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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第19話:後宮の邂逅(5)

 その夜、王子が部屋を訪問するとセレーナは

「ようこそ、おいで下さいました」とにこやかに迎え入れた。この頃になると王子を笑顔で出迎える余裕も出ていた。


 部屋に通された王子の鼻腔を微かな甘い芳香が擽る。香りの流れに目を向けると白い小さな花が飾られていた。


「あれはどうしたのだ?」

「後宮の庭に咲いていたのです。管理する方にお伺いすると、摘んでも良いとおっしゃられたので摘んでまいりました」


 王子が椅子に座るとセレーナは酒を満たした杯を王子の前に差し出した。杯に一口付けると口中に甘味が広がる。


「甘い酒だな。どうしたのだ?」

「家から送られてきたのですが、殿下のお口には合いませんでしたでしょうか……?」


 セレーナは不安そうに聞いた。確かに王子は甘い酒は好みではないが、飲めないと言う訳ではない。


「まぁ構わん」と、さらに杯に口を付けると、セレーナは安心したように微笑んだ。


 そして口を湿らせて人心地つきセレーナを抱き寄せると、彼女はいまだに身を固くした。この点だけは、他の寵姫達と違い従順とは言えぬセレーナだった。にもかかわらず、他の寵姫達では味わえぬ居心地の良さを、王子は感じていたのである。


 事が終わると、傍らに寝具に身を隠して寝そべる彼女の横で、王子は上半身を起して座り彼女を見つめた。セレーナは、行為の直後に見つめられ恥ずかしさを覚え目を逸らしたが、王子から視線を逸らせる事が不敬とでも思ったのか、おずおずと視線を戻した。だが、その顔は羞恥のあまりか朱に染まる。


 その様子に王子の顔に笑みが浮かぶ。そして笑われたと思ったセレーナは、さらにその肌を赤らめさせるのだった。


 不意にセレーナの両脇に手をやり軽々と引き寄せ、その胸に抱きしめた。その為寝具から彼女の身体は抜け出し裸体があらわになる。


「殿下?」


 事の最中ならまだしも、それが終わった後に裸を晒す恥ずかしさにセレーナは身も縮む思いだったが、彼女を抱き寄せたまま王子は微動だにしない。


 次第にセレーナも落ち着きを取り戻し、鍛え上げられた王子の逞しい胸から、トクトクと心臓の音が聞こえるのに気付いた。その規則正しい鼓動に、セレーナは不思議と安らぎを覚えたのだった。


 セレーナを抱き寄せていた王子は、微かに彼女が重くなったのを感じた。改めて見るとなんと微かな寝息を立てている。


 王子を差し置いて寝てしまうなど、寵姫としてあるまじき行為である。だが王子は怒るどころか笑みを浮かべ、彼女を起さないようにそっと、金色に輝く髪に指を絡ませた。


 すでに王子は、なぜ他の寵姫達には苦痛を感じ、セレーナには居心地の良さを感じるのかを理解していた。


 他の寵姫達が、寵愛を得ようとして王子を持て成しているのに比べ、セレーナは、王子に喜んで貰おうとして持て成しているのである。それゆえ他の寵姫達と比べ押し付けがましくなく、それが居心地の良さを感じさせているのだった。


 セレーナには他の寵姫のような打算が無い。王子が来るので精一杯持て成す。それだけを考えている。


 さらに言えば、他の寵姫達はみな一様に全員が同じ印象を与えていた。その為、数人の寵姫を訪問しただけで全員を回ったのだと錯覚し、数人の寵姫に足を向けた後、セレーナの部屋の扉を叩いていたのである。


 王子の顔に苦笑が浮かぶ。これでは確かに役人の言うとおり、セレーナと夜を過ごす回数が他の寵姫の3倍になるのも当然だったのだ。


 では……。それでは自分はセレーナを愛しているのだろうか?


