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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
235/443

第145:吼える戦士

 ランリエル単独でバンブーナを打ち破るのは困難と見たサルヴァ王子は、タランラグラ人との接触を計った。それ自体は難しくはない。既にクレルドが彼らの信用を得ていた。その伝手を利用したまでだ。前回と同じように、向こうは十数名の長老と同数の胸も露な女達だ。


「ランリエルの……部族長のサルヴァ・アルディナだ」


 後々訂正すれば良いと、この方が話が通じるのでとクレルドに言われていた。その点クレルドも機転が利く男だが、サルヴァ王子の右後ろではウィルケスが笑いを堪えていた。王子の左後ろに立つクレルドは、目を逸らしている。


「長い名だな」


 タランラグラの長老の言葉に、ウィルケスが溜まりかね下を向く。彼らに姓はない。サルヴァアルディナという名前と受け取ったのだ。サルヴァ王子は少なくとも表面上は表情の変化はない。


「バンブーナは我らの敵だ。彼らをこの地から追い払いたい」

「それは、その男から聞いた」

 長老の目が面倒くさそうにクレルドに向く。


「彼らはお主達にとっても敵であるはずだ。共に彼らを追い払うべきと考えるが」

「確かに奴らは俺達の敵だ。だが、お前達が奴らの代わりになるならお前達も敵だ」


「私は、お主達の敵になろうとは思わぬ」

「お前がどう思うかは知らぬ。俺達を押さえつけるなら敵だ」


 長老はにべもない。義理堅い彼らだ。一度縁を持ったクレルドへの義理で王子と会ったが、どうせ話しても無駄だと考えていた。


「私は、お主達を押さえつけたりはせぬ」

「だが、奴らと同じように砦とやらを作らせるのだ。ならば同じだ」


「私は、お主達に砦を作らせたりはしない。お主達が自分で作るというならば止めぬがな」

「俺達が、あのような物を必要とする訳がない」


「しかし、追い払った彼らが、またやって来るかもしれんぞ。その時には必要だ」

「必要なのはお前達だ。俺達には不要だ」


「私達にも不要だ。彼らを追い払えば、この地に用はない」

「なに?」


 今まで面倒くさげだった長老の目が僅かに見開かれた。


「彼らを追い払えば、我らも引き上げる。南部の上陸拠点のみは残させて貰うが、それより南に入る気はない」

「では、奴らがまた来たらどうするのだ」


「お主達が戦えば良いではないか。ここはお主達の土地なのであろう」

「お前、俺達を馬鹿にするのか」


 長老の鋭い視線が王子を射抜いた。それが出来ればやっている。出来ぬから、屈辱に耐えているのではないか。それをやれという王子に、憎悪の炎が燃える。


「タランラグラの者達は屈強な戦士と聞いた。それがなぜ彼らに勝てぬ」

「武器が違うのだ。我らの武器でどうにかなる相手ではない」


「その武器を、お主達に与えよう」

「武器をだと?」

「そうだ。彼らと同じ武器をお主達に与えよう。ならば、勝てるのだろ?」


 長老の目が王子を値踏みするように光った。相手を疑う事が少ない彼らだが、その彼らにして王子の言葉に慎重にならざるを得ない。


「お前達の都合よく俺達を戦わせたいだけではないのか」

「当たり前だ。何の特になりもせぬのに、やる訳がなかろう。だが、私達とお主達の利害は一致するはずだ。私達が一方的にお主達を利用するのではない」

「だが、お前達がその約束を破ればどうなる」

「与えた武器を返せとは言わぬ。お主らとて返す気はなかろう。私達が約束を違えたと見たなら、今度はその武器で私達と戦えばよい」


 その言葉に、長老は更に王子を値踏みする。


「お主達は、奴隷の身から抜け出す道を得たはずだ。その道を進まず奴隷に留まるならば、それこそ自ら奴隷になるのではないのか」

「嫌な事をいう男だ」

「だが、事実だ」


 あからさまな挑発だ。だが、タランラグラの戦士の心には響いた。


「武器は貰う。お前達が約束を違えたならお前達とも戦う。それで良いのだな」

「ああ。かまわん」


 長老が王子に視線を向けた。王子がそれを受け止める。お互いの真意を探るように視線が混じりあう。それは長く続いた。長老が不意に言った。


「ならば、お主に部族の女を嫁にやろう」


 王子を仲間と認めたらしい。争っていた部族の和解の印に嫁を貰いあう習慣があった。


「……気持ちだけ受け取っておこう」


 差別をする気はないが、実際に何から何まで違い過ぎる。外交という面で見ればありがたく受け取るべきなのであろうが、妻にという女性の身になって考えても、ランリエルの後宮に来たところで幸せになれるとは思えない。もっとも、長老はタランラグラの外の世界がどのようなものか知らず、そこまでは考えてはいまい。


