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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
249/443

第158:破られぬ誓い

 ランリエルへの帰途についたルキノは、前方で何やら人が争っているのを発見した。だが、この時点では、まだどの程度の争いなのか分からず、馬の腹を軽く蹴り、少し馬脚を早めた程度だ。


 そうして見えてきた光景は、上等な純白の衣装を身に纏った高貴そうな女性が跪き、それと少し離れたところに粗末な服を着て、へっぴり腰で剣を構える女。それを取り囲む素行の悪そうな男達。貴族令嬢の馬車がならず者達に襲われている。その構図が一瞬にして頭に浮かぶ。


 そして、助けに入らねばと考えた瞬間、高貴な女性が跳ね起き男の剣を奪うと一瞬にして2人を切りすて、おそらく侍女であろう女を助けようと近寄ったところを後ろから切られたのだ。


 貴族令嬢が剣を奪って賊を切り殺すという思いがけない光景に一瞬唖然としたルキノだが、次の瞬間には我に返り、怒鳴って馬の腹を強く蹴った。嘶く馬の声には、幾分、非難の色が混じっていた。


「ちっ! 折角のいいところを水を差しやがって」

「ま、まて。私が話を付ける」


 顔を歪ませたならず者達を制したのは、一応はこの集団の指揮官である没落貴族の坊ちゃんだ。彼らにとってこれは、リンブルク王家を簒奪した者への正義の鉄槌なのだ。正義の味方が他者を巻き添えにする訳にはいかない。なに、自分達の正当性を訴えれば、分かってくれるはずである。


 落ち着き突進してくる男の前に立ちはだかった。


「待たれよ! 貴公の目にどう映ったかは知らぬが、これも大儀あっての――ぐぶっ!」


 賊の言い分など聞く必要を感じぬルキノが、立ち塞がった男を構わず馬体で跳ね飛ばし駆け抜けた。飛ばされた男は傍らに生える巨木に身体を打ち起き上がらなかったが、死のうが大怪我を追おうが知った事ではない。


 十数サイト先で切り返し、再度、賊に突進する。


 荒事の得意な男達にとっても、ここまで躊躇なく人を跳ね飛ばすなど思いも寄らなかった。かなり場数を踏んでいる奴だ。と、改めて剣を構える。だが、隊列を組まぬ歩兵と騎兵では、騎兵が圧倒的に有利だ。


 猛然と突進し、男達を追い散らす。さすがに貴族の坊ちゃんとは違い、むざむざと跳ね飛ばされたりはしないが、近寄る事も出来ず茂みに逃げ込むのが精一杯だ。


「馬から下りて剣を捨てろ! この女がどうなってもいいのか!」


 決まり文句にルキノが視線を向けると、男が女の首に剣を突き立てていた。背中を切られた貴族令嬢は、まだ息はあるが、立ち上がる事は出来ないようだ。


 ルキノは無言で馬の腹を蹴った。男と女に向けてだ。その視線に動揺は微塵もなく冷たい。


「ちょ、ちょっとまて! 女、殺すって、殺すって言ってんだろ!」


 男が焦り叫ぶ。ルキノの冷たい視線は変わらない。それは幾分意識的なものでもあったが、本心でもあった。剣を捨てれば女共々殺されるだけ。男が訴える交渉に意味はない。女も首筋の剣より、突進してくる巨大な馬体に恐怖し立ちすくむ。


 男は交渉する気だった。だが、突然乱入したいかれた野郎は交渉に乗って来ない。そして交渉が不可能と理解した時には、巨大な馬体が目の前だった。


 女を殺す隙さえ与えぬルキノの突進に、男は飛びのいて逃げ、他の男達と同じく茂みに駆け込んだ。残された女は、悲鳴と共にしゃがみ込んだ。衝突寸前で、強く手綱を引き馬が竿だった。しゃがみ込んだ女が、左右のどちらにも動かずにいるのを冷静に確認すると、手綱を右に引いて女を避けて着地した。


