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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
218/443

第128話:ルージ王子の決意

 皇国軍100万の来襲。それが確実となった今、ランリエル勢力側の各国では出兵準備が進められた。ランリエルの所為で攻められるのだ。不満が続出したが、それでも致命的な問題にまでは発展しなかった。それは皇国の今までの所業に起因した。


 皇国軍は国を侵略するのではなく滅ぼす。侵略してくるならばそれに取り入り生き延びる手もあるが、滅ぼしに来る相手に手を貸してどうするというのか。各国は不満を抱きつつもランリエルの元に集結するしかない。


 だが、それでも混乱が皆無ではなかった。特に今回の出兵に対し一番揉めたのはベルヴァースだった。


「どうして我が国がランリエルの支配下と言われねばならんのだ!」

「そうは申しても皇国軍が来るというのだ。それを今更言ってもしょうがなかろう」

「しょうがないですむか!」


 近年のランリエルの動きとは、宿敵カルデイ帝国を降し、次にバルバールを攻め降伏させそのままコスティラまでも征服した。というものだ。ベルヴァースにしてみれば、ランリエルに降伏した覚えも征服された覚えもない。


 だが、ではランリエルと敵対出来るだけの力が有るかといえばそれこそ象と蟻である。事実、ベルヴァース国王夫妻は毎年ランリエルへ訪問に向かうのだ。他者から見れば十分ランリエルの支配下に見える。


 それを認めぬ者と認める者の間で言い争いがなされていた。


 そしてベルヴァースがランリエルの支配下と言われる最大の要因とも言える人物が妻の部屋へと向かっていた。ランリエル王国第三王子ルージ・アルディナである。彼の妻はベルヴァース王の1人娘であり、彼はベルヴァースの次期国王と目されていた。そうなればランリエルの意のまま。ベルヴァースはランリエルの属国となる。他からはそう見える。


 だが、意外にもベルヴァース宮廷内でそれを指摘する者は少ない。ランリエルによるケルディラ出兵時にサルヴァ王子からの要請をルージ王子が頑なに拒み、結局、サルヴァ王子が折れ出兵せずに済んだからである。


 いかにサルヴァ王子とて実の弟が国王となる国は攻めまい。しかしその弟はベルヴァース寄りである。他の者が王女と結婚しベルヴァース王を継ぐよりも、ある意味都合が良いのだ。その為、彼はベルヴァース国民から支持を得ていた。


 その妻は彼と同じく金髪碧眼であり精巧な人形かのような美貌を誇る大陸一の美女である。皇国には女神とも称される美女がいるというが、彼は自分の妻の方が美しいと信じて疑わない。不満があるとすれば、結婚してもう5年にもなるのだから、そろそろ、手ぐらい握らせて欲しいところだ。


 原因があるとすれば、夫として毎日妻の部屋に通ってはいるのだが、それがすべて日中であるという事と、妻から夫への愛の言葉が語られた事が無い。という事だろう。いや、それどころか妻から夫への言葉の大半は罵倒であった。


「どうしてお主は毎日毎日、わらわの部屋に来るのじゃ!」

「どうしてって、僕達は結婚したじゃないか」


 夫が妻の部屋に入った瞬間、妻の罵倒が開始され夫が訴える。


 そのいつもの光景に薄く笑みを浮かべるのは、アルベルティーナ王女お付の侍女長エリーカである。宮廷内では皇国の大軍が来ると大騒ぎだが、この微笑ましい光景を前にそれも忘れる事が出来た。いつまでもこの光景が続けばよい。そうも思う。だが、実際、続き過ぎるのも問題である。


 そもそも貴族、王家の姫君、ご夫人というものは自分1人では何も出来ない。着替えをするのも難しく、不倫をするのにすら侍女の力を借りるのだ。そして王女の身の回りの世話をするエリーカも分かっていた。この夫婦は、いまだままごとなのだ。


 口が悪く自分から折れる事など知らぬ女と、優し過ぎるほど優しく女の意思を尊重し過ぎる男。出会いが良ければ女が主導権を握りつつも上手く行くのだが、出会いで躓くと軌道修正は困難だ。