「良く子を産む良い女だぞ」

「……妻ならもういる」


 確かにサルヴァ王子にはアリシアが居るし、正式な妃でなくとも後宮の寵姫達を妻と呼ぶ事もある。そしてセレーナ。


「もう1人くらい居ても良かろう」

 長老は王子が気に入ったのか食い下がる。


「30人ほど居るので十分だ」

 確かに寵姫はそれくらい居た。


「そうか。お前は好色なのだな」

 長老は少し呆れた顔だ。


 ついにウィルケスが噴出した。この後、サルヴァ王子にかなり睨まれたと、彼は親しき友人に語ったという。


 この会談の決定は、1ヶ月をかけて密かにタランラグラ全土に伝えられた。それを待ちサルヴァ王子は軍勢を出発させたのだ。船に満載していた武器と防具を載せた荷駄を大量に引き連れての行軍である。


 ランリエル軍が近づくとバンブーナ兵は砦に篭った。戦いの最中に裏切る可能性を考えタランラグラ人は入れない。監視も居なくなったタランラグラ人達は、ランリエル軍が置いていった荷駄に群がり装備を身に着けた。男ばかりではなく女達もだ。この過酷な地に住む女である。並の男に劣らぬ腕力と勇気を有していた。その数は4万を越えた。


 ランリエル軍が通り過ぎた後、タランラグラ人も居なくなっていたがバンブーナ軍は気にも留めなかった。ランリエルとタランラグラ人が手を組んだのを彼らは知らない。3万の軍勢がやってくれば逃げ出して当然だ。そしてバンブーナ軍も各砦の軍勢を集結させ後を追った。そしてそれを確認した、ランリエルの船内に隠れていた3千の軍勢が、更にその後を追ったのである。


 屈強なタランラグラ人だ。甲冑を身に着けてもその足は速かった。サルヴァ王子が率いるランリエル軍を追い抜き先行した。そして、彼らの得意とする身体中に土を塗り地面に潜む技を甲冑ごと行い、夜の内に地面に隠れていたのだ。


 数万もの人間が地面に横たわっているのだ。いくら保護色であろうと近づけば一目瞭然。だが、この斥候を放つ必要すらない見通しの良い大地がバンブーナには仇となった。しかも、目の前には見落としようがないランリエル兵が居る。皆の意識はランリエル兵に集中し、地面など風景としか認識していなかった。


 勝算ありと見た直後のこの状況の変化に、バンブーナ王国軍総司令チュエカがまず考えたのは、どうすれば自分が生き残れるかだった。いや、それ自体は簡単だ。逃げれば良いのだ。


 もし砦の兵を動かせばサルヴァ王子の策に嵌るならば、その標的は砦の兵のはずだ。逆ならばバンブーナ本陣が標的。そして、バンブーナ本陣には自分がいる。ならば兵を動かすべきである。


 つまり、どちらとも取れる状況で、自身の保身を目論んだ。それは良い。しかし現状は、確かに自分の命は助かりそうだが、大敗は免れそうもない。チュエカは傍らに立つ副官に目を向けた。


「前の戦いはナサリオ殿の責任として不問にされたが、流石に今回も負けては首か? それどころか処罰されかねんか?」

「え、ええ。その可能性はあります」

「だろうな」


 ここで生き延びても、本国に戻れば処罰されるのでは意味がない。何せこの戦いは額面通りバンブーナの戦いではなく皇国の代理戦争だ。それが大敗。処罰とは処刑を意味する。下手をすれば自身だけではなく一族にも及ぶ。


 ま、仕方がない。やるか。

「はっ!」


 掛け声とともに、愛馬の腹を蹴りチュエカが駆け出した。周囲の者達が後を追えぬほど突然だ。隊列を越え本陣から一騎駆けた。その光景にランリエル軍も戸惑った。


「一騎だけ突っ込んでくるぞ?」

「軍使か何かか?」

「軍使なら目印の旗を掲げているはずだが……」


 その間にもチュエカは駆け続けランリエル軍の矢の射程に入る。射てよいのかと弓兵達が顔を見合わせ、次に弓隊の士官に目を向けるが、士官にも判断出来ない。


「バンブーナ王国軍総司令チュエカと申す! ランリエル王国軍に降伏いたす! お主達も武器を捨てよ!」

 最後の言葉は馬首を返し自軍へと向け、自らの剣を捨てた。


「早いっ!」

 ウィルケスが思わず声を上げ、サルヴァ王子も意外そうだ。確かに勝算がない以上は戦うのは無駄死にであり、英断と言えば英断だ。しかし、それにしても早過ぎる。


 戦いが始まる前の降伏にランリエル兵以上にバンブーナ兵が唖然とする。だが、自軍の総司令が軍を離れてしまっては戦いどころではない。武器を捨てはしなかったが、前進も出来ず呆然と立ち尽くした。