 切られた貴族令嬢に視線を向けると、令嬢は微かに笑み首を振った。今まで冷たかった男の視線が一瞬痛ましげなものに変わるのを見て、令嬢が小さく頷く。


 大丈夫だ。この男は大丈夫だ。この男ならば娘を守ってくれる。一目見た時の確信が正しかったと更に確信した。


 死を覚悟し、もう1人の女を救えとの言葉を視線で受けたルキノは、しゃがみ込んだ女に馬上から手を伸ばした。


「捕まれ!」

「嫌です!」


 思いがけない言葉にルキノは唖然とし、女王の衣装を纏った死にゆく侍女すら首を振る。だが、いくら他者から異様にも滑稽にも見えても、彼女にとっては命より大事なお父様との誓いである。将来を共にする男性にしか触れさせるものではないのだ。


 この時、クリスティーネを密かに護衛するダーミッシュの部下達も追い付いていた。だが、ルキノもカーサス伯爵の部下が密かに守っている。そして、蛇の道は蛇。同じ匂いに、お互いの存在を感じた。だが、その存在の意味までは分からない。


 お互いが、クリスティーネを襲っている奴らの奥の手の者かと牽制し合い動けずにいた。今のところルキノの活躍で2人とも助かりそうなのも、無理して動かぬ理由の1つでもある。だが、雲行きが怪しい。


「私は夫以外、指一本触れさせません!」

「馬鹿か貴様! 命が危ないのだぞ!」


「誓いを破るくらいなら、死んだ方がマシです!」

「馬鹿者が! その婦人の――」

 命を無駄にするのか。その言葉を言い終える前に馬が跳ねる。茂みに逃げ込んだならず者達は、そのまま逃げ去ってはいなかった。半数ほどが剣を馬に向かって投げたのだ。


 落馬し、地面にしこたま身体を打ち付けたが、痛みに耐えすぐさま起き上がった。旅の軽装の皮鎧で助かった。これが鉄の甲冑ならば、その重みで起き上がれぬほどの打撲を負っていた。起き上がると同時に、茂みからならず者達も戻って来て囲まれた。剣を投げた者も剣を拾い囲みに参加する。馬を奪えば後は数がものをいう。男達の顔に余裕の笑みが浮かぶ。


 ルキノが剣を構え、馬鹿娘を背に守った。隙ない視線で男達を威嚇する。一番先に飛び掛ってきた者は切る。最後には負けようとも初めの1人は切る。その気迫に、誰も一番乗りに名乗り上げない。


 どうするか。男達は十数名。勝ち目はない。逃げるしかないが、馬鹿娘は非協力的だ。


「このアマ!」


 反射的に全員の視線が向いた。息も絶え絶えだった女王の衣装を纏った女が、最後の力を振り絞り傍にいた男の足を切りつけたのだ。切られた男が女に止めを刺す。瞬間、ルキノが背を向けた。馬鹿娘の胴に腕を回して一瞬で担ぎ上げ、更にその後ろにいた男を視線に捕らえた。


 踏み込み、ならず者を横から切りつける。ならず者が後ろに飛びのこうとして叶わす体勢を崩した。ルキノは踏む込むと同時に男の足を踏んでいた。相手の脇腹を掠め通り過ぎた剣を止める事無く切り替えした。ならず者の首を切り裂き、血が噴出し倒れる頃には駆け抜けていた。


 荒く、そして洗練された剣。十分剣術の指導を受けた者が、幾多の戦場で揉まれた剣だ。


「ふ、触れるなと。私に触れるなと言ったはずです!」

「服の上からだ。馬鹿!」


 囲いを突破し駆ける。視線を巡らし瞬時に地形を捉えた。どこに向かうかではない。とにかく逃げる。登っては駄目だ。降る。娘1人を担いで駆け上がれない。駆け降りるなら早い。


「逃がすな!」


 1人が叫ぶが、他の者達は言われるまでもなく動いていた。女王を嬲れる又とない機会なのだ。逃がしてたまるか。


 降りる。視線を先にし、降りる道を選んで駆ける。転べば最後。慎重に、力の限り地面を蹴り、踏み外さない。急勾配をほとんど落ちるように駆ける。速度は出る。だが、2人分の体重に膝の負担はかなりのものだ。痛みに耐え、足を取られぬように神経もすり減らしながら駆ける。


