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愚者達の戦記  作者: 六三
皇国編
193/443

第104話:金戦

 リファール伯爵の予想外の動きに恐怖したブランディッシュ王ローランドは直属の精鋭部隊と共に退却した。リファールの暴れん坊ことリファール伯爵はそれを見逃さない。すかさず追撃を行い、さらに国王救援の為、その後ろをブランディッシュ軍本隊が後に続く。その動きは、ドゥムヤータ軍本隊からも見る事が出来た。


「追いかけよ!」


 バイヤールは追撃の命令を出したが、何もかも投げ出し逃げる敵ほど素早くは動けない。ドゥムヤータ軍本隊の動きは愚鈍だった。と、後にリファール伯爵は評した。


 本隊とは違いリファール伯爵の動きは素早かった。


 ジョイブール砦付近はドゥムヤータの領土だ。国王直属の精鋭達も、敵地で暗闇に追撃を受ける、という三重苦に一方的に討たれ生き残った者達も散り散りだ。国王を守るのは僅か数十騎となっていた。


 しかも、後ろから追って来る体勢となったブランディッシュ軍本隊に対しても、兵を割きぶつけたのである。敵地で暗闇に伏兵を受けた、ブランディッシュ軍本隊も大混乱を起こした。こうなっては総司令のクルサードも軍勢を立て直すのを諦め、被害を最小限に留める事のみに専念せざるを得なかったのである。


 これについては、ブランディッシュ軍本隊の後ろにドゥムヤータ軍本隊が居た為、ブランディッシュ兵の恐怖が増大された事も有るが、実際ドゥムヤータ軍本隊の動きは遅れ戦闘には参加していなかった。リファールの暴れん坊はその手勢のみでブランディッシュ軍を倒したとその武名を上げたのだった。


 翌朝、ローランド王は敗残の兵を率いブランディッシュ王国内のコンコート城に入った。リファール伯爵もドゥムヤータ軍本隊と合流し城を囲んだ。


 この時、ブランディッシュ軍総司令クルサードも敗残の兵を纏めつつ進んでいたが、国王との間にはリファール伯爵の軍勢に割り込まれ別の進路で王都を目指している。


 昨日の夜にリファール伯爵が丘を占領した時には毒づいたバイヤールだが、こうなっては文字通り兜を脱ぐしかない。


「お見事ですリファール伯爵。これより指揮権を伯爵に委譲します」

「うむ」


 全軍の指揮権を得た伯爵は早速コンコート城を激しく攻めた。兵は少なく篭城の準備も出来ていない為、城は僅か2刻≪4時間≫ほどで落ちた。王は脱出し次にフォート城に入ったがそこも陥落寸前である。そもそもの敗因は王の退却にあるのだが、王はそれに気付かずかない。


「援軍は! 援軍は来ぬのか!」


 怒鳴られる側近こそ災難である。だがそれも側近の仕事の内だと受け止める。


「は。バートレット公爵らの軍勢が、レディング城にて国王陛下をお待ちしているとの事で御座います」


 バートレット公爵は今回の出陣に対し出兵拒否を行い敗北の一因を作ったが、今はその責を問うどころではない。彼の軍勢が必要だった。


「よし! では、この城を捨てレディングに向かうぞ!」

「は!」


 残った将兵には出来るだけ持ち堪えて時間を稼げと命令し、側近ら僅か数名と共に国王ローランドは城を脱出した。女官達は足手まといなので置いていった。


 王命に従う兵士達が必死で守るフォート城を落とし、レディング城に辿り着いた。


「今度こそ逃がすなよ。蟻の這い出る間も無いほど厳重に取り囲むのだ」

 リファール伯爵は早速城を囲もうと命令を発した。折角ここまで追い詰めたのだ。王を虜とすれば完全に勝敗は決し、前回の敗戦の責を償って余りある。


「は!」

 各隊の士官達に命令が伝えられ軍勢が動き出した。


 だが、城攻めが始まる前に城内から使者が訪れた。その使者の口上に流石のリファールの暴れの坊が驚愕する。


「ローランド王が、敗戦の責を取り自刃しただと!」

「は。王位は従弟であるバートレット公爵に譲り、我が国との交渉を託されたとの事で御座います」


 無論、ローランド王は素直に王位を譲ったのではなかった。


 城を脱出したローランド王は、側近達に愚痴を零しつつレディング城に向かっていた。


「やむを得ん。ドゥムヤータとは和睦だ。多少不利な条件でもいたしかたあるまい。しかし国王たる余が、なんと惨めな目に合わされるのか」

「は。全くで御座います」


「これも皆、大臣達が悪いのだ。奴らが通行税を引き上げれば巨額の利益が得られるなどと申すからだ。今まで通りの税率ならばドゥムヤータとも争わず、このような目にも合わずにすんだものを。そうであろう!」

