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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第19話:後宮の邂逅(6)

 セレーナが後宮に入ってから2年の歳月が流れた。


 後宮の寵姫の数はさらに増え、23名となっていたが、もはや誰もがサルヴァ王子の最も寵愛あついのはセレーナ。そう見ていた。そうなると自然、彼女の周りには取り巻きのような者が集まってくる。


 セレーナに取り巻きをはべらす趣味は無いが、どのような思惑の者であれ、自分に親しげに近寄ってくる者を遠ざけるなど彼女には出来なかったのである。


 そして、その者達から宮廷女の戦い方と言う、王子からすれば余計な事を吹き込まれ、僅かながらも毒された感もある。それでも彼女は王子に愛され幸せな日々を送っていたのだが、ある日その幸せは陰りを見せた。それは24人目の寵姫がもたらした。


 かつて後宮は、権勢を誇っていたヴァレリア嬢のグループと反ヴァレリアグループ。さらにその他グループといえる物が存在し、セレーナはその他グループに属していた。


 そして新しい寵姫が来ると、自然その他グループが面倒を見て、その後グループに留まるか他のグループへと移るといった流れだった。


 その経緯で、セレーナは新しく来た24人目の寵姫の世話をする積もりだったが、その寵姫は他の寵姫達の集まりにも参加せず庭を散策する事も無い。


 セレーナは、どうなされたのだろうと心配になったが、自分が後宮に来た時の事を思い出し、気恥ずかしさに部屋に篭っているのだと判断した。ならば今はそっとして置きべきだ。だがしばらくして、サルヴァ王子の様子が変わったのに気付いたのである。自分を抱く王子が上の空とまではいかないが、他の者に心奪われていると感じたのだ。


 他の寵姫を抱いていても、自分の傍らに居る時は自分だけを愛してくれる。それがセレーナの救いだった。しかし確かに王子は自分以外の者を思い浮かべていた。


 そして今までに無い事が起こったならば今まで居なかった者、つまり24番目の寵姫であるアリシアが原因なのは間違いない。


 もっともこれには、若干の誤解があった。確かに王子はセレーナのみを考えず、アリシアの事も思い浮かべてはいたが、心奪われていた訳ではなく、ましてやアリシアを、セレーナ以上に愛しているなどという事は決してない。もっとも、セレーナを抱きながら他の女を思い浮かべているだけで、十分失礼ではあっただろうが。


 ともかくセレーナは、アリシアに対抗する決意を固めた。そして侍女達に命じアリシアを調べさせたのだった。


「アリシア様は、確かにサルヴァ殿下が特別に命じて後宮にお召しになったのは間違いないのですが、なぜ殿下がアリシア様をお召しになられたのかまでは調べる事が出来ませんでした」

「そう……仕方ないわね」


 一番重要な事ではあるが、後宮を管理する役人の口は堅い。王子の意向について詳しく調べられないのは仕方がなかった。


 セレーナは諦め、次にアリシアの人となりと立ち振る舞いについての報告を受けた。


「アリシア様は、かなり地味な服装をしているようです」

「地味?」


「はい。容姿はそれなりといえるのですが、着ている物が地味なのです。後宮で支給されている服を着ているだけで、自分で衣装を新調したり装飾品で身を飾ったりはしてはいないみたいです」

「そうなの……」


 ではどうして王子はそのアリシアという女性を好むのかしら。もしかして王子の「好み」が変わったのだろうか。その考えにセレーナは身震いした。


 今まで王子が自分を一番寵愛してくれているのは、自分が王子の好みなのだと考えていた。その肝心の王子の好みが変わったとなると手も足も出ない。


 王子は地味な女性が好みになったのかしら? それとも、もしかしたら以前から地味な女性が好みだったけど、今までは後宮に地味な女性が居なかっただけなのかしら?


