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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
239/443

第148:各国の思惑

 無敵と思われた皇国軍の敗北に続き、その衛星国家であるバンブーナもランリエルとタランラグラを争い敗れた。その影響は決して小さくはなかった。戦いにおいて重要なのは数だ。5万より10万の方が強い。それが事実だ。たとえ奇跡的に5万が勝っても、もう一度戦えば、やはり10万が勝つ確率が高い。


 だが、少数の軍勢が大軍を破った後、急激に勢力を広げ戦力が逆転する事も珍しくない。勝った方が強い。ならば強い方に付くべきである。多くの者がそう考えるからだ。


 皇国内部でランリエルに寝返る者など居ようはずもないが、周辺諸国はそうではなかった。如何にランリエルが大国でも皇国に比べれば何ほどのものか。その認識が大きく改められた。とはいえ、皇国の威光も完全には消えない。皇国とランリエルとの天秤は、いまだ大きく皇国側に傾いている。だが、皇国も以前ほどランリエルへの牽制とはならない。戦う時は万全の態勢が整う時。それまでは、ランリエルが多少’おいた(悪戯)’をしても傍観を貫く。そう見られた。


 ランリエルが皇国や衛星国家以外を攻めても手は出すまい。その可能性に諸国は大きく揺れた。


 親ランリエルから断交するに至り、タランラグラが生産する塩の価格に抗議する強硬姿勢を取ったドゥムヤータだが、皇国を刺激せぬ程度にランリエルとの国交を回復すべきではないか。との声も大きくなっている。その中で重要となったのがシルヴェストル公爵だ。


 対ロタ王国戦時の交渉、そして塩の価格の抗議、共にランリエルに勝利した実績がある。真実はともかく客観的事実としてはそうだ。ランリエルとの交渉はシルヴェストル公爵に一任すべき。それが順当というものである。


 また、影響下にあるブランディッシュでは、ドゥムヤータがランリエルと断交しその力が弱まったと、ドゥムヤータを後ろ盾とする新国王クリストファーへの不満が高まった。その為、示威として選王侯リファール伯爵が騎兵3千を率いブランディッシュ王国王都インディナ付近にまで進出した。それによって、新国王への不満は表面的には影を潜めたのである。



 ロタ王国でも対ランリエルの対策に負われた。ランリエルと直接矛を交えた経験は無いが、その配下のバルバールとは交戦し、ケルディラとランリエルとの領土問題会談では、ランリエルと敵対したのだ。その関係を修復する必要に迫られた。


 リュディガー王の元でリュシアンに次する評価を得るバルバストルの進言により、とある祝典を大々的に行った。含むところのないその平和裏な祝典には、近隣諸国にも招待状が送られ、それにはランリエルも含まれる。


 もっともその招待状を受け取った諸国では、多くの者が苦笑を浮かべたものだ。リュディガー王が前王朝の打倒を誓ったその記念すべき日から5百日を祝う祝典である。


 前王朝打倒一周年は祝わなかったので、唐突に二周年を祝うのはあからさまだ。切りが良いなら五周年、十周年だが、あまりに先過ぎる。打倒5百日でも、もう少し先だ。今やりたいのだ。いつ誓ったかなど本人の自己申告だ。とはいえ千日ではなく五百日なのにも理由はある。前ロタ王家がドゥムヤータ、そしてバルバールと戦った時より以降でなくてはならなかった。


 その祝典に招かれた各国の貴族や大使の前でリュディガー王が宣言したのは、要約すると次のようなものだった。


「ドゥムヤータを攻めたのもその結果バルバールと戦ったのもすべて前王朝の意志であり、なんと酷い事をするのかと憤り前王朝打倒を決意した。その後も前王朝との関係からデル・レイと友好関係にあるが、ランリエルと敵対する気はまったくなく、平和を望んでおります」


 リュディガー王即位の功臣として参列するブランは目を瞑って首を振り、リュシアンは苦笑を浮かべた。2人の随員として入り込んだアレットは、面白そうに笑っている。


 もっともリュディガー王を責めるのは酷だ。一国の王としては勝ち目のない戦から国を守るのは当然である。ブランもリュシアンもそれは分かっているのだが、やはりあからさまな対応に、心中は複雑だ。