「は。全て大臣達の所為で御座います」


 愚痴を吐く国王とそれを受け流す側近は城に辿り着き、バートレット公爵らの出迎えを受けた。


「陛下。この度はご敗戦。まことに残念で御座います。しかし陛下がご無事で何よりでした」

「うむ。全く酷い目にあった。これも皆総司令のクルサードの責任じゃ。王都に戻ればすぐにでも更迭、いや、敗戦の責を取らせ首を落としてくれるわ」

「全く持って陛下の仰る通りで」

 と王の愚痴に側近達も追従する。


「それではこちらへ。湯と着替えを用意させております」


 王は頷きその部屋へと向かったが、湯に入る為に側近達が退出したところで、いきなり完全武装の騎士達が乱入した。


「貴様ら、無礼であろう!」


 王の叫びに兜を被る騎士達の表情は見えず、動揺しているのかは分からない。その後ろからバートレット公爵ら貴族達が現れた。


「バートレット公爵! これはどういう事だ!」


 怒鳴る国王に公爵の目は冷ややかだ。


「どういう事も、欲に目が眩み度重なる出兵により我らを苦しめ、しかも多くの将兵を失い他国の土とした。国王としてその責を取って頂く」

「責だと! 余にか! 通行税を上げろと申したは大臣達。敗戦を招いたは総司令のクルサードであろうが!」


「何を仰る。我らが止めるのも聞かず出兵なさったは、陛下ご自身では御座らんか」

「黙れ。黙れ! そもそもお主達が出兵しておれば、余は出陣せずにすんだのじゃ! 王都に戻れば、必ずやお主達を処罰してくれる!」


 この瞬間、王は自身の死刑執行書に署名した。バートレット公爵が頷くと騎士達は無言で剣を抜き放ち、ローランド王を串刺したのだった。


 レディング城は無血開城されリファール伯爵は軍勢と共に入城した。ドゥムヤータでは王の上に立つ選王侯とはいえ伯爵が主人の席に座り、自称新国王が跪く。


「前王ローランドは、ドゥムヤータと争ったを悔い自刃致しました。自ら命を断つ前に、ドゥムヤータからの要求は全て飲むようにとのご指示を受けております。私も前王のご意思を引き継ぐ所存で御座います」

「それは何よりだ。しかし俺1人で決める訳にはいかん。返答はしばし待たれよ」

「は。ご尤もで御座います」


 新国王は伯爵に這いつくばった。


「ふんっ!」


 バートレットが退出するとリファールの暴れん坊は鼻を鳴らした。


 間違いなくローランド王は奴が殺したのだ。武辺者の血が気に食わぬと告げている。しかし、選王侯としての解答が更に自分自身気に食わなかったのである。


 事の次第をドゥムヤータに残る他の選王侯に早馬で伝え、その協議の結果が選王侯の纏め役であるフランセル侯爵と共にやって来た。侯爵はリファール伯爵の活躍を讃えた後、選王侯としての見解を伝えた。


「バートレット公爵をブランディッシュ王国の新王国としてドゥムヤータは支援する」


 やっぱ、そうなるわな。リファール伯爵は不快げな表情を隠さなかった。


 一見我侭放題に見える子供も、実は結構空気を読んでいる。家の中ではママに叱られれば大人しくなる子供が、外に出て店先で玩具が欲しいと駄々をこねる時には、いくらママがしかっても駄々をこね続ける。他者の目があれば厳しいママも折れざるをえない。子供は計算高いのだ。


 選王侯の会議ではかなり無茶をいう伯爵だが、それは他の選王侯への信頼でもあった。自分が言いたい放題言っても、それが真に無謀ならば他の選王侯達が止めるし、他の者から見て可能だというなら儲け物である。彼も場所を選べば常識的な判断を下すのだ。そうでなければリファール伯爵家の経営は無茶苦茶になっている。


