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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
211/443

第122話:2人の公爵

 ’本物の’シュバルツベルク公爵を前にグレルマンは思考が停止した。’本物のはず’の公爵を守る他の騎士達もシュバルツベルク公爵家の騎士である。ほとんどはグレルマンと同じく微動だにせず、残った者達は、どちらが本物なのかと2人の公爵に慌しく視線を走らせる。


 本物のシュバルツベルク公爵を護衛してきたゴルシュタット騎士達は、やはりこっちの公爵が本物だったかと、安著の溜息を漏らしたが、兜に隠れて見えないのを良い事に余裕の態を保ち口を開いた。



「さあ。これで分かったであろう。その者は偽者なのだ。お主達は武器を捨て投降すべし。今なら首謀者――」

「待たれよ」


 しわがれた声が騎士の言葉を遮った。誰か? と騎士が視線を奔らせた。声の主が特定出来ない。兜を被っているリンブルク騎士の誰かだろと、自分を棚にあげ、喋る時には兜を取れと、兜の中で小さく舌打ちが鳴った。


 顔に包帯を巻いた男が一歩進み出た。

「待たれよ」

 ともう一度言う。


 ゴルシュタット、リンブルク両騎士がざわめいた。長年シュバルツベルク公爵家に仕えるグレルマンが、帽子を取った男の方をシュバルツベルク公爵と認めたのだ。それを今だ顔を隠す男は怪しい事この上ないが、その態度には自信が見えた。


「世の中には、ここまで顔が似ている男が居るのか。これではグレルマンが見間違うのも無理はないな」


 顔に受けた傷の所為なのか男の声はしわがれているが、その口調は人を見下して聞こえる。


「グレルマン。確かに私は今包帯で顔を隠しているが、私が怪我をする前に散々私の顔を見ていたであろう。それを今更、私に瓜二つの男が現れたと言って何をうろたえる。私が怪我をするほんの2日前まで、お前は目を患っていたというのか」

「い、いえ、決してそのような……」


 グレルマンは、相手が公爵として返答して見たものの、やはり目の前の顔を見せている男はシュバルツベルク公爵にしか見えない。どうすれば良いのかと、つい、顔を見せている公爵に視線を向けた。その視線を皮肉な笑みで返され慌てて顔を背ける。


「グレルマンが困っているではないか。そろそろこの茶番も幕を引きたいのだがな」

 顔を見せている公爵が言い、顔を隠す公爵が応じる。

「それは同感。確かに茶番だ。では、1つ質問しよう。お主の左腕に古い傷はあるか? 小さい頃屋敷の庭で転び負ったものだ。普段は隠れているので知る者は少ない。ベルトラムが用意した偽者でもそこまでは細工しておるまい」


 なに? そんな証拠があるのか? ゴルシュタット騎士がざわめいた。ここで自分達が護衛して来た公爵が偽者だとなれば、自分達の命も危ないのだ。騎士達はうろたえたが、言われた男は動じない。


「では、逆に問うが、その傷があると誰が知っているのだ。グレルマン。私の左腕にそのような傷があるのを見た事があるか?」

「い、いえ、ありません」


 グレルマンはこちらの公爵にも丁寧に答えた。


「つまらぬはったりは止せ。時間の無駄だ。顔を見せている私と顔を隠すお主。誰がどう見ても私が本物だ。そうであろう。グレルマン」

「あ、そ、それは……」


「怪我をする前の私の顔を散々見たのではないのか。グレルマン」

「は、はい。確かに……」


 板ばさみになるシュバルツベルク公爵家の忠臣に皆の視線が集まる。状況的にグレルマンが本物だと言った方が本物のシュバルツベルク公爵だ。だが、間違えればどうなる。本物の公爵の首が飛び、偽者に公爵家が乗っ取られる。戦場では果敢なグレルマンだが、今は勇気云々ではない。忠臣であるからこそ、自分の判断が誤れば本物の主君が飛ぶというこの状況に決断出来ない。


