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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
214/443

第124話:些細な切っ掛け

 ゴルシュタットとリンブルク。その二つの王国は隣り合わせに並んでいるにもかかわらずこれまで血縁関係はなかった。だが、今、その二つの王家はこれ以上無いほどに濃い血が流れる。


 ゴルシュタット王国国王の名はオスヴィン・シュレンドルフ。リンブルク王国女王はクリスティーネ・シュレンドルフ。


 共に同じ姓を名乗る2人の’王’は共に同じ父と母を持つ。言うまでも無く2人は兄妹である。文字通り兄妹の国となったゴルシュタットとリンブルクは共に発展すべきである。それぞれが別々に動き、ましてや争うなど以ての外である。


 ゴルシュタットが右を向けばリンブルクも右を向き、リンブルクが手を上げればゴルシュタットも手を上げる必要があった。それには軍事、外交が同一政策でなくてはならない。だが、如何に友好を築こうとも別々の2ヶ国を全く同じにするのは困難である。


 その解決に両国は軍事・外交および財政の一本化を推進した。軍事、外交を集約して行い、他の統治政策、立法などはそれぞれの国で行うのだ。それは、ゴルシュタット=リンブルク王国二重統治と呼ばれた。


「おめでとう御座います。これで両国の王となりましたな」


 そう言って跪くのはベルトラムの腹心ダーミッシュである。その言葉とは裏腹に目出度そうな響きは無く、本心はどうだか分からない。完全に己の感情を制御しきるこの男は、もしかすると感情が無いのではないか。ベルトラムにはそう思える事すらある。


「ああ。両国の実権は握った。王といえば王なのであろうな」


 ベルトラムは王位を目指した。だが、それは称号を欲したのではない。称号ならば、ゴルシュタット統治下のリンブルク王、それには簡単に得られた。ベルトラムが目指した王位とは、祖国ゴルシュタットの王位であり、それも王という名が欲しいのではなく’ゴルシュタットの最上位者’という実だ。


 政治を行うというだけならばゴルシュタット、リンブルク両国の宰相として一手に握っていたが、それでもゴルシュタット王の下であった。ゴルシュタット=リンブルク王国二重統治の統括者たるベルトラムは完全に両国の上に立った。非公式ではあるが、ベルトラムを王を超えたとし大王と呼ぶ者までいる。


「お主も良く働いてくれた。お主の娘も中々役に立った」

「はい。シモンもそのお言葉を聞けば喜びましょう」


 その台詞にも感情は篭らない。


 シモンか。確か以前は別の名前だった気がする。娘が何人もいるのか。もしかすると本当の名前などそもそも無いのかもしれない。まあ、自分にはどうでも良い事だ。


「今もフリッツ殿下と一緒に居るのか?」

 ふと思い問うた。


「はい。お言い付け通りフリッツ殿下と共にベルローデにて生活しております」


 それはゴルシュタット北西にある小さな城だ。女を争った挙句の事故とはいえ父殺しは重罪。だが、クリスティーネ女王の温情により命は助けられた。その代わりに、彼はそこで一生軟禁生活を送るのだ。


「フリッツ殿下は元々自己陶酔の強いお方。これも愛の試練と燃え上がり、毎日娘を愛≪め≫で暮らしているそうで御座います」

「なるほど。それは何よりだ」


 他者を陥れ恨まれる事に快感を覚える。謀略に長けた者の中にはそのような性癖を持つ者もいるが、ベルトラムにその趣味は無かった。謀略も必要だから行うのでありフリッツ王子に対しても不幸になって欲しい訳ではない。フリッツ王子はどうでもいい。というのが正直なところだ。


 謀略も知略も目的を達成する為の手段であり、それに快感などを覚えていては手段と目的を取り違えかねない。謀略好きが足元をすくわれるのは得てしてそのような時だ。


「ところでお主の娘はいつまでフリッツ殿下と共に居るのだ?」

「シュバルツベルク公爵に近づきその命を受け、内情を報告させるのが娘へのご命令でした。その公爵の指示でフリッツ殿下に近づき、公爵からもベルトラム様からも別の命令をお受けしておりませんので、他に命令が無ければこのままフリッツ殿下と共におります」


 シュバルツベルク公爵も、今更シモンを自分の手下とは思っていない。ベルトラムとて、何気に聞かなければ彼女の事などこのままずっと忘れていた。別の命令を与えなければ、このままフリッツ殿下と共に老い、生涯を終えるのか。


