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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
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第19話:後宮の邂逅(1)

「どうして私が、後宮に入らなくてはならないのですか!」


 普段は父のいう事を素直に聞く娘の怒声に、ランリエル王国の大貴族であるフェデリコ・カスティニオ公爵は眉をしかめた。普段、滅多に不満を言わないセレーナが、これほど抵抗するとは予想していなかったのである。


 書斎に娘を呼び寄せ、やってきた娘を立ち上がって出迎えた公爵は、彼女に後宮に入る事が決まったと伝えたのだ。


「いいから私のいう事を聞きなさい」


 取り乱す娘に落ち着いた口調でそう言うと、鋭い目で娘を射抜いた。その眼光に娘はたちまち怯えて身を萎縮させる。内心他愛無いと思いながらも、今度は出来るだけ優しげに語り掛けた。


「何、これはお前にとっても悪い話ではないのだよ。後宮に入り子をなせば、お前の子が国王になる事もあり得るのだからね」


 あまりにも分かりやすい飴と鞭に娘はたちまち緊張をほぐしたが、やはり不満げに

「ですが……」と口ごもった。


「どうしたのだ?」

「国王陛下には、既に3人もの王子がいらっしゃいます。今更陛下のお子を産んだところで……」


 娘の言葉に、公爵は「ふっ」と軽く噴出した。娘の言っている事の可笑しさにではない。自分の迂闊さを笑ったのだ。公爵は笑みを湛えたまま軽く両手を広げ、娘に弁解した。


「すまない。肝心な事を言い忘れていた。後宮と言っても国王陛下の後宮に入るのではないのだ」

「陛下の後宮ではない?」


 父の言葉にセレーナは首を傾げた。そのような仕草ですら美しい娘に公爵は満足げに頷く。娘の美貌は親の欲目を差し引いても、十分他に抜きん出ていた。


「ああ、そうだ。お前はサルヴァ殿下の後宮に入るのだ」

「殿下の後宮?」


 セレーナはまたも首を傾げ、しばし考えている風だったが次に笑い出した。


「嫌ですわ、お父様。そのような冗談を仰るなんて」

 とクスクスと笑う声も美しく響く。


 この美しい娘ならば、必ずやサルヴァ王子の寵愛を独占し次期国王、いや次々期国王を産む事になるだろう。ならば我が家の宮廷内の権勢は、いやが上にも高まる。


「いや、冗談ではない。サルヴァ殿下の後宮がなされる事になったのだ」


 冗談としか思えない事を、そうではない言い切る父にセレーナは目を丸くした。


「ですがそのような話、聞いた事がありません」


 セレーナが驚くように、本来後宮とは王子が持つものではない。国王が持つものであって、歴史あるランリエル王国にも、過去に一度とてなかった。


「お前が不思議に思うのももっともだ。だがお前も知っているとは思うが、現国王であらせられるクレックス陛下は後宮を構えておらん」


 国王が後宮を持つには基本的に2つの理由がある。ひとつは単純に性的欲求を満たす為、そして次に跡取りを残す為である。


 現国王と王妃の仲は良好であり、国王が他の女性を求める事は無く、そしてセレーナが言うように国王には3人の王子、そしてさらに2人の王女がいる。


 クレックス王は12歳の時、当時19歳のマリセラ王妃と結婚した。そして現在に至るまで浮いた話ひとつない。一国の王として君臨なされる方が、生涯一人の女性しか知らぬとは。と嘲笑する声も聞かれる。勿論表立ってではなく影に隠れて密やかにである。


 そう言われる国王に対し、国王を独占し3人もの王子を産み我が子に王位を継がせられる事が確定したと言って良いマリセラ王妃は、歴代で最も成功した王妃の一人と言われていた。


「だが、次期国王と目されるサルヴァ殿下は戦を好まれる。万一子をなさぬ前に戦で命を失っては一大事と、国王、王妃両陛下がご心配なされ、特別にサルヴァ殿下の後宮が整えられる事になったのだ」


 公爵はそう娘に説明したが、正確には少し違う。次期国王と目されるサルヴァ王子に娘を差し出し、王子に取り入る事を思いついた公爵を含めた数人の貴族達が両陛下の不安を煽ったのである。