「私も地味な服装をした方が良いのかしら?」


 だがこのセレーナの考えは侍女達の猛反対を受けた。


「いえ。セレーナ様は今までどおりでよろしいのです!」

「そのような人の真似をする必要はありません!」

「でも、サルヴァ殿下はその方のような服装を好まれているのかも知れないわ」


 だがまたもや侍女達は抵抗した。


「いえ。殿下は物珍しさに一時的に興味を持たれているだけです」

「そうです。それにセレーナ様には持って生まれた華やかさがあります。服装を地味にしても似合いません」

「そうかしら……」


 納得は出来なかったが、侍女達の協力が得られなければ地味な服装をする事は出来ない。セレーナはやむを得ず諦めた。


 その後庭に出たセレーナはアリシアを見かける機会を得た。侍女の一人がたまたま部屋から出て廊下を歩いていたアリシアを、庭から目ざとく見つけセレーナに耳打ちしたのである。


 あの人が……。とセレーナはアリシアをまじまじと見た。


 確かに服装は地味だったが、自分を含めた寵姫達と違いその目は意志の強さを感じさせた。


 サルヴァ王子はあのような女性を好まれるのかしら……。とセレーナを不安にさせる。王子を失いたくないという気持ちが、セレーナを必要以上に動揺させるのだ。


 またしばらくした後、カーサス伯爵を招いた宴がサルヴァ王子主催で開かれる事となり、寵姫達も参加する事になった。


 宴の準備はセレーナ以上に侍女達が張り切った。自慢のお嬢様を美しく飾り立てるのは彼女達にとっても楽しい事なのである。


 そして宴当日、着飾ったセレーナはその華やかさにみなの賞賛を集めた。うぬぼれの強くないセレーナであるが、今まで何度も宴には出席しそのたびに賞賛を受けている。素直にその言葉を受け入れた。


 そんな中視線を感じそちらに目を向けると、一人の男性が自分を一瞥したらしいと気付いた。そしてその男の横に、はたしてアリシアが居るのが見えた。もっとも男とアリシアは、親しげとは言いがたい雰囲気である。


 アリシアの服装は普段の服に毛が生えた程度の物だったが、それがいっそうセレーナの心に火をつける。


 セレーナが着飾るのは、王子に着飾った姿を見て欲しいという気持ちが強い。その為、熱心に準備を進めてきたのである。にもかかわらずアリシアはこのような時ですら着飾らない。アリシアには着飾らなくとも王子を虜にする自信があるのだろうか?


 八つ当たりに近い感情ではあるが、自分が一生懸命になっている事を他人が適当にしているのを知ると、人は自分が侮辱されたと感じるものである。ましてや適当にしている者に負けるかも知れないともなれば、なお更だった。


 セレーナは意を決してアリシアに近づき、アリシアと対決したのだった。だが結局その対決はサルヴァ王子の仲裁により、決着は付かず引き分けに終わった。


 しかしその時見せたアリシアと王子とのやり取りは、セレーナに孤独を感じさせるものだった。セレーナには2人の関係が侵しがたいものに感じられたのだ。


 自分はアリシアに勝てないのだろうか? そうも思ったセレーナだったが、2人が愛し合っているというのとは少し違う気もする。


 それに最後にはサルヴァ王子は自分をダンスに誘ったのだ。最終的にはセレーナの勝ちだったはずである。にもかかわらずアリシアは悔しそうな顔一つ見せなかった。



 宴の後部屋に戻ったセレーナは侍女達に訴えた。


「あの人はどうしてあそこまで平然としていられるのかしら?」


 サルヴァ王子の心を射止めるのが使命である寵姫の一人ならば、最後にセレーナがダンスに誘われた事は、悔しくてたまらないはずである。


 顔色一つ変えないアリシアはどういう積もりなのか?

 最後の最後には、王子は自分を選ぶという強い自信があるのだろうか?


 種明かしをしてみれば、単にアリシアは王子からの寵愛など求めていない。というだけなのだが、寵姫が王子の寵愛を求めないなど、蝶が花を求めないようなもの。セレーナにしてみれば想像の範囲外だった。それは勿論、次女達にとっても同じだった。


 こうしてセレーナと侍女達によるアリシア対策会議は、深夜まで続く事になったのである。

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