 流石のベルトラムも怪訝そうに眉をひそめる。すると自分は感情を表に出さぬくせにダーミッシュはそれを敏感に感じた。


「今のところご報告する事も無く。また、勝手な判断でフリッツ殿下から離れ、それがベルトラム様の意に沿わなければ取り返しが付かぬゆえ」

「そうか。もっともな話だが、俺も一々覚えてはおらん。そうだな。報告する事が無くとも年に一回くらいはその者の近況を教えてくれ」

「畏まりました」

「そうだ。折角一緒に居るのなら、フリッツ殿下の子供を産むように伝えよ。出来れば男子が良い。何かの役に立つかも知れん。出来ねば女児でも良いがな」


 必要になるかどうか分からない手を打つ。それがベルトラムだ。もっともこの場合、将来的に息子の子供と結婚させてリンブルクの王位を継がせ実権を握り続けるのに役立ちそうだとは今からでも考えられる。


「分かりました。男を産むように伝えましょう」


 出来るのか? それとも出来ると信じているだけなのか。この男に限ってはったりを言うとも思えんが……。いかなベルトラムでもこの手の話では一般人と変わるところはない。男女の産み分けなど運任せとしか思えない。だが、ここまで断言されると試したくもなる。


「しかし、念の為に女児も欲しいところだな。男女1人ずつだ」

「畏まりました。では、男と女。どちらを先に産めばよろしいでしょうか」

「2人一緒が良いな」

「難しいかも知れませんが、シモンにはそう伝えましょう」


 難しいというところが、逆に別々ならば易いのかと聞こえる。本人が出来るというものをこれ以上疑っても仕方が無い。それよりも今は優先すべき事があった。


「お主の娘はそのままで良いとして、現在、手の空いている者、今の命令を中断しても差し障りの無い者達を総動員してやって貰いたい事がある」

「それほど重要な事で御座いますか」


「うむ。これをせねば折角の苦労も水の泡になりかねん」

「そう言えば以前にも、動けば権力を握るのは簡単だがそれを継続されられるかが問題と仰っておいでで御座いましたな。確か、皇国の目を逸らすほどの動きが欲しいと」


「覚えていたか。皇国は他の国々の動きなどでは揺り動かぬ。いつもならばそうだが、流石に今回は派手に動いたのでな。もし皇国の目がこちらに向いたならばそらさねばならんのだ」

「なるほど。しかし我らの動きを眩ますほどの大きな動きが他国で起こったとは聞いてはおりませぬ」


 諜報活動にかけては大陸一。その誇りがダーミッシュには有る。いや、彼にとっては誇りではなく事実だ。そしてその彼が聞いていないというからには、それは’無い’のだ。


「確かに今は小さな火だ。いや、火とも呼べぬ燃えカスのようなものだが、完全に消えた訳ではない。慎重に焚き付けをくべ徐々に大きくし燃え上がらせるのだ。こちらの事など誰もが忘れてしまうほどにな」

「畏まりました。それでその種火とは如何なもので御座いましょうか」


 主人の命運を握るという大任を前にしてもダーミッシュの顔に感情は浮かばなかった。



 皇国は皇国の事情で動く。他国の事情で動く事は無い。それが皇国である。他の国が何をしようと全て些事。意識を向ける必要すらないのだ。だが、目の前で蚊が飛びまわれば気分を害すのも当然である。


 とある舞踏会にとある貴族が招かれていた。彼は皇国子爵である。彼らの感覚ではこの世でもっとも偉大なのは皇帝であり、次に皇国公爵だ。衛星国家の国王達はそれに準じる。そして皇国侯爵、伯爵、子爵、男爵と続き、その下に他国の王がいる。そして他国の貴族達。皇国男爵が他国の王より偉いなど、どれほどの増長かというものだが、彼からすれば皇国の無爵位貴族よりは他国の王を上に見てやっているだけでも有りがたいと思え。というものだ。


 彼はダンスを踊り、酒を嗜み。お目当てのご婦人達と談笑した。葡萄酒について薀蓄をたれ、今年の出来を批評する。酒が回れば社交家の噂話だ。だが、夜は長い。その重要な話題も尽きてくると、やむなく場を繋ぐ為に取るに足りに話題にすがる事もある。


