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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
203/443

第114話:螺旋

 現在、サルヴァ王子の頭を悩ませる問題は、大きく3つあった。


 まずは、サマルティ王子を担ぎ、サルヴァ王子の王位継承権に異議を唱える勢力。

 次に、旧ケルディラ領の領有権問題を含めた反ランリエル勢力。

 最後に、その反ランリエル勢力と会談を行っても、相手の’王’という格にサルヴァ’王子’が対抗出来ない事だ。


 ここしばらく、廊下を歩いている時、晩餐で肉の塊を咀嚼しながら、寝る前ですら思い出せばそれを考え続けていた。今も執務室で仕事の合間に一息付き考えている。


 そしてその度に、同じ解決策が浮かぶ。自分が王位に就けばいい。


 1つ目の問題はそれで決着がつく。3つ目の問題もそれで解消される。そして3つ目の問題が解消されれば、2つ目の問題を交渉での解決で目指すならば、こちらの不利はかなり軽減される。


 どう考えても王位に就く方が良い。その反作用を考えぬならばだ。


 まず第一に、今だ壮年である13歳違いの父王に譲位を迫るのは子として心苦しいという事だ。だが、そのような親子の情を抜きに計算しても、他から見れば、非情にも父から王位を奪ったと見られる。それは、サルヴァ王子が政治、軍事を掌握する事により、それらの権力から遠ざけられた者共からのまたとない攻撃の口実となる。


 そして、自分が王位に就く事により問題が軽減されるかと思われた2つ目の問題が、その思いに反し大きく燃え上がる可能性があった。


 サルヴァ・アルディナは、ランリエル王になる事により更に権力を強化し、野望に向け動き出すに違いない。


 サルヴァ王子に悪意を持つ者なら、そう主張する。そして間違いなく、デル・レイ王アルベルドには悪意があった。つまり2つ目の問題が悪化するのだ。


 結局は、王位に就けば2つの問題が解決したかと思えば、1つの新たな問題が発生し、1つの問題が悪化するのである。


「どうにもならんな。これは……」


 行き場の失った思考が言葉として溢れた。仕事の邪魔にならぬように王子の後ろで気配を消し、退屈に耐えかねていたウィルケスが、ここぞとばかりに参加してくる。


「何が、どうにもならないのですか?」

「ん? ああ、私の王位継承についてだ」


「私は、もう殿下が王位に就くのが良いと思いますが」

「簡単に言ってくれるな。それに父はまだ、50にもなっていないのだぞ。その父を引退させよというのか」


「クレックス陛下も反対なさらないと思いますよ」

 今も、半分引退しているようなものですし。とは、流石のウィルケスも言えない。


「そうかも知れないが、王家とは王族だけの物ではないのでな。貴族達に担がれている面もあるのだ。担がれる者があまりに自侭に動いては、振り落とされる事もあろう」


「それは、分からないでもないですが」

 結構、担がれている上で暴れまわっているように見えるんですけどね。とも言えなかった。


「それにだ。デル・レイら我が国と敵対する者達がどう動くかも軽視できん。私が王位に就く事により、西侵の野心間違いなしと決め付けてくる可能性もあるからな」

「それに問題があるんですか? そんな事は無視すればよろしいのでは」


「無視してそれで問題が解決すれば良いが、下手をすれば今度は向こうから仕掛けてきかねない」

「それは勘ですか?」


「いや、私が彼らの立場で、あくまでランリエルと敵対し続ける気ならそうするという話だ。明らかに攻撃の意図ある者に先制攻撃を躊躇する必要がないと唱えて」

「ですが、もしそうだとしても、我が方の戦力は敵を圧倒しています。恐れる必要はないのでは」


「デル・レイだ。あれが面倒だ」

「面倒、ですか?」


「皇国の衛星国家を倒す訳にはいかんからな。どうしても止めはさせん。国境を接するのすら問題だ。そうなるとケルディラやロタも緩衝地としてある程度の領土は残さねばならん。そして、おそらくデル・レイ王アルベルドは、何度でも挑んでくる」


 なぜそこまでするのか。それはサルヴァ王子にもまだ読めていない。しかしそれは確信に近かった。


「それは確かに面倒な相手ですね。戦力が劣って負けても何度でもやり直し、勝つまで繰り返すってやつですか」

「そういう事だ」


「いっその事。皇国を倒してしまうというのはどうでしょう?」

「皇国を……」


 流石のサルヴァ王子も絶句した。だが、その言葉に覇者の血が騒いだ。一瞬の内に皇国と自分の勢力との戦力を比較し勝算を考え始める。もっともその血が冷めるのも早かった。


「まあ、無理だな。皇国は兵100万を号する超大国だ。多少誇張があるとしても、かき集めて30数万の我らが勝てる相手ではない」

 と、僅かでも勝算などを考えた事に自嘲を浮かべる。


「そうですか。勝てると思いますけどね」

「なに?」


 改めて視線を向けた彼の副官の目は、その軽い口調に反し笑ってはいなかった。


「ケルディラ、ロタ、ドゥムヤータにブランディッシュ、ゴルシュタット、リンブルク。そして今のランリエルの戦力。それらを全て合わせれば十分勝算はあると思うのですが」


 2人はしばらく見詰め合っていた。副官の目を見返す王子の目も笑ってはいない。その時間は決して短いものではなかった。不意にサルヴァ王子が、ふ、と噴出した。次第に笑いが大きくなる。それがしばらく続いた後、また不意に止まる。


