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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
208/443

第119話:詐欺師

 リンブルク南部領主達はリンブルクを実質属国化するゴルシュタットに反乱を起こし、南リンブルク王国を宣言した。一度はデル・レイ王国に占領された南部地方である。領主達は全ての財産を失ったが、その屈辱に耐え、遂に領土を取り戻した。その勢いに彼らの士気は高い。


 ゴルシュタットはすぐさま全軍を出動させたが、反乱軍、いや、南リンブルク王国軍はそれを迎え撃たんとエルブルク城に集結。ゴルシュタット軍は刻一刻と迫っている。


 決戦の時は近づき、南リンブルク王国王国騎兵隊隊長にして総司令でも有るリーデンバッハ伯爵は城壁に立ち、愛国に燃える将兵を前にした。磨かれ光り輝く甲冑は彼の愛国の心のように曇り一つ無い。


「我らが領土を失い、それでも誇りを失わなかったのは何故か!」

「今、ここにあらんが為!」


 問う伯爵に、兵士達が各々の武器を天に突き上げ答える。


「今、なぜここに居るのか!」

「己の誇りを守らんが為!」


「貴公らにとって誇りとは何か!」

「我が命!」


「貴公らの誇りはどうすれば守られるのか!」

「リンブルクの独立によってのみ!」


「リンブルクの独立を阻む者は誰か!」

「ゴルシュタット!」


「その軍勢を率いる者は誰か!」

「ベルトラム!」


「我らの誇り、命にかけ、ゴルシュタットの軍勢を蹴散らしベルトラムの首を取るのだ!」

「うぉぉぉぉっ!!」


 雄叫びが大気を揺らした。


 全軍を叱咤し行きあげるリーデンバッハだが、ここに至るまでの道のりは平坦ではなかった。


 計画では、南部領主達が反乱を起こし、それを制圧に来るであろうゴルシュタット軍とリンブルク北部領主軍を城で迎え撃つ。そして北部領主軍がゴルシュタット軍を裏切り混乱を起こさせ、そこに南部領主達がゴルシュタット本陣を突きベルトラムを討ち取る。そのような計画だった。だが、破綻した。


 なんと肝心の北部領主達の軍勢が、ゴルシュタット国内に移送されてしまったのである。


「そんな馬鹿な!」


 意気揚々とゴルシュタット軍の来訪を待ち構えていた伯爵は、報告する騎士を怒鳴りつけた。八つ当たりのとばっちりを受けた騎士はほうほうの態で伯爵の前から逃げ出したが、肝心の問題は伯爵の前から消えてはくれなかった。


 シュバルツベルク公爵! 口ほどにも無い。自信満々に計画を語るから乗ってやったにもかかわらず、この無能者め!


 将兵には愛国の為、王家への忠誠の為と言っているが、所詮は己の権力の為だ。この作戦が成功すれば、リンブルク北部は公爵が、南部は自分が実権を握る。そういう密約だった。にもかかわらず、肝心の北部諸侯軍が城に来もしないとは詐欺ではないか!


 どうする? どうすればいいんだ!?


 そうだ! 公爵の口車に乗って騙されただけと訴えれば、ベルトラム様も許してくれるかもしれん! だが、反乱を起こしゴルシュタットから軍勢が来るまでの大事となったのをそれくらいで許して貰えるのか。


 命惜しさに伯爵は追い詰められた。己が保身のみが心を満たし、善悪、理性、道徳、その全てが黒く塗り潰される。この時、彼の心には如何にすれば自分が助かるかしかない。だが、彼の周囲を闇が満たし、精神的盲目の状態である。その中に光を見出さんと、一線を越えた。


 そうだ! 国王だ。俺は今、国王を、いや、それどころかフリッツ王子すら手中にしている。それを手土産に――。


 伯爵の部下は、腹をすかせた熊のように唸り声を上げ部屋を行ったり来たりする主人に不安げな視線を向けた。挙兵しこれから戦と言う時にその総指揮たる者がこれでは部下は不安になるばかりだ。


 だが、王都から新たな伝令の騎士が飛び込み、伯爵になにやら耳打ちすると、伯爵は、本当か!? と驚きの歓喜を上げ、打って変わって上機嫌となり、周りの者達にも心配するなと励ましたのである。