「そういえば、ゴルシュタットとリンブルクという国でなにやら王が殺されたそうで御座いますな」

「あら? そんな事があったのですか?」

「私も聞いた事も有りませんわ」

 ご婦人達は顔を見合わせ困惑顔だ。


 流石に王が死ぬなど大事件。彼女らもそこまで物知らずではない。ご婦人達も知っている。それどころか、私もですわ、と言った婦人は、両国王の名前まで覚えている。だが、それを知らぬと言うのが皇国貴族の矜持だ。


 しまった。見誤ったか。他国の事とは言え、ゴルシュタット、リンブルク両国の王が亡くなったのは流石に大事。しかもその内の1人は息子と女を取り合った挙句にその息子に殺されたのだ。十分、話題として通用すると考えたのだが、いらぬ恥をかいてしまった。しかし言ってしまった以上、知らないのなら良いのです、とはいかない。


「取るに足らぬ事件なのですが、あったのです。ゴルシュタットの王がリンブルクの軍勢に殺されたというのですよ」

「王が他国に殺されるなんて、なんて情けないお話。皇国では考えられませんわ」

「本当に。私、皇国に産まれて幸せでしたわ」


「しかもです。そのリンブルクの王は、なんと王子と侍女を取り合った挙句、王子に殺されてしまったというのです」

「私、もう溜息しか出ません」

「親子で、しかも下賤の者を取り合うだなんて、それでも王として、いえ、人としての誇りが無いのでしょうか」


 他国の王すら下に見る彼らだ。更にその侍女など人とも思わず、それを取り合う親子など血迷ったとしか思えない。


 少しは興味を持って貰えるかと思っていたが、婦人達からは批判的な言葉しか出ず子爵は焦った。しかし今更反対方向には舵は切れない。ならばその流れに沿ってその方向に舵を目一杯回し続けるしかない。


「更に情けない事に、王を殺されたゴルシュタットの王位も、王を王子に殺されたリンブルクの王位も、宰相に奪われたというのです」

「まあ、なんて酷い」

「その宰相には王家の血が流れているのですか?」


「いえいえ、とんでもない。それどころかリンブルクの宰相というのが実は元々ゴルシュタットの宰相でして、両国の宰相を兼ねていたのです。結局その宰相が両国を支配下に収めました」


 ベルトラムとしては、ゴルシュタットは1人残されたテルマ王女を支える為と息子と結婚させ、リンブルクではわざわざ娘を一度リンブルク王の養女とするなどし体面を取り繕ったのだが、ご婦人方の批判的な流れに乗った子爵はあえて思わせぶりに語った。


「その話、興味がありますわね」


 その声に子爵とご婦人達が振り返ると、モンタネール伯爵令嬢オクタビアが、黒く、何か違和感のある瞳を輝かせていた。彼女は自ら小説を書き、良く言えば想像力に溢れ、悪く言えば妄想癖のあるご婦人である。自作の小説を友人達に読ませて周り、お世辞で褒めてくれるのを真に受けて自分の才能に酔っていた。


 彼女は常に己の小説の素材を探している。そして今、子爵の話が耳をかすめ、彼女の妄想があふれ出す。


「その宰相が、己が権力を握る為に2人の王を弑逆したに違いありませんわ!」


 わざと思わせぶりな言い回しをした子爵だったが、流石にここまで断定されると慌てる。


「いや、ですが。ゴルシュタットの王はリンブルクの兵に殺されたのであり、リンブルクの王は実の息子に殺されたのです。確かに結果的に宰相が権力を握りましたが、まさか2人もの王を宰相が手をかけるなどと……」

「いえ、私には分かります。2人の王はその宰相が殺したのです! ああ、なんと言う非道! 不正義! 神聖なる皇国の名において、そのような非道を許す訳には参りません。皆さんもそう思いますわよね!」


 オクタビアが友人達に同意を求める。彼女達は経験からこのような時のオクタビアに逆らわない方が良いと学習していた。そうですわね。と友人達が頷く。


 そして結果的に子爵の顔も立った。一度舞踏会でそれなりに盛り上がった話題と認定されれば、お墨付きを貰った事になるのだ。こうしてこの話は、皇国の社交界での話題の一遍足り得たのだった。


 そしてダーミッシュの報告にベルトラムは大きな舌打ちを漏らした。これだから中途半端な知者よりも馬鹿の方がやり難い。偶然、必然、作為から織り成すベルトラムの策は知者だからこそ読めない。それを言い当てられるとすれば、馬鹿の当てずっぽうが奇跡的に的を射るかだ。


