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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
261/443

第170:副帝

 ナサリオの母イサベルは、完全に気がふれた。


 皇帝殺しの大罪人とはいえナサリオは皇帝の弟。その遺体はどうするべきか。通常、大罪人なら専用の地中に掘られた穴倉に投げ捨てそれで終わりだ。そこで腐り果てやがて骨となる。誰とも分からず弔う者も居ない。それこそが大罪人には相応しい。だが、ナサリオの場合はどうすれば良いのか。


 皇帝の後見人として皇国で強い影響力を持ちつつあるデル・レイ王アルベルドに役人が相談したところ、次のような返答があった。


「義母上にお伺いを立てれば良かろう」


 アルベルドの義母イサベルは被害者の母であり加害者の母でもある。確かに、彼女が納得する方法が良いのだが、彼女に法的な権限はない。その為、役人も彼女ではなくアルベルドに相談したのだが、皇帝の後見人がそう言うなら問題ない。


「遺体ですって? 皇帝殺しの遺体など、道端にでも投げ捨てておしまい」


 ナサリオが処刑される時、イサベルは笑みさえ浮かべ楽しげに見物していた。それは多くの人々が目撃している。既にナサリオへの愛は枯れ果てたのだ。とはいえ、本当に道端に捨てる訳には行かない。罪人が折り重なる穴倉にナサリオの死体を投げ込んだ。その穴の中では多くの遺体が腐敗し蛆が湧き、すぐに誰の遺体か分からなくなる。疫病が蔓延し遺体を取り出すのも不可能だ。


 だが、ナサリオが処刑された数日後の夜、突如彼女は絶叫し、屋敷から飛び出し御者に命じて馬車を走らせた。向かう先は、腐敗する遺体が折り重なる穴倉である。


「ナサリオ! ナサリオ!!」


 イサベルは絶叫し、お付の者達が止める間もなく穴倉に飛び込んだ。


「ナサリオ! どこに居るのですか。返事をして下さい!!」


 イサベルの悲痛な叫びと腐敗した遺体を踏みつけ、かき分ける粘着質の音に、従う侍女が身の毛をよだらせた。嘔吐し、清楚な制服を汚した。そのおぞましさと、疫病への恐れから誰も助けに入れず、王宮に人を走らせた。しかし、駆けつけた王宮の騎士達も手も足も出ない。


 朝になって数名の騎士が、戦場に向かうよりも決死の覚悟で腐敗の穴倉に飛び込んだ。その時、既にイサベルは首のない遺体に抱き着き、疲れ果て眠りに落ちていた。彼女と遺体の全身に、米粒のような蛆が這う。その姿に勇猛果敢な騎士の幾人かが嘔吐し、甲冑が汚物にまみれる。


 イサベルを遺体から引き剥がそうとすると彼女は眼をさまししがみ付く。やむを得ず遺体ごと引き揚げたが、地上でもやはり遺体と引き離そうとすると、女性とは思えぬ力で抵抗する。


「私のナサリオなのです!!」


 そうはいうが、首を落とされた罪人はナサリオだけではない。その遺体がナサリオかどうかなど、蛆に食われ判別は不可能だ。しかし相手は前皇帝の母。強引には出来ず、責任者は困り果て、結局は問題をたらい回しにした。疫病を警戒し、イサベルが抱き着いたままの遺体に消毒液を大量に浴びせかけ、どうしても放しませんでした、と遺体付きのイサベルを王宮に送り届けたのである。


 とはいえ、王宮でもこんな物を持ち込まれても困る。ここで再度アルベルドである。


「やむを得まい。力付くででも引き剥がし、遺体は再度捨てるしかあるまい」


 皇帝の後見人のお墨付きを得られれば、相手は、どんなに狂乱し普段からは考えられぬ力を発揮しても所詮は女。数名がかりの騎士にかなうはずもなく引き離された。遺体は再度捨てられ、イサベルは屋敷に戻されたが、それからも何度も穴倉に向かおうとし、寝室の扉は頑丈に補強され外から鍵がかけられた。


「ナサリオが、私を待っているのです!」


 イサベルは、起きている間はずっとその扉を内側から叩き、家具を投げつける。執事達はのぞき穴から中の様子を窺い、イサベルが疲れ果て寝入っているのを確認してから、慎重に扉を開けて、彼女の汚物を回収し食事を置いていくのである。