 こうして愛国の忠臣リーデンバッハ伯爵は、ゴルシュタット軍の到着を今か今かと待ちわびた。



 ゴルシュタット王国宰相兼リンブルク王国宰相ベルトラムは、本国から来たゴルシュタット軍をリンブルク王都で出迎えた。ゴルシュタットに移送した北部諸侯軍の監視に付けた手勢の残りと共に合流し、南リンブルク王国を詐称する反乱軍を打つ為すぐさま出陣。リンブルク北部と南部を結ぶ要衝であるシロスクへと向かった。


 シロスクは、今だ南部がデル・レイの支配下にあった時にデル・レイからの侵攻に備える為と称し、リンブルク王ウルリヒからベルトラムが拝領した領地である。


 軍勢は一旦シロスク城に入り、ベルトラムは主だった者を集め出陣の宴を開いた。質実剛健を旨とするゴルシュタット騎士達は、身を飾る軍服も黒を基調とし派手さは無いが、それだけに華美な装飾で誤魔化しは利かず身体の実を表す。彼らは、この軍服が似合うのは真に鍛えられた男だけと、誇りにすら思っている。


 無論、身体が力が強いだけでは駄目だ。それでは動きが鈍く攻撃がかわされる。当然、素早いだけでも駄目だ。軽く甲冑に弾かれる。そして、力が強く素早いだけでも駄目なのだ。打撃に破壊力を与えるには、自身の重さも重要である。力、速さ、重さ、その絶妙な配合。それが真の戦士の身体というものだ。その身体がもっとも軍服を際立たせる。


 彼らは誰が一番軍服が似合っているかを友人同士と囁きあい、馬鹿馬鹿しい事に、武芸が上達する為ではなく軍服が似合うようになる為に身体を鍛える者も多かった。


 だが、宴に参加する者の中で一番その軍服が似合うと思われる男が、軍服を身に着けては居なかった。かつてはその男も軍服を着ていた。もう20年近くも前の話である。当時を知る者は、それを知らぬ若者にこう自慢するのが常だった。


「力だけならば他にも優れた者が居た。速さだけならばもっと早い者が居た。身体の大きいだけの者など珍しくも無い。だが、その全てを兼ね備えたお方はただ一人。宰相閣下だけだ」

 そして付け加える。

「もはや、お主達がそのお姿を見る事はかなわぬであろうがな」


 その皆の羨望を一身に受けるベルトラムは、一人一人に声をかけた。彼らは程度の強弱はあるものの知勇兼備の宰相に言葉をかけられた感激を表した。中には、本来国王にこそ向けるべきはずの忠誠をベルトラムに誓う者まで居た。


 ゴルシュタット軍がシロスクを発ったのは、その5日後だった。随分とのんびりしたものだが、敵との戦力差は6対1を越える。勝って当たり前の戦いで有るがゆえに、無理をする必要は無い。十分休息を取った軍勢で手堅く攻め確実に勝つ。それが真の戦上手というものである。


 エルブルクに到着したベルトラムは、軍勢に城を包囲させつつ降伏勧告の使者を城内に送った。その使者が持ち帰った返答は、城内の者達と協議するので数日返答を待って欲しいというものだった。


「宰相閣下。これは篭城の準備を整える為の時間稼ぎと思われます」

「私もそう思います。勧告に応じなかったのですから、すぐにでも攻撃を開始すべきです」


 敵を前にし甲冑姿の若い幕僚達は口をそろえ、戦場にあっても平服のベルトラムに攻撃開始を進言した。


 もっともらしく聞こえるが、折角ここまで来て戦わずには帰れない。と言ったところか。ベルトラムは彼らの若い気負いをそう判断した。若い頃は、とかく戦いを辞さず、というのが勇猛果敢と考えがちである。ベルトラムからすれば、それは勇猛と猪突の混同である。


「確かに時間を与えれば更に城を固めるかも知れん。だが、もはや彼らに余剰戦力は無く、万一の裏切りに備えてリンブルク北部の軍勢はゴルシュタットに移送し、敵に援軍の目は無い。援軍なき篭城が勝利するには、敵の食料が尽きるまで持ち堪えるしかないが、我らは補給の計画も万全。勝ちが見えている戦で多少時間をくれてやっても、それで万一にでもやつ等が降伏すれば得るものに対し賭け金が不当に高い訳でもなかろう」