「はっきりせぬか。グレルマン」

「この顔を見ればどちらが本物か一目瞭然ではないか。グレルマン」


 確かに。確かにそうだ。この顔は間違いなくシュバルツベルク公爵の顔。だがそれを言えば、今顔を隠している方とて、顔に傷を負う前はシュバルツベルク公爵の顔だったのだ。グレルマンは顔中に脂汗を浮かせ板ばさみだ。


 だが、2人の公爵は、グレルマン、グレルマンと連呼し詰め寄る。片方は顔を隠し声もしわがれているとはいえ、まるで双子かと思うほど、その人を見下す口調はそっくりだ。グレルマンは押し黙るしかなく、敵であるはずのゴルシュタット騎士が同情するほどである。


「な、何か証拠になる物は御座いませんか」


「お前は自分の目が信じられぬのか。グレルマン」

「証拠で判断するというならお前は何の為に居るのだ。グレルマン」


 2人の公爵は示し合せたかのようにグレルマンを責め立てる。


 何の為といわれても、公爵に命ぜられゴルシュタット王都を攻める為だ。そのはずだ。どうしてこんな事になった。グレルマンはもはや言葉は無い。


「埒が明かんな。お主もそう思わぬか?」


 顔を隠した公爵が同意を求めたのは、なんと顔を見せる公爵だ。敵ではないのかと皆が驚く中、さらに驚くべき事に

「確かにな」

 と頷く。


「試しにお主の顔の包帯を取って見てはどうだ? まさか顔の隅々まで傷を負っている訳ではなかろう」

「馬鹿な事を言うな。顔に大きな傷を負えば傷の無い部分の皮膚も引きつり以前とは変わってしまう。ベルトラムは私にそっくりなお主を用意しそれは確かに見事だが、その手には乗らん。長年仕えた我が家臣達が、顔が似ているだけの者と本物の主君を間違える訳が無かろう」


 敵同士の会話に他の者は口が出せず見守るしかない。


「しかしこのままでは話しが進まぬな」

「いや、方法はある」

「ほう。それはぜひ聞かせて欲しいな」

「私がベルトラムに会って話を付けようではないか」


「お、お待ちを!」


 もはや口を閉ざし木偶と化していたグレルマンが叫んだ。


「敵陣に乗り込むと言うのですか。あまりにも危険です」

「何を言うか。お主が私を本物だと認めぬのだからやむを得ないではないか」

「そうだ。それにこの者が自分で宰相閣下に会おうと言っているのだ。やりたいようにやらせてやれば良かろう」


 グレルマンが呻いた。

 どうしたら良いのだ。この男が本物のシュバルツベルク公爵ならば敵陣に向かわせるのは危険だ。しかし自分から言い出すならば余程の自信があるはず。だが、万一の事があれば……。いや、偽者かもしれぬではないか。


 結局、グレルマンは男を引き止めきれず、自称公爵の2人は連れ立ってゴルシュタット軍本陣へと向かったのだった。


 そしてベルトラムの前で2人の公爵はどちらが本物かをかけ対決。かと思われたが、事態は急変した。なんとゴルシュタット本陣に足を踏み入れた瞬間、顔を隠した方の公爵は捕らえられ首を刎ねられてしまったのだ。


「リーデンバッハ伯爵の部屋から見つかった書簡に、ゴルシュタットに向かったリンブルク軍に偽のシュバルツベルク公爵を送り込みゴルシュタット王都を襲わせ国王も討ち取るという計画が書かれていた。もはや疑いが無いので偽の公爵は処刑した」


 あれだけ本物だ偽者だとやりあった挙句の呆気ない幕切れ。当然、リンブルク軍にいる公爵家の家臣達は疑心暗鬼である。グレルマンは苦悩し焦燥に心がかき乱された。


 ベルトラムに首を刎ねられたからこそ本物だったのではないか。生き残った方が偽者ではないのか。部屋で机に向き合い頭を掻き毟る。


 もしそうならば取り返しがつかない。どうしてあの時、この方が本物だと言えなかったのか。いや、生きている方が本物かも知れないではないか。だが、本物の公爵ならばどうしてベルトラムの味方をするのか。やはり亡くなった方が本物……。身体の真ん中を冷たい物が駆け抜けた。崩壊しそうになる精神を保つ為、慌てて否定する。