「さて。これではバルバールのグレイス殿との決着は、何時付けられるものかな」

「その時が来るのを待つしかあるまい」

「そのグレイスって人、ブランより強いんだよね? ちょっと会ってみたいかな」


「自分の男の前で、よく言えるな」

「何よ。言ってみただけじゃない」


 リュシアンの視線が冷たく突き刺すがアレットはどこ吹く風だ。その2人の前でブランの思考は既にバルバールの猛将へと飛んでいた。


 決着か。いずれ付ける。だが、その決着は、俺よりも奴こそが付けたいのではないか。奴が俺につけた虎将の称号。かつてそれは、ランリエルのララディという男のものだったと聞く。その虎将にグレイスは一騎打ちで勝った。それは俺も知っている。だが、奴はその結果に納得していないのではないか。


 戦場の詳しい事など分からない。語る者は多いが、主観も多く、その一騎打ちとて終始グレイスが優勢だったという者や、ほとんど負けかけていたという者もいる。だが、どちらにしろ勝ったのは奴だ。戦場ではそれが全てだ。しかし奴はそれに納得していない。


 俺に虎将という名を与え、俺に勝って納得したいのか。まあ、どうでも良い事だ。奴には奴の戦う理由がある。それだけだ。俺には関係ない。俺は俺の理由で戦う。その時、どちらが勝つのか。今はまだ奴の技量が勝る。いや、未来永劫、奴の方が強いのかも知れない。だが、戦う時が来れば戦う。それだけだ。



 ケルディラ王国は顔を青くしていた。裏での駆け引きはともかく、対外的にはランリエルから攻められた立場である彼らだ。その上でランリエルと国交を回復したければ停戦の条件であるランリエルに譲渡したケルディラ東部の権利を完全に認めるしかない。


 だが、デル・レイに助けを求め散々ごねていた土地だ。それを簡単に認めてはデル・レイをひいては皇国の気を害しかねない。ランリエルに負けたとはいえ、やはり皇国とケルディラとでは象と蟻。ランリエルと国交を回復するには他の道筋を探すしかない。


 とはいえ、ロタ王国のように前王朝の責任にも出来ない。いっそ、現国王に退位して頂こうかという案まで出るほどだった。ちなみに、その提案をした官僚は、即日、更迭された。



 ケルディラとは反対に余裕があるのはゴルシュタット、そしてリンブルクだった。


 ランリエルと直接国境を接せず、その脅威を受けるにしてもケルディラが盾となる。ならば、ケルディラへの支援を申し出ても良いのだが、それをしてはランリエルとの関係が悪化する。まだ切羽詰った状況ではない。自ら選択肢を減じる必要は無い。


 ゴルシュタットとリンブルク。その2つの国は同一人物によって統治されていた。2ヶ国王。あるいは大王と呼ばれるベルトラム・シュレンドルフである。


 統治者として、ゴルシュタットとリンブルクを頻繁に行き来する彼だが、最近ではその比重はゴルシュタットに傾いていた。ゴルシュタットは元々の権力基盤だが、大国であるだけに政敵の勢力も侮れない。息子を国王に据え治めさせてはいるが、やはり気は抜けない。だが、リンブルクを空け続けているのも問題だ。


 国力だけを考えれば、リンブルクなど一度手放してもゴルシュタットの軍勢で取り返すのは造作もない。一見するとそうも考えられるが、彼がゴルシュタットを抑えられているのはリンブルクを手中に収めている事も大きいのだ。事は複雑に絡み合っている。