 その報告を義母の屋敷に送り込んだ者から受けたアルベルドは、小さく頷いた。言うまでもなく、処刑され穴倉に放り込まれたのは本物のナサリオだ、とイサベルに告げさせたのは彼である。手の者を使いイサベルの枕元に手紙を置き、イサベルが屋敷を飛び出した後に燃やさせたのだ。


 もう少し、喜べるものだと思っていたが。

 イサベルの狂乱を聞いたアルベルドの率直な感想はそのようなものだった。


 復讐の相手はイサベル。そのイサベルが愛するナサリオを殺す。それが、自分から愛する母を奪った復讐だ。彼はそう信じていた。しかし、ナサリオが死んでイサベルが発狂したと聞いても、自分でも驚くほど興味がわかなかった。復讐が終わったと燃え尽きたのではない。


 今でも、母を失った時を思い起こせば、全身が燃えるほどの怒りが湧き上がる。彼自身気付かぬまま、復讐の対象が義母から、ナサリオへと変わっていた。しかし、そのナサリオは既に死んだではないか。殺したではないか。


 いや、まだだ。まだ、ナサリオの妻子がいる。ナサリオの全てを奪った時に、復讐は達成されるのだ。


 だが、皇帝殺しの大罪人を処刑し、皇国は大きな山を越えた。後は、新皇帝の元、臣下、衛星国家の王達が力を合わせ立て直しを計る時である。


 ランリエル出兵は支出も大きく、財政を圧迫した。如何な巨大皇国といえど公称100万の軍勢は軽いものではないのだ。大勝利間違いなしと考えていた為、ランリエルら東方5ヶ国を略奪し、それを持っていくらかは資金に当てようと計画していた。それが、支出を補てんするどころか、皇国軍本隊の敗走により多くの武器や物資を放棄した。その補充にも巨額の資金が必要だ。


 皇国の大臣や官僚、有力貴族達。それに衛星国家の国王達が集まる会議の中、皇帝の後見人であるアルベルドが口火を切った。


「前回の敗北は、皇祖エドゥアルド陛下の威光の上に胡坐をかき、自らの力を過信した結果。皇祖エドゥアルド陛下こそが、過去の慣例、旧体制の世に刃向うお方であったと思い起こし、改革に当たらねばならない」


 皇国の大臣、官僚と衛星下位国家の王達は頷くが、上位国家の王達の反応は薄い。彼ら自身、どう反応しようか決めかねていた。彼らは常日頃から下位国家を見下しており、アルベルドのデル・レイは下位国家である。しかし、皇帝の後見人を皇帝の代理と考えれば彼らの上であろう。


 ならば、アルベルドに敬意を表すべきだが、実際、後見人などという位は無い。アルベルドの位はあくまでデル・レイ王であり、後見人というのは、立場、でしかないのだ。上位国家は国力では下位国家に劣る。それを位は上なのを誇りにしているのだ。位を無視は出来ない。


「まずは財政の立て直しが先決である。無論、皇国はこの程度で揺らぎはせぬ。出兵の支出も数年もあれば取り返せよう。だが、今はその数年を待てる時ではない。揺らがなければ良いという状況ではない。我らが無為に数年を過ごせば、その間にランリエルの勢力は更に増そう。それを座して待つ訳にはいかぬ。今こそ我らが力を合わせ、一日も早く皇国を立て直すべきである」


 これには、上位国家の王達も認めざるを得ない。苦々しい顔でしぶしぶ頷く。染み付いた上下意識で、下位国家の王の言葉が正しかろうと、それを認めるのに抵抗があった。


「なるほど。流石は皇帝陛下の後見人たるアルベルド王。その見識、一部の誤りも私には指摘できませぬ。我がブエルトニスは、全力を持って皇国に尽くす所存です」


 苦々しげな上位国家の王達を尻目に、皇帝の後見人を強調しつつ追従するのはブエルトニス王である。


 ブエルトニス王は、前国王の従弟のグラシオが即位した。ランリエルから使者が届き、もしやランリエルと繋がっているのではと一時即位も危ぶまれたが、ランリエルの一使者如きに動揺するとは何事か! と、アルベルドが一喝したのだ。その為、グラシオはアルベルドに恩がある。