 生き残っている方のあの顔は間違いなくシュバルツベルク公爵だった。何を疑う事がある。だが、顔に傷を負う前のあの男の顔も間違いなくシュバルツベルク公爵のもの……。


 だが、グレルマンの苦悩する間にも事態は動く。直接シュバルツベルク公爵と顔を合わせた事の無い身分の低い者ほどゴルシュタット側の言い分を信じず激高した。


「公爵殿の仇を取るぞ! 最後の一兵まで戦うのだ!」

「奴らの城であるゴルシュタット王宮に立て篭もって徹底抗戦だ!」

「そうだ。破壊できるものならやってみせよ!」


 武器を手に城壁に上って雄叫びを上げた。兵力1万。ゴルシュタット軍はその数倍に上るが城塞による彼らを力攻めにするには大きな被害を覚悟せねばならない。その力攻めを回避する為に派遣されたシュバルツベルク公爵だったが、リンブルク兵は益々強硬姿勢になるばかりだ。


「お主はこの責任をどう取るのか!」

「奴らが言うようにシュバルツベルク公爵の偽者なのではないだろうな!」

「いや、本物の公爵だからこそ、我らの妨害をしているのであろう!」


 ゴルシュタット軍の幹部達は公爵に詰め寄り腰の剣を手をかける。だが、当の公爵は余裕の表情だ。


「なに、偽者が消え彼らを纏める者が居なくなりました。少し頭が冷えれば現実が見えてくるでしょう」

「現実だと?」

「はい。彼らの主人である貴族達はリンブルク王都に留まったまま。その彼らが今回の行動を起こしたのは、私の偽者がこれがリンブルク貴族達の総意なのだと彼らを唆≪そそのか≫したからです。その彼らを動かす者が消えては、彼らの主人達はゴルシュタットの人質になっているという現実が残るのみ。いくら騒ごうとも彼らの方から出撃してはきますまい」


 貴族に従う騎士が王家の為に戦うのは、主人である貴族が王家に仕えているからだ。時に王家と自分の主人である貴族が争えば、王家とも戦うのが貴族に仕える騎士である。主を危険にさらしてまで王家の為に戦わない。


「今、彼らの主人達から彼らを説得する手紙を寄越すようにリンブルクに使いを出しているところです。その手紙を彼らに渡せば、自分達が騙されていたと理解するでしょう」

「だが、騙されていたで済む話ではないぞ。我が方は陛下は勿論、そのご家族全てが奴らの手にかかりお命を奪われたのだ。奴らを皆殺しにせねば気が済まぬ!」


 頭に血が上った騎士は強硬姿勢を崩さない。だが、事態を傍観していたベルトラムが騎士を制した。


「命があれば戦うのが兵士だ。それを罰しても仕方があるまい。それに、国王陛下が愛された王都をこれ以上血で汚してはならぬ。無論、陛下やそのご家族に直接手をかけた者達は罰せざるを得まいが、他の者達の罪は問わぬ」