 そして、リンブルクに関する懸念は、それだけではない。


「クリスティーネは、無事でやっておるのだろうな」

「はい。ご安心を。我が一族の者達が昼夜問わず守っております。女の身ではありますが、いざとなれば騎士にも劣らぬ者達です」


 ダーミッシュの部下にはシモンを含め女性も多い。リンブルク王宮でクリスティーネの世話をする侍女の全てがダーミッシュの一族の者達だった。


「ただ、クリスティーネ様は今までゴルシュタットの屋敷から一歩も出た事がなかったお方。その反動なのか頻繁に王宮の外に出たがっております」

「困ったものだな」


「女王となったからには、民の暮らしぶりを見なければならないとの事です。なるべく引き止めさせてはおりますが、それでも月に、1、2度は巡幸なされておいでです」

「確かに、女王とは民を慈しむものと教えはしたが」


 自身の野望の為にゴルシュタット、リンブルクの王を殺したベルトラムだが、それをもって暴虐な独裁者と見るべきではない。圧政などしては国力の大半を国内統治に費やさねばならなくなる。一度≪ひとたび≫外患が現れ力をそちらに向ければ瞬く間に内部崩壊する。賢者ベルトラムにとって、あまりにも馬鹿げた選択だ。


「クリスティーネ様は素直なお方ですので、ベルトラム様のお言葉を実戦なさって、おいでなのでしょう」

「分かった。手紙を出し軽々しい事は控えよと伝えよう」


 元々、王座に就ける積もりで育てた娘ではない。自ら野心を持ったのも数年前。この大陸に咲き乱れる各国の思惑、事象から息子と娘を王位に就けるとの策謀の花束を創造したのは、その更に後だ。


 ゴルシュタット=リンブルク二重統治の構造は、国内統治はそれぞれの国に任せ、軍事と外交はベルトラムが掌握する。ゴルシュタットを任せている息子には、将来は二重統治者の後も継がせなくてはならぬ為鍛えるが、リンブルクを任せる娘は国内統治だけを行えばよく、実際はそれすらも付けた部下が行っている。


 娘には、その部下から時折り民の窮状を訴えさせている。優しい娘はそれに心を痛め、民を救うように命じている。それで民の支持は十分得られるのだ。それ以上を危険を冒してまで行う必要はない。


「後は、皇国か」

「は。ご指示通り皇国南部に仕掛けております。次の収穫にはかなりの被害が出るでしょう」


 皇国の国力の源は莫大な人口であり、それを支える生産力だ。その生産力に打撃を与える。麦の種もみを蒸した。それを農家の納屋に忍び込みすり替えた。全てを蒸し殺しているのではなく、2割ほどは生かしてある。


 時期が来て種もみを蒔いた後、農婦達は育ちの悪さに首を傾げるだろう。これが全て芽が出ないなら慌てて新しい種もみを手に入れ蒔きなおすかも知れない。だが、芽を出す物もある。おかしい、おかしいと思いながらも、今年は何か天候が悪いのかといたずらに時を無駄にし結局は手遅れになるのだ。


 ダーミッシュが手を付けた皇国南部の村落では、既に2万戸の納屋にある種もみがすり替えられている。来年の種まきの時期まで続けられ、10万戸を計画していた。相手は純朴な農民達だ。納屋には鍵すらかかっておらず、訓練された彼らが数名も居れば一晩で数十戸の種もみをすり替える事が出来る。そしてダーミッシュはこの計画に百名を越える者達を用意した。困難な作業ではないのだ。年老いて引退した者や修行中の者達で十分だ。


「数万の難民を救うには、その数倍の者達が支えねばならん。かなりの打撃になるはずだ」


 他の農民達も裕福ではない。分け与えられる食料など極僅かだ。1人を食べさせるには数人が必要となる。十万戸、数十万人が飢えれば数百万人が支えなければならない。


「これでランリエルとの差が縮まりますな」

「今では皇国を多少弱らせたとて、太刀打ち出来ぬ事に変わりはなかった。だが、ランリエルの台頭でそうではなくなった。我がゴルシュタットの存在価値も大きく変わる」


 ゴルシュタットとて群雄割拠する狼である。だが、獅子には勝てない。皇国は唯一の獅子だった。その獅子を多少弱らせたとて獅子は獅子。勝てるものではない。しかし今、もう一匹の獅子が現れた。若い獅子だ。まだ、唯一だった獅子には力及ばない。若き獅子と狼が手を組んだとて及ばぬ。しかし、獅子の力を削げば話は変わってくる。狼の去就で勝敗が決まるとなれば、獅子とて狼に手が出せなくなるのだ。


