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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
221/443

第131話:三死一殺

 ランリエル勢は敗北した。その切っ掛けとなったバルバール軍の撤退は、追撃させ伏兵で敵を殲滅する為の策であったが、皇国軍は深追いせず。それによって、ただの敗北に成り下がった。


 そして被害も少なくはなかった。確かに皇国軍は深追いはしなかった。だが、追撃が皆無だった訳ではない。多くの兵が討たれ、逃げ出しそのまま戻ってこない兵も居る。


 皇国軍から見れば、ランリエル勢の戦いは無様。その一言に尽きる。サルヴァ王子の極限まで耐え敵の戦線を崩壊させようとの必死の指揮。ディアスの裏切りと見せかけた伏兵。そのすべてが、こちらは普通に戦っているだけなのに、相手が何やら勝手に騒いでいる。皇国軍から見ればそれだけの事なのだ。


 数で劣る者が勝る者に勝つには、隙を突くしかない。しかし相手は隙を見せるどころか、強引に相手に隙を作らせようとした挙句にこちらが隙を作る有様だ。


 戦場と想定した場所は、もし皇国軍が予想よりも早く行軍してくる事も考えボルガル平原以東にも十数ヶ所あった。大軍勢が進める道など限られており、当然それは皇国軍の進路にも沿っている。そのそれぞれをランリエルから運ばれてくる物資の集積地点としていたのだが、ランリエル勢はその1つであるエルクートに改めて陣を敷いた。


 本陣に各国の総司令達が集っていた。その表情は一ように厳しい。次に同じように戦っても同じように負ける。それは全員が分かっていた。ならば、どうすれば良いのか。


 敵は本陣を十分な戦力と共に後方に置いた。敵に気付かれぬ程度の別働隊では太刀打ち出来ない。わざと敗走し敵をおびき出して伏兵で討とうにも敵は深追いしない。ならば奇襲か。だが、誰もそれを口にしない。


 作戦の失敗は許されるが索敵の失敗は許されない。そのような言葉すらある。作戦の成否は相手があるものだ。だが、索敵はやるか怠るか。それしかなく、やらなかったは許されない。敵軍が敗走しても深追いをしない徹底した用心をする彼らが索敵を怠るはずがなかった。


「こうなっては、不退転の覚悟で正面から戦うしかなかろう」


 勇猛でなるベヴゼンコが言ったが、それは自身の武勇に頼ったものではなく、本当にそれしかないと考えているようだ。


「確かに全軍がコスティラ兵ならば、それも可能かも知れませんな」


 皮肉半分、賞賛半分に言ったのはギリスだ。全軍コスティラ兵ならば確かにそれが可能かも知れない。


 星の数ほどある戦いの歴史の中には、相手より数が少なく戦死者も多いにもかかわらず勝ったという例が無いではない。当然、戦い続ければ数が少ない方が消滅し、多い方は残る。理屈ではそうだ。だが、殺しても殺しても向かってくる敵に恐怖した。本来なら、このまま戦えば数が多い方が残る。しかし、自分は死ぬかも知れない。まず1人がそう思い、いつしか全員がそう考えた。結果、数が多い方が敗走したのだ。コスティラ兵ならば2倍の敵にそれが出来る可能性がある。彼らの勇猛は、その希望を抱かせるに足りた。


 だが、現実にはコスティラ兵は全軍の一部でしかない。


「このまま守りを固め続け敵の撤退を待つのはどうですか? 敵は100万を号する大軍。それだけに補給は困難。持ち堪えていれば敵は撤退するでしょう」


 いつも寡黙なベルヴァース王国軍総司令テグネールが珍しく口を開いた。守りに定評がある彼らしい意見だ。


「それはどうでしょうか。いざとなれば皇国軍は略奪し補給を補うでしょう。遠くから物資を運ぶ我らよりその負担は軽い」


 言ったのはバルバール王国軍総司令ディアスである。


 動く軍勢は略奪するが、止まった軍勢は略奪しない。いや、出来ない。軍勢が来れば近隣の住民は持てるだけの物を持って逃げ出す。軍勢が動きを止め陣を敷いてはなおさら逃げる。しかも、敵と対峙していては遠くに略奪にも行けない。今のランリエル軍は略奪したくても出来ないのが現状だ。