「しかし宰相閣下。いくら命ぜられたとはいえ、我が王宮を攻めるなど言語道断。やはり全て罰すべきです」

「ほう。では、わしが命じてもお主は王宮を攻めぬと言うか」


 今リンブルク兵が立て篭もっているのが、まさにそのゴルシュタット王宮である。


「い、いえ。そういう訳では……。敵が居る以上、攻めるのはいといませぬ」

「彼らにとっても、王宮に敵が居たのであろうよ。それを攻めるは武人として当然ではないか。これ以上つまらぬ事は申すな」


 ここまで言われれば騎士も言葉は無い。不満げな表情をしながらも引き下がった。その様子に公爵が皮肉な笑みを浮かべる。


「それでは、貴族達からの手紙が届き次第彼らを説得いたします」

 そういって公爵は小さく一礼した。


 それからしばらくしリンブルクから貴族達の手紙が到着し、王宮に立て篭もる軍勢に届けられた。主人からの手紙を囲み、彼らは慌てふためき相談する。


「シュバルツベルク公爵が、我が主人も同意しているというから王宮を攻めたのだぞ」

「だが、この手紙ではそのような命令を出した覚えはないと……」

「もしかして偽手紙ではないだろうな?」

「いや、この筆跡は間違いなく我が主の物だ」


 公爵の言う通り騙されたと知った彼らは愕然とし、次に青くなった。更に身を寄せ合いその声は囁くようだ。


「早く武器を捨てて投降しろと書いてあるぞ。どうすれば良い?」

「従わねば、主が罰せられるのであろうか」

「それは……そうだろう。下手をすれば首を落とされる」


 1人の騎士が更に身を寄せ声も小さくなる。


「しかし、奴らの王宮を攻め王も殺してしまったのだぞ。投降しては我らの命が危ないのでは……」

「う、うむ。そうだな」

「だが、投降せねば主の命が危ないのだぞ」

「それは分かってる。分かってはおるのだが……な」


 やはり騎士といえど命は惜しい。投降を渋る者も多く、主を裏切る訳にはいかぬという者達との諍いも増えてきた頃、ゴルシュタット側から、偽のシュバルツベルク公爵に騙されていただけなので罪は問わぬと伝えられた。するとその混乱も収まり、彼らは武器を捨て投降したのである。


 だが、それで済まぬのがシュバルツベルク公爵家の家臣達だ。彼らの多くは殺されたのが本物のシュバルツベルク公爵と信じていた。他の者達が続々と王宮から退去していくなか踏み止まり、徹底抗戦の構えである。


 とはいえ公爵家の軍勢のみならば僅か1千ほど。ゴルシュタット軍の何十分の一か。彼らの命は風前の灯である。


「このままでは貴公の家臣達がこの世から消えうせてしまうかも知れませんな」

「それは少々困りますな」


 苦笑を浮かべるベルトラムにシュバルツベルク公爵は余裕の笑みだ。


「まあ、到着が遅れておりますが、もうしばらくお待ちを」


 そして、そのしばらく後、公爵が待ちわびていた者が到着した。誰かといえば公爵の父親の先代シュバルツベルク公爵である。病を得て息子に当主の座を譲って養生していたが、公爵家の危機に病床の身をおしてここまでやってきたのだ。王宮に乗り込んだ先代当主に家臣達は驚愕した。


「お前達は何をやっておるのだ。自分の主人が誰かも分からぬのか。今、ゴルシュタット軍本陣にいるのは間違いなくわしの息子。早く、武器を捨て退去するのだ」


 実の父が保障したのだ。グレルマンらは反論の言葉を持たず言われた通り武器を捨て王宮を出た。だが、ゴルシュタット王宮を攻めたリンブルク軍の中核をなした彼らである。特に公爵家軍勢の纏め役であるグレルマンの処遇が議論されたが、結局は不問とされた。公爵と偽公爵とのやり取りで彼に同情する声がゴルシュタット騎士からも上がったからである。


 当然、それでも不満を持つ者も多かったが、戦わずしてリンブルク勢を下した功績はシュバルツベルク公爵にある。その公爵からもグレルマン助命の要請があったのだ。


「グレルマンは稀に見る忠臣。確かに偽者に騙されはしましたが罪ではありませぬ。彼なりに忠義を尽くそうとした結果。忠義を尽くすのが罪ならば、世の騎士は全て罪人となりましょう」


 詭弁とも問題のすり替えとも思えるが、ベルトラムは公爵の主張を入れたのだった。


 こうして両軍の睨み合いは終息したが、問題は全滅してしまったゴルシュタット王家である。無論、家系図をさかのぼれば王家の血を引く貴族も数多い。その誰かを新たな国王とするしかない。


 だが、そう考えられていた中、発表された新国王の名に皆は驚愕した。


「亡くなったと思われていた前国王グスタフ様のご長女テルマ王女が身を隠しご無事であった。そのテルマ王女と宰相閣下のご嫡男オスヴィン殿が結婚なされ、オスヴィン殿が新たなるゴルシュタット国王となられる」


 そしてその1ヵ月後リンブルクでも発表された。


「国王ウルリヒ様のご嫡男フリッツ王子と宰相閣下のご息女クリスティーネ様とのご婚約が決定した」

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