 なぜか王女に気に入られていると見られ若くして侍女長などという地位に就いたのは良いが、なまじ出世してしまっただけに辞めるのも難しい。かろうじて結婚適齢期の端に引っかかる彼女だが、すでに結婚は諦めていた。王家や貴族の屋敷で出世した女性の多くが辿るように、このまま年老いるまで勤め上げ、その後は年金を貰い老後を過ごすのだ。


 だが、それだけに王女には幸せになって欲しいと思う。自分が人生をかけて仕える相手が不幸せでは堪ったものではない。


 ルージ王子ももう少し強引になられたら良いのに……。エリーカの見るところそれで上手く行く。アルベルティーナ王女が王子に好意を向けても上手く行くが、それは絶対にない。いや、エリーカの見るところ王女は決して王子を嫌いではないのだが、王女がそれを認める事はとにかくない。


 エリーカが暖気にそう考えている間に、妻から夫への一方的な罵倒は思わぬ方向へと向かっていた。


「皇国軍が来るのはランリエルの所為であろう! とっとと頭を下げて謝りに行って来い!」

「謝りになら行ったよ! でも、皇国は駄目だっていうんだ」


「お主の兄が行けばよかろう! そもそもお主の兄が原因ではないか!」

「で、でも、今皇国に行ったら殺されちゃうよ」


「このままでは、こっちが殺されると言っておるのじゃ!」

「そ、そんな……」


 さっきまでの微笑ましい罵倒が、かなり物騒になっている。エリーカは慌てて割って入った。


「アルベルティーナ王女。大丈夫です。ルージ殿下のお兄上でいらせられるサルヴァ王子は当代一の英雄。必ずや皇国軍を打ち破ります。ご心配はいりません」

「英雄と言っても、こやつの兄であろう。きっとどこか抜けておるわ!」


「僕の兄だから抜けてるってどういう意味だよ」

「どうもこうもそのままの意味じゃ! 抜けているのは血筋であろう!」

「ひ、ひどいよ!」


 確かに酷い。エリーカも思ったが、しかし、いつも通りと言えばいつも通りの罵倒。物騒な話から微笑ましくなったとほっとした。


「はっはっはっ。相変わらず仲がよろしいですな」


 暖気に声をかけ部屋に入ってきたのはルージ王子の教育係のマーティンソンである。元ベルヴァース宰相だったがルージ王子とアルベルティーナ王女との結婚が決まった時、これではランリエルの傀儡ではないか! と反発し宰相の職を辞し野に下った政界の大物だ。しかしその後、ルージ王子が祖国ランリエルよりベルヴァースを、いや、アルベルティーナ王女を重しとするのを見てルージ王子の教育係となったのである。


 人が国を愛するにはすべて理由がある。それはその国に愛する何かがあるからだ。それは美しい風景だったり、過去の思い出だったりもする。そして愛する者がいるのも十分な理由だ。アルベルティーナ王女がいるからベルヴァースを守る。それで良いではないか。


 だが、王ならばそれだけでも困る。王として恥ずかしくないように教育しなくてはならない。それゆえに政界の大物マーティンソン自らがルージ王子の教育係を買って出たのだ。


「マーティンソン! わらわの部屋に勝手に入るとは無礼であろう!」


 年老いたとはいえ男が、女性の、しかも王女の部屋に入るなど言語道断。アルベルティーナ王女でなくとも怒って当然だが、当のマーティンソンは悪びれない。


「ちょうど部屋の前を通りかかるとルージ殿下のお声が聞こえましてな。ルージ殿下。そろそろ勉強の時間で御座います」

「あ、もうそんな時間!?」


 午前中はアルベルティーナ王女の部屋で楽しい一時を過ごし、午後からマーティンソンから国王として必要な学問、教養から心得までを教わっている。マーティンソンはあくまで政治家である。元教師や学者などといった経歴がある訳ではない。しかし学問までもがその範囲である。