 しかし、皇国軍は自由に動ける15万の本陣がある。今のところ、ケルディラは討伐対象ではないと略奪を控えているが、自軍が飢え始めてもそれを守る慈悲深さは皇国軍にはない。確かに100万を号する大軍を支える食料は膨大だが、さすがにケルディラの人口はそれを上回る。ケルディラの食料は根こそぎ持って行かれるのだ。


 いや、この大陸を支配する皇国だ。ケルディラ王家に’命じる’事も考えられる。ならば皇国軍に補給の心配はない。


「守り続けても、飢えるのは我らという事か」


 王子が低く唸るように言った。総司令達は返事も頷きもしない。それすら必要のない事実だった。


「奇襲は成功せず、伏兵は相手が追ってこない。ならば目の前の大軍に打ち勝つしかない」


 やはり総司令達は微動だにしない。だが、勝てる訳がない。その言葉が後ろに付くのが分かり切っていた。それは彼らが臆病なのでも敗北主義者なのでもなかった。勇敢であり有能だからこそ現実を直視した。敵は本陣15万を切り離しているとはいえ、それでも60万を超える大軍。勝機は薄い。


 長い沈黙の後、ディアスが口を開いた。


「強引にでも皇国軍本隊だけを狙えないでしょうか?」

「本隊だけをだと?」


 ベヴゼンコとテグネールが目を向けた。ギリスは俯いたままだ。


「皇国軍は弱くそこを狙えば勝てるなどと言うのではありません。ですが、今日の戦い、皇国軍は衛星国家の軍勢のみを戦わせていました。自軍の消耗を嫌っているのかも知れません」

「しかし奴らも軍人だ。戦場まで来て死ぬのが怖い訳ではなかろう」


 ベヴゼンコは、サルヴァ王子は別として他の総司令達を同僚と見ているようだ。口調はぞんざいである。


「それはそうですが、士官には貴族達も多いはず。彼らが戦死するのは避けたいところ。今まで皇国軍が相手にして来たのは、皇国軍が来ると聞けば戦わずに逃げ出す者達ばかりでした。それだけに自分達に多くの犠牲が出るとは考えてはいないでしょう」

「割に合わぬ。皇国にそう思わせる訳か」


 サルヴァ王子が言い、ギリスがやっと目を向けた。


「勝てぬまでも相手の戦意を削ぐ為に戦うのですな」

「そうです。もっとも言うは簡単ですが……」

「何なら俺が強引に道を作ってやっても良いぞ」


 ベヴゼンコが言い放ったが、ギリスとディアスは目を伏せ小さく首を振った。ベヴゼンコとて総司令にまでなった男。彼なりの考えがあっての発言なのだが、その基準がコスティラ人を元にする為、他の者がついて来れない。


「確かにコスティラ軍ならば強引に皇国の隊列に風穴を開け突破し皇国軍本隊を突けるかもしれんが、その後、退路を断たれれば袋の鼠だ。いくら皇国軍本隊に損害を与えてもこちらが全滅してしまっては敵は引かぬだろう」

「しかし、衛星の奴らが前に立ちはだかっとるのです。他に手はありますまい」


「分かっている。それにだ。ただでさえ劣勢な上に強引に皇国軍本隊のみを狙うならば、今日以上の無理をせねばなるまい。皇国兵1人倒すのに我が方の兵、2人、3人を失わねばならぬのではないのか?」

「そうです」


 ディアスが短く答え、他の者達も王子を見る。その視線は作戦を肯定していた。だが、敵を1人殺すのにこちらは3人死なせる。そのようなものが作戦と呼べるのか。


「30万を失う代わりに10万を殺すのです。10万も失えば皇国軍も撤退するでしょう」

「馬鹿な。だいたい30万もの兵を失えば軍は瓦解するぞ」


 軍勢の3割を失えば軍事的に壊滅、全滅とも呼ばれる。指揮系統がずたずたとなり軍隊として機能しなくなるのだ。そして40万に届かぬランリエル勢が30万もの兵を失えば損害は7割を超える。