 皇国とランリエルを戦わせたのは、皇国の目をゴルシュタットから逸らす為だ。ランリエルを生贄の羊としたのだ。にもかかわらず、羊が勝つ奇跡が起きた。羊が若き獅子と変化した。


「ゴルシュタットとリンブルクを得て一番の問題は皇国の介入だった。成熟せぬ体制は外圧に弱いからな。だが、ランリエルが勝った事により、我が国の者達も以前ほど皇国に脅威を感じなくなっている」

「結果的に、ベルトラム様の権力の強化に繋がったという訳ですな」

「その上で我々がどう動くかだ」


 現時点で領土を広げる野心は無い。無論、滅びる気も無い。滅びない為に領土を広げなければならない時もある。今がその時なのか、そうでないのか。更に情報を集め慎重に見極めねばならない。


「更迭されたナサリオ殿はどうなっておる」

「独房に入れられ、そのままで御座います」

「処罰もまだ決まらずにか。随分と長いな」


 ランリエルの敗戦から既に半年以上が過ぎていた。皇帝にしても処罰するならするで、さっさとすべきだ。尤もそれは、本心では皇帝もナサリオを処罰したくないが為だった。後任の宰相に小人物を据え貴族達からナサリオ復帰の嘆願をさせるはずが、その嘆願がなされないのである。そして、その間にアルベルドが暗躍しているのを皇帝は知らない。


「皇帝パトリシオとナサリオ殿の母君も騒ぎ出し、皇室内も騒がしくなっております」

「うむ」


 それ自体は悪くない。野心ある者にとって、混乱は事を起こし易くする。ベルトラムにとっても皇国の混乱は時を稼げるだけでも好ましい。だが、この世に野心家は自分だけではない。


「稀代の賢王はどうしておる」

「アルベルド王は、皇帝、ナサリオ殿、ご生母殿の間を巡るましく駆け回っておいでです」

「それはご苦労な事だ。先の戦いでは予想に反しデル・レイはアルベルド王の親征ではなく目立った活躍もなかった。おかげで敗戦の汚名も免れたがな。もしや、ランリエルとの敗戦にアルベルド王が暗躍しているのではないか?」


 アルベルドはその名声の陰に野心を持っている。ベルトラムはそう看破していた。


「いえ。アルベルド王とサルヴァ王子との接触の跡がないか手を尽くし探りましたが、その形跡は発見出来ませんでした」

「ほう。既に調べていたか。ご苦労だった」

「我が手が足りぬだけかも知れませぬが」

「いや。お主が手を尽くして見付けられぬならそうなのであろう」


 ならば、やはり皇国を倒したのはサルヴァ王子の手腕か。しかし、やはりアルベルド王が何の手もないとは思えない。この混乱に乗じ、何かしらの手を打つだろう。


 だが、手を打つとしても、そもそもアルベルド王の目的は、野心の先にあるものは何なのか。名声を得る事。名声を得る為ならば他を犠牲にする者。そう読んでいた。だが、それにしては動きが解せぬ。


 皇国の言いがかりともいえるランリエル出兵。それに親征しなかったのは良かった。それにより名声に傷が付くのを免れた。だが、皇国軍が敗北した後ならば、あえてデル・レイ単独ででも戦いを挑む。主宗国の仇を討つ為に弱なりながらも立ちあがる。如何にもアルベルド王が好きそうな理論ではないか。そしてそれは、見た目の派手さに比べ危険な行為ではない。


 デル・レイとランリエルとの勢力圏の間にはケルディラがある。ケルディラを越えランリエルに戦いを挑み敗れても撤退すればランリエルは追っては来まい。無論、負ければ死傷者は出るが、アルベルド王がそれを気にするとは思えない。だが、それをせず、皇国内を駈けずり回っている。それに手を取られ、動けぬだけかも知れぬが……。


「改めて命じる。アルベルド王の動きに注力するのだ」


 この時、賢者ベルトラムにして、アルベルドの真の目的はいまだ読めなかった。

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