 確かにゴルシュタットとリンブルク、両国を支配した。かなり強引な手段であったとはベルトラム自身が一番理解している。その体制は脆弱であり成熟には今しばらくの時が必要だ。揺さぶられれば脆くも崩れ去る。ましてや、あの巨大皇国に目を付けられたとなれば、大人しく従っている者達も手の平を返す。自分が磐石の尊敬、畏怖を受けているという幻想を持つほどベルトラムは夢見がちではないのだ。


 だがいつまでも愚痴を言い続ける非建設はベルトラムの性ではない。


「やむを得ん。今回の件が無くともいずれ問題になったであろう。かねてから命じていた通りにせよ。折角の手だが、惜しんで大事になれば取り返しが付かんからな」


 確かに、今はまだ唯の噂話でしかない。だが、侮れない。並の皇国貴族の1人1人とベルトラムを比べればまさに象と蟻、とまでは行かぬとも象と鼠ほどの開きはある。だが、100万匹の鼠は1匹の象に勝るのだ。もし、皇国軍の矛先がこちらに向けば。その憶測だけで、ベルトラム派の結束は崩れる。間違いなくこの時代の傑物であるベルトラムの策略が、皇国の噂話に潰されかねないのである。


 無個性な男が無個性に頷き、いつの間にか消えていた。



 また皇国のあるところで舞踏会が開かれた。北の辺境国の宰相が2人の王を殺し権力を握ったという話はそこそこ話題に上っていた。それは自分の妄想に同意を得ようとするオクタビアが触れ回っている所為も過分にある。


「オクタビア様が、このような話を触れ回っているのですわよ」

「まあ、相変わらずですわね」

「しかし、確かにその宰相に都合の良過ぎる話ではありますな」


 紳士淑女達は、他国の話というより皇国貴族令嬢オクタビアの話題の枝葉として認知されていた。それだけに話題にも乗りやすい。だが、いつからかその話題にある尾ひれというべきか、続き、がつき始めた。


 舞踏会の出席者を越える数の楽師達が演奏する中、紳士淑女が華麗なステップを踏み、その周りでは一踊りした者達が酒を片手に談笑していた。


「分不相応に王を名乗ると言えば、東方の片田舎で我が皇国以外にも皇帝を名乗る者が居て、更に新たに国王を任命したとか」

「それはなんと不届きな」


 勿論、カルデイ帝国皇帝ベネガスがサルヴァ王子をセルミア王に叙した一件である。力ある者が王を名乗るのはまだ良い。しかし、王を任命出来るのは皇帝のみ。だが、一旦は、それも些事、とある意味相手にもされず黙認されていたはずだ。それが今蒸し返されていた。


「いえいえ、それがその自称皇帝は分を弁え今まで王を任命する事など無かったのですが、なんと、任命された方が強く求めその暴挙に出たというのです」

「ほう。それはけしからんですな」


 語り進めるうちに男達の表情が不快げなものに変わる。


「確かランリエルという国の王子なのですが、近隣諸国を切り従え勢力を拡大しておるのです。その支配下に置いた国の皇帝に自分を王に任命させたのだと」

「何たる増長。皇帝陛下はどうしてそのような者をそのままにしておいでなのでしょうか」


 無論、語るこの2人はダーミッシュの息の掛かった者である。皇国貴族とて落ちぶれる者はいる。しかし、皇国貴族としてのプライドが今までの生活を捨てるのを許さない。今までの生活をするには金が必要なのだ。この2人だけではない。そのような者は何人もいる。


 皇国の目をベルトラムから逸らし、サルヴァ王子に向けさせる。今ならそれが出来る。それゆえにベルトラムは行動に移したのだ。


「皇帝陛下がランリエルをそのままにしている理由ですか……」

「何か深い事情でもあるのですかな?」

「それが……」


 男は深刻そうだ。その表情は沈痛とも見えるほどだ。2人が喋るに任せていた周りの者達も興味深げに耳をすました。


「東方の田舎の事といえど相手は数ヶ国を支配下に収める強国。我が皇国も手を出しかねているというのです」

「なに! 皇国が、そのランリエルを恐れているというのか!」


 演奏が止まった。華麗なステップが固まる。他の全ての会話が途切れた。その場の全員の視線が男達に集まっていた。

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