 父であるクレックス王は母である王妃以外の女を知らないという。それは王妃を愛しているからという事だった。それに比べ自分はセレーナ以外の寵姫を、言ってしまえば「平気」で抱いている。


 セレーナは、あくまでもお気に入りの寵姫と言うだけでしかないのか? それとも自分には何か人として欠陥があるのだろうか。と、王子はいささか大げさに考えたが、結局結論には至らなかったのだった。



 セレーナが目を覚ますと、自分がいまだサルヴァ王子の胸の中にいる事に気付いた。


 王子を差し置いて寝てしまうなんて、とんでも無い事をしてしまったと青ざめたが、王子は寝息を立てていた。


 夜はまだ開けきらず、窓の外は暗闇が支配している。


 王子を起してはいけないとそのまま抱かれていたが、やはり王子の逞しい胸は彼女に安らぎを与えてくれる。


 自分は戦を好む男性は好きではなかったはずなのに、好きな男性の好みが変わったのかしら? セレーナはそう思ったが、ふと気付いて赤面をした。それはサルヴァ王子を好きという事なのだろうか? そう考えると、改めて緊張し胸の鼓動は早くなった。


 確かに、はじめはサルヴァ王子は怖かった。しかしすぐに考えていたような怖い方ではないと知って嬉しくなり、ならばと自分なりに忠実に仕えようと思ったのだ。そして王子の自信に満ちた立ち振る舞いに惹かれ、力強い肉体に頼もしさを感じ、時折見せる優しさに喜びを感じていた。


 もっとも、セレーナの感じる王子の優しさとは、一般的に言われるものとは少し違っているかも知れない。その優しさとは、何かをしてくれる。という優しさではなく、セレーナが何かを失敗なり問題なりを起した時に、笑って許してくれる、または言葉を掛けて下さる。と言ったものだった。いうなれば、支配する側がされる側に示す優しさ、と言って良かったが、仕える為に後宮にやって来たセレーナにはそれで十分だったのである。


 その胸で抱かれ続けるセレーナに、王子に対する愛おしさが込み上げ、悪戯心が疼いた。いや、魔が差した。


 彼女は少し頭を浮かせると、王子の胸にそっと唇を近づける。つい先ほどまでそれ以上の行為をしていたにもかかわらず、たったそれだけの事にセレーナの胸は早鐘のように鳴り響いた。


 そして微かに王子の肌に触れるだけの口付けを行うと、この秘め事に満足し、小さくクスリと笑いまた王子の胸に顔を埋めたのである。


 しかし次の瞬間セレーナは凍りついた。


「起きていたのか?」


 突然声を掛けられ、顔を上げると、果たして王子が見下ろしている。戦場で、敵襲に備え寝る事も多いサルヴァ王子である。身体の上で身じろぎされて、起きない訳は無いのだった。


「申し訳御座いません!」


 慌てて王子の胸から離れようとしたが、逞しい腕が、がっしりとセレーナを抱きしめそれを許さない。


 セレーナは消え入りたいような羞恥心に包まれていた。まるで相手に読ませない積もりで書いた恋文を、当の相手に読まれてしまったかのような居た堪れなさである。


 王子をお慕いしているとばれてしまった。寵姫として後宮に居ながら、今更何を言っているのかというものだが、セレーナは全裸をまじまじと見られるに勝る羞恥を感じ、消え入りたいほどだった。


 勿論、サルヴァ王子にもセレーナの気持ちは伝わっていた。そしてセレーナと他の寵姫達との違いに、また一つ気付いたのだった。


 他の寵姫達は事あるごとに

「殿下を愛しておりますわ」

「私は殿下のもので御座います」

 と媚びたように言うが、セレーナが王子に対する感情を言葉にした事など、今まで一度も無かったのである。


 いや、今回も言葉にしたとは言えない。しかし千の言葉を並べ立てるよりも遥かに、セレーナの心を感じる事が出来た。


 サルヴァ王子はセレーナをさらに抱き寄せると、その唇に自らの唇を重ねた。唇から王子の心が流れ込んでくるのをセレーナは感じた。


 王子はきっと数日後には他の寵姫の部屋に足を向ける。それはセレーナにも分かっている。しかしこの瞬間は、紛れも無く自分を愛してくれている。いや愛し合っている。セレーナは強く信じた。

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