「まず、皇国の貴族、諸侯は先の戦いに従軍し多くの被害を出した。当主を失った家も多々あろう。領内の整備、回復に努めて貰いたい。そなたたちは皇国を支える礎。礎が強固ならばこそ、皇国も成り立つのだ」


 貴族達が占める一角が、ざわめき、次に拍手が巻き起こった。戦いで多くのものを失った挙句、皇国の立て直しに重い賦役を課せられると覚悟していた彼らである。それが思わぬ温情処置に、まるでこれで会議が終わったかのように立ち上がって拍手する者もいる。


「アルベルド王のお言葉、真に感謝に堪えませぬ。ならば我らは急ぎ領内を整え、それを持って皇国への忠誠の証としたく存じます。事ある時には、存分に我らをお使い下され」


 他の貴族達も頷き、そして、無骨で名誉を重んじる貴族もいる。


「アルベルド王のお言葉、真に感謝に堪えませぬが、我が兵は皇国本陣に身を置き、まったく被害は受けておりませぬ。それを、このまま黙って多くの被害を受けた方々と等しくご恩情頂けば、卑怯者のそしりを受けましょう。なにとぞ、私には賦役をご命じ下され」

「お。おう。その通り。我が軍勢も本陣に居りました。賦役をご命じ下され」


 ランリエルとの戦い時、ナサリオの本陣15万は結局一度も戦闘を行っていない。実に皇国軍の2割近くがだ。その者達の多くは、損害もなく賦役もなく儲けものと考えていたが、こうなっては仕方がない。内心はともかく、先を争って賦役を負担すると名乗りを上げた。


 その喧騒が収まると、次にアルベルドの口から出るのは、衛星国家の処遇である。


「今は一致団結する時、衛星国家の国々には、上位国家、下位国家の区別なく同程度の賦役を負担して頂く。まず、ランリエル軍の侵攻に後れをと――」

「お待ち下され。我ら上位国家と下位国家では国力が違う。それを等しく負担とは、配慮が足りぬと、思われませぬか」

「左様。それに我がカスティー・レオンは、皇国軍本隊と共にランリエル軍本隊と戦い、多くの被害を出しておりまする。その下位国家と等しい負担とは……」

「そ、その通り。我がアルデシアも大きな被害を出しました。被害を受けた皇国貴族達が賦役を免れた事を思えば、配慮あってしかるべきではないか」


 上位国家の国力は、下位国家の7割程度。同程度の賦役を課せられれば、財政にかなりの負担となる。


「これは、失礼致した。それを今から説明する積もりでしたが、ランリエルとの戦いで被害を受けたカスティー・レオンとアルデシア。そして、タランラグラでランリエルと戦ったバンブーナについては、無論、相応の配慮を行う所存。カスティー・レオンもアルデシアもそれでよろしいかな」

「え。あ、まあ」

「うむ。それならば……」


 カスティー・レオンとアルデシアが脱落し、残った上位ベルグラードとバリドットの王は苦虫を噛み潰した。しかし彼らも王国に責任がある身。簡単には引き下がれない。


「お待ち下され。カスティー・レオンとアルデシアの賦役を軽くするのは良いとして、我が国の賦役を下位国家と等しくするのとは話が別。国力に見合った負担にするのは当然ではないか」

「その通り。貴公は下位国家の王。我らと同程度の負担となれば、国力の大きい貴国の負担は軽くなろう。皇帝陛下の後見人という立場を利用し、自らに益をもたらそうとなさっているのではありますまいな」


 大きなざわめきが起こった。ここまで言っては全面対決だ。とはいえ、ここはアルベルドを支持する者が多い。皇国の大貴族の中には、自分と衛星国家の王は同格と考える者も多く、上位国家の王の劣勢は免れない。しかし、その王の言葉を是とする者がいた。


「確かに仰る通り。そう言われては、このアルベルド返す言葉もありません」


 ざわめき視線が集中する。まさかここでアルベルドが非を認めるとは夢にも思わなかった、上位国家の王達ですら我が耳を疑った。


「ならば、我がデル・レイは負担を他の国々の3割増しと致しましょう。ならば、国力比において、上位国家と遜色ないはず。これを持って、治めて頂きたいが、よろしいですかな」


