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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
233/443

第143:戦士の矜持

 タランラグラ人はバンブーナ軍に降伏し、総司令チュエカはそれを受け入れた。


「私達は、対ランリエルの拠点としてこの地が欲しいだけだ。お前達が逆らわぬなら、命まで奪おうとは思わない」


 タランラグラの男達はランリエル軍を防ぐ為の砦の建設に使役された。女達は動労は免除されたが、今まで男達と共に行っていた食料集めを女達だけでさせられた。バンブーナ軍にタランラグラ人に食料を分け与える余力は無い。彼らに自給自足させるのが一番である。


 もっとも、彼らの生活の糧である石を積み上げた畑も粗末な筏もバンブーナ軍に破壊されている。当面の食料は与えられたが、それも僅かだ。男達ですら大変な畑作りを女達は足元をふらつかせながら石を積み上げた。砕けた筏も綱で繋ぎ何とか沈まぬ程度に作り直した。男達でも過酷な作業に女達に疲労の影が濃い。


 男達も過酷である。タランラグラ人の住居を見て感心した総司令のチェスカが、砦建設にもその手法を取り入れたのだ。


「まず本国から持って来た資材で柵を作り、それを土で覆い塩水をかけて固めるのだ」


 柵だけでは心もとない。石造りにしたいところだが、ランリエルの襲撃に備えるならば工期は短ければ短いほどよく、石を切り出し積み上げる時間はない。その点、タランラグラ人の方法は強度に優れ工期も短く、雨の少ないこの地に適していた。


 男達は海水を汲みに何度も海まで往復させられた。初めは塩水を満たした樽を転がして運んでいたが、海岸からの長い道のりに樽が耐えられず途中で壊れてしまい、それからは持ち上げて運ばされたのだ。


 海水を満たした樽に丸太を括り付け4人がかりで持ち上げた。海水を満たした樽は重かった。丸太が肩にめり込み深いへこみを刻む。それは夜になっても取れず、痛みに腕が上がらなくなった者もいた。


 家族と暮らすことすら許されず、夜はバンブーナ人に見張られた敷地内で地面に横たわる。皆、初めは屈辱に耐えていた。だが、日が経つにつれ、過酷な使役に疲れ果て思考を奪っていく。


 これが奴隷というものか。ヤスフェは地面に寝ながら、自身の腕を抱きしめ爪を立てた。激痛に顔が歪み血が流れる。覇気を失っていく仲間達。


 過酷な労働だけではない。その生活に心が蝕まれていく。何も考えず、日々命じられた労働を行う。飯を食い、夜になれば寝る。考える余裕、いや、必要が無い。過酷な労働。そして考える必要のない生活。屈辱に燃える心が薄れていく。


 更に爪を立てた。激痛が増し歯を食いしばり耐える。


 俺は、忘れぬ。俺は、タランラグラの戦士だ。奴隷ではない。この痛みを感じる間は、奴隷ではないのだ。


 流れた血が地面に滴った。



 バンブーナ王国軍にタランラグラ人が降伏。その地を制圧した。総司令府の執務室でその報告を受けたサルヴァ王子は静かに目を閉じた。


 現在も、ランリエルはタランラグラ北部の上陸拠点を1万の兵で維持している。そこから、バンブーナがタランラグラ南部から上陸したのは報告を受けていた。それでもサルヴァ王子は動かなかった。


 もし、バンブーナ軍がランリエルの拠点を攻撃する構えを見せるならば、援軍を派遣する体制は整えているが、バンブーナも現時点でランリエルと矛を交える気はないのか、攻撃を仕掛けてこない。広大なタランラグラの1点をランリエルが維持し、他をバンブーナが支配。そのような状況となった。