「瓦解させないのが全軍を統括する貴方の役目です。勿論、我らも自らの軍勢は纏めます」

「しかし、30万を死なせるだと?」

「皇国軍に領土を蹂躙されれば30万ではすみません」


 理屈ではそうだ。ランリエルだけではない。5ヶ国の民が蹂躙される。100万でもきかぬかも知れない。そして100万が死ぬより30万が死ぬ方がマシ。簡単な数式だ。


 だが、人の命は数字なのか。


「他にも何か手があるはずだ」

「では、その手とやらをお教え下さい」


 冷たく言い放った声の主は、意外にもテグネールだった。既に老齢に近く黒かった髪も白い物が増えてきた。口髭も所々白く、その中の口がゆっくりと動く。


「私は、やれと命じられた事をやるしか能がない人間です。貴方がたのような優れた武勇も知恵もありません。ですが、ベルヴァースを守る。その想いで出陣してまいりました。それだけは決して貴方がたにも引けを取るとは考えておりません。兵達も同じでしょう。相手は攻めた国を滅ぼすという皇国軍です。逃げれば国に残してきた家族が蹂躙される。兵達は最後まで戦ってくれるでしょう」


 テグネールの言葉が、過分に願望に沿ったものなのは否定出来ない。だが、それでも根拠無き妄言ではない。逃げても死ぬならば愛する者だけでも助けたい。そう考える者は少なくはない。


「問題は殿下。貴方にその覚悟があるかです。如何に兵達がその覚悟を決めても、上に立つ貴方にその覚悟が無ければ兵達は揺らぎます」


 自分とてその覚悟はある。アリシアは死なせない。どうせ2人とも死ぬならば。では無い。自分が死ぬ事で彼女が死なないならば死ぬ。偽りのない王子の心だ。


 しかし、自分がそうだからと他者にもそれを強いるのは正しいのか。いや、テグネールは兵達もその決意だと言っている。確かにそうなのだ。ならば、それが兵達の意思か。


「殿下。私とて無駄に兵を死なせたいのではありません。ですが、今はそれが必要なのです」

「ランリエル軍は何の為に存在するのですか。ランリエル王国とその民を守る為にあるのではないのですか。ランリエル軍を守り、その挙句に国と民を失うなど本末転倒です」

「奴らを1人でも多く殺し、自分達が相手にしているのは羊の群れではなく、獣の群れなのだと思い知らせてやれば良いのだ。そうすれば奴らも目が覚めるだろう。我らを殺しに来る者を殺すだけの事。何を躊躇するか」


 ギリス、ディアスが言い。ベヴゼンコに至っては、ついに王子を相手にこの口調だ。


 まともに戦えば勝てるはずが無い。だが、その敗北をそのまま受け止める訳には行かない。いや、敗北を受け止め、その中に活路を見出すしかない。


「分かっている」


 だが、決断出来ない。


 苦渋の表情を浮かべる王子に、普段は温厚にも見えるディアスの目が冷たく光る。


「サルヴァ殿下。貴方はバルバールを攻めた。皇国のように滅ぼす積もりは無かったというでしょう。ですが攻めた。今更、善人にならないで頂きたい」


 そして攻めたのはコスティラも同じ。先に攻めたがカルデイもだ。サルヴァ王子によって独立国家が乱立し国土はずたずたになっている。ベルヴァースも弟を送り込まれ傀儡とされんとした挙句、ランリエルの仲間として皇国に目を付けられた。全てサルヴァ王子が元凶だ。


 もし皇国がランリエルのみを討伐対象としていれば、彼らは間違いなく矛を逆さまにしている。今、ランリエルと共に戦っているのは熱い友情のたまものではなく、皇国が自分達も討伐の対象としたからだ。それ以上でもそれ以下でもない。


 サルヴァ王子が彼らを巻き込んだのだ。それを、したくないからしない。それで更にその国々を窮地に陥れようというのか。総司令達からすれば、何を寝ぼけた事を言っている。その言葉が視線となって王子に突き刺さる。


「殿下。ご決断を」


 誰が言ったのか。この時のその記憶がサルヴァ王子にはなかった。4人の総司令。その凍てつく視線のみを克明に覚えていた。

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