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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
207/443

第118話:暗躍する公爵

 リンブルク王国。その南部地方は、つい数ヶ月前までは皇国の衛星国家デル・レイ王国に占領されていた。だが、それゆえに北部支配を強めるベルトラム派勢力の空白地帯ともいえる。


 リンブルク王国公爵シュバルツベルクは、一度は北部に広げた反ベルトラム勢力を当のベルトラムに乗っ取られた。しかしそれでも諦めず、南部地方に再度勢力を広げ機会をうかがっていた。


 一番の懸念事項であった親ゴルシュタット派のフリッツ王子は侍女のシモンが篭絡し、その後操るのは簡単だった。


「あの方は、高貴な身分にもかかわらず下々の事を考える自分が好きなだけなのです」


 シモンの報告を受け、ならばと、ゴルシュタットの支配から開放するのが民の幸せだとシモンを通じ吹き込んだのだ。そしてその成功を元に、反攻の狼煙を上げる決意を固めたのだった。


 無論、味方の中からも公爵の性急な動きを懸念する者も居た。


「フリッツ殿下は、親ゴルシュタットから反ゴルシュタットに旗色を変えたばかり、公爵は障害がなくなったとお考えになり、今こそと思われたので御座いましょうが、殿下がこちらに付いたと聞けば、一度はベルトラムに組した者達からもこちらに寝返る者も出てきましょう。もうしばらくご辛抱なされては」


 だが、公爵も考えなしに動いたのではない。


「確かにそうだが、ベルトラムとて手を拱いてはいないはず。こちらが北部からの寝返りを待つ間に、ベルトラムは南部に手を伸ばすだろう。いや、既に南部に接触しているという報告もある。やるなら今しかない」


 元々南部は、デル・レイが主張した通りリンブルクの物でなかった。皇国を打ち立てた皇祖エドゥアルドとの共同作戦により攻め取った土地である。その領土は戦功のあった家臣達に分け与えられ、今でも王家に対する忠誠心は巨石のように頑強だ。しかし、ベルトラムの老獪さは蟻のように巨石を包み込み穴を開け砂の塊に変えかねない。その時間を与えるべきではないのだ。


 リンブルクに置いては、リンブルク王を抑えた者が正義である。昼は王子、夜は国王を相手にしているシモンを通じ、かねてからの手はず通り国王の家族を南部に避難させ、その到着を持って南部領主達は挙兵した。


 この時点ではまだ公爵は表に出ず、その旗頭は南部のリーデンバッハを領する有力領主、リーデンバッハ伯爵だ。元々は別の姓だったが、国王から土地を与えられた時にその姓に変えたのである。


「我ら南部領主は、国王陛下、フリッツ殿下をお迎えし、ここに南リンブルク王国を宣言する!」

「おぉぉぉっ!」

「ゴルシュタットに組した北部は、恥を知るが良い!」


 リーデンバッハ伯爵の新王国を称えた。南部領主、将兵は歓声をあげ、北部を蔑み意気盛んだ。騎士は剣を抜き放ち、兵士は槍をかざし建国の英雄にならんと愛国心に燃える。南リンブルクを名乗るなど、一見北部を放棄するかのようだが、これも公爵と伯爵が立てた作戦である。


「北部と南部が連携して動くと敵に感づかれてはならない。始めは南部のみの挙兵とするのだ」

「なるほど。ゴルシュタット軍を油断させる訳ですな」

「奴らは北部から南部への入り口の要衝、エルブルク城をまず囲む。お主達もそこに主力を置いてくれ。城攻めが始まった瞬間、北部の軍勢がゴルシュタット軍内部で反乱を起こす。お主達は、その時にこそベルトラムが居る本陣目掛け打って出るのだ」

「かしこまりました」


 無論、北部領主達にはベルトラムに組する者は多い。だが、軍勢とは基本的に前方。防御力が高いと言われる方陣ですら外側との戦いを想定している。突如内側に敵が出現しては、如何に大軍とて混乱は必至である。そして、戦況が傾けば、ベルトラムに組する貴族達からも裏切りが続出するはずだ。


 反旗を翻した彼らの動きにベルトラムの反応も早かった。早朝、国王親子が王宮から姿を消したと皆が気付いた時には、なんとリンブルク宰相たる彼も王宮から居なくなっていたのだ。再度ベルトラムが王都に出現したのは、丸一日以上経った翌日の昼過ぎである。


 リンブルク内の自らの領地と要衝を固めていたゴルシュタット軍を呼び集め、兵5千と共に戻ってきたのだ。ベルトラムは主の居なくなったその軍勢で王宮を固めた。


 ベルトラムのこの行動に、偉そうにしているくせになんと臆病な、と陰口を叩く者も居たが、公爵はその老獪さに舌打ちし、部下に愚痴を漏らした。


「もう半日、王都に留まっていれば南部の者達の仕業と思わせ討ち取っていたものを」


 合戦でベルトラムの首を取る算段は出来ているが、王都で取れるならばそれに越した事はない。それでゴルシュタットがリンブルクに手を出すのを止めればそれで良し。別の者が軍勢を率いてきても、ベルトラムを相手にするよりは楽になるというものだ。