 先にタランラグラに上陸しながらバンブーナに先を越される。皇国軍を打ち破り名声の頂点を極めたと見えたサルヴァ王子だが、この失策には流石に批判が続出した。


「バンブーナ軍上陸の報告を受けた時、すぐにこちらも奴ら以上の兵を増援すべきだったのだ。それをむざむざ敵に取られるとは」

「しかも、タランラグラ人を使い、既に各地に砦を建設し始めていると聞くぞ。このままでは、奪い返すのが困難となる」

「サルヴァ殿下は、なぜ動かぬのだ」


 彼らが言う通り、サルヴァ王子はバンブーナがタランラグラを制圧したと聞いても軍を動かさなかった。表向きは警戒を厳重にせよと命じただけだ。だが、裏の向きがあった。


 サルヴァ王子の手は、彼らが考えるより遥かに狡猾、いや、悪辣というべきものだった。襲撃され亡くなったジュリオの代わりに任命したクレルドに、ある任務を与えていた。


「我らが失敗しバンブーナが上陸してきた。彼らは必ずや先んじてタランラグラを制圧しようと躍起になるはずだ。それには、武力で押さえつけるしかない。タランラグラ人との戦いになる」

「そこを、タランラグラ人の味方しバンブーナ軍を追い払うのですな?」


「いや、そうではない。バンブーナにタランラグラを制圧させるのだ」

「なんですと!?」


 ランリエルがタランラグラを制圧する為に出兵したのではなかったのか。皇国側に制圧されてはランリエルの危機ではなかったのか。


「はっきり言おう。我らの目的はタランラグラ人を救う事ではない。タランラグラ人と手を組む事だ。タランラグラ人をバンブーナから救った挙句、次に我らが彼らと敵対しては本末転倒だ。恒久的に彼らと手を組むには、彼らから手を差し出させるしかない」


 王子の策は、いわば女の気を引く為、暴漢に襲われているのを一度は見逃し、その後に助けて恩人顔をする詐欺師のそれである。真に相手を思いやるならば使う手段ではない。だが、サルヴァ王子はランリエルの総司令であり王子である。タランラグラをランリエルの勢力圏に入れる。敵対せずに協力する。その為の最も効率が良い手段をとる。争わずに済むならばそれがタランラグラ人の為でもある。自分の心すら意図して欺く。


「バンブーナ軍の目と鼻の先に我らの軍がいるのだ。奴らの本性が慈悲だろうと無慈悲だろうと、我らに介入させる前にタランラグラを抑えたければ、武力による制圧と圧制しかない。その圧制の不満にタランラグラ人から我らに協力を求めるように誘導するのだ」

「なるほど」

「初めの接触は我が方からするしかない。信頼出来る者を選び彼らの村に向かわせ信頼を得るのだ。お主自ら動く時は慎重になるのだぞ。ジュリオに続きお主まで失う訳にはいかぬ」


 クレルドは神妙に頷いた。彼にとってもジュリオは親しい友人だった。その友人を殺したタランラグラ人と手を組む。心中穏やかではなかったが、任務の前に私情は禁物だ。王子の命令通りタランラグラ人に密かに接触した。


 バンブーナ軍の進撃に逃げ惑っていたタランラグラ人だが、その中でもランリエルの拠点近くにあった村は襲撃を免れていた。他の部族が逃げていると聞き、つられるように彼らも逃げたもののバンブーナ軍は彼らを追っては来なかった。そして恐る恐る村に戻ってみても村は元のままだ。ランリエルを警戒するバンブーナ軍が、襲撃対象から外したのだ。


 その村に、クレルドは慎重に近づいた。部下に命じ、彼らの村に向かって遠くから手を振らせるところから始めた。そして村人が気付けば慌てて逃げる。翌日はもう少し近づき手を振り、村人が気付けば逃げる。それを繰り返した。


 人は、向かってくる者は恐れるが、逃げる者は恐れない。ある日、ついに村から数名の男達がやって来た。甲冑は身に着け腰には剣を下げているものの兜は被っておらず両手をあげ武器を手にしていない事を示す。男達は更に近寄り騎士を囲んだ。