「中々、面白い戯言だが、現実的ではないな。それらの国々を征するまで皇国が黙っているとは思えん。起こり得ぬ条件を元に勝算を語るなど、軍人失格だぞ。ウィルケス」

「これは失礼致しました」


 おっと、調子に乗りすぎたか。と、王子の反応にウィルケスも矛を収めた。しかし、王子自身、胸の内に一瞬だが燃え上がった炎を自覚せざる得なかった。


 それから王子は仕事を再開し、ウィルケスもそれ以降は口を開かなかった。


 何か邪念を振り払うように仕事に没頭していたが、夕刻前にそれを中断させる者が現れた。サルヴァ王子陣営の情報担当カーサス伯爵である。


 すぐさま部屋に通され勧められた椅子に座った。いつもは銀色に輝く頭髪が、暮れ始めた日に橙に染まる。


「どうしたカーサス伯爵。新しい情報でも掴んだか?」

「いえ。残念ながら。以前の報告の補完といったところです。それと、失態のお詫びに」


「どういう意味だ?」

「以前ご報告させて頂いた、宰相のヴィルガ殿とセリオ伯爵がサマルティ殿下を推す者達の首魁ではないかという話ですが、確実かと」


「間違いないか?」

「はい。最近、サマルティ殿下を支持しだした者を張りました。その者が友人を連れ宰相の屋敷を訪れた翌日から、その友人はサマルティ殿下を褒め称え始めたとか」


「それだけでは、確実とは言えぬと思うが」

「それが、30人以上居てもですか?」


 伯爵の言葉に王子は一瞬目を見開き微笑んだ。


「なるほど。それはご苦労だった。伯爵の言う通り違いないだろう」

「セリオ伯爵についても、宰相の屋敷に入り浸っております。知らぬは通りますまい。宰相との関係から見てもセリオ伯爵が一方的な部下とも考えられません」


「宰相には評価もし、目を掛けていたのだが……」

「どうやら、自分の裁量で政治が行えないのに不満があるようです。現在のランリエルでは、殿下が政治も軍事も掌握されておりますので」


「ふむ。それは悪い事をしたな」


 王子の口調は、本当にそう思っていそうだった。宰相の能力を評価し抜擢した積もりだったが、確かにやらせているのは自分の仕事の雑用だったかもしれない。


「そして、失態の方ですが」

「ああ、伯爵には珍しいな。どんな失敗をしたのだ?」


「実は、私の配下の者達以外にも、宰相の屋敷を張っている者がおりました。どうやら他国者のようで御座います」

「ほう……。どこの者だ?」


「偶然を装い声を掛けさせたところ、訛りはカルデイのものでした」


 この大陸では基本的にどこの国でも同じ言葉を使うが、住む国によって、やはり多少の’訛り’がある。


「カルデイ人か?」

「いえ。カルデイ人にしては、少し訛りがわざとらしかったと」


「よくそこまで分かるものだな。伯爵の部下は優秀のようだ」

「なに、我らはカルデイ人ですので」

 というカーサス伯爵は完全にランリエル訛りである。


「そういえばそうだったな。伯爵があまりにも我が国に馴染んでいるので、つい忘れてしまう」

「ランリエルに住めばランリエル人に合わせます。カルデイに住めばカルデイに馴染むでしょう。では、ランリエルでカルデイ人の振りをするのは、何人なのでしょうか?」


 伯爵は意味ありげな笑みを浮かべ王子の目が光った。


「それは、興味深い話だな」

「はい。そしてその者を追わせたところ、向かったのはカルデイの方角でした」


「ふむ」

「そして国境を越えカルデイに入ると……」


「そこから向きを変えたか?」

「いえ。カルデイ帝都までまっすぐに」


「伯爵……」

「そして、帝都の人混みを縫いながら町を一周すると北に向かって進み、コルス山脈に消えていったと。流石に私の部下もそれ以上は追えませんでした。万一後を付けられた時の配慮なのでしょうが、そこまでするものなのかと感心致しました」


「なるほど。それが失態か。しかし、その者の方こそカーサス伯爵にそこまで言われれば本望だろう」

「必ずや尻尾を掴んで見せます」


 サマルティを王座につけようとする勢力は、あくまでランリエル内部の者達。そう、王子は考えていたが、他国が介入しているという事か。だが、いかにその動きで尻尾を掴ませまいとしても、現象が足跡を残している。そしてそれはカーサス伯爵も察していた。


「もっとも、心当たりが無い訳ではありませんが」

「ああ」


 デル・レイ……なのであろうな。それが両者の共通の認識だ。名を出す必要すらなかった。


「よろしく頼む」

「お任せ下さい」


 日は更に暮れ、頭を下げる伯爵の頭髪が先ほどより濃く橙に染まっていた。


 カーサス伯爵が退室すると、気を取り直したらしいウィルケスがまた王子に話しかけた。


「そういえば、伯爵の領地はカルデイにあるんですよね」

「ああ。もっとも、伯爵の領地はランリエル領だがな」


 カーサス伯爵はサルヴァ王子に賭け、領地ごとランリエルに亡命するという離れ業をやってのけたのである。それゆえ、カルデイ帝国内にあるランリエル伯爵領を有するランリエル貴族という、一見、首を傾げる存在だ。


「随分と、変な事を思いついたものですね」

「ああ、私も始めに聞いた時には、何を言っているのだと思ったものだ」


 この2ヵ月後、サルヴァ・アルディナ、王位に就く。その報が大陸全土を駆け巡ったのだった。

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