「如何に致しましょう。今からでも襲いますか?」

「いや、5千の軍勢を率いるベルトラムを討つには北部の全軍1万が必要だ。それではゴルシュタット軍を油断させられない。それに5千対1万では、逃げに徹せられてはベルトラムを討つのも難しい」


 そして公爵もここに至り理解していた。ベルトラムの豪胆は、ここで逃げる豪胆だ。鎖に繋がれた獅子の爪には髪一筋の距離まで何の恐れもなく近づくが、解き放たれた獅子には近づかない。近づく者が居れば、それはただの阿呆である。


「まあ良い。ここでベルトラムを討てなくても当初の予定通りだ。奴からの要請があり次第、我らの軍勢は集めるぞ」

「は」


 ベルトラムが王都に舞い戻った翌日、公爵は王宮に呼び出された。主の居ない王座の横に立ち、あくまでリンブルク宰相の態を取る。公爵に向ける視線は鋭いが、それは常の事だ。国王と共に南部に逃げた大臣も多く、居並ぶ者達の数はいつもの半分にも満たない。


「暴走した南部の者達が国王家族を誘拐し、新王国などと妄言を吐いているそうです」


 現在、王宮に残っているのはベルトラム派の者達ばかり。聞かれても構わぬと、ベルトラムの言葉もかなり際どい。


「ええ。あまりにも短慮。やるならもう少し上手くやれば良いものを」


 あえて、彼の特徴とも言える見下す態度で今回の挙兵を侮辱した。しかし、ベルトラムの表情は変わらず、どう受け止めたかは読めない。


「とはいえ、これで我らの未来には不要な者達が燻り出された。この者達を片付ければ、我らの体制は磐石。我らにとっては好機とも言えましょう」

「はい。ですが、1万の兵が城塞に篭れば、それを討つは容易ではありません。ここで手間取れば、彼らに呼応する者達も出てきかねません」


「分かっています。ゴルシュタット全軍を向かわせましょう」

「なるほど。それならば一気に勝負を付けられますな」


 追従する笑みを公爵は浮かべた。もっともその本心は、自らの計画が予定通りに進んでいる事へのものである。だが、同じく笑みを浮かべたベルトラムの目の光に、正体の分からぬ恐怖を感じ背筋に冷たいものが奔った。


「しかし、失敗しましたな。シュバルツベルク公爵殿」

「何がでしょうか」


 平然と答えたものの、吹き出た汗で、手のひらが一瞬にして水で洗ったように濡れる。


「貴方にはリンブルク貴族達の纏め役をお願いしていたではないですか。それがみすみす今回の挙兵。どうやら私は、公爵を買いかぶっていたようですな」

「確かに、返す言葉もありません」


 そう思われているならいい。とにかく、この挙兵自体が自分の主導であると露見しなければ良いのだ。だが、ベルトラムの瞳が再度光る。


「北部の領主達は、大丈夫でしょうな」


 やはり、ばれて……いるのか。つい動揺し視線が泳いだ。しかし持ち堪える。反射的に手で顔を覆い、

「そこまで失望させてしまいましたか」

 と、嘆いて見せた。


「ですが、大丈夫です。北部の者達は完全に掌握しております」

「信用出来ませんな」


 冷たく言い放ち、ベルトラム派の大臣達からもざわめきが起こる。公爵はベルトラムの有力な味方のはず、それをここまで言って良いものか。と、動揺し視線を交し合う。


「こ、これは手痛い」

 演技ではなく公爵は青ざめた。

「北部の者達は宰相に忠誠を誓っております。どうかご安心を」


「まったく、信用出来ませんな」

 ベルトラムは繰り返す。


 上手くやっているはずだったが、ベルトラムはそれを全て見通していたのか。絶句する公爵の顔を、ベルトラムの皮肉な笑みが撫でる。


「宰相に忠誠を誓う北部の者達がその言葉を聞けば嘆き悲しみましょう」

「お勘違いなさるな。信用出来ぬのは公爵殿の能力です。南部を纏められなかった者に北部は纏められていると言われても、その言葉を信用する訳にはまいりません」


 無能と言い切られ、公爵に言葉はない。だが、僅かに安著の気持ちもある。裏切りを疑われたのなら後は無いが、能力を疑われたのなら、むしろ安全ともいえる。


「今回の戦いにリンブルク北部の軍勢は連れて行きません。戦いは我がゴルシュタット軍だけで行います」


 ここで北部領主達の軍勢を連れて行って欲しいと粘れば疑われる。仕方がない。北部のベルトラム派も、自分達が当のベルトラムに信用されてないと分かれば、こちらに着く。結果的に良い方に倒れた。ゴルシュタット軍が南部に向かってから挙兵して退路を断ち、南部の者達と挟み撃ちにするのだ。