 後ろから叫び声があがり、足を木の根に取られた男が傍を転がり落ちていく。目の前でよろよろと起き上がろうとする男の顔に剣を振り抜き駆けた。


 その光景に残りの男達に戸惑いが出た。転がり落ちれば殺られかねない。男達の足は鈍り、ルキノは差を広げる事に成功し何とか振り切った。男達の姿が見えなくなると、その瞬間、ほっとしたのか緊張により紛れていた膝の痛みが襲う。片膝を付き、それでも担いだ馬鹿娘をゆっくりと降ろし両膝を付いた。そのまま両手を地面に付く。息が荒い。


 この時、ルキノは知らぬ事だが、ダーミッシュの部下も伯爵の部下もお互いを牽制していた為出遅れていた。更に追い掛けながらも牽制し合う。結局、ならず者と同じくルキノ達を見失っていた。


「あ、あの。大丈夫ですか。助けて下さり、ありがとう御座いました」


 荒い息で返事が出来ぬルキノの視線の先に、馬鹿娘の泣きそうな顔があった。一応、礼くらいは言えるようだ。息が整いルキノが喋られるようになるのにはかなりの時間を要した。


「お主の名は?」

「あ、それは……言えません」


 父のベルトラムから言い付けられていた。もし外で知らぬ者に会っても名乗っては行けない。お主がリンブルク女王であり、このベルトラムの娘だと知れば、良からぬ事を考える者が居るからだ。そう言われていた。この男は自分を救ってくれたが、それでもお父様の言葉は重い。


 ルキノは意地悪く大きな溜息を付いた。娘は敏感に感じ取り目に涙を滲ませたが、命を賭けた助けてやったにもかかわらず名乗らないとは、これくらい当然である。やはり馬鹿娘だ。


 それに、あまりぐずぐずしている暇もないのだ。


「あの男達もまだ諦めていないかも知れん。どこか身を隠す場所を探す。お前は傍を離れるな」

「はい」


 触れぬ事と名乗らぬ事以外は、女は意外に素直だった。ルキノのすぐ後ろを言われた通り付いて来る。そして見付けた小さな洞窟に身を隠したのだった。入り口は草で僅かに隙間を空けて覆い、外からは見えぬが中からは外が見えるようにした。


「外から見られぬように気を付けて見張っていてくれ」

「分かりました」


 膝の痛みに耐えながら奥に進み、岩肌に剣を立てかけた。身体を締め付けていた皮鎧を外し、足に薬を塗って包帯を巻く。


 休むなら装備を解く。行軍時の基本だ。無論、状況による。敵の襲撃がありそうな場合は装備は解けない。だが、解けるなら解く。装備を解いて足を圧迫から開放する。血が溜まり、血豆などが出来るのを防ぐ。もっとも、血豆が出来てしまえば、一度装備を解くと痛みで装備を付けなおすのが困難になるので、その時は装備を解かずに我慢するしかない。


 今も敵襲の危険はある。しかし、歩けなくなる訳には行かない。先を考えれば足を休ませるべきだ。それに、ここはそう簡単には見つからないはず。見張らせている女が先に奴らを発見するだろう。そうしている内に日が沈み始めた。幸い洞窟の入り口は少し上向いていて月明かりが入り込む。夜になればならず者達も探索を諦めると、女にも休むように言った。


 念の為、入り口の辺りに小枝を撒かせた。誰かが侵入すれば踏み折る音が鳴るはずだ。


 言われた事を終え近づいてきた娘は改めて頭を下げ、心配そうな視線を向けてくる。


「ありがとう御座いました。足は……大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ」


 ルキノの返事は素っ気なく、薬を塗り直し包帯を巻いていた手を止めた。礼を言うものの、足の薬を塗るのや包帯を巻くのを手伝う気はないらしい。ルキノの常識では、どう考えてもこの馬鹿娘は恩知らずだ。