 確かに理屈は正しい。デル・レイと上位国家の負担が同等ならば文句は言えない。だが、そういう話をしているのではない。


「我らはデル・レイの負担を大きくして欲しいと言っているのではなく、我が国の負担を小さくして欲しいと言っているのだ」

「確かにベルグラードの負担は大きいでしょう。ですが、皇国の危機なのです。ここは我を捨て納得して下さいませぬか」


「そうだ。アルベルド王の言う通りだ!」

「この事態に、自らのみ負担を免れようとは、恥と思われぬか」


 ベルグラードのバレンティ王に非難が集中し、彼の口から歯ぎしりが漏れる。そこに更にブエルトニス王が参戦する。


「アルベルド王のお言葉、まさに一点の曇りなし! このグラシオ感服致した。バレンティ王。ここは引き下がられよ」


 確かに、アルベルドの言葉は一見非の打ちどころなく聞こえる。だが、ディアス辺りが聞けば、国民より、ご自身の名声が大切のようで。とでも言うだろう。デル・レイの負担はアルベルドの負担ではなく、デル・レイ国民の負担だ。


 国王なら自らの国と民にこそ責任を持つべきであり、国力に見合った負担を訴えるのもおかしくはない。その意味では、実は駄々をこねて見える上位国家のベルグラードやバリドットの王の方が、国民にとっては余程、立派な王と言える。だが、人々は表面上の華やかさに目を奪われる。彼らの目に映るのは、自己中心的なベルグラード王、バリドット王と、自己犠牲にあふれるデル・レイ王だ。


 上位国家の王達は、アルベルドがサルヴァ王子に仕掛けたのと同じ手に引っ掛かった。ケルディラ東部を巡っての議論で、貴方の方こそどうなのだ。という王子の言葉に、リンブルク南部を返還して見せ王子を窮地に追い込んだアルベルドである。上位国家に負担を強いれば、デル・レイの負担の軽さが指摘されるのは予測出来ていた。


「黙られよ! そもそもアルベルド王が、皇帝陛下の後見人と言っても何の権限がある。アルベルド王はあくまで衛星国家の王。我らが指図されるいわれはない!」


 バレンティが激した。バリドットのサディオ王も流石にここでの暴言は不味いと顔をしかめながらも、思いは同じだ。議論で躓いたなら、位に縋って抵抗するしかない。


 バレンティの言葉に、人々はやれやれと言う表情だ。アルベルドはデル・レイの負担を大きくすると言っている。ならば上位国家もその負担で納得すべきだ。軽蔑の視線がバレンティを突き刺す。しかも、負担を軽減される他の上位2国家すら敵に回る。彼らにしてみれば、自分達の負担が減るアルベルドの案が都合がよいのだ。


 だが、バレンティは引き下がらない。彼には国と民に責任がある。はい。そうですか。と簡単に首を縦には振れない。議論は平行線を辿る。人々の顔にうんざりしたものが浮かび始め、手を変え品を変えバレンティに譲歩を促すが、バレンティは頑強だ。結局、この日の議論はそれ以上進まなかった。


 そして次回の会議、更に次の会議でも話は平行線。中にはもうアルベルドの方が譲歩しても良いのでは、と言いだす者も出てきたが、やはり、バレンティへの非難の声が圧倒的に大きい。その中で、ブエルトニス王グラシオが口を開いた。


「位に拘る上位国家の方々により、如何に皇帝陛下の後見人たるアルベルド王が尽力しようと改革が進まぬのが現状。ならば上位国家の方々も納得する位を新設すべきであろうと考えます」

「新設……」

「それは、いったいどのような?」


 ざわめきが起こった。実は、アルベルドの権限を強化しようと言う話は以前からあった。しかしそれも、今までの慣例を廃し、デル・レイ王アルベルドを皇国宰相に、というものだった。実際、現宰相のカルバハルは何の役にも立っていない。前皇帝パトリシオに任命された彼は、無能どころか罪悪と言われる男だ。それが今もその任に留まっているのは、それだけ皇国の内部が混乱しているのを表していた。それゆえ、無理やりにでもカルバハルを辞任させアルベルドを宰相にと考える者が多かった。しかし、グラシオは位を新設を主張した。