「北部領主の軍勢は、我が手の者を監視に置きゴルシュタット国内に移動させます。無論、ご領主達自身は、リンブルクに留め置きます。公爵殿、よろしいですな?」


 良いはずが、ない。主たる領主を人質に取られては、軍勢は言いなりである。しかも、戦場に連れて行かぬだけならまだしも、万一の反乱を警戒し遠くゴルシュタットに隔離するとは。


「そうそう。他の領主達もそうですが、反乱を平定するまで屋敷から出ないように。特に公爵は、誰とも会わないで頂きたい」


 要するに軟禁だ。


 駄目だ。こうなっては計画は全て破綻し、挙兵した南部の者達を見殺しにするしかない。もはや、無能と言われたからなのか、計画が破綻したからなのか、その両方なのか。何が理由で顔を青くしたのか自身でも分からなくなった公爵は肩を落としたのだった。



 主無き北部領主達の軍勢は、1千ばかりのベルトラムの手勢に監視されながらゴルシュタット王国を目指した。リンブルク南部では愛国に燃える英雄達が立ち上がったにもかかわらず、自分達はそれに参加出来ない。いや、それどころか、敵対する事すら叶わず隔離されるのだ。あまりにもの情けなさに、全ての将兵の顔は暗い。


 その陰気な軍勢は、国境付近で彼らとは逆にリンブルクへと向かうゴルシュタット軍とすれ違った。リンブルク北部軍の士官は、ゴルシュタット軍の士官から挨拶に来いと呼びつけられ、屈辱に耐えながら跪いた。その夜、多くの者が野営用の粗末な毛布に包まり人知れず涙を流した。


 しかも、ゴルシュタットに到着してからも王都から2.4ケイト(約20キロ)の場所に粗末な野営地を作らされ、ここでリンブルクでの反乱が終わるまで待てと、放置されたのだった。



 それから数日後、ゴルシュタット王国王都の奥にある王宮を夜の闇が包んでいた。ランリエルやカルデイ帝国と違い、王都全体は城壁に囲まれておらず、人々が住む城下町の奥に王宮が煌びやかな威容を誇る。今は闇に包まれそれを見る事は出来ないが、幾つかの窓からは、食事に読書にと惜しげもなく高価な油や蝋燭が使われ光が漏れている。


「まったく、今夜使う蝋燭だけで俺の収入何年分になりやがるんだ」


 王宮の門の守衛アイマーは、一瞥し愚痴をこぼすと杯に波々と注いだ麦酒で喉の渇きを癒した。真に真面目な勤務態度である。水が不味くてそのままでは飲めないこの地では、麦酒程度は水代わり。勤務中に飲むのも軍規違反ではない。愚痴を言うのも任務に支障がある訳ではないのだ。


 城外に視線を走らし、また麦酒を胃に流し込む。時に王宮に目を向け、また愚痴をこぼした。それを何度も繰り返すが、真面目なアイマーは、実直に任務に励む。ここ数年、同じ事の繰り返しだ。これが朝まで繰り返されると分かっていても手を抜く事はない。


 だが、その時アイマーは我が目を疑った。裕福な王族や貴族と違い庶民にとって蝋燭や油は高価だ。貴族の屋敷は郊外にあり、王都といえど夜は暗く閑散としたものである。その闇に篝火のような明かりが見えたのだ。


 まさかこの程度で酔っ払ったのか? いや、麦酒の5杯や10杯で酔うはずが無い。しかし目を擦り何度も見直している間にも、突如現れた篝火は更にその数を増やしていく。


 しかも、増えるだけではなく一つ一つの輝きも増していく。近寄ってきているのか? ありえぬ光景に思考が停止した。


「敵襲だ!」


 我に返り叫んだが時既に遅く、叫び終わった瞬間、飛来する矢に命を落としたのだった。


 ゴルシュタット王宮の城壁を蝗のように兵士達が群がった。王宮の守衛達は必死に守るが、ゴルシュタットのほぼ全戦力はリンブルクにいる。多勢に無勢であり守りきれるものでは無い。僅かの間に城門は開け放たれ次々と軍勢が王宮に突入していく。


 少し離れたところに若い男の姿があった。軍人ではないらしく甲冑どころか軍服すら身に着けず、場違いにも刺繍も見事な煌びやかな服装だ。


「如何な堅城も、兵が居らねば脆いものだな」


 呟く男の声は、どこか人を見下して聞こえた。

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