「お前は何者だ。なぜ俺達の仲間の村を襲った」


 聞きなれぬ訛りだが、とりあえず言葉は通じるらしく安著した。だが、やはりというべきか、彼らにランリエル兵とバンブーナ兵の区別は付いていなかった。


「俺はその者達の仲間ではない。俺達とそいつらは敵同士なのだ」

「だが、お前達は同じ姿をしている」

「俺達にもお前達の見分けはつかないが、お前達にも色々な部族があるのだろう。お前達を襲っている者達と俺達は違う部族だ」


 正確な表現ではないが、今は勉学をしているのではない。正しいかより、感覚的な分かりやすさだ。騎士も予備知識として彼らが複数の部族からなるのを知っていた。


 騎士の言葉に男達は、そうなのか? と驚いた。男達は何やら相談していたが、しばらくすると騎士に向いた。


「それでお前は何をしに来たのだ?」

 今更ながらだが、もっともな疑問だ。

「俺達の長老が、お前達の長老と話がしたいと言っている」


 俺達の長老とは、無論、クレルドの事だ。


 騎士の返答に男達はまた相談を始めた。そして、明日のこの時間にまた来いと言い残して村に戻って行った。


 翌日、騎士が同じ時間に同じ場所で待っていると、男達は約束より少し遅れてやって来た。


「長老が、何の為に会いたいのかと言っている」

「お前達の仲間を襲った者達についてだ」


 男達は相談を始めた。そして、明日のこの時間にまた来いと言い残して村に戻って行った。


 翌日、騎士が同じ時間に同じ場所に向かうと、男達は先に来ていた。


「長老が会うと言っている。だが、お前達の長老とではない。まず、お前に会うと言っている」

「それでも構わない。会わせてくれ」

「よし。それでは、明日のこの時間にまた来い」

「分か……」


 言いかけた騎士だったが、ふと疑問が過ぎった。


「今からでは駄目なのか?」

「構わない。ならば付いて来い」


 あっさりと言い、背を向け村に向かって歩き出した。男達を追いながら騎士は思った。やはり、この者達とは、時間の概念が違うらしい。


 誇り高い戦士達が故に1人で来る者を恐れず長老には会わせてくれたが、奴隷にされた歴史を持つ彼らである。疑い、簡単には信じない。何度も話し合った。逆にタランラグラの戦士をランリエルの拠点まで連れて行き、村を襲撃する気があるならば簡単だとも言ったが、それはむしろ彼らを警戒させ失敗だった。


 そうして、進んでは後退する交渉を重ね長老とクレルドが面会するところまで漕ぎ付け、なんとかバンブーナに制圧されている地域の部族の長老と会う手はずを整えてくれた。現在、バンブーナが制圧している地域の部族の者達は砦の建設などに酷使されているが、長老はその名の通り老人である。村人達の抵抗を受けてまで働かせてもそれほど役に立つとも思われず労働は免除されていた。それを同じく労働を免除されている女が付き添い、夜に村を抜け出して来たのだ。


 こうして集まった長老は13名。タランラグラ全体では数十の部族と数百の村があるらしくあまりにも少ないが、贅沢はいえない。遠くの村の者達は集められず、これだけ集まっただけでも良しとすべきだ。


 腰にぼろ布を巻いただけの長老達。それだけなら良いのだが、その後ろに座る女達も同じ格好だ。乳房を露にする女達を前に、少し気まずく思いながらクレルドは彼らの前に座った。


 クレルドの正面に座る老人が、他の長老達のより僅かに前に座っている。長老達の中にも格付けというものがあり、彼が代表という扱いらしい。白く長い蓬髪で顔は皺だらけだが、その下の身体は顔よりも二回りは若い男のように肌に照りがある。バンブーナ兵との戦いで受けた新しい傷が、そこかしこに刻まれている。その傷は足にも及び、座る時、僅かに足を曲げにくそうにしていたのを思い出した。


「私達の部族と、貴方達を苦しめている部族は敵対しているのです。そして私達と彼らは別のところで戦い私達が勝ったのです。すると彼らは、今度はこの地に進み我らに戦いを挑もうとして来た。その為に、私達はこの地にやって来ました。誤解があり貴方達と若干の諍いもありましたが、私達に貴方達への敵意はありません」

「だが、奴らよりお前達の方が先に来たではないか」


 やはり、口を開いたのは正面の長老だ。声にも張りがある。もしかすると、顔が老けているだけで、身体相応の年齢なのかも知れない。


「それは彼らがのろまだからです」


 事実はそうではなく、ランリエルが先にこの地を押さえに来たのだが、それを馬鹿正直に言う必要は無い。それに大きな視点で見れば、タランラグラの重要性に気付くのが遅れた皇国側がのろまだと言えなくもない。


