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愚者達の戦記  作者: 六三
征西編
29/443

第18:総司令の日常(1)

「検討させて貰おう」

「いつもそればかりではないですか!」


 バルバール王国軍部で定期的に行われる軍議の席にて、自身の提案へのディアスの返答にシルヴェンが噛み付いた。


 もっともシルヴェンが激するのも当然と言えた。彼からの提案に対しディアスは尽く

「検討させて貰おう」と言うばかりでその実まったく無視しているのだ。


 では非はディアスに有るのかと言えば、やはり非はシルヴェンにあった。その提案がすべて愚にもつかないものばかりだからである。


 シルヴェンは、時には自分を副司令官に任じディアスの代わりに全軍を指揮させろと要求し、ある時は予算を無視して軍を増強させるべきと提案した。


 そして現在、どうせランリエルが攻め寄せて来る事が分かっているならば、敵の準備が整わぬうちに、こちらから攻めるべき。と主張しているのだ。


 シルヴェンの意見も一理ある。ランリエルとの戦いは海戦での勝敗が大きな鍵となると予想される。そしてランリエル海軍は日々増強されている。その意味ではランリエルとの開戦は、早ければ早いほど良い。とも考えられる。


 しかしディアスには、それが出来ない理由は十理ほどあった。


 まずランリエルを攻めるにあたって、コスティラに行なったような奇襲は利かない事があげられる。


 もしコスティラと戦うかのように見せかけておいて、その実ランリエルを攻める。などという事をしたところで、成功する訳は無い。バルバールは一度その手でコスティラを攻めているのだ。あのサルヴァ王子ならば間違いなく見破る。


 これはなにもランリエルに限った事ではなく、コスティラにも同じ事だった。今後はコスティラも引っかかりはしないはずだ。あれはあくまで一度きりの策である。


 そしてバルバール艦隊は敵国内での夜間航行も出来ない。あれは海岸線を誘導する陸戦部隊が居てこそ可能なのだ。陸戦部隊が奇襲で国境を突破できないのであれば不可能だ。当然、敵軍港への陸戦戦力での攻撃も出来ない。


 そうなるとバルバール艦隊は、白昼堂々ランリエル王国沖に進出する事になるが、ランリエル艦隊はバルバール艦隊を迎撃してくるだろうか? してくればしめたものだが、敵も現時点では勝てぬと分かっているから攻めて来ないのだ。艦隊は軍港奥深く潜むだろう。出撃してこなければ、バルバール艦隊は手も足も出ない。


 コスティラの軍港を攻める時、火の点いた艦を港内に突入させたが、ランリエルはそれについても対策を立てており、主だった軍港の入口にはすべて水門を建築したという。


 では、ランリエル艦隊が出てこないを幸いに、海兵をランリエル領内に上陸させてはどうか?


 僅かばかりの海兵を上陸させたところで戦いの決定打にはならず、それどころか海兵を上陸させた後にランリエル艦隊が出撃してきて、万一海戦に負ければ、海兵は敵国内に取り残される。そのような危険はおかせない。


 いや、それどころかバルバール艦隊を指揮するライティラ提督からは、

「ランリエル艦隊が出撃して来るならば手の打ちようもありますが、軍港内に潜まれては手も足も出ません。開戦の時期は敵が攻めるに任せて欲しい」とも要請されているのだ。


 バルバール軍総司令官のディアスも、海戦に置いてはライティラに任せるしかない。


 バルバール海軍とランリエル海軍との質を鑑みライティラと検討した結果、互角に戦える戦力比はバルバール艦艇1に対し、ランリエル艦艇1.5という結論になった。それほど、バルバール海軍の艦艇の船足と旋回能力は卓越していた。


 つまりランリエルにはバルバールからは攻め寄せず、ランリエルが攻め寄せて来るのを待つ。これがディアスの基本方針である。だがシルヴェンのような男は、自分の案に一理でもあると他の事に耳を貸さず自案に固執する。


 それゆえディアスはシルヴェンとまともに議論する気にもなれず、シルヴェンの提案を、検討するとだけ言って聞き流していたのだ。だがそれに対して遂にシルヴェンが噛み付いたのだ。


 ディアスは、やれやれと内心ため息を付き、うんざりしながらもシルヴェンへの説得を開始した。


「シルヴェン将軍の提案にも一理あるが、ランリエルに対し効果的な攻撃が出来る公算は低い。それよりも迎え撃つ方が手も打ちやすいと、海軍提督のライティラからの進言もあるんだ」


 だがシルヴェンはディアスの発言を鼻で笑い、言葉の端々に嘲笑の音を潜ませ、さらに自案を重ねた。


「戦う前からそのような弱気でどうすると言うのです? 戦ってみなくては敵の本当の力量など分かりようもありますまい。総司令が懸念されるほど、敵の力量が高くないかも知れないではないか」


 シルヴェンの発言に、ディアスは目眩がしそうになった。我が耳を疑うとはまさにこの事だ。


 兵法にも「兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり」という言葉がある。


 攻められた時はともかく、古来戦いとは、やむを得ない時に万全の準備を整え必勝の態勢を持って開戦するものである。戦ってみないと分からないから戦う。とは常軌を逸している。


 前回コスティラに攻め込んだのも、そうしなければランリエルと戦う時に東西から攻められる可能性があり、やむを得ず行ったのだ。それに長年の戦いからコスティラ軍の能力をかなり正確に掴んでいた。


 この男は、戦ってみた挙句、その戦いに負ければ国が滅ぶ。と言う事すら分かっていないらしい。この程度が分からぬ相手を説得させるのは逆に難しいが、説得しない訳にも行かない。


「敵の力量。特にランリエル海軍については、部下を派遣し調査させている。急速に増強しているランリエル海軍は海軍兵も新兵だ。その質が高くない事は分かっている」


 戦わずして相手の力量を含めた情報を得る為に、古来名将と呼ばれる者達は情報の収集に苦心している。そしてディアスもその点抜かりはない。


 武門の名流の嫡子だけあって知識はあるが、それを活用する知性が足りないシルヴェンは、得意げにその知識を披露した。


「何を言っているのです、それは推測に過ぎないではないですか。百聞は一見にしかず、百見は一考にしかず、百考は一行にしかず。のことわざ通り、敵の力量を知るには実際に戦ってみるのが一番です」


 ディアスはシルヴェンに対し、よくそんなことわざを知っていたな。と言う事だけに関心した。だがそのことわざから導き出した答えは見当違いも甚だしい。


「確かに敵の力量は、一度戦ってみれば良くわかるだろう。だが戦いとはやり直せるものではない。その一度の戦いで敵の力量が分かっても、負けてしまっては意味が無い」

「ですが、負けるとは限らないでしょう」


 シルヴェンはなおも食い下がった。その顔色は赤く染まり、もはや意地になっているのは、傍から見ても分かるほどだった。


 こいつは自分の言った言葉すらもう忘れたのか? ディアスは呆れ返った。負けるとは限らないから戦う。と言うなら、シルヴェン自身の、敵の力量を見るために戦ってみる。と言う提案の意味すら無くなる。


「それでは結局、勝つか負けるかを運に任せて戦う事でしか無いだろ」


 ディアスの冷たい視線がシルヴェンを射抜き、さすがにシルヴェンもたじろいた。だがシルヴェンは引き下がらない。


「勝敗は兵家の常と言うではないですか。武人が敗北を恐れてどうするというのです!」


 遂に精神論で来たか! ディアスは、むしろ笑い出してしまいそうになるのを堪えるのに必死となった。そしてこの海面に種を蒔くような、何の実りももたらさない不毛な議論は、なおも続いたのだった。

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