 早く孫の顔が見たい。孫の顔を見せる前に息子が死ぬなど持ってのほか。と考える親の情には王族も一市民も変わるところが無いのだった。


 本来ならば娘を王子の妃にと言いたい所だが、それは中々敷居が高い。次期国王の婚姻ともなれば外交の大きな材料ともなり、軽々と決められるものではない。しかし後宮に入れる寵姫の一人であれば、潜り込ませるのは易い。子さえ生まれればこっちのもの。


 勿論、正式な妃の子ではない為庶子ではあるが、戦好きの王子である。正式な妃と子をなす前に亡くなる可能性も高い。


 万一、妃を向かえ子をなしたとしても、王子が亡くなりさらに国王も崩御された時、その世子が幼少であり、庶子が成人していたならば、庶子でも十分王位継承に名乗りをあげる事は出来る。それに、寵姫から妃となる事もあり得るではないか。


 それにはまず、ゲームに参加する事が必要だ。娘を手札としてゲームに参加しなくてはならない。しかも自分の手札は中々のものだ。と公爵は考えていた。


 娘の容姿は申し分なく声も美しい。気立ても良く、年齢もサルヴァ王子にちょうどつり合う。勝算の高いゲームに参加しないなど、あまりにも愚かな事である。


 現在宮廷で最も権勢を誇っているのは、かつて王国の財政難のおり援助を行い、現国王に孫娘を娶らせたフォルト公爵である。当時のフォルト公はとうの昔に亡くなっているが、フォルト公爵家はいまだ権勢を誇っているのだ。だがこのゲームに勝てば、そのフォルト公爵家を抑える事も可能だ。


 しかし肝心の娘は

「ですがそれでも後宮などには入りたくありません」

 と、表情を曇らせ難色を示した。


 いざともなれば、頭ごなしに怒鳴りつけてでも後宮に放り込む積もりだが、平和裏に話が進むに越した事はない。娘の後宮での立ち振る舞いにも影響してくる。娘には優しく言い聞かせなければならない。


「お前がサルヴァ殿下の子をなせば、我が公爵家にとってどれほど為になるか、お前も分かってくれるね?」


 家の利益の為、その身を捧げろと隠す事無くセレーナに伝えた公爵であるが、娘の方もそれについては別段腹を立てる事もない。家の為に身を捧げるという、そんな「当たり前の事」は、貴族社会に育ったセレーナも言われるまでもなく理解している。


 はじめに後宮に入るのを嫌がったのは、3人の王子を持つ国王の寵姫になったところで一生日陰者になるのが目に見えていたからである。それでは家の為にすらなりはしない。


 そしてサルヴァ王子の後宮に入るのを嫌がったのは、純粋に王子を好きではなかったからだった。


 サルヴァ王子に会った事はない。だが王子が戦を好むという事は聞いていた。心優しいセレーナは乱暴な男は好みではない。もし現国王のクレックス王に子がなければ、サルヴァ王子より、父親のような年齢でも穏やかな人柄と評判のクレックス王の方が良い。そうとまで思っていた。


 いくら家の為とはいえ、一緒に居て苦痛であろう相手に仕えるのは避けたいところだった。


「恐れ多い事とは思いますが、私はサルヴァ殿下のお心に添えないと思うのです」

 と、控えめに拒否したが、公爵は辛抱強く娘に語りかける。


「サルヴァ殿下はそれは見事な若者であり、容姿も優れている。戦にも強いのはお前も知っていよう。恐れ多い言いようだが、たとえ王族でなかったとしても、年頃の娘ならば誰もが焦がれる立派で勇ましい男子なのだよ」


 娘がどうして王子を拒絶するかを理解しない公爵は、その嫌悪感に油を注ぐ。


 勇ましい男子と聞いて、ますます後宮に入る事を渋る娘と父との話は、平行線をたどった。だが、結局家長である公爵のいう事には逆らえない。公爵も穏便に娘を送り出す事を諦め、最後には怒鳴り付けて娘を送り出したのだった。


 こうして19歳のセレーナ・カスティニオ嬢は、ため息を付きながら馬車に揺られ、サルヴァ・アルディナ王子の後宮へと向かったのだった。

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