 ドゥムヤータ軍はブランディッシュの新国王クリストファー・バートレットと共に、ブランディッシュ王国王都インディナに入った。新国王など認めぬという者も多数いたが、バートレットと共に出兵拒否した貴族達は支持する。しかもドゥムヤータ軍をも後ろ盾にした新国王に表立っては逆らえなかったのだ。


 そしてドゥムヤータとブランディッシュとの間で次の終戦協定が結ばれたのである。


 1つ。ルバンヌ城はドゥムヤータに返還する。

 1つ。ブランディッシュ国境の要衝、ホワイトヒル城をドゥムヤータに譲渡する。

 1つ。通行税は当初の通り3分とする。

 1つ。ブランディッシュは一連の戦いの責任を取り賠償金を支払うべきだが、現在、財政は困窮し支払いは困難の為、通行税の内、1分5厘をドゥムヤータに支払う。


 ドゥムヤータに有利な内容の誓約書にブランディッシュの新国王クリストファーとドゥムヤータ王セルジュがそれぞれ署名し、ここに両国の戦いは終結したのだった。



 ある日、シルヴェストル公爵の屋敷に招かれたジル・エヴラールは、今回の作戦の発案者である公爵に惜しみない賛辞を送った。


「お見事です。公爵が、これほどの軍略をお持ちとは思いませんでした」


 自身に軍略の才無しと自覚する彼は公爵に嫉妬せず素直な言葉だった。だが、それを受けた公爵は自ら杯に満たした葡萄酒に口を付け首を振った。


「ふ。あれは、軍略などではない」

 と苦笑する。


「軍略でない?」

「ブランディッシュは緒戦の勝利に酔って、莫大な利益が得られると思い込んだ。実際には、まだそれを手にした訳ではないのにもかかわらずな。その未来の利益を当てにし出兵を繰り返し破綻しただけだ」


「破綻……」

「そうだ。彼らブランディッシュ貴族は軍事を捻出出来なくなった。それは破綻であろう?」


「しかし、どうして彼らが破綻すると分かったのですか?」

「金が無くなり首が回らなくなれば金の支払いが渋り、主自身が動きだすのは当然だ。ブランディッシュの軍勢が減るか、国王自らが出陣して来るのを待っていたが、その両方だったからな」


「なるほど……」

「軍勢の指揮を執ったバイヤールにも伝えていたが、決定的な大敗北でなければ負けても構わなかった。この戦いは軍勢の勝負ではない。ブランディッシュとドゥムヤータのどちらの金が先に尽きるかの勝負だった」


 それゆえに、3戦目でブランディッシュ軍総司令クルサードに乱戦に持ち込まれた時、バイヤールは損害を覚悟の上で退却させ全軍での衝突を避けたのである。


「しかし、最後にはリファール伯爵が敵軍を撃破しましたが」

「あれは思わぬ僥倖だった。こちらにはまだ余裕があるところを見せつけ交渉を優位に進めるのが目的だったのだが、敵勢を撃破してしまうとはな」


 敵が限界を越えた時に、逆にこちらは増援を行い余裕を見せる。それにより敵はこれ以上の戦争継続を諦め、ドゥムヤータにとって優位な条件で和平が行える。そういう作戦だったのだ。


「しかし、我慢比べに勝てたから良いものの、先に我が方の貴族達が根を上げていれば勝者と敗者は場所を替えていたでしょう」

「なに。先に根を上げるのは彼らの方だとは分かっていた」


「と、いうと?」

「元々ブランディッシュと我が方は共に経済の発達せぬ国だ。いや、ドゥムヤータ胡桃という特産品ある分、我らがマシだな。さらに我が方にはランリエルからの資金提供があった。これで負ける訳が無い」


 無論、無利子で貴族達に貸し与える訳ではないが、貴族達特有の金銭感覚の甘さで借りれる間は深刻に考えず、ブランディッシュと同じく戦いに勝ち貿易が再開されれば取り返せるという思惑もある。つまり、ブランディッシュ貴族よりドゥムヤータ貴族達の方が猶予が長かったのである。


 ジルは、折角公爵が用意してくれた最高級の葡萄酒に口を付けるのすら忘れ、感嘆の声を漏らした。


「シルヴェストル公爵には驚かされました。まさか戦いをそのような視点で見るとは。私などには到底考えが及ばぬところです」

「金が動くならば、それは全て経済活動という事だ」


 ドゥムヤータの経済家シルヴェストル公爵は、そう締めくくったのだった。

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