「それでは、お前達の戦いに巻き込まれたというのか」

「そういう事になります」


 だから、手を組んで奴らを追い出そう。とはまだ言わない。それは、彼らから言わせるべき台詞である。


「私達の戦いに巻き込み、貴方達が彼らに虐げられているのに、私達は心を痛めているのです」

「そう思っているならば、とっとと奴らを追い払え」


 一応は、彼らからの要請ではあるが、まだ弱い。追い払え、ではなく、手を組もう、と言わせたいのだ。


「一度彼らに勝った私達です。彼らを追い払うのは造作もありません。ですが、彼らは何度もやってくるでしょう」

「そのたびに、ここが戦場となるのか」

「そうなります」


 そうなりたくなければ、タランラグラ全土にランリエルの砦を築き防衛体制を整えなくてはならない。その為にはタランラグラ人の協力が必要なのだ。そして、彼らも自分達の生活の場を戦場にはしたくないはずだ。


「どうすれば、それを防げる」

「我らだけの力では難しい」


 だから貴方達の手が必要なのだ。言外のこの台詞に長老も気付いたのか眉がピクリと動いた。だが、口は動かさない。無言で見詰めてくる。クレルドも口を動かさない。


「水を」


 やっと口を開いた長老がそれだけ言った。


 水は、どうやら石を削って窪みを作ったらしき器に注がれてやって来た。一瞬躊躇したが、他の長老達も飲んでいるのを見てクレルドもそれに倣った。


「ごほっ!」


 むせるクレルドに、長老達はつまらない物でも見るように視線を向ける。馬鹿にしている訳ではないが、この程度でという思いはある。


 クレルドは、慌てて腰から下げた水筒から水を飲み荒い息を整えた。


「これは……塩水ではないですか?」

「それがどうした」


「いや、それがって……」

「水を飲みたかったらお前達は井戸を掘るのだろう。だが、ここはどこを掘っても出てくるのは塩水だ。真水が飲みたければ雨水を溜めるしかない。だが、雨が降るのも稀だ。いつも塩水を雨水で薄めている。ここじゃ真水がご馳走だ。雨の日には、子供が口を開けて雨水を飲んどるよ」


 長老はそう言って器に残った塩水を一気に飲み干した。


「俺達はそうやって生きてきた」


 長老が器を置く。


「お前は、今俺達が作らされている物を、今度は自分達の為に作れと言うのだろう」

「確かにそう言われればそうですが、私達は彼らのように貴方達を酷使したりはしない。ちゃんと報酬を支払い、貴方達の生活を脅かしたりもしません」

「だから、自分達と手を組んだ方が、俺達の為だと言いたいのか」

「そ、そうです。私達と手を携え奴らを追い払いましょう」


 やっと長老から、手を組むとの言葉を引き出したものの雲行きが怪しい。


「だが、お前は間違っている」

「間違っている?」


「それでは、奴らとお前達が変わるだけだ」

「いや、ですが、私達は貴方達の労働に対して正当な対価を支払うと言っているのです。貴方達を奴隷扱いしている彼らとは違う」


「俺達を奴隷ではないというならば、俺達に強制するな。俺達に、その砦とやらを作らせるなら奴らと同じだ。お前が言っているのは、奴らは悪いご主人様だから、代わりに自分達が良いご主人様になってやるという事だ」

「貴方達の主人になるなんて、考えていません。それに、今より暮らしが良くなるのですよ。それのどこが駄目だというのですか」


「お前は、俺達が望んで奴隷になったと思っているのか」

「まさか、そんな事は思っていません」


「そうだ。俺達は望んで奴隷になったのではない」

「だからこそ、我らと手を組み、彼らを追い出そうではないですか」

「お前達に従えば、俺達は望んで奴隷になった事になる」


 戦い破れ強制的に奴隷とされた。もはや、その強制されたという事のみが彼らの矜持だった。自ら奴隷になれば、それすら失うのである。


「お前には分かるまい」

 長老が静かに言った。

「お前達には分かるまい」

 拳が強く握り締められていた。

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