 それは国王としては自分が知っている程度の学問を押さえておけば問題ない。という自己への強烈な自信である。一見好々爺然としたマーティンソンだが、この点中々あくが強い。もし自分以上の知識が必要ならばそれを知る者を使いこなせばよく、王に必要なのはその人材を見極める目である。


「じゃあ、姫。また明日ね!」

「また明日ではないわ! もう来るな!」


 怒鳴られ逃げるように部屋を後にしたルージ王子の背に、エリーカが小さく手を振った。


「まったく、あやつはどうして来るなと言うのに毎日毎日わらわの部屋に来るのじゃ」


 不満を口にしながら王子の背を見送っていたアルベルティーナ王女が、王子の姿が見えなくなると自分も背を向け昼寝をする為寝室へと向かった。身体を動かすのが好きではなく散歩すらあまりしない王女がどうしてスラリとした肢体を保っているのかエリーカには不思議だった。


 もっとも、そういうエリーカ自身もスラリとした長身だ。だが、それにはちゃんと理由がある。王家の姫君というのは本当に1人では何も出来ない。生活のすべてに侍女の手を借りねばならない。侍女には沢山の仕事があり太っている余裕などないのだ。


 そして、本当に夫を部屋に入れたくなければ、それも侍女に命じて扉を厳重に閉じなければならない。だが、今のところその仕事を仰せつかった事はなかった。


 マーティンソンと共に部屋に戻ったルージ王子は、行儀良く椅子に座った。もう20歳も超えているのだが、どうも’行儀よく’という言葉が似合う幼さがある。マーティンソンがルージ王子に危惧するのもまさにこの点だ。


 性格は善良過ぎるほど善良。それに人の意見に耳を傾ける。これも良い。だが、その2つも大人としての分別を身に着けなければ欠点ともなるのだ。人を信じやすい王が、口先だけの佞臣に誑かされ国政を論断させてしまうなどよくある話だ。


 それさえ克服すれば、この王子は良き王となるだろう。初めはランリエルからの回し者と敵意を抱いていたマーティンソンだったが、今は心からそう考えていた。しかし……。


「今日は勉強ではなく、実はルージ殿下に話があります」


 王子の向かいに座ったマーティンソンの表情が硬い。その口調も重々しかった。


「え? 勉強じゃないの? 何?」

「皇国がランリエル討伐を宣言しました。ですが、ランリエル討伐といっても、実際は我が国を含むランリエルに組していると言われる国々全てです」


「あ、うん。知っている……」

「ルージ殿下は、どうするお積もりですかな?」


「えーと。どうするって?」

「ルージ殿下は、この事についてどうなされるお積もりなのですか?」


 ルージ王子は困惑した。どうする積もりも何もどうも無いのだ。


「ぼ、僕は……。どうしたら良いかなんて分からないし……。邪魔にならないように城で大人しくしているよ」


 不甲斐なさにルージ王子は俯いた。しかし、自分に何が出来るかと自問しても何の答えも出ない。成功するかしないか以前に、何も出来る事が無いのだ。


「いえ。それは困ります」

「困る?」


「はい」

「で、でも、何をしたらいいかなんて、全然分からないんだ。その……情けないけど」


 意気消沈する王子にマーティンソンが悲痛な視線を向けた。


「今回の戦い。サルヴァ殿下が皇国軍に勝てれば良いでしょう。ですが、おそらくそれは困難」

「そんな事はないよ。兄上は東方の覇者だって。凄いんだってみんな言ってるもの。皇国軍だってやっつけてくれるよ」

「無理です。確かにサルヴァ殿下は数々の国を征服してまいりました。ですが、それはすべてランリエルより国力の劣る国々。皇国とは違います」


 確かにその通りだ。カルデイ帝国をはじめサルヴァ王子が征服した国は全てランリエルより国力が劣る。バルバールとの最終決戦。その戦場に限れば戦力は逆転した。しかし、本来の国力では元々勝って当然の戦いだったのだ。それをディアスのなりふり構わぬ戦略に苦戦したに過ぎない。戦いとは所詮、戦力が勝る方が勝つのだ。そして皇国軍はランリエル勢を大きく上回る。