 ベルトラムは断言し、それに反論できる者は居なかった。


 だが、5日後に再度使者を送ったが、今だ意見が纏まらぬと返され、更に3日後もまだ纏まらずと返された。


「さて、では攻めるか」


 その段になってやっとベルトラムは城攻めを命じた。他の者が同じ対応をしようものなら、城側にまんまと騙されたと陰口を叩かれそうなものだが、彼に限ってはそうはならない。


「流石は宰相閣下。何事も無いかのように動じないぞ」

「当たり前だ。ベルトラム様は始めに言っておられたではないか。これは、万一敵が降伏すれば儲けものの賭けなのだと。賭けの1つや2つ外れたくらいで取り乱すお方ではない」


 人の評価など一朝一夕で変わるものではなく、今までの積み重ねが土台にある。その頑強な土台の上に将兵はベルトラムへの尊敬の念を篤くし、信頼の砦は更に強固となっていく。


 それに時を与えれば守り手が防御を固めるように、攻め手も攻撃の準備を整える。十分水を吸い込ませて燃え難くした櫓や梯子などを数多く揃え、ゴルシュタット軍は城攻めを開始した。


 6万を越える軍勢が蟻の這い出る隙間も無いほど城を厳重に包囲した。ベルトラムが言ったように補給が万全な城攻めは、敵の兵糧が尽きれば勝てる。勝利が確定されている今、それでも城攻めを行うのは城方への心理的威圧の意味合いが大きい。


「矢を雨霰と降らせよ! だが、敵が怯んで反撃の手が緩まっても勇み足になるな。梯子をかけ城壁に駆け上りそこから城内に矢の2、3も打ち込み戻って来い!」


 実際、更に攻め込めば多くの被害を出す。しかし、城壁に上り矢を打ち込んでから悠々と戻れば、敵はこちらに余裕があると見て取る。戦いとはお互いの精神的優位の奪い合いである。その均衡が崩れ決定的になった時に、野戦では敵が敗走し、城攻めでは敵が降伏する。敵を討つのも、城門を打ち破るのもその手段の1つに過ぎない。


 かつてとある武将は、難攻不落の巨城を落とすのに、その傍の山頂の木々に隠れる場所に張りぼての城を急造し、それが完成すると周りの木々を切り倒し一夜にして敵前に城が出現させたとの演出を行った。それを見て、城方は戦意喪失し降伏したという。実際、目の前に城が出来たとて、それで戦況が変わるものではなかったが、それが出来る敵の余裕に城方は恐怖したのだ。


 ベルトラムは自軍の優位を見せ付ける戦いに終始し、思い出したように時おり降伏を求める使者を城に送った。だが、城からの返答は、やはり、検討するので時間が欲しいと言うばかり。流石にそれは無視して毎日城攻めを行う。その日々に、愛国に燃える将兵にも動揺が見られた。


「敵に内通し城門を開け放とうとした者が居たとの密告が増えております」


 士官からの報告に南リンブルク王国軍総司令リーデンバッハ伯爵は舌打ちで応じた。


「敵は補給に苦しみ、それを隠す為に合えて余裕があるように見せかけ我らを降伏させようとしているのだと伝えよ」


 無論、それが偽りなのはリーデンバッハ自身分かっている。ここから程近いシロスクはベルトラムの領地。ベルトラムはそこに物資を集積し万全の体制を整えている。だが、名将の条件とは正直者である事ではない。ある意味、敵以上に如何に上手く味方を騙せるか。詐欺師である事が名将の条件だ。その意味においてリーデンバッハは粉≪まご≫う事なき名将であった。


 リーデンバッハは自らの、愛国、王家への忠誠心を声高に叫び将兵を奮い立たせ、敵には兵糧が無いと宣伝し鼓舞する。それは実を結び兵士達は持ち直した。そしてそれ以降、ゴルシュタット軍が如何に余裕ある態度を見せ優勢を誇示しようとも、愛国に燃え、敵の窮地を見破った――と思い込んでいる――南リンブルク軍兵士達は揺るがなかったのである。