「とにかく、町に出れば大丈夫だろう。それで良いな?」

「はい。大丈夫と思います」


「問題は、ここがどこかだ」

「はい……」


 男達を引き離す事だけを考え、どこに向かうかもなく急勾配を選んで駆け降りたのだ。当然、現在位置など分からない。


「仕方がない。ここがどこかはともかく、東に行けばリンブルク王都付近に出るはずだ。早く寝て日が昇ればすぐに東に出発するぞ」

「分かりました」


 それだけ言うと止めていた手を動かし、包帯を巻き始める。脚の痛みにルキノが顔を歪ませると、女は手を出そうとするのだが、やはり引っ込める。脚の痛みもあり、彼女の煮え切らない態度にルキノの声は冷たい。


「これでも一応、命の恩人のはずだ。包帯を巻くのくらいは手伝ってくれても良いのではないか」


 その言葉に、娘は傷付いたように胸の前で拳を握り締めた。目に涙が浮かび、それが流れ落ちるのはすぐだった。


「すみません。すみません……。でも、出来ないのです。ごめんなさい……」


 その涙に理解した。本当に出来ないのだ。この娘にどんな事情があるかは分からない。だが、したくても出来ない。どれほど心を痛めても出来ないのだ。


「分かった。もう寝ろ」

「はい……」


 ぐすぐすと鼻を鳴らし女も冷たい地面に横たわった。ルキノもやや乱暴に素早く包帯を巻き終えると女に背を向け横たわる。


「すまない」

「……はい」



 夜が明けるとすぐに出発した。装備を解いて休んだお陰で脚の調子もかなり良い。しばらく歩くと遠くで水が流れる音が聞こえた。

「川か。ならばそれを下って行けば人里があるはずだ」


 水道などない時代だ。人が住む場所は水のある場所である。目的地があやふやより、明確な方が精神的にも楽だ。ほっとし足早にその音に近づくと、谷底に予想通り川が流れていた。


「この谷沿いに進むぞ」

「はい」


 既に目的地に辿り着いたかのように安心し、足取りも軽い。しかし油断はならないと周囲に視線を巡らせる。


「あ、あの……」

「なんだ?」


「い、いえ。ありがとう御座いました」

「気を緩めるな。まだ助かったと決まった訳ではない」


 ひゅっと風を切る音と共に、足元に矢が突き刺さった。反射的に女を背にし身構えるのと同時に、まいたと思っていたならず者達が2人を取り囲む。背後は谷底で逃げ道はない。


「助かったと決まった訳ではないってか」

「よく分かってんじゃねえか」


 ならず者達が茶化す笑い声を上げる。ルキノが剣を構え睨みつけるが、男達は余裕の表情だ。なぜ先回りされた。ルキノの疑問が伝わった訳ではないだろうが、男達が得意げに語りだした。


「俺たちゃ戦がねえ時は山賊だってやってるんだ。お前なんぞよりよっぽど山にゃ詳しいんだよ」

「お前達が川沿いに進むなんてな、分かってんだ」


 自分が考える事は相手も考える可能性がある。当然だ。ただのならず者達と見くびっていたか。


 自分の迂闊さに小さく歯軋りし、自身への怒りを含んだ視線を男達に向ける。半数は矢を構えいつでも放てる体勢だ。切りかかっても瞬時に射殺される。避けられたとしても背に隠した娘に当たる。


 ルキノを追い詰める男達は余裕の表情だ。昨日は何人もの仲間を失っているはずなのに、それを悲しんでいる様子は微塵もない。女を背にじりじりと下がるルキノに男達もじりじりと追い詰める。


 矢を構えていた男の手が僅かに動いた。ルキノが反射的に顔の前にかざした左腕に矢が突き刺さる。苦痛を伴った呻き声に男達が笑い出す。女が声にならない悲鳴を上げた。


「こりゃいいや。簡単に殺しちゃ面白くねえ」


 言いながら放った矢がルキノの剣を持つ右腕を貫いた。また呻き剣を落とす。次に左脚。膝を付いた。クリスティーネは反射的に支えようとするが、触れる直前手を引いた。触れられぬ口惜しさに唇を噛み締める。