「サルヴァ殿下が率いる軍勢が皇国軍に敗れたなら、もはや戦況を覆せる者はおりませぬ。我らは皇国軍に蹂躙されるでしょう」

「で、でも、いくら皇国軍が今までそうして来たからって、今度もそうするとは限らないじゃないか」


「仰る通りです。確かに今回もそうだとは限りません。ですが、違うとも言い切れません。そして間違いなくランリエルは蹂躙されるでしょう。無論、ランリエルまでの途中にあるコスティラ、バルバールもです。皇帝を僭称したと名指しされたカルデイも狙われるに違いありません」

「べ、ベルヴァース以外……全部?」


「はい。皇国にとって潰す理由が無いのはベルヴァースだけです。それにすがりなんとしても皇国軍の脅威から逃げなければなりません」


 自分達だけ助かる。その利己的な行為をマーティンソンは恥ずかしいとは思わない。他の者が津波の犠牲になったからといって、どうして助かる自分がわざわざ波に飛び込まねばならないのか。いや、自分がそうするなら個人の自由だが、ベルヴァース国民は彼自身ではない。


「しかし、1つだけ皇国軍が我が国を攻める理由があります」

「理由?」

「ルージ殿下。お願いがあります」


 マーティンソンが僅かに身を改めた。真摯な視線を王子向ける。


「出陣して頂きたい」

「出陣? 僕が?」


 僕が出陣して何の足しになるんだろう? 自分から見ても僕が戦場に出たところで足手まといにしかならないと思う。


「はい。そして皇国軍に負けたのなら、ベルヴァースに帰って来ないで頂きたい」

「え?」


「ランリエルを蹂躙した皇国軍は、ランリエル王家を根絶やしにするでしょう。どこに隠れようともです。草の根分けても探し出し、もし匿う者があればそれもろともです」

「僕が、ベルヴァースに居たら駄目なんだね……」


「貴方が居なくとも皇国軍は我が国を滅ぼそうとするかも知れません。ですが、しないかも知れない。我が国に皇国を防ぐ力などありません。万一の奇跡にかけるしかないのです」


 だが、ルージ王子がベルヴァースに居ては、その万分の一の確率すら消失するのだ。


「うん。分かった」


 逡巡ないルージ王子の返答に、マーティンソンは思わず王子の顔を見詰めた。この王子は事の重大さを分かっていないのだろうか?


「負けたら僕は……ランリエルで死なないと行けないんだね」

「殿下……」


 ルージ王子は正確に理解していた。逃げては駄目なのだ。マーティンソンは、皇国軍は草の根を分けてもランリエル王家を根絶やしにすると言った。そしてルージ王子が逃げれば皇国軍はどの草を掻き分けるのか。ベルヴァースという草を根こそぎ掻き分けるだろう。アルベルティーナという花も。


「皇国軍は僕がやっつけるって、かっこ良く言えたら良いんだけどね。でも、僕が何かをしてアルベルティーナ王女を助けられるなら、その何かをしたい。それが死ぬ事なんだったら僕はそうするよ」


 偉大な皇国軍の前に自分は何の力もない。しかし立ち向かう力がない事と出来る事がない事とは同じではない。大自然の猛威に人々は抗えない。しかし耐え忍び生き延びる事は出来る。そして時には、冬の猛吹雪から愛する者を守る為、我が身を犠牲にする者もいる。


「ですが、何もサルヴァ殿下が皇国軍に負けるとは限りません」


 ついさっきサルヴァ王子は皇国軍には勝てない。そう言い切ったマーティンソンが舌の根も乾かぬうちに前言を翻した。大政治家といわれるこの元宰相にして、あまりにも恥ずべき失態。だが、言わずにはいられなかった。


「うん。そうだね。そうなると良いね」


 言った王子の口元に微かに笑みが浮かぶ。状況を考えれば、到底、浮かべられぬはずのこの笑みに、マーティンソンは理解した。この王子は自分を気遣っているのだ。


 自分はルージ王子に死ねと言ったに等しい。しかし、この王子は、それを言った、言わざるを得なかったマーティンソンの心の負担を軽くする為に笑ったのだ。いや、おそらく考えてすらいない。この人は、どうしようもなくこうなのだ。