 そして、シュバルツベルク公爵から伝えられた、その時を待つ。その使者が来た時が勝利の時だ。


 公爵からの使者はゴルシュタット軍に見つからぬように、秘密裏に作られた城と外部を繋ぐ抜け穴から入ってくる手はずだ。その抜け穴は普段は隠され、いざという時に城主が脱出する為に作られた物だ。


 抜け穴は特別に珍しい物でも無く、ゴルシュタット軍も城を包囲する時に抜け穴が無いかはくまなく探したが、見つける事は出来なかった。その抜け穴は、なんと水が満たされた今も利用されている井戸に繋がっていた。


 そして更に驚く事に、通る時には水が引くような仕掛けも無い。では、どうやって通るかといえば単純にその間息を止めるというものだ。もっとも、水に沈んだ場所の距離は僅か10サイト(約8.5メートル)ほどで知っていれば通るのは難しくないが、それを知らねば、水が満たされる井戸に抜け穴があるとは誰も考えない。


 その日もゴルシュタット軍の攻撃をしのぎ切り夜を迎えた。その報告を国王親子に行う。守るべき国王を最前線の城に置くのは危険だという意見もあったが、敵との戦力差を考えた場合、別の場所において守る余力が無かったのだ。


 既に枯れたと言われていた国王だが、南リンブルク王国建国の宣言から生気を取り戻した。とはいえ、若々しくなったのではなく、皺だらけの顔に目だけは爛々と光り、枯れた木が動き出したかのような奇怪な物の怪にも見える。


「本日もゴルシュタット軍の攻撃を撃退しました。もはや彼らの攻勢も限界。後しばらくの我慢で御座います」

「うむ。そちの働き満足しておる。早くベルトラムの首を取るのだぞ」


 戦況報告を全く聞いていないのではないかと疑いたくなる国王からの労いの言葉を賜った後、幕僚達との晩餐に向かった。公爵との計画は、万一の露見を警戒し幕僚達の中でも知るのは極一部。多くの者は、ここを守りきれさえすれば、ゴルシュタット軍は補給に苦しみ撤退すると信じていた。


「ゴルシュタットの奴らめ、今日も多くの炊煙を上げておったわ」

「全く愚かな。我らに見せ付け、自分達の兵糧は多いのだと思い込ませたいのであろう」


 幕僚達は嘲笑したが、実際はゴルシュタット軍の兵糧が尽きる事は無い。しかしリーデンバッハにそれを指摘する気はない。ゴルシュタット軍の兵糧は尽きぬが、戦意はもうすぐ尽きる、いや、自らの国王が捕らえられたと知り消えうせるのだ。それまで篭城を続けていれば良い事に変わりなく、何ほどの違いがあろうか。


 しかも、こちらの計画を知らぬベルトラムは、自分達こそ我らを兵糧攻めにすれば勝てると思っている。それゆえ攻め手も激しくは無く、守るのに苦労はなかった。もはや、勝利は約束されたようなものだ。


 篭城中で兵士達は粗末な食事に耐えている中、リーデンバッハは気の早い勝利の美酒に酔いしれた。なに構うものか。たとえ自分が酔い潰れても、兵士達には油断なく厳重に警戒せよと命じてあるのだ。


 軍隊とは組織である。それぞれ役目は定められており、物語のように将軍が油断すれば見張りも警戒を怠り夜襲を見逃すなどという奇怪な事は起こらない。万一本当に夜襲があってその時に将軍が酔い潰れていても、幕僚の誰か1人でも指示が出せる状態ならば迎撃の命令はだせるのだ。


 だがその夜、実際に十分な数の幕僚達が酔い潰れていなかったにもかかわらず、的確な命令を下せた者は誰一人として居なかった。


 城の外は厳重に警戒していたものの、城内に突如現れた敵兵に気付いた時には、既に内部から城門に敵兵が取り付いていた。兵が駆けつけるも間に合わなかった。数倍の敵に乱入されいたるところに火が放たれ城内は大混乱だ。


 数で劣り指揮系統もずたずたとなった南リンブルク勢は瞬く間に蹴散らされ、国王親子は捕らえられた。そして、南リンブルク王国とその軍総司令は、短い命を終えたのだった。

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