 ルキノの激しい視線が男達を射抜くが、それすら男達には笑いの種だ。


「すっげえ睨んでるぜ」

「うわ。怖え」

「俺達殺されるんじゃねえか」


 爆笑し、だが隙なく矢を構える男達にルキノは表情を変えないが、その背に女の嗚咽が聞こえる。


「そんなに睨むなよ。俺たちゃ優しいから、お前だけは殺さねえでいてやるぜ。動けねえように手足を針ねずみにしてな。そこでこの女が犯られるのを見てるんだな」


 手足を射抜かれ、こんなところに置いて行かれれば苦しんだ挙句に飢え死にするしかない。それとも出血死が先か。


「すまぬ。俺はお前を助けてやれぬようだ。助かりたければ後は自分で考えろ。時間だけは稼いでやる」


 後ろの女に言った。女の顔は見えないが、嗚咽が激しくなるのが聞こえる。


 無傷の右足、傷付いた左脚で立ち上がった。左腕は顔の前、右腕を心臓の前におく。助かる為ではない。しばらく持つ為だけの構え。女を守る為だけの構えだ。だが、それすらも男達の笑いを誘う。


「兄ちゃん。むちゃくちゃかっこいいじゃねえか」

「惚れるね。俺が女だったら惚れるね」

「誰もおめえの汚ねえ尻なんざ欲しかねえよ」


 がははと笑いつつ矢を放つ。矢が左右の腕に突き刺さる。脚を狙うとした者も居たが、それじゃ面白くねえと止められる。虫をいたぶり殺す幼い子供の残忍さ、そのままで年だけとった男達だ。


 その光景にクリスティーネが唇を噛み締めた。

 こんな事はいけない。絶対にいけない。この人にこんな死に方をさせてはいけない。こんな目に合わせてはいけない。必死で考えた。助かる方法を。この人が助かる方法をだ。


 後ろからルキノに抱き着いた。思いがけない背中の膨らみに、ルキノは、触れても良いのかと場違いに考えた。その問いが聞こえたかのように声がする。


「服の上からです」


 泣いているようにも微かに笑っているようにも聞こえた。強い力で後ろに引き寄せられた。彼女にルキノを引き寄せる腕力はない。抱き着いたまま後ろに倒れたのだ。後ろは谷底である。音もなく、悲鳴すら上げずに2人の姿が目の前から消え、ならず者達が慌てて駆け寄り谷底を覗き込んだ時には2人の姿は見えなかった。男達はとっとと女王を頂かなかったのを地団太踏んで悔しがったが後の祭りだった。



 次に目を覚ました時、ルキノは身体を温かく柔らかい物に包まれていた。彼が目を覚ましたのに気付いた、その温かい物が微笑む。


「お目覚めになりましたか?」

「ここは」

「流された後、親切な人が引き揚げてくれたのです。上手く落ちられたらしく大した怪我もなく……」

「そうか。ならば初めから飛び込めばよかったな」

 とルキノが苦笑を浮かべる。


「ただ貴方は矢傷が裂けてそこから血が沢山流れたと……」

「それで、これか?」

「はい。血が流れて身体が冷えているので、暖めてあげなくてはならないと、ここの奥様が」


 彼女の豊かな乳房が逞しい胸板を包み、彼女の美しい脚が鍛えられた脚を挟んでいる。彼女の体毛を太腿に感じた。


「命より大事な誓いではなかったのか?」

「はい。命よりも大切な誓いです」


「では、なぜだ?」

「貴方より、大切ではありません」


 クリスティーネはまっすぐに男を見詰めた。その瞳に迷いはない。


「大丈夫だ。お前に誓いは破らせない。俺はお前を妻にする」

「はい」


 どちらからともなく口付けた。彼女を身を挺して守った侍女が、あの世で微笑んだかは誰にも分からない。

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