠点への攻撃は、国境を守っていた帝国軍の目を他に向けさせ油断させると同時に、国境を攻め落とせるだけの戦力を持った別働隊を、敵にそうとは気付かせずに国境近くで編成する事が目的だったのである。


 国境を破られた帝国軍は、王都ダエンを攻め落とされてはと退却を開始したが、主力と軍事拠点の軍勢を合流させる事は出来なかった。


 帝国軍主力と対峙していた連合軍主力は先手を打って行動し、帝国軍主力と軍事拠点との中間地点を抑さえ、帝国軍主力と軍事拠点の軍勢を分断してしまったのである。


 合流を断念した帝国軍主力は、中間地点を押さえたランリエル軍を迂回して帝国へと退却しようとしたが、その動向はランリエル軍により厳重に監視され、捕捉されていた。


 この時帝国軍主力は、戦いの初期の軍事拠点での攻防で援軍を派遣した事もあり、兵力は削減されている。


 サルヴァ王子率いる軍勢は、国境を突破した後再度舞い戻っており、さらに中間地点を抑さえていたランリエル軍も出撃した。結局帝国軍主力は、2倍近い敵と戦う事を強いられ、壊滅したのである。


 余談ではあるが、この時退却を開始した帝国軍主力から一人の武将が離脱し、軍事拠点を抑さえていた帝国軍に合流。帝国軍主力が壊滅している間に、その武将に率いられた軍事拠点の軍勢は退却に成功した。その武将こそがカルデイ帝都ダエンでの攻防戦で、サルヴァ王子を敗死寸前にまで追い詰める事になるのだった。


 こうしてサルヴァ王子は帝国軍からベルヴァースを守りきるどころか、その軍勢の過半を撃滅する事に成功したのである。


 そして今度は逆にカルデイ帝国内へと攻め寄せ、カルデイ帝都ダエンでの攻防戦では一時苦戦しながらも、遂には勝利したのだった。


 この戦いについてのディアスの感想は「見事だ」の一言だったが、同時に相性の良さを感じていた。勿論、自分に取ってである。


 前回のコスティラとの戦いでは攻勢に出たが、本来兵法にあるところの「先ず勝つべかざるを為して、以て敵の勝つべきを待つ」つまり、守りを固め敵の隙を待つのがディアスの戦い方である。


 これはコスティラとの戦いが以前までは常に防衛戦であり、また負ける事は絶対に許されないバルバールの事情だった。多数の経験があるものが、得意となるのは当然と言える。


 戦いとは攻めた側に隙が出来るものである。帝国との最終決戦時にサルヴァ王子が苦戦したのも、その攻撃時の隙を突かれたからと言われている。


 ディアスも、サルヴァ王子が攻勢に出る、その隙を突く積もりだった。



 その後ケネスは、みなと机上演習とその後の検討会を行った。


 もっとも今日の戦いは上等とは言えなかった。


 山々に複数の陣を敷き守備を固めた守り手に、攻め手は一丸となり攻め寄せ守り手の陣を破ったのだが、戦闘決着後の検討会が良くなかった。


「どうして一丸となって攻め寄せたのか?」という質問に対しての攻め手の答えは

「敵が分散しているので、こっちは軍勢を集結させて攻めれば勝てると思った」という物だったのだ。


 これだけならばもっともかと思われるが、ケネス達が見るところ守り手も巧みとは言えず、攻められている箇所以外の軍勢をまったく動かさず、完全に遊兵と化していた。


 もし、その軍勢を動かして攻め手の背後を突いていれば、守り手が勝っていただろう。


 攻め手がそれを認識しており、その対策も考えた上での攻勢だったなら良かったが、そうで無いならば、たまたま勝っただけに過ぎない。


 実際の戦いでは、文字通り勝った者が勝者であり、勝てばそれで良いとも言えるが、学問の一環としての机上演習では、まぐれでの勝利などまったく意味が無いのである。


 ケネスがマルティをちらりと見ると、マルティは肩をすくめて見せケネスも肩をすくめ返した。

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