 そしてチュエカは再度ランリエル軍へと駆ける。矢の射程どころか歩兵の槍衾も目前である。今度は歩兵達が戸惑った。敵を防ぐ槍衾とて隙間なく続いているのではない。各隊の間には自軍の騎兵が突撃できる程度の隙間がある。そこにチュエカが駆け込んだ。


 敵とはいえ総司令を名乗る者だ。しかも僅か一騎で武器もない。何も出来るはずがなくサルヴァ殿下の元に跪きに行くのだとランリエル兵達は見逃した。そしてならばと、気を利かしたランリエル騎士が追い掛ける。


「サルヴァ殿下ならば、こちらにおわす!」


 そう言って案内しようとしたが、この親切なランリル騎士の心遣いは無用だった。


「後方のバンブーナ兵にも降伏を伝えねばならぬ故、通らせて貰う!」


 なんとランリエル軍の総司令たるサルヴァ王子を無視し駆け続けた。ランリエル本隊を駆け抜けると、後方のバンブーナ兵と対峙するランリエル軍後衛にも飛び込んだ。自軍から一騎駆けてくる者が敵の総司令とは夢にも思わず彼らもチュエカを素通りさせた。


 そして味方の矢の射程に入る直前で手綱を引いた。ここで味方にまでランリエル騎士と間違われ射殺されては馬鹿馬鹿しい。


「総司令のチュエカだ! 我が軍は降伏する! 武器を捨て投降せよ!」


 その声に、今度はランリエル軍後衛とそれと対峙するバンブーナ兵が動きを止めた。これで戦いは終わりなのか? ランリエル兵もバンブーナ兵も立ちつくす。だが、チュエカ降伏宣言など知った事ではない者達もいる。


「うぉぉぉっ!」


 敵を前に耐えきれなくなったタランラグラ人が、女達まで雄叫びをあげ、左右からバンブーナ兵に襲い掛かった。実際、彼らのところまでチュエカの声は届いていなかったのだが、たとえ聞こえていたとしても散在圧政を行ってきたバンブーナ兵だ。今更、降伏しても許してやる気などさらさらない。


 襲われたバンブーナ兵も、この状況では武器は捨てられない。左右から挟撃されたバンブーナ兵と隊列もままならないタランラグラ人。たちまち乱戦となった。バンブーナ兵の洗練された剣を甲冑に受けながらタランラグラの戦士が体当たりで突き倒す。他の者が頭を蹴り飛ばし首をへし折った。


 尋常な隊列を組んでの戦いならばバンブーナ兵の圧勝だ。だが、乱戦においては個々の武勇、そして勢いがものをいう。鋭利な長剣を棒切れのように無茶苦茶に振り回し、勢いに飲まれたバンブーナ兵に、甲冑が行き渡らなく身軽なタランラグラ人が駆け寄り蹴りを入れた。倒れたところを飛び掛り止めを刺す。一人殺す度に雄叫びを上げ、それが更にバンブーナ兵を脅かす。タランラグラ人は荒れ狂う炎となり猛威を振るう。


 しかも、チュエカの声が聞こえていなかったのはバンブーナ兵の後方を遮断するランリエル兵も同じだ。本陣からの突撃の合図がなく動きかねていたが、バンブーナ兵とタランラグラ人との戦いは激しさを増していく。やむを得ぬと攻撃を開始した。三方から攻められバンブーナ兵が一方的に数を減らす。壊滅状態だ。


「武器を捨て、前方のランリエル軍に逃げ込め!」


 チュエカが更にバンブーナ軍に近づき叫んだ。タランラグラ人は彼が何者なのか理解できておらず、襲われずに捨て置かれている。


 ランリエル側の承諾なしの一方的な降伏宣言に戸惑うランリエル兵だったが、武器を捨て駆け込んでくるバンブーナ兵を討つのも躊躇われた。チュエカがサルヴァ王子が居る前衛から駆け出して来た事もある。連絡が遅れているだけで、サルヴァ王子の承諾を得ているのかと考えた者も多かった。


 しかし、既にタランラグラ人と矛を交えている者は武器を捨てられず、背も向けられない。取り残されて討たれ、結局、1万以上のバンブーナ兵がタランラグラ人の手によって命を落とした。中にはタランラグラ人に降伏を申し出る者もいたが、それは許されなかった。今まで虐げていた者達だ。それは命によって償わなくてはならない。


 ランリエル兵3千も参加したとはいえ、戦っていたのはほとんどタランラグラ人だ。彼らがバンブーナ軍を打ち破った。タランラグラの戦士達は吼え、大地を揺るがした。

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