「アルベルド王を皇国宰相にという声が上がっているのは私も知っています。ですが、今は非常事態。宰相よりも強い権限を持った強力な指導者が必要でしょう。アルベルド王は、デル・レイ王となったとはいえ、そもそも皇族であり、皇位継承権もお持ちでした。アルベルド王には、副帝として皇帝陛下に準じる権限を与えるべきではありますまいか」

「そのような話し、認められぬ!」


 間髪いれず、真っ先に反対したのはバレンティだ。これには、皇国の官僚、大臣達からも反対意見があがる。


「いくら非常の時とはいえ、皇帝陛下に準じる権限を皇帝陛下以外の者に持たせる訳には参りません」

「全くです。アルベルド王を疑う訳ではありませんが、衛星国家の王にそこまでの権力を持たせては問題がありましょう」


 しかし、アルベルドに温情処置を受けた貴族はアルベルドを支持した。結局、ここでも議論は平行線だ。そして当事者たるアルベルドが口を開く。


「グラシオ王は、あまりにも私を過大評価なされている。皇帝に準じるなど恐れ多い」

「何を仰る。アルベルド王の手腕を疑う者などおりませぬ」


「いや。しかし、皇帝陛下以外に巨大な権力を持たせるのを危惧する方々の心配も尤もだ」

「心配などとんでもない。ランリエルに虐げられたケルディラを救う為、自らの領土すら手放したアルベルド王に、そのような野心があると疑う者など居るはずもありません。方々も、そう思われよう」


 周囲を見渡し言うグラシオの問いかけに、確かにそうだと多くの者が頷く。バレンティすら、憎々しげな視線を送りつつ否定できない。


「それでもです。人の心は変わるもの。私をあまり過信せぬがよろしいでしょう」

「ならば。カルリトス陛下がご成人なさるまで。というのではどうでしょうか」


「しかし……」

「何をこれ以上拒む必要があるのですか。皇祖エドゥアルド陛下のように、過去の慣例に捕らわれるべきではないと仰ったはアルベルド王ご自身であろう」


 多くの視線が集まる中アルベルドは目を瞑り、思案にふけった。その時間は短いものではなかったが、人々は静かに待ち続けた。皇国、衛星国家の首脳部、大貴族が集まる巨大な会議室が静寂に包まれる。アルベルドが静かに口を開いた。


「分かりました。カルリトス陛下がご成人なされるまで。その条件でお受けいたしましょう。ですが、ならば、諸侯、衛星国家の王達にお願いがあります」

「お願い? それはどのような?」


 アルベルドが大きく体を捻らせ、すべての出席者を見渡す。その人々は、確かにアルベルドと視線があったと感じた。


「カルリトス陛下がご成人なられた時、私が心変わりし副帝の地位に留まろうとする気配あらば、諸侯、王達は一致団結し、このアルベルドを討つ。それをこの場で宣言して頂きたい」

「おお……」

「そこまで己を律しなさるか」


 人々は感嘆の声を上げた。バレンティが歯軋りを漏らし拳を握りしめた。敵対しているはずのアルベルドの言葉に、感動してしまった己への怒りだ。屈辱すら感じる。


 アルベルドの副帝任命の採決は全会一致で可決された。己が不利になると理解しているバレンティですら、賛成せざるを得なかった。そして、副帝の権限を持って上位国家への負担を言い渡し、彼らも渋々承服したのである。


「幼帝が成人するまでという話しですが、よろしいのですか?」


 屋敷に戻るアルベルドに問うたのは、腹心コルネートである。彼にはまだ己の野心を伝えていない為、裏の仕事は与えていないが、他国との交渉にはやはり使える男だ。ブエルトニス王グラシオを味方に付けたのも彼の手腕である。そのグラシオも、アルベルドを支持すればブエルトニスにも利益がある。その程度にしか認識させないように誘導している。


 しかし、ここまでくれば、彼にもアルベルドの野心がおぼろげながら見えてくる。


「十年以上あるではないか。十分だ。それだけあれば十分だ」


 何をするのに十分かを、コルネートは問わなかった。

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