 この方は偉大な王になれる。巨大皇国を築いた皇祖エドゥアルド。覇者サルヴァ・アルディナ。彼らのように広大な領地を切り従えたりはしないだろう。しかし、そんな事よりもだ。この王子がこのまま成長すれば……。


 マーティンソンが両手で顔を覆った。その隙間から嗚咽が漏れる。ルージ王子は偉大な王になれる。いや、偉大という言葉すら適切ではない。そう、国民みんなが’良い王様’そう呼ぶ王だ。だが、それ以上の何が必要なのか。しかし、その成長する時間がもう無いのだ。


 嗚咽を漏らし続ける老人を前に、優しい王子はどうしたら良いのか分からず困惑していた。



「お主、皇国軍との戦いに出陣するらしいの」


 マーティンソンとの話から数日後、ルージ王子がアルベルティーナ王女の部屋に行くと、誰かから聞いたのか開口一番王女が言った。腕を組み怒りの表情だ。正確に言えば、王子の前ではいつも怒っているのだが、今日はもっと怒って見える。


「う、うん」

「どうしてお主が戦に行く。お主など行っても邪魔になるだけであろう」


「そ、そんなの行ってみないと分からないじゃないか」

「分かるわ!」


 酷い。でも確かにそうだ。王女の後ろに控えるエリーカもそう思う。そもそも聞いたところによれば、騎士の甲冑はかなり重いと聞く。ルージ王子が甲冑を身に着けたら重くて動けないのではないだろうか。王女の言葉よりもっと酷い事を考えているエリーカの前で、妻から夫への一方的な罵倒は続いている。


「大体、お主はいつも兄上は覇者だから大丈夫と言っておったではないか。だったら任せておけば良いのじゃ!」

「だからってみんなが戦うのに自分だけ行かないなんて、そんな訳には行かないよ」


「それは、行って役に立つ者のいう事じゃ! お主は邪魔なだけであろう!」

「だ、大丈夫だよ。邪魔にならないようにするから」

「行かぬ方が、もっと邪魔にならぬわ!」


 ルージ王子はいつも劣勢だが、今日はいつにもまして劣勢だ。そもそも、マーティンソンからの話が無ければ、王子自身がどうせ足手まといにしかならないと考えていたのだ。他の者達がそう思うのも無理はない。


「あの……。ルージ殿下。王女様もこう言っているのですし、やはりご出陣はお止めになった方がよろしいのでは……」


 ついにはエリーカまで参戦した。王女の肩を持つ積もりではなく、王子の身を案じてだ。


「う……ん。そうかも知れない。邪魔になるだけかも知れないね。でも、僕は出陣するよ」


 頑として首を縦に振らぬ王子に、アルベルティーナ王女の頭に血が上った。こうなったら奥の手である。


「どうしても戦に行くというなら、お主を嫌いになるからな!」


 なんだかんだ言っても、こいつは自分を好きなのだ。今まで散々罵倒しててもずっとそうだった。だからきっと、こいつは自分の事を嫌いになる事はないのだ。


 だが、ルージ王子は

「そっか……。でも、僕は行くよ」

 と背を向けた。


 君の為に死にに行くんだよ。そうは言えなかった。アルベルティーナ王女が自分の事を少しでも好きでいてくれているかどうかなんて分からない。でも、自分に死んで欲しいとまで嫌われてはいない。それくらいは分かる。


「どうした。逃げるのか!」


 こいつはずっと自分の味方だ。そう思っていた王女は慌てた。今まで触れた事すらない夫の腕を掴んだ。驚き振り向く王子と目があった。王子が微笑む。


「ごめんね」

「ごめんじゃと? 謝るくらいなら行く――」


 言い終わる前にルージ王子が王女を抱き寄せていた。王女の目が驚きに見開く。唖然とする若き侍女長の前で、優しい王子は、美しいが口は悪い、だが愛しい妻に口付けたのだった。

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