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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第19話:後宮の邂逅(2)

 後に20名を超える人数となる後宮も、当初はセレーナを含めて10名にも満たなかった。セレーナにしてみれば、一人の男性が相手にするには10名でも多いのだが。


 もっとも歴代の王の中には、四桁を超える美女をかき集めた者もいた。抱いた女の数を誇るのが男の甲斐性と考える者達の間では、

「10名足らずとは、勇猛でなるサルヴァ王子も控えめな事よ。意外と器の小さなお方かもしれん」と嘲笑の種ともなっていた。


 サルヴァ王子は後宮に寵姫を入れるにあたり、出来るだけ断る方針を取っていた。これは王子が女嫌いや、ましてや男色の趣味がある。という訳ではない。


 ランリエル王国の長い歴史の中で、唯一王子の頃から後宮を持った者として名を残す事態にうんざりしていた事もあるが、それならば精々役にたって貰おうと考えたがゆえだった。


 王子が断ったにもかかわらず、強引に娘を押し付けてくる者は二通りと考えられる。


 一つは王子に取り入ろうとする者。これは当たり前だが、問題はもう一つの方。それは敵意を持ち、王子の身辺を探ろうとする者である。


 取り入ろうとする者は王子に媚を売り、探ろうとする者は媚を売った上さらに色々と聞き出そうとするだろう。しばらくは精々注意深く様子を探ろう。王子はそう考えていたのだった。


 今年サルヴァ王子は25歳となるが、現国王のクレックス王が王位に就いたのは王子が12歳の時である。それでもクレックス王は、まだ現在のサルヴァ王子と同じ25歳だった。そして、後宮はその当時から現在までの13年間閉ざされたままとなっていた。


 後宮の扉を開け、13年間に積もりに積もった埃を払い、隅々まで塵一つなく磨き上げられ、装飾一式も新調した。


 13年前に後宮を管理していた役人や女官の中で、現在も現役で働いている者は皆無である。後宮の管理方法を調べる為古い書類を引っ張り出し、時には当時の担当官を探し当て、高額の報酬を約束して老体を召還し指導させた。


 こうして万全の体制を持って寵姫達を迎える日がやって来たのだが、やはり行き届かず早速問題が発生したのだった。


 翌年帝国との戦いで、ランリエル軍総司令そして出陣するサルヴァ王子も当時はまだその職にはなく、軍部では二番手、三番手、と言ったところだった。その王子の執務室に後宮を管理する役人が転がり込んだ。


「サルヴァ殿下! 申し訳ございません。恐れ入りますがお越し頂けますでしょうか……」


 役人は急ぎつつも控えめにそう延べ、王子の出陣を要請したのである。


「何が起こったのだ?」と聞く王子に役人は状況を説明する。


 後宮にあるそれぞれの寵姫の部屋の場所は、彼女達の家柄、それに後宮の主からの寵愛の度合いによって決まり、それが後宮内の序列ともなる。後宮の一番奥にある部屋が、もっとも序列が高い寵姫の部屋だった。


 これは万一後宮の主が事の最中に敵襲にあった場合、建物の一番奥にいる方が安全だ。ならば一番足げく通う寵姫の部屋を一番奥にすべき。という実質的な意味があったが、他を出し抜こうとする寵姫達に取っては、心理的な意味合いが重要だった。


 何せ一番奥にある自分の部屋に主が来るというのは、その途中にあるすべての部屋を素通りしてくる事になる。最奥の部屋の寵姫にとって、これほど優越感に浸れる事はない。だが何分寵姫達は、今日はじめて集められたのである。


 後宮の主、つまりサルヴァ王子からの寵姫の度合いなど分かる訳もなく、取り合えず家柄のみで序列が付けられる事になっていたのだ。


 その為一番奥の部屋は、集まった寵姫達の中で唯一の公爵令嬢であるセレーナが入る事になっていた。だがその配置に、ダルベルト侯爵令嬢のヴァレリア・ダルベルトが異論を呈したのだ。


「確かにセレーナ様は公爵令嬢。侯爵家など塵芥ちりあくたのように思われるのも仕方がありません。ですが私はフォルト公爵の孫娘。マリセラ王妃とも従姉妹となります。お分かりですわよね?」


 ヴァレリアはそう言いながら、笑みを浮かべた目をセレーナに投げかけた。


 自分は公爵家より家格が下位の侯爵の出ではあるが、現在最も権勢を誇っているフォルト公爵家の血族に連なり、王妃の従姉妹でもある。自分こそは後宮の最上位となるに相応しい。そう主張しているのである。


 当時まだ宮廷内の駆け引きなど身に着けていなかったセレーナは、その発言を素直に受け取り、塵芥と思っているなんてとんでもない。それほど仰るなら部屋を代わりましょう。と言いかけたが、その声は両家の侍女や使用人、そして管理する役人との怒鳴りあい、貶め合い、そして仲介の声にかき消されてしまったのだった。


 こうして事態は収拾がつかない状況にまで発展してしまったのである。



「で? 私にどうしろと言うのだ?」


 執務室の机に右肘を付き、右手で額を押さえて俯きながら役人の説明を聞いていたサルヴァ王子は、わずらわしそうに問いただした。役人も内心このような事に王子の手を煩わせるなど、と思いながらも他に方法が無く控えめに口を開いた。


「はい。後宮の序列は家柄と後宮の主、つまりサルヴァ殿下の寵愛によって決まります。家格での序列で解決しないとなると……。殿下のご決裁に頼るしかございません」


 王子は大きくため息を付き

「止む得まい」と小さく呟くと椅子から立ち上がり、案内するように役人に言いつけた。


 後宮にたどり着き、さらに廊下を進むと数人の侍女らしき者達の罵り合い、それを仲裁しようとする役人、さらにそれをおろおろと見つめる女、そして冷ややかに眺める女が目に入った。


「お前達。何を騒いでおるか!」


 戦場の勇者であるサルヴァ王子の怒声に、今まで大声を張り上げ罵り合っていた両家の侍女が凍りつく。だがその中でひときわ素早く動いた者がいた。他でもない、今まで冷ややかな目で事態を眺めていた女が、膝を折って王子に会釈する。


「まぁこれはサルヴァ殿下。いつも遠くからお姿を見る事しか出来なかった殿下にお会い出来、光栄で御座います。セルジョ・ダルベルト侯爵の娘ヴァレリア・ダルベルトです。殿下の後宮に招かれ嬉しく思います」


 サルヴァ王子は、招いた積もりはない。お前達の親が押し付けたんだろう。と思ったが、さすがにそれをそのまま言わないだけの分別はある。代わりに別の台詞を言おうと口を開きかけたその時、それよりも早く、事態を遠巻きにしていた他の寵姫達もヴァレリアに遅れてはなるものかと慌てて王子の周りに群がった。


「アリオスト家のコンチェッタで御座います」

「オリアナと申します。父はバローニオ伯爵です」

「以前よりサルヴァ殿下をお慕いしておりました。ロレンツァと申します」


 万事抜かりのないサルヴァ王子である。寵姫の名前は当然把握していたが、好き勝手に口を開き名乗る寵姫達に、顔と名前を一致させる事すらままならない。


 結局名前と顔を一致させる事が出来た寵姫は2人だけだった。


 王子に群がる寵姫達を、あっけに取られたように見守っていた一人の女が目に留まった。そして王子と目が合あうと慌てて

「カスティニオ公爵家のセレーナで御座います」と名乗り、その寵姫の名前と顔は覚える事が出来た。


 覚える事が出来たもう一人の寵姫は、一番最初に名乗ったヴァレリアである。


 結局寵姫達の部屋の配置は、王子が決断を下し寵姫達もそれに従った。


「部屋は、すでにそれぞれの家から家具なども運び込まれていよう。にわかに部屋替えなど出来るはずも無いではないか。今の部屋が気に入らないというのなら、空いている下位の部屋に行って貰うしかないのだぞ」


 至極もっともな話である。当然役人達もそう言ってヴァレリアを宥めようとしていたのだが、無理を言ってもそれが通用する環境で育ってきた貴族令嬢である。どんなに大変でも、使用人と役人が汗水たらし行えばよい。そう考えていたのだ。だが、王子にまで言われてはさすがに異論を挟む事は出来ない。渋々ながら了承した。


 もっとも渋々なのは内心であり表面的には億尾にも出さない。それどころか

「皆さん。我がままばかり言うものではありませんわ。サルヴァ殿下のお申し付けどおりに致しましょう。セレーナ様もそれでよろしいですわね?」

 と、まるでこの騒ぎの原因がセレーナと言わんばかりである。


 しかも彼女のあまりの自然な口ぶりに、セレーナも自分の所為だったのかと錯覚し、つい

「はい。申し訳ありません」と頭を下げてしまったほどだった。


 ヴァレリアはそのセレーナの態度に、クスクスと上品に笑った。他愛の無い女。そう考えたのである。


 もっともサルヴァ王子は、ヴァレリアの態度こそ辟易した。役人からは、そもそもヴァレリアが部屋割りに難癖をつけたのが原因と報告を受けている。


 役人から王子へ報告がある事すら予測せず、この場を取り繕う事しか頭に無いヴァレリアこそが考えが足りない。と言うものだった。


「とにかく、あまり騒動を起すな」


 王子はそういい置くと、その場から背を向けた。


 僅かの時間で精神的にくたくたとなり、執務室へは戻らず自室へと足を向けた王子は、150年ほど前のランリエル王国国王ゴドフレードの事を考えていた。例の後宮に四桁の美女を集めたという王である。


 今までこの王を、王位に就いたにも拘らず遊興に耽った、と軽蔑していた。だが、後宮を開いた初日に一桁の人数に疲れ果てた王子は、僅かばかりではあるが、生まれて始めてゴドフレード王への尊